3.6 多点点字の可能性と方向性

On the Multiple-Dot Braille Codes


Abstract

We firstly introduce the concept of "chunk" with regard to the relationship between information obtained from outside and memories in men, and the definition of data-driven processing and concept-driven processing with respect to the method of recognition of information in reading. These ideas are applied to the case of tactile reading of the current standard braille code. We then describe multiple-dot braille codes formed by adding 2 dot positions at the upper or the lower part of the standard braille cells, and explain the role of core part and additional dots. The selection of the upper or the lower position is discussed. Also the means of input for the multiple-dot codes are outlined.


はじめに

 今日は多点点字の可能性と方向性の問題につきまして

1.記憶の限界とチャンク化

2.読みにおけるデータ推進型処理と概念推進型処理

3.点字触読におけるチャンク化

4.6点と追加点との役割分担

5.上下の追加点の選択

6.書きにおける多点点字の問題

おわりに

の項目の順に話していきたいと思っております。

目次に戻る


1.記憶の限界とチャンク化

 まず第1番目に記憶の限界とチャンク化ということを取り上げます。人間が外から情報を入手して、それをどのように処理するかという場合、記憶ということが大きな関わりをもっています。そこで、外からの感覚情報と記憶との関係について、最初に、一般論として整理をしておきたいと思います。視覚、聴覚、触覚の情報を比較しながら、まず同時に瞬間的に提示した場合、その情報をどの程度記憶できるかという問題を取り上げ、次に継時的に逐次提示した場合に、どの程度記憶できるかという問題を取り上げます。

 スパーリングの視覚情報の記憶に関する有名な実験があります。それによると、例えば数字とか、文字とか、あるいは図形とか、何でも構わないのですが、キャラクター的な意味しかないような無意味なものの配列を縦3つ、横3つで計9個、タキスト・スコープで瞬間的に見せます。そしてそれを消したあとで記憶しているものを全部答えさせようとすると、5つか6つしか答えられないのです。ところがもっと見た筈だという内省報告がありましたので、次に上の3つ、真中の3つ、下の3つに一応グループ分けしまして、前と同様に9つを同時に見せたあと、高い音を出すと上の3つを答えさせ、低い音を出すと下の3つ、真中の高さの音の時は真中の3つを答えさせるようにしました。すると今度は上中下とも3つずつ正確に答えられました。まず9つ全部を先にて提示してから3種類のうちのどれかの音を鳴らすわけですから、9つすべてを記憶していたわけで、報告のさせ方に問題があったということになります。つまり、音を出す前にすべてを見ているわけだし、見た時点ではどの高さの音で、どの段の報告を指示されるかはわかっていないわけです。ですから、全部を報告させるのは無理ですけれども、このような報告のさせ方をすれば視覚情報の場合は9つぐらいを瞬間的に記憶しているということが明らかとなっております。

 聴覚の場合は瞬間的に複数の情報を記憶することはかなり無理のようです。同時に2つ以上の内容を聴きとるということはタイムシェアリングをやらない限りはちょっと難しい問題があります。

 次に、触覚の場合はどうかという問題に移ります。北海道大学の伊福部達先生が数年前にIBMのウェルフェア・セミナーでお話になったことがありますので、御記憶の方もあると思うのですが、それを取り上げます。これは聾者のためのタクタイル・ボコーダーといって音声を触覚で聴き取らせるといいますか、むしろ触らせるという機械の開発のための基礎研究として触覚によってどれだけの情報量が伝達できるのかということを基礎実験とコンピューターシミュレーションを行って、検討なさったものです。指先に3mmずつの間隔で振動刺激を提示して行きましたところ、同時に4つまで、つまり、1点では刺激があるか無いかの2通りで、それが4点ですから16通りの情報までは十分に処理できました。そこまではまず問題はありませんが、同時に5つ以上になってくると処理能力が落ちてくるということがあるわけです。これは点字で縦に同時に入って来るのが4つというと8点点字、5つというと10点点字ということになりますので、その辺が境目だということを暗示しているということになるのではないかと思うのです。先程もちょっと出ておりましたが、バルビエの12点点字というのは縦6つということなので、同時に処理できる情報としてはちょっと無理だということになります。当時ルイ・ブライユが12点では読めないと言った理由はこの辺にあったと思われます。このように空間的に同時に与えられた場合には触覚というのは視覚と聴覚の間ぐらいの情報記憶の能力があるということが言えます。

 次に継時的に順次情報を与えていく場合の記憶の問題に移ります。この問題につきまして、ジョージ・A・ミラーはいろいろな人の実験やさまざまな現象の観察の結果をまとめまして、記憶の限界を"Magic number seven plus minus two"と言っております。この場合に感覚情報は視覚であっても聴覚であっても、または触覚であっても殆ど同じなのですが、継時的に次々に与えられた情報を7つまでは十分に記憶でき、その前後2つずつ程度の範囲は問題がないということなのです。

 与えられる情報がそれ以上になってきますと、一連の系列で入ってきた情報の中のどの部分から忘れるかという系列位置効果が問題となります。一連の系列の前か後か真中のどの位置を忘れるかでタイプがあるようです。まず第1は、最初の部分だけ記憶してあと忘却する、いわば最初だけを覚えてあとはもうたくさんということで受けつけないというタイプがもしれません。第2に、最後だけを覚えていて前を忘れてしまうという、いわば「ところてん」方式とでもいいますか、どんどん入ってきたものを前から忘れていって最後のところだけを覚えているというタイプです。第3に、真中だけを忘れてしまうというタイプがあり、これが一番多いようです。余談になりますが、英語の単語の略字を考えてみますと、前と後の綴りを残して真中を省略するというタイプのものがたくさんありますが、これも系列位置効果の第3の場合との関わりがあるのかもしれません。

 このように多くの情報が継時的に次々に入ってくると忘却されてしまうのであれば長い話を聞いたり長い文を読んだりしても記憶できないということになります。ところが実際には長い話を聞いたり長文を読んでも正確に記憶することができます。この能力と"Magic number seven plus minus two"という記憶の限界との関係をどう考えれば良いのでしょうか。ジョージ・A・ミラーはこの問題を解決するためにチャンクという一種の単位を提唱しています。あるレベルの単位が記憶の限界に達する前に一つ上の単位に置き換えていくという階層的な処理をすれば無限に多くの情報をまとめて上げていくことができます。このように一つ上の単位、つまりチャンクに繰り上げていくことをチャンク化といっています。例えば無線電信の場合でいいますと「ツー・ト・ト・ト」とくると日本語の場合は「は」ですね。それから「ト・ツー」とくると「い」です。このように「ツー」とか「ト」という音の長さの違いのチャンクから、それを「は」とか「い」とかいう音節のチャンクに移したわけです。そしてこの「は」と「い」を合わせて「はい」ということで「イエス」という意味の単語のチャンクに移していくという具合に、聴き取ったものを次々に上のチャンクに上げていくという形をとっているのではないかということなのです。つまり、要素的なものから文字、あるいは音節へ次に文字又は音節から単語へとチャンクを上げていきますと、前のチャンクのまとまりが次のチャンクのあらたな要素の一つになりますので、それらをあらためて7つまで記憶でき、さらにその上のチャンクで7つまで記憶できるというように、次々に重ねていってだんだん繰り上がっていくということをやっているのではないかということなのです。このようにして1つのチャンクの内部では記憶の限界にぶつかりますが、チャンク化することによって多くの情報を階層的に記憶できるわけです。

 点字の読みの問題につきまして考えます場合にもチャンク化という考え方、つまり点があるか無いかというビットのレベルのチャンクから出発して情報がどのような形で構造化され、高次化されていくかという考え方は問題解決にとって重要なことではないかと思っているわけです。

トップへ


2.読みにおけるデータ推進型処理と概念推進型処理

 第2番目に読みにおけるデータ推進型処理と概念推進型処理という問題を取り上げます。これはカリフォルニア州立大学、サンディゴ校の心理学の教授であるドナルド・A・ノーマンの考え方なのです。これは文字情報あるいは音声情報、つまり言語情報であっても構いませんし、あるいは普通の空間的なものを捉える場合であっても構いませんが、要するに認知の仕方としてこのデータ推進型と概念推進型の2つの処理方式を巧みに使い分けているのだということを提唱しているものです。

 それではこれを読みの問題を例にして御説明します。まず最初にデータ推進型処理のことについてふれます。第1のレベルとして文字のストロークとか点とかいうチャンクの読み取りの問題があります。次にこれらのストロークや点のチャンクから文字のチャンクへチャンク化が行われます。情報理論ではこのチャンク化のことを再コード化ともいっております。つまり、一度ストロークや点のレベルでコーディングをしたものを更にもう一つ上のチャンクの文字のレベルで再コード化するということです。そして次にこれらのレベルのコードを1つ上のチャンクの単語というレベルの意味のレベルに再コード化します。それから次々にフレーズとかクローズとか、あるいはセンテンスとかのレベルのチャンクで再コード化を行い、さらにパラグラフとかストーリーというレベルへ上昇していきます。そこでこれらのデータ推進型処理のことを上昇型の処理と言うこともあります。

 次に概念推進型処理について説明します。心理言語学者のグッドマンは"Reading is a guessing game"と言っております。つまり、読みというのは推理小説ではありませんが、この先はどうなっているのだろうかということを考えながら読み進んでいくものなのです。もちろん読みの最初の段階では上昇型というか、データ推進型の読みをしておりますけれども、ある程度意味がまとまってきますと、次はどうであろうかという予測をするようになります。そうしますと主人公は誰だということで主語が出てくるとか、それがどんなことをするのだろうかということで述語が出てきます。それらの主語や述語に前や後からさまざまな修飾語がかかってくるのが予測できるようになります。このようにしてどんどん下のレベルへ下のレベルへと文脈を追って下がってくるわけです。そこで概念推進型処理のことを下降型処理とも言います。このような読みの過程では、途中で1点や2点見えなくても、文字かあるいは単語が1つ2つ消えていても、文脈で意味がわかるという状態になってくるわけです。例えばクロスワードパズルや、試験の穴埋め問題のようにブランクの中に何かを入れさせる場合は文脈からそこが当然わかるようにできているのです。それらと同じように隠された部分について文脈から予測できますので、全文を読まなくても途中をある程度読み飛ばすことが可能となってくるわけです。

 実際の読みの過程では、このような文脈読みといわれるような概念推進型の読みと、先程の下から積み上げていくデータ推進型の読みの両方を使い分けているのです。つまり、最初は丁寧に一字一字読み進んで行き、ある程度意味がまとまると先が予測できて読む速度が速くなります。どんどん読み飛ばしているうちに難しいところにくるとゆっくり読んだり止まってもう1度読み直して再コード化をはかったりしているのです。このように実際の読みの過程では両方の処理方式がうまく使い分けられているわけですね。

 このことは具体的の認知、例えば模型や実物の観察の場合にもあてはまります。つまり、手で触る場合でもやはり触覚による少ない情報から上のレベルに積み上げていく総合型、言いかえればデータ推進型というやり方が一つあります。他方、さーっと全体を触って全体のイメージの予測がついたならばそれを手掛かりとして細かい部分を吟味していく分析型、言いかえれば概念推進型というやり方があります。実際の具体物の観察ではこれらの総合型と分析型の両方のやり方が巧みに使いわけられているのです。

 このようにデータ推進型と概念推進型の両方の処理方式の使い分けは物の認知の一般的な法則として位置づけることができますが、ここでは点字の問題が主題ですので読みの過程の処理方式の問題として理解をしておいていただきたいと思います。

トップへ


3.点字触読におけるチャンク化

 今までお話をしました「記憶の限界とチャンク化」と「読みにおけるデータ推進型処理と概念推進型処理」を考え方の前提といたしまして、それでは点字についてはどうかということを考えていきたいと思うわけでございます。そこで第3番目の点字触読におけるチャンク化の問題を取り上げます。

 先程申し述べましたデータ推進型と概念推進型の両方の処理方式を併用して読んでいくということにつきましては普通の文字の読み取りも点字の読み取りも全く同じと考えてくださっても良いわけです。特に単語から上のレベルにつきましては両方とも全く同じと考えていいのではないかと思います。ただ問題は、特にデータ推進型のところで、普通の文字であれば点とかストロークから文字へと移行する段階のところにあります。その段階では点字の場合、どのような再コード化をしているのかということが問題になるのではないでしょうか。概念推進型の問題につきましてはだいたいそれの逆ということを考えてよろしいと思います。そこで、主としてデータ推進型の場合を取り上げ、最初の三つくらいの層で再コード化がどのように行われ、データがどのように繰り上がって行くかという問題を検討してみます。

 まず、昭和54年度に1年間、私どもの研究に内地留学に来ておられた大阪府立盲学校の岩坪和子教諭が、点字の触覚パターン認識ということで点字のイメージに関して行った研究を紹介いたします。

 実験の対象は大阪府立盲学校の幼稚部から高等部までの幼児・児童・生徒、それに卒業生や全盲の職員も含めて全盲122名、そのうち先天盲が42名、3才以後の失明者が80名でした。これらの被験者を先天盲と中途失明者、読みの速度の速い者と遅い者の組み合わせで4つのグループを作り、さらに二点間弁別閾の3つのランクを絡めてそれらの相互の関連性を検討しています。

 読みの速さにつきましては、先天盲では1分間に270字以上、中途失明者では1分間に250字以上を読みの速いグループとしております。また、読みの遅いグループとしましては先天盲では1分間に200字以下、中途失明者では1分間に100字以下としております。

 二点間の弁別閾につきましては、スペアマンの触覚計で計りまして被験者全体を3つのグループに分けています。スペアマンの触覚計では0.5mm刻みで計測をしますので、二目盛りずつの3つのグループに分かれています。0.5mmと1.0mmの人がだいたい13名で約1割、1.5mmと2.0mmの人が約8割、あと残りの約1割が2.5mmと3.0mmの人でした。このように二点間弁別閾が非常に良いグループと悪いグループが1割ずつで、その中間が8割と大多数を占めております。

 実験の方法といたしましては、点字のかな46文字を次々に提示しまして一文字毎にどの部分が離れているか、あるいはくっついているかを尋ね、さらにその文字がどんな形をしているかと質問して点字のイメージを調べてみたのです。

 その結果を読みの速さと失明の時期、及び二点間弁別閾の違いのグループ毎に整理してみますと、次のようなことが得られました。まず6点全部から成り立っている点字の「メ」の字、今日はFoulkeさんもあられますので、英語で言えば"for"の略字にあたる文字を取り上げて説明いたします。これを、読みの遅いグループは先天盲・中途失明者の両方とも縦長の長方形と答えています。これに対して、点字の読みの速いグループには縦棒2本というイメージを持つ者が多いのです。この場合も先天盲と中途失明者は同じように答えています。ただ、先天盲で二点間弁別閾の非常に良い者のグループの中には横棒3本という答えがみられます。

 次に1・2・3・4・6の点からなる点字の「ヘ」の字、英語の略字で"and"を示す点字の場合を取り上げます。中途失明者ではひと筆でカタ仮名の「コ」という字の逆の字、つまりひと筆のストロークとして受けとめる人が多いのです。これに対して、先天盲の場合には縦棒1本の右側の上下に点が1つずつついているという人と、横棒2本の左真中に点が1つついているという人に分かれています。これらは読みの速い人の場合で、読みの遅い人の中には縦長長方形の右の真中が欠けているという図形的な表現をする場合もあるわけです。

 これらの点字のイメージをどのように考えれば良いかという問題があります。そこで先程「記憶の限界とチャンク化」と「読みにおけるデータ推進型処理と概念推進型処理」のところで述べました空間的・同時的なものと時間的・継続的なものの縦と横の関係でこの問題を検討してみます。点字を横に触読していく場合、縦は同時的に、横は継時的に表れて来るからです。例えば「メ」の字の場合、最初の1・2・3の点が同時に表れ、次に4・5・6の点はちょっと時間をおいて同時に表れて来ます。そこで、同時に表れる縦の3つの点の組み合わせの問題と、次々に表れる継時的な問題に分けて検討します。

 6点点字の縦3つの点の組み合わせの問題ですが、同時に判断すべき選択肢の数は2の3乗で8通りということになります。しかし実際の読みでは、この部分を非常に短い時間で読み取ろうとすれば判断すべき選択肢をできるだけ減らしたほうが効果的なのです。その場合、例えば1・2・3の点が全部ある「ニ」という点字、つまり英語の"L"にあたる点字の場合には、長い棒1本と言ってしまえば点3つではなく1つの縦線になってしまうわけです。次に1と3の点からなる「ナ」という点字、つまり英語の"K"の場合は、真中が抜けた棒とか中抜棒とかいう認識をすれば2点が1つにまとまるわけです。それから1・2の点からなる「イ」という点字、つまり英語の"B"の場合と、2・3の点からなる点字である「イ下がり」、つまり英語のセミコロンの場合は、短い棒という認識をすれば2つの点は1つにまとまります。その際、短い棒が上にある短い棒の3つとなり、あとは点が1つの場合と点が全くない場合の2通りしか残っていません。点が1つの場合もその位置が上・中・下の3つの位置と情報と組み合わせる必要があります。そこで位置の情報を別系列としてはずしておきますと、同時に判断すべき選択肢の数は長い棒、中抜き棒、短い棒、及び点1つの4通りとなり、点がない場合を含めても5つに減ります。これは1つのチャンク化と考えることが出来ます。同時に点が与えられるけれども、縦の系列で複数の点を1つ上のチャンクのストロークとして認識すると判断すべき選択肢の数を減らすことが出来ることになるというわけです。

 次に継時的な関係づけの問題に移ります。1・2・3の点の通過後、ただちに4・5・6の点の組み合わせが同時に判断すべき選択肢として表れて来ます。この場合も1・2・3の点の組み合わせの場合と同じように縦の系列として5つの選択肢にチャンク化することが出来ます。そこで1・2・3の点の組み合わせの中から選択されて記憶しているものと4・5・6の点の組み合わせの中から選択されていったん記憶したものとを組み合わせて文字のレベルに再コード化しているのではないかと思われます。これが点字の読みの速い人が「メ」の字を縦棒2本とイメージ化している理由であると言うことが出来ます。点字の触読における縦と横の関係をまとめますと、最初に縦の点を同時に線という形で一度チャンク化を行い、それから継時的に横の流れの中でもう一段上の段階のチャンク化を行って文字のレベルに繰り上げることをしているのではないかと思われます。

 この縦と横の二段階のチャンク化の問題につきまして、今度は時間的な流れの中における前の点と後の点のマスキングの問題として検討したいと思います。北海道大学の伊福部先生の触覚におけるマスキングの研究によりますと、指先の触覚に振動子で刺激を与えた後、同じ点に少し時間をおいてそれよりも少し弱い刺激を与える場合、その時間間隔をだんだん狭めていきまして、0.2秒よりも接近しますと、後の小さい刺激がもっと弱まるということです。つまりフォワード・マスキングが起こるということです。逆に、前の刺激よりも後の刺激の方を大きくした場合、だんだん時間間隔を詰めていきまして、0.1秒以内に接近しますと前の刺激が弱まります。つまりバックワード・マスキングが起こるということなのです。そこで0.2秒とかいうのを点字の触読の速さで考えてみます。1の点と4の点の間隔はだいたい2mmちょっとですから1分間に120マス程度読める人の場合0.2秒、240マス程度読める人の場合0.1秒で1の点と4の点の間を通過します。先程述べた速い読み手のグループは中途失明者の場合でも1分間に250字以上ですから、1の点から4の点の間を0.1秒以内で通過してしまいます。点の刺激は次々に来ますから1つの触覚点を取ってみますとさっき1の点があったところに続いて4の点が来るということになります。1の点と4の点の刺激の強さはほぼ同じと考えられますが、時間間隔が詰まって来ますとバックワード・マスキングが起こることも考えられます。そこで、1・4点間を0.1秒以内に通過する速い読み手の場合には、1・2・3の点の組み合わせが通り過ぎた後4・5・6の点の組み合わせが来るまでに、いいかえれば。0.1秒以内に判断しないともう前の系列がマスキングされてしまう可能性があります。その意味で、次の系列が来る前に縦の系列のチャンク化を行って選択肢を減らし、さらにその中から1つを選択し終えている方が有利であるということがマスキングの点からも言えるのではないでしょうか。

 このように縦と横の二段階のチャンク化を行って文字の読み取りが終了した後に、文字と文字を組み合わせて単語のレベルにチャンク化する過程に移ります。日本語の場合、和語や外来語は一連の文字を組み合わせてそのまま単語のレベルにチャンク化できます。ところが漢語の場合は、音節文字から単語のレベルにチャンク化する際に一段階なのか二段階なのかにたしょうもんだいがあります。例えば「コ」と「ク」という二つの音節文字が組み合わされて「国」という意味の語基になります。また「サ」と「イ」で「際」という意味の一つの語基になります。これらの二つの語基が組み合わされて「コクサイ」という一つの単語にチャンク化されます。この場合、語基のレベルと単語のレベルを二段階のチャンク化と見るかどうかということは漢字を用いていないかな文字体系の点字の世界では問題が残るところです。次に単語のレベルの一つ上のレベルとして自立語に助詞や助動詞が加わって来て文節というレベルにチャンク化することになります。

 日本語の場合、文節のレベルは文の単位として意味の上からも文の構造の上からも重要なレベルです。そこで小学校低学年の教科書の場合や点字の場合のわかち書きがここで行われているのです。点字のわかち書き、つまりマスあけがこのレベルで行われているということは、意味のレベルにチャンク化する時の処理時間を確保するために新しい文字が入って来ないためのひと休みのスペースとして考えることが出来ます。もう一つは文節をまたいで誤った結合が出来ないように、言い換えれば「ベンケイガナ」にならないように文節と文節の区切り目を明確に区切っておくことが必要だからなのです。

 一つ下位の文字の読み取りのレベルでも一度間違った結びつきが出来てしまうと次のレベルへのチャンク化は不可能となります。例えばブレール・マスターの点字読み取り機の場合などでも、文字と文字の間隔が詰まっている点字器で書いたものを読み取らせる場合、4・5・6の点の系列と次のマスの1・2・3の点の系列が結びついて半マスずれて文字の組み合わせを作ってしまうととんでもない読み取りミスとなってしまいます。このような読み取りミスは機械ばかりでなく人間もしばしば犯すことがあります。特に中途失明者の場合、マス間が詰まっている日本製の点字器や亜鉛製版機で書かれた点字の触読においてその傾向は一層顕著です。その意味でマス間の広い欧米の点字や欧米から輸入した製版機で書かれた「点字毎日」や「点字ジャーナル」の場合の方がそのような隣との間違った組み合わせは生じにくいのです。

 文字より上のレベルである単語や文節相互間でもいったん誤った結合を行うと次のレベルへのチャンク化にさしつかえを生じます。これが先程述べました「ベンケイガナ」の問題です。特に漢字を用いていないかな文字体系の点字表記の場合にはこれらの間違った結合を防止するためにわかち書きが重要な意味を持っています。英語の場合には単語毎にわかち書きがされていますので問題はありません。日本語の場合、普通の漢字かな混じり文ではわかち書きが行われていませんからコンピューターによる漢字かな変換においてふりがなとともに大きな問題点となっているのです。先程の御報告で漢字かな変換におけるわかち書きの精度が85%であるということもこの問題の難しさを表しています。このことは点訳者にとっても苦労の多い問題なのですが、読み手にとっては前述のように重要な決め手となる問題ですからわかち書きの精度を上げることが期待されているのです。なお、句や節あるいは文のレベル以上のチャンク化の問題は普通の文字の読みと点字の読みの間には大きな差がありませんのでここでは省略いたします。

 今まで述べて来ましたように縦方向への点から線へのチャンク化、ついで横方向への文字のレベルでのチャンク化、さらに単語や文節レベルへのチャンク化を行っていく場合、一種の触覚的な全体的イメージ、つまり、ひとまとまりの文字や単語あるいは文節のイメージが指先をさーっと流れていくように感じることが必要なのです。例えば点字の「メ」という字を2つ続けて読んでいくと、ちょろちょろぱー、ちょろちょろぱーというように指先を通り過ぎていくような感じがします。そこで問い詰めれば点字の「メ」の字は縦棒2本というふうに答えますが、普通はもっと横に広がって縦長の長方形のような面としてのイメージを持っているように意識している人が結構多いのです。言い換えれば点字の読みの速い人でも縦のチャンク化は意識にのぼらず、意識の焦点は文字のレベルにあるため文字が全体としてまとまったイメージになりやすいのです。つまり縦の線のイメージが横につながって横に広がった面のイメージにまとまっていくと思われます。それが頻度の多い組み合わせであれば文字だけでなく単語や文節のレベルとあたかも巻物を広げて行くように一つのイメージとしてまとまっていくようです。このように単語や文節のレベルまでまとまったイメージを記憶していると、外から継続的に流れ込んで来る文字や単語あるいは文節を表す点の組み合わせとのパターンマッチングが容易になります。この場合、単なる抽象的なコードだけではなく、そのコードの触覚的な表現、つまり触覚的イメージとして頻度の多い文字や単語あるいは文節のまとまって流れ込んで来るイメージを記憶している人ほど熟練した読み手であるということも出来ます。このように、点字触読におけるチャンク化の場合、ビット単位の情報からの階層的な集積とともに、それを感覚的に表現する触覚の継時的な流れるイメージも重要な側面の一つなのです。

トップへ


4.6点と追加点との役割分担

 ここで予定していた項目のちょうど半分になってしまったのに時間の方は少なくなって来てしまいました。今まで、表題の多点点字というのが出てきませんでしたが、ここでようやく多点点字のうちの6点とその追加点との役割分担ということについて話を進めます。

 多点点字と申しましても従来の6点点字を基礎として、上か下に点を追加する形式の多点点字を考えています。そこでまず第一に多点点字の中核となる6点点字はどういう作り方をしているかということに触れます。

 従来の6点点字は63の組み合わせからなっており、それだけを用いて基礎となるキャラクターを表しています。しかしながら63通りの組み合わせでは数が少なく、位置系列としてのアルファベットや、他の系列としての仮名文字、あるいは数字などが互いに同じ点の組み合わせでぶつかり合ってしまう結果を招きます。そこで、例えば、ここはアルファベットの系列、ここは数字の系列、ここは仮名文字の系列、あるいはここは楽譜の系列などというように系列の違いを表す、いわば切替えスイッチのようなものいるわけです。つまり多くの記号系列を階層的に分類し、その系列を変更する記号が必要なのです。言い換えれば、今からこの記号系列に入るぞということを示すもの、それをフラグを立てるという言い方をしても良いのですが、その役割を果たすものとして6点点字の場合には前置点というものを用いているのです。その場合、数字の前置点とか、アルファベットの前置点とか、その他いろいろなものがあるわけです。濁点につきましても、濁音を清音との比較で別の系列として分類をしておいて濁音の系列に入って行くことを示すわけですから前置点の一種になるわけで

 このような6点点字の前置点方式は分類される記号系列が多くない場合や1つの系列のキャラクター数が50以下の場合には余り問題がありません。ただ、このような6点点字の前置点方式で漢字のように千以上のキャラクターを表そうとすると少し無理が生じて来ます。そこで筑波大学付属盲学校の長谷川貞夫先生が提唱しておられる6点式漢字記号の場合には、漢字キャラクターを表す部分を2マスか3マスの点字の組み合わせで表し、それらを主として音・訓によるいくつかの系列に分類し、その系列を前置点で表しているのです。この6点式漢字記号の体系は、従来からなじみのある6点点字を用いていますし、先天盲児でも理解しやすい音・訓に基づいていますので、学習に取り組みやすいという長所を持っています。ただ、一つの漢字を表すのに3マスか4マスを必要としますので時間軸上の長さが増えてしまいます。

 この場合、1つの漢字を表すマス数が多くても点字1ページの情報量を比較しますと8点点字と大差はありません。しかしながらペーパーレスブレール(紙のない点字)のように1行で時間軸方向にだけ点字が表示される場合には1行あたりの情報量が少ないという問題があります。そこで単位時間あたりの情報量を増やすためには6点ではなく、上か下に点を追加して時間軸方向に広がっている情報を短縮することが有効となって来ます。ただ、1つの漢字キャラクターを表す際、6点で3マスか4マスになる場合と8点で1マスか2マスになる場合とでは、どちらが読みの速さが速いかという問題につきましてはもっと慎重に検討する必要があります。

 そこで読みの速さの比較の問題は保留しておきまして、ここでは6点点字の上か下に追加点を用いた多点点字の中で6点と追加点との役割分担の話に戻すことにします。

 6点の組み合わせによってアルファベットや数字あるいは仮名文字などを表している部分につきましては従来通り変更しない方が有利です。そのため、記号系列を変更するフラグとしての前置点の部分を上か下の追加点に担わすのが良いと思います。その理由は、8点の組み合わせの255通りに新しく記号を割り付けたのでは、従来の6点点字と全く異なりますので、すでに6点点字を習得している人々に覚えてもらうのにはきわめて困難だからです。

 従来、フラグとしての前置点と、実質的なキャラクターを表す部分とは、継時的にシリアルな処理を行って来ていました。ところがフラグの役割を上か下の追加点で表した場合には、フラグと実質的なキャラクターを表す部分とは同時にパラレルに処理する必要が生じて来ます。その場合、実質的なキャラクターを表す部分の縦3点の組み合わせの読み取りにつきましては、「点字触読におけるチャンク化」のところで述べましたように全く問題はありません。縦4点の同時処理につきましても、「記憶の限界とチャンク化」のところで述べました伊福部先生の研究結果の通り問題はないと思われます。その際、縦3点の組み合わせと、他の1点とは位置も違いますので別な系列としてパラレルに処理すれば一層問題はないと思われます。

 このような観点に立って従来行われて来た8点式の記号体系につきまして触れてみたいと思います。もと、大阪府立盲学校に勤めておられた川上泰一先生が提唱しておられる8点式の漢点字では、先程塙さんの方の話にもありましたように、追加点が上についています。追加点の名称につきましては、1の点の上を0の点、4の点の上を7の点と呼んでいます。この場合、0の点及び7の点だけで漢字があるかないかを示しています。つまり、0の点というのは漢字の始まりを表し、7の点というのはその漢字の終わりを表しています。1マスで1文字の漢字を表す場合には、そのマスの0の点と7の点を両方用います。2マスで1文字の漢字を表す場合には、前のマスの0の点でその漢字が始まることを示し、後のマスの7の点でその漢字が終わることを示しています。いずれにしても0の点から7の点の間は漢字1文字分の範囲であるということを示しております。

 このように0の点と7の点の組み合わせはもっぱら漢字を表すためだけのフラグとして用いられて来ました。しかしながら、7の点で始まることによって漢字以外を表すフラグを作る余地があります。大阪大学の末田統先生と日本ライトハウスの点字出版所の方では、この7の点で始まる記号を用いてJIS C-6226コードの非漢字の部分を表すフラグとして用いることを検討しておられます。この場合、JIS C-6226コードの漢字は0の点と7の点ではさんで表す川上式の漢点字をそのまま使っております。これも上の追加点を効果的に用いる方法の1つであるということが出来ます。

 次に下の追加点を用いた8点式の点字について触れてみたいと思います。この下の追加点の名称につきましては、3の点の下をa点、6の点の下をb点として話を進めます。先程出ておりましたAPL言語のキャラクターセットに対応するドイツの8点点字の場合は下の追加点の名称が異なっておりますけれども、ここではa点、b点として表しておきます。この記号体系では、追加点としてa点をつけると小文字、何もつけないと大文字のアルファベットになっています。それからb点の場合にはアンダーラインを表します。ところが数字の場合には6点点字の数符を除いたものに6の点を加えて表します。数字は上の4つの点だけで表しますから、それらに6の点を追加するという形で問題はないのです。ただし0の場合は6の点を加えるとWと同じ形になるので、0を表す点字のうち2・5の点を下に下げて3・6としてそれに残っている4の点を含めて"ing"の略字、つまりカタ仮名の「ユ」の字を用いています。ここまでは規則性がはっきりしているわけですが、その他の記号につきましては規則性が貫徹しているようには思えないのです。

 日本でも日本点字委員会の相互変換用点字専門委員会でJIS C-6220コードに相当する8点式点字記号として、下の追加点であるa点とb点をどういうふうに決めるかということを今検討しているところです。まだ結論は出ていないわけですけれども、この辺をいろいろ考えて記号体系としても問題はなくて読みの問題としてもいいような点を選んで行かなければいけないのではないかというふうに思っています。

トップへ


5.上下の追加点の選択

 今まで述べてまいりましたように、学習上の容易さと8点点字の経験からしますと、多点点字の記号体系を考える際には6点の部分を従来と同じ実質的なキャラクターを表す部分とし、上か下の追加点を従来の前置点が担っていたフラグを表すものに当てるのが役割分担として実際的なようです。追加点としては上が良いのか下が良いのか、あるいはどのフラグをどの追加点に当てるのが最も効果的かという問題が残ります。

 まず上の追加点と下の追加点とどちらが読み易いかという問題につきまして考えてみたいと思います。20年ほど前、川上式漢点字が考案された初期の頃、漢字を表す追加点を下に置いたのだそうです。ところが全盲の読者が非常に読みにくいと訴えたので上の追加点に変更したのだそうです。このことは先程の塙さんの指摘にもありましたように、今まで6点点字に慣れていた人にとっては急に別の追加点が入って来ると大きなノイズになることを示しています。しかも下の追加点は指頭の中では読みにくい部分に接触するわけですから読み取りにくかったと考えられます。指頭の中では先端に近い部分が敏感で弁別力も優れているところですから新しい追加点に意識を集中させるためには追加点が上にあった方が良いということになります。初めて点字を習う人にとっては追加点よりも実質的なキャラクターを表す6点の組み合わせの部分に意識を集中させる必要がありますから、追加点は下でも次第に慣れて行くことも十分考えられます。しかしながら、すでに6点の組み合わせの部分を十分に習得している6点点字の熟練者にとっては意識の焦点はその部分にではなく追加点の部分に集中しますから、追加点を上にして欲しいという要求の根拠が理解できます。

 また、6点の組み合わせの部分と上の追加点の部分との間隔を6点内部の間隔よりもあけて欲しいという要望も加わりました。これも上の追加点に意識を集中し追加点と6点の組み合わせの部分とを切り離して、パラレルに読み取るには有効であったと思います。今後追加点を下に置く場合にも、その追加点との間隔をちょっとあけた方が良いのか、6点の組み合わせの部分の内部の間隔と等間隔で良いのかという問題は慎重に検討する必要があります。そのことにつきましては今、実験計画を立てているところです。

 追加点が上であっても下であっても学習の初期には追加点との間隔がある程度大きい方が良いということは当然考えられます。しかしながら、熟練者の場合必ずしもそう言い切ることは出来ないのです。川上式の8点式漢点字の経験では、熟練者は等間隔でも問題はないと言っています。もし等間隔でも良いということになりますと、デバイスとして8点のものを作っておいてソフトウェアーの方で上に上げたり下げたり平行移動をさせればすむわけです。その場合、追加点を上につけたい人は上につけ、下につけたい人は下につけるということをソフトウェアーの方で選択すれば良いのです。そしてソフトウェアーとしては共通に使えるということですと、今朝Foulkeさんが述べましたように端末機を安く作ることが可能となるのです。

 もし熟練者が上と下の追加点を自由に選べる程、上下の平行移動が可能となり得るならばもっと徹底した記号体系を考えることも出来ます。つまり単に上と下の追加点のどちらかを選ぶという段階に留まるのでなく、上と下の追加点の両方を交互に選択してフラグとして活用できるようになれば、上か下のフラグを選ぶ記号を用いることによって自由に切り変えることが出来るようになることが考えられます。この切り変えによって追加点が上に来たりすることになります。また時には追加点が全くなく6点点字と同じ状態になる場合もあります。このように上と下の追加点を自由に選択する場合、例えば上の追加点は漢字、下の追加点はアルファベットなどのフラグを表すものとしますと10点点字の可能性も出て来ます。この場合漢字とアルファベットは同時に出て来ませんので8点のデバイスで上下に平行移動させて表示することもできます。しかしながら初心者の場合はもとよりのこと、熟練者の場合でも戸惑うと思われますので8点のデバイスではなく上と下の追加点を少しずつ間隔をあけて表示できる10点式のデバイスが必要となるでしょう。たとえそうしたとしても、初心者の場合には追加点がノイズとなることが先程の塙さんの報告からも予想されます。そこでまず6点の部分で実質的なキャラクターの学習を十分に行わせた後で、アルファベットを表す下の追加点、次いで漢字を表す上の追加点を次第に加えて行くというような学習のステップが当然必要とされると思われます。多点点字の読みにおいて熟練するという意味はまず第1に6点の組み合わせで表す実質的なキャラクターの読みに習熟することです。その上で、上か下の追加点で表されているフラグを自由に選択して6点の組み合わせの部分と同時にパラレルに処理できる読み手になることなのです。

トップへ


6.書きにおける多点点字の問題

 最後に書きの問題についてお話をしたいと思います。点字入力のキーボードとして8点式を考えますと、今までの6点式のパーキンス・ブレーラーと同じキー配置に加えて左右の親指の位置にそれぞれ付加点を入力するキーを配置する必要があります。この場合小指で入力するということも考えられないわけではありません。普通の英文タイプや仮名タイプのキーボードの場合には一度に一点ずつ打つことになりますから小指も十分に使うことが出来ます。しかしながら点字入力のキーボードの場合には同時にいくつもの点を組み合わせて打たなければなりません。その際、小指と薬指は分化するのが遅くこの両者を分離して他の指と自由に組み合わせて使うことはかなり困難です。そこで人差し指から薬指までの3本に親指を加えて左右合わせて8本の指の組み合わせで点字入力をする方が効果的なのです。その場合、親指の受け持つキーの高さは他の指の受け持つキーの高さよりやや低い位置に置く必要があります。また、スペースをあける時はこの親指が担当するキーで兼用し、6点の組み合わせが全くない追加点だけの信号でスペースをあけるという方法があります。しかしながら、左右の親指の担当するキーの手前に別個にスペース・バーをもうけ親指を飛ばしてそれを打つ方法が望ましいのです。その他ファンクション・キーにつきましては点字入力のキーの向こう側に一列に並べて配置することが考えられます。この点字入力キーボードのキー配置につきましては今日出席しておられる大学入試センターの藤芳衛さんが事務局長をしている視覚障害と情報処理クラブの方で現在検討しています。点字入力のためのキーボードの良し悪しは、システムの使い易さを規定する大きな要因となりますので、キーの配置や高さ、あるいはキー表面の形や手触りはもとよりのこと、タッチの深さや通電のタイミング、あるいは応答の速さなどにつきまして人間工学的に徹底した検討を加えておく必要があります。なお10点点字の場合は上か下の追加点を同時に打つことはありませんからこの8点式の点字入力キーボードを用いてフラグの切り変えの機能を追加すれば良いことになります。

 このような8点式の点字入力キーボードを用いなくても、便宜的な方法として普通のパソコンのキーボードで代用させることが出来ます。この場合下から二段目のガイドキーを用いて6点を入力し、一番下の段の親指の位置に追加点をあて、スペース・バーはそのまま用い、下から三段目をファンクション・キーにあてると前に述べた点字入力キーボードと同じ機能を果たすことになります。その際、8つの点のキーの上に手触りの違うキャップをかぶせるなどの配慮をするとともに、どれかのファンクション・キーを用いてこのパソコン用キーボードを点字入力キーボードに切り変える信号を送り後はソフトウェアーで対応すれば良いということになります。このような兼用の方式はすでにイギリスなどで実施しております。いずれにしても点字入力キーボードやパソコン用キーボードとの兼用は技術的に十分可能な問題で、後は綿密な検討と製作が残っているだけと言うことが出来ます。

トップへ


おわりに

 今まで6項目に分けて多点点字の可能性と方向性を検討してまいりました。そこで最後に多点点字を取り上げる意味について考えてみたいと思います。

 まず第1は、点字に漢字を導入する場合6点式であれば別ですが、もし追加点を上か下に持って来るとすれば多点点字を考えざるを得ないということです。第2は、コンピューターのプログラミング言語を点字で表現する場合、普通の文字や数字の桁数を合わせる方が便利なため前置点を取り除いてフラグを追加点で表した方が効果的なので多点点字を必要とするからです。もし将来、この漢字とプログラミング言語における多点点字の導入がうまくいくということになった際には、さらに発展させて多点点字を一般化することも不可能ではありません。日本語の場合にはカタ仮名とひら仮名、漢字や数字、アルファベットや句読点などが入り混じって表記されています。さらに数字記号や理科記号あるいは外国語記号や楽譜などの表記法を加えますと、これらを6点点字の体系の中で規則的に書き分けることはかなり苦慮している問題なのです。そこで将来多点点字を用いてすっきりした表記の体系を作ることが出来れば問題解決を早めることになります。

 しかしながらそのような記号体系を考える場合には基礎的な問題から慎重に検討する必要があります。書きの問題である点字入力は余り問題はないと思われますが、読みの問題における6点の組み合わせの部分と追加点とのパラレル処理が一般の盲人に可能かどうかという問題は十分に検討する余地があります。特に6点の組み合わせ部分と追加点との間隔はどの程度が最適なのかという問題は一つの決め手となります。また読みのチャンク化と関連して文字と文字の間隔、つまりマス間をどの程度に設定すれば良いのかという問題もあります。そのへんの検討を良くしておいてからスタートしないとアイデア倒れになる危険性があります。

〔註〕本節は、昭和58年3月に開催された「点字シンポジウム」における講演内容に基づくもので本報告書のために改訂をおこなった。

出典:「コンピュータ利用による感覚代行・補償の方法に関する研究 −視覚・聴覚障害者教育について−」、pp95-112、(財)国際科学振興財団、日本アイ・ビー・エム(株)、1983年12月.


トップへ

目次に戻る