私たちが日頃読み書きしている点字は、身近な存在である。慣れ親しんでいるだけに、点字については何でもわかっているような気がして、疑問も湧いてこない。ところが、新しい点字印刷機械や、コンピュータを活用した点字情報処理装置の入出力端末機等を開発しようとすると、改めて調べてみなければならないことばかり目立つのである。調べてみると、日常茶飯事のことと思っていたことのなかに、興味深い事実を見い出すこともある。こんなことは常識だと思っていることを、科学的な見方で見直すことも必要ではなかろうか。
そこで、点字の大きさや形、あるいは手ざわりなどの性質などから順次取り上げていき、点字の読み取りや、書く道具のこと、更にコンピュータを活用した、点字情報処理装置の開発のことに触れてみたいと思っている。点字についての科学的な見方といっても、気軽な散歩のつもりで書き進めてみたいものである。
点字本はかさばるので、ポケットに入れられる1冊の英和辞典を点訳すると、100分冊以上にもなってしまうのである。1冊の点字本の情報量は一体どれくらいであろうか。今回はこの問題を取り上げてみることとする。
日本の多くの人は、点字本といえばB5判縦長の紙に、亜鉛板製版機とローラー印刷機で印刷したものを思い出すのが普通である。ところが、国際的に比較してみると、多くの種類の一つに過ぎないことがわかるのである。世界には、標準の大きさというものは無い。国によって、いや、同じ国でも点字出版所によって異なっている。更に、同じ点字出版所でも、その内容や用途などについて色々な大きさのものを出しているのである。次(ページ)の表は、10カ国と1地域の点字本について1ページの横と縦の長さをミリメートルで表し、1行のマス数と1ページの行数及び、1ページのマス数をそれぞれ表したものである。手に入ったものを計ったものであるから、それがその国で最も多く普及しているものと言うことはできないが、傾向はつかめるものである。
この表は国名、1ページのマス数の多い順にならべたものであるが、欧米諸国は参考のために入れた「点毎」より大きな判であり、アジア地域は日本の似た大きさであることがわかる。その上、インターポイントと言って、点と点の間に裏の点を印刷するため、1ページに多くの行数を入れているので、1ページのマス数も日本の2倍になっているところが多い。日本などは、判の大きさが小さい上に、インターラインと言って、行と行の間に裏の点字を印刷する方式なので、1ページのマス数は極めて少ないものとなっている。
日本人にはこの大きさが適当であるという意見もあるが、それは慣れのためであって、表などを作るときの便利さなども考えて、機器の開発の際には再検討されなければならない問題である。勿論、点字本の持ち運びや図書館の書架の高さなどで、判の大きさが制限されたり、亜鉛板製版機の修正のやりにくさや、目で見る人の不便のために、インターポイントが採用しにくかったという事情は理解できるが、これらの条件が不必要となる新しい機器の開発の際には、最も適したものを選ぶ必要があると思われるのである。
次に墨字との比較をしてみよう。日本の点字と同じB5判の活字で1ページに8ポで45字の32行で1440字入る。横105mm、縦148mmの岩波文庫でも、1行28字で24行1ページで672字入るのである。これを点訳すると、約1.5倍となるから、B5判の活字本1ページは点字の2160マスにあたり、点字の4ページ強となるのである。また、岩波文庫の1ページは、点字の約2ページ分となる。
ところで、点字本1冊では、180ページとして9万と1800マスの情報量という計算になる。約10万マスと覚えておくのが便利である。B5判で360ページ程度の活字本では、点字本1冊の約8倍の情報量が入ることがわかるのである。
点字は6つの点からなる一マスを基本単位としているが、その大きさは一体どのくらいであろうか? 今回はそのことを取り上げることとする。
日本で多くの人が古くから愛用してきたのは、仲村点字器製作所の点字器である。なかでも最も多く使われているのは、縦長の点字用紙(B5判)に1行32マス、1ページに18行書けるものである。これで書かれた点字の大きさをノギスで計った。
仲村製の点字器は手作りのため、点と点の間隔に100分の5mm程度の差を生じているが、それらは大勢に影響はない。点の中心と中心の距離を縦と横に計ってみた。縦では1・2点間は2.3mmで、2・3点間も2.3mmであるから、1・3点間は4.6mmである。横では1・4点間は2.1mmで、4の点と隣のマスの1の点との間隔(マス間)は、3.0mmであるから、一マスが占める横幅である1の点と隣のマスの1の点との間隔は5.1mmとなる。
B5判縦長の点字用紙の横幅から綴じしろを取ると、点字が書ける1行の長さは163mmとなる。そこに32マスを入れるには、マス間を含む一マスの横幅は5.1mmしか取れないというわけである。
最近では、この大きさに多くの点字使用者が慣れ親しんでいるためか、日本製点字板や懐中定期あるいは点字タイプライターや製版機に至るまで、この大きさに近いものが多く見られるのである。
ところが、以前にはもっと小さな点字が用いられていた。30年前に中途で失明した当時、私は37マスの点字板を使っていたが、その頃はそれを使う人はかなりいたように思う。更に戦前には45マスの点字板も使われていた。これらも同じ大きさの点字紙を用いるため、163mmを37や45で割ると、1マスの点字の大きさはかなり小ぶりのものになるのである。37マスの場合、1・4点間は1.8mmで、マス間の4・1点間は2.6mmであり、1の点と隣のマスの1の点の間隔は4.4mmとなる。45マスの場合は、1・4点間は1.5mmで、マス間の4・1点間は2.1mmであり、1の点と隣のマスの1の点の間隔は3.6mmしかないのである。
37マスと45マスのいずれの場合も、縦の1・2点間の長さは、横の1・4点間の長さよりやや長いが、その長さの比率は32マスの場合と同じである。
45マスの点字が世界最小のものとすれば、世界最大の点字はアメリカで中途失明者用に作られた「ジャイアンツドット」であろう。日本の点字紙の大きさに合うものが、アメリカのパーキンス盲学校で作られているが、点字板は1行15マス、携帯点字器は16マスで、いずれも2行書きで、しかも点字の大きさは全く同じである。横では1・4点間3.1mm、4・1点間(マス間)6.7mmで、1・1点間は9.8mmとなる。縦は1・2点間3.1mm、1・3点間6.2mmで、行間は10.6mmもある。一マスの点字の大きさも日本の約1.5倍と大きいが、マス間が日本の2倍以上で、一マスおきに書いたような錯覚を覚えるほどである。日本語のように、濁音や拗音などの二マスの文字を多く含む場合は実用的ではない。なお点字の直径についても、日本の多くが1.4mm程度であるのに対して、「ジャイアンツドット」の場合は1.8mmとかなり大ぶりになっている。
印刷されている点字本の点字の大きさも、世界各国で異なっている。8カ国と1地域、それに「点毎」を加えて、1・4点間の小さい順に並べたのが左の表である。横の1・4と4・1(マス間)及び縦の1・2と3・1(行間)が表されている。アジアが小さく、チェコとソ連は「ジャイアンツドット」と似ているが、マス間はそれほどでもないことがわかる。アジアはマス間も小さいが「点毎」のマス間は欧米型である。縦の1・2点間には大きな差は見られない。行間が5mm前後の国はインターポイントで、日本と(台湾)はインターラインである。アメリカの点字は大きいというが、文字ではなくマス間に差があることがわかる。次回は、みかけの大きさを規定する文字とマス間の比率を取り上げることとする。
「プロポーションが良い」と言えば、均整のとれた曲線美を連想されるであろう。「プロポーション」とは、元来「比率」「比例」「釣り合い」などを表す言葉である。点字の大きさの問題を考えていくと、絶対的な寸法だけではなく、一マスの中の点と点の間隔と、隣のマスとの比率が問題となってくる。また点と点の間隔と、点の直径との比率も見逃すわけにはいかない。今回は、これらの問題を取り上げることとする。
「パーキンスブレーラーで書かれた点字は大きい」と言う人が多い。ほんとにそうであろうか。仲村製の点字器と比べてみると、縦の1・2点間と2・3点間は2.3mmと全く同じである。横の1・4点間は、仲村製の2.1mmよりも0.2mmだけ長い2.3mmである。一マスの点字の大きさはほとんど同じと考えても良い。ところが、隣のマスとのマス間に当たる4・1点間は、仲村製の点字器の3mmに対して1mmも大きい4mmである。つまりマスとマスとの間隔が離れると、点字そのものが大きいと錯覚させられることがわかる。
パーキンスブレーラーで書かれた点字の測定値から推察すると、これらの寸法は、アメリカの点字の標準規格に基づいているらしいことがわかる。アメリカの点字の標準規格というのは、インチサイズで定められている。縦の1・2点間と2・3点間及び横の1・4点間は0.09インチ(2.286mm)である。また1の点と隣のマスの1の点との間隔は4分の1インチ(6.35mm)であるから、マス間に当たる4・1点間は0.16インチ(4.064mm)となる。
パーキンスブレーラーの基となっているこの標準規格は、何を根拠に定められたか長い間疑問に思っていた。確かに中途失明者の入門期指導などでは、一マスの文字がまとまって他のマスとの区別が容易であるから、読みやすさの実験に基づいて決めたものであろうか。それにしても、日本語の濁点や拗音点のように、英語の略字の前置点が、次のマスと離れすぎると感じないのであろうか。いやそれは習慣の問題であろう、などといろいろ考えていたとき、ふとしたことから根拠らしいものを推察する機会を得た。
それは「改訂日本点字表記法」の、墨字印刷のための活字を設計しているときである。正方形の活字の中に、縦長の点字と程良いマス間を定める努力の末、程良い比率を得た。一辺50mmの正方形の中に描いたものを、9分の1の大きさにして見やすい活字を作ったが、たまたま8分の1にすると、アメリカの標準規格とピッタリ一致したのである。そこで、この標準規格は正方形の中の計算で出されたものではないか、と推察したのである。
日本には標準規格は無く、経験に基づいて仲村製の点字器は、32マスも37マスも、それに45マスも同じ比率を用いている。「点字複製装置」の開発に際して、発泡点字でより良い比率を求めた実験を行った。
B5判は縦長1行を30マスとすると、一マス分の横幅は5.3mmとなる。そこで、これを前提として、4の点を0.1mm刻みに左右に動かして、1・4点間と4・1点間の程良い比率を求めた。それによると、1・4点間が2.2mm、4・1点間が3.1mm、その比率が1.41が最も良く、2.0mmと3.3mmで比率1.65ではマス間があきすぎているという感想が聞かれたのである。そこで発泡インク方式の点字は1・4点間を2.2mm、4・1点間を3.1mmと定めた。
いろいろな種類の点字の1・4点間の比率を比較してみよう。マスの間の4・1点間を、点間の1・4点間で割った比率を小さい順に並べたのが左の表である。点字器はゴチック体(太字)で表した。
ソ連とチェコ及び(ジャイアンツドット)は、点字そのものが大きすぎるから比較しにくいが、おおよそ1.4〜1.8の間であれば我々には慣れている範囲である。
アメリカの標準規格は1.78(0.16/0.09インチ)であり、アポロブレーラーやブレールマスターのラインプリンターは1.5である。
なお、1・4点間と点の直径を相互に換えた実験では、点の直径を1・4点間で割った比率が0.6〜0.7、つまり3分の2程度が良く、0.4では点が小さすぎることがわかった。
点字の要素である一つの点の形は、玉を半分に割ったようなもので、表面の滑らかな点を想像する人が案外多い。私も最初そうであった。今回は点の形と手ざわりを取り上げた。
一つの点の直径は1.5mm程度、高さは0.4mm程度が普通である。点の高さが0.1mm程度であっても全く読めないということにはならないが、0.3mm以下では初心者、殊に中途失明者には刺激が弱すぎる。0.5mm以上では刺激も強すぎ、点の腰が弱くてつぶれやすい。点の高さは、0.3〜0.5mmの範囲であれば、おおむね良好である。
亜鉛板印刷機で刷りたての点字はこの範囲に入っている。発泡インクの点字では0.4mm弱を標準とし、ブレールマスターのラインプリンターでは、0.4〜0.5mmの範囲に収めている。
点の高さというのは、基盤となる紙の表面から点の中心部までの垂直方向の長さを意味している。また、点の直径というのは、点の「ふもと」、つまり基盤となる紙の表面に接している部分の、水平方向の差し渡しを意味する。それでは、点の周辺部の高さや「みね」の差し渡し、言い換えれば点の形はどうか。
点を上から見下ろした水平面の形は円である。点字を書く道具や書き方などで多少くずれることはあるが、おおむね正円である。この円の中心を通る垂直面の断面図を、表面荒さ計などを用いて描いてみると、角の丸まった長方形と言うことができる。全体として平底の鍋を伏せたような形で、「みね」の直径は1.2mm程度、周辺部の高さは0.3mm程度と上角がとれている。
数年前ある人が、「試作中の点字タイプライターで、いい点がでないのだが」と相談にきた。なるほど点の先が小さく尖っていて破れてもいた。たずねてみると、針の先端と受け枠を、苦労して半球状にしたと言うのである。そこで、円筒形の針と受け枠の角をとってみるようにすすめると、点の形も良くなり、細工もずっと楽とのことであった。
紙を針で受け枠に押しつけて書くとき、半球状では点の先にだけ力がかかり、紙が破れてしまう。円筒形の場合は、針の先は平らで広いから先端部は破れず、周辺部の紙の繊維がほぐれて点が押し出され、それを受け枠に押しつけて形を整えるのである。点字タイプライターや点字器の多くが、針や受け枠を角の丸まった円筒形にしているのはそのためであろう。
こうみてくると、点字を衝撃的に打つのではなく、押し出すように書くことが、破れないきれいな点字を書くこつであることがわかる。更に、読む場合も半球状では小さく尖った先端部が、指先を疲労させ過敏にさせるとともに、点もつぶれやすい。これに対して、角の丸まった円筒形では、先端部の面積が広いため、横方向に移動する指先への刺激が強いわりには疲労が少なく、点もつぶれにくいのである。
紙に書かれた点字の手ざわりはよく、長時間の読書にも耐える。顕微鏡で調べてみると、紙の繊維がからんでいて凹凸が多く、しかも周辺部は紙がほぐれてけばだっている。この凹凸が摩擦面積を減らし、ケバがビロードの表面をなでるときのようになびいて、すべるような感触を与える。
これに対し、「ネームテープ」(ダイモテープ)、「タックペーパー」などのような合成紙では、表面が滑らかで凹凸がないから、摩擦面積が広く指先がひっかかる。ちょうど鏡をこするときのように、平らな表面ほど摩擦抵抗は大きい。
同じ合成紙でも、サーモフォームの用紙「ブレイロン」の場合は、表面にみかんの皮のような凹凸が顕微鏡にうつる。これは、表面に縮みをかけて、摩擦面積を減らしているものと思われる。そのため紙ほどではないが、ある程度の時間、読書を継続することができる。
「点字ジャーナル」に用いられている固形点字は、最初ベタつきが多く、すべりも悪かった。私は指先にシッカロールをつけて、摩擦抵抗を減らして読んでいた。その後インクの配合を変え、熱乾燥の時間を長くしてベタつきも減り、摩擦抵抗も少なくなり読みやすくなった。
発泡インク方式は、印刷乾燥後熱を加えると、インクの中で無数の気泡がシャボン玉のようにふくらみ、一房のぶどうのような点が盛り上がる。このように表面に凹凸があり、摩擦抵抗が多くないのに、開発の初期には多少ベタつきがあった。そこで、熱のかけ方で気泡の大きさを調節したり、インクを変えたり、インクに微粒子の活剤を混ぜて、気泡を包む膜の表面の摩擦抵抗を減らしたりした結果、紙の手ざわりに近いものが安定して得られるようになった。
点字の手ざわりは微妙である。ネームテープやタックペーパーのように、ちょっと読むだけのものは表面が平滑でもよいが、長時間読むものは表面の凹凸のため摩擦の面積の少ないもので、しかもある程度弾力があるものが必要とされる。また、合成紙は吸湿性が少ないのに対して、紙はもとより、台紙に印刷する発泡や固形の点字も吸湿性がよいと言えるのである。
前回までに、1冊の点字本、一マスの点字、点と点の間隔、一つの点の形や手ざわりと、次第に小さいものへと話題を変えてきた。それでもまだ、手元に確かめることができる点そのものが存在していた。今回から4回にわたり、これらの点字がどのようにして読み取られていくかという問題を取り上げるが、人の大脳の中は、いわばブラックボックスで直接確かめることができない。そこで、多くの状況証拠を整理し、関連づけて類推し、解釈していかなければならない。今回はまず点字のイメージの問題を取り上げることとする。
点字の(メ)の字は、どのようなイメージで捕らえられているのか。一見、縦長の長方形と、共通して答えるのではないかと思われがちである。ところが、先天盲と中途失明では異なり、点字の読みが速いか遅いかでもだいぶ異なっている。大阪府盲の岩坪和子教諭が、私どもの研究所に内地留学していた昭和54年度に行った研究をふまえて、説明してみたい。
大阪府盲の児童・生徒・卒業生及び職員で、点字使用者122名(その内先天盲42名、3歳以後の中途失明80名)に対して、清音46文字の順序を変えて、1行5字ずつ一マスあけで提示した。1文字ごとに、「どのようなかたちで捕らえているか」、「どの点とどの点がくっつき、どの点とどの点が離れて感じるか」を答えてもらい、その結果を分析している。
(ア)や(ワ)はもとよりのこと、(ナカヤ)も離れた点として感じている。それに対して(ニ)や(イ)は縦線、(ウ)や(フ)は横線として、縦や横の隣の点はくっついて感じている。更に、(クヌユハ)は横線と離れた点として感じている。これらは仲村製の点字器で書かれたものであるが、点と点の間隔に置き換えて考えてみよう。1・3点間は4.6mm、また1・6点間は5.0mmであり、「点毎」などのインターポイントの点字の行と行の間隔に近いから、(ナフカヤクハ)などを離れて感じるのは当然であろう。一方、1・4点間は2.1mmで、1・2点間や2・3点間は2.3mmであるが、(ウフイニ)などを、多くの人が点と点をくっつけて横線や縦線に感じているのは、触覚の特性と点字の読みの問題を考える上で興味深い。それでは、点と点を離れて感じるか、くっついて感じるかの分かれ目はどの辺りであろうか。
(オ)や(コ)は斜め線や折れ線として感じる人と、離れた点として感じる人に分かれる。ところが、(エ)や(キ)では、離れて感じる人が減って、一筆の折れ線と感じる人が増える。これは横や縦の連続に意識が移り、斜めの点を連続線の中に吸収するからではなかろうか。このように2・4点間や2・6点間の3.1mmというのは、離れて感じるかくっついて感じるかの境目で、その他の点の影響を強く受けて相対的に変化するものと思われる。このことは、文字と文字との境目であるマス間が3.0〜4.0mmであったことを思い合わせるとうなずける。ただ、連続と分離の境目は個人差が大きく、斜めの要素を持つ点字のイメージは、失明の時期や読みの速度によって異なるのである。
1分間の読字数で分けて、先天盲で速い(270字以上)、先天盲で遅い(200字以下)、中失で速い(250字以上)、中失で遅い(100字以下)の4つのグループについて比べてみる。
(ヘ)は速さに関係なく、先天盲は縦線と点または横線と点と感じ、中失は一筆の折れ線と感じる。(レメセ)は、先天盲で速いのは縦線2本か横線2〜3本に感じ、先天盲の遅いのと中失の多くが、四角形や長四角及びその左下が欠けた形として捕らえている。(エケ)は速さにかかわりなく、先天盲は横線と点、中失は一筆の折れ線と感じるのが多い。(キシソ)はいずれのグループも多様化するが、どちらかと言えば、先天盲の速いのは縦線、中失の速いのは一筆の折れ線、両者ともに遅いのは角のとれた長四角や三角形と感じている。
スピアマンの触覚計で、接近している2点を区別できる距離を計ってみると、2点間弁別域の良い(0.5〜1.0mm)のと、悪い(2.5〜3.0mm)のは、それぞれ13名ずつで、残りの96名は1.5〜2.0mmであったが、これも加えて全体の傾向をまとめてみる。
点字を横線か分離した点として見る傾向は、弁別域の良い者に多いが、読みの速度には関係がない。また、縦線や一筆の折れ線と見る傾向は、弁別域とは関係がないが、読みの速い者に多い。更に、面図形として捕らえる傾向は、弁別域も悪く読みの遅い者に多い。
すべての人が同じように感じるものを除いて、読みの速い人は縦線か一筆の折れ線、遅い人は四角などの面と感じることは、読みの解明に意味が深い。
点字を目で読む人もいれば、唇で読む人もいるが、盲人の多くは手指で読んでいる。しかし、ほんとうに手指で読むと言い切って良いのであろうか。点字を習いはじめた中途失明者が、手指をお湯やクリームで柔らかくしたという、涙ぐましい話を聞いたことがあるが、すべてを手指のせいにしただけでは効果がない。まず触覚の話から始めよう。
多くの人が点字に触れるのは、右か左の人差し指の末節で、掌側の皮膚である。ここは、ゴムの膜のように弾力的な組織で、厚さ0.5mm程度の表皮と、その下の厚さ1mm程度の真皮が、毛細血管や脂肪に富む皮下組織の上に重なっている。ここに、種類の異なった触覚細胞がある。
表皮の表面にはうぶ毛もなく、一見なめらかと思われがちであるが、指紋を形作る突起や汗腺の出口などでデコボコしている。表皮には、メルケル触覚細胞という6〜12ミクロンの卵形の細胞がある。また、真皮が表皮に突出したところに、長さ0.04〜0.1mm、幅0.03〜0.06mmで、だ円形のマイスネル触覚小体がある。さらに、真皮と皮下組織との境目や皮下組織の中に、長さ2.0〜4.5mm、幅1〜2mmで、だ円形のファーテル・パチニ小体がある。2つの小体は、多くの触覚細胞から成り、物の識別に適しているが、マイスネル触覚小体はいわゆる触覚に、ファーテル・パチニ小体はオプタコンのような振動触覚に適する。
これらの触覚細胞は物に触れたり振動を受けると変形し、電気信号のようなインパルスを出す。これが神経を通って大脳に伝えられ、はじめて触覚となるのである。この通り道をたどってみよう。人差し指の末節の触覚からのインパルスは、人差し指の親指側と中指側をそれぞれ通る2本の枝を通って掌の付け根で合し、一本の正中神経をさかのぼり、脇の下から鎖骨下部を通り首の付け根で脊髄に入る。第6〜第8頚髄の後根細胞にいったん入るがここでは休まず、この細胞から出るもう一つの枝である、長後根繊維を通って脊髄の後外側をさかのぼり、頭と首の境目のところにある延髄のブルダッハ核に至る。つまり、第6〜第8頚髄の後根細胞から、手指の触覚細胞と延髄にそれぞれ伸びた2本の神経路を通って一気に延髄に達する。ここまでは左右の人差し指からのインパルスは、それぞれ同じ側の神経路をさかのぼっている。ところが延髄のブルダッハ核から出た繊維にはすぐに左右を交差させるので、左右のインパルスは反対側を通って前に進み、中脳を経て間脳の視床にある腹側核に伝えられる。ここで細胞を変えて、大脳皮質の頭頂葉にある中心後回に達する。ここでは触覚のイメージだけが得られるので、この付近に点字を文字として読み取る触読中枢があってもよいはずである。
触読中枢について解剖学的生理学的追求はさておき、前回の「点字のイメージ」であらわれた問題を、文字の読み取りと関連づけて考えたい。
まず、約90パーセントの人が2点弁別域が2.0mm以下と良いのに、それより離れた1・2点間(2.3mm)を縦線とつなげてしまうのは何故かという問題である。これは触覚細胞を並べている皮膚の弾力性の問題と関係があろう。たとえばゴムの薄い膜を張って、下から2本のマッチ棒で押し上げたとする。離れていれば二子山ができるのに、近づくと2つの頂点を結ぶ「みね」がせり上がり稜線ができる。皮膚では3mm以下でこの傾向が現れ、2点がつながってしまうのであろう。しかし熟練した読み手はあまり圧力をかけないから、2mm程度でも2つに分離して捕らえることもできる。
点字は行をたどって横に読むから、逆に手を止めたと考えると、点字の方が右から左へ流れて行くこととなる。その場合1・2・3の点は3段になって、それぞれ別の触覚を触れて行くので、先程の制止した状態での説明と同じでもよい。その意味で、2点間弁別の良い読み手が(メ)を横線3本と答えたり、(ル)を横線と離れた点と答えることが理解できる。
ところが、1・4点間や4・1点間の問題は、一つの触覚に次々に点が現れるから、距離だけでなく時間や速度を加えて、動的に捕らえる必要がある。二つの点が0.2秒より接近して現れると一つにつながりはじめるから、1分間に150マス以上の読み手では、1・4の点がつながってしまうということになる。その意味で、(メ)を横線3本と読む先天盲の速い読み手の理由がわかる。特に2点弁別域の良い速い読み手の場合は、先ほどの縦の関係も考慮すればよく理解できる。ところが(メ)を、速い読み手が縦棒2本と捕えたり、遅い読み手が縦長の長方形と捕える理由は、これほど単純ではないので次回に取り上げる。
前回、(メ)を、速い読み手は縦棒2本と捕え、遅い読み手は縦長の長方形と捕えるのはなぜか、という問題が残されていた。この宿題を解くには、触読のある瞬間を捕えた縦の問題と、時間の流れに沿った横の問題を分けて考える必要がある。ここでは、北海道大学の伊福部達・助教授が、耳の聞こえない人に音声を触らせる「触知ヴォコーダー」の基礎として行った、手指の触覚の情報伝達に関する研究を参考に、点字触読を考えてみたい。
人差し指の指頭の縦1列に振動刺激を3mm間隔で与えると、同時に4点までは問題がないが、5点以上では伝達量の伸びが急速に落ちる。このことは、8点式の漢点字がスムーズに読める盲人の経験からもうなずける。また、ルイ・ブライユが、バルビエの12点点字の縦6点を、読みにくいという理由で縦3点の6点点字に変えたわけもこれで理解できる。
一つの点は、刺激があるかないかの二通りであるから、4点だと2の4乗で16通りの組み合わせが同時に飛び込んでくることとなる。6点点字の場合でも、2の3乗で8通りの組み合わせとなる。0.1秒程度の短い時間で判断するには、8個の選択肢はいかにも多すぎる。これを実質的に減らすことはできないであろうか。隣の点と結んで、2点や3点から縦棒1本のイメージをまとめあげればよいのである。3mm以下では2点が干渉しはじめ、弁別しにくくなることはすでに述べたが、むしろたとえ2点が弁別できても、それらをあえて一つとみる方が短時間の判断に有利である。
(ニ)は長い棒、(ナ)は中抜きの長い棒、(イ)と(ヰ)は短い棒の位置が上と下、(「ア」 促音 「ワ」)は一つの点でその位置が上中下となる。そこで、位置の判断を点や棒の判断と平行して同時に行うと、点のない場合を含めて選択肢は5個となる。この程度であれば、熟練者には0.1秒以内でも判断できる。なお、8点式漢点字の上の点は、漢字であるかないかを表すだけであるから、一つ上の分類に位置づければ、漢字のグループとその他のグループの選択肢は、それぞれ5個のままでよいのである。
要するに、縦棒のイメージを作り、点の位置の情報と組み合わせることによって同時に判断する選択肢を減らしているのである。この場合、1・2・3の点と4・5・6の点の二つの系列はそれぞれ別々に読み取り、大脳の直後記憶の中で組み合わせて一つの文字を読み取っているものと思われるが、まず横の問題に触れてから取り上げることとする。
一つの刺激に続いて、それよりやや弱い刺激を同じ触覚点に与える場合、その時間差が0.2秒以内に近づくと、あとの刺激は前の刺激に邪魔されてより小さく感ずる。逆に、あとの刺激の方が大きい場合には、0.1秒以内に近づくと、前の刺激はより小さく感ずるようになる。
1の点と4の点では、刺激の大きさは同じとみてよいが、前に1の点が刺激した触覚点を、続いて4の点が刺激することになるので、その通過時間によっては、4の点や1の点に抑制が起こることが考えられる。読みの速さが1分間に120マスの場合、1文字当たり0.5秒であるから、その4割の1・4点間は0.2秒で通過する。240マスの場合はその半分の0.1秒である。そこで、1分間に120マス以上の速さで読むと、1の点に続く4の点がやや弱く感ずるようになるのではないか。しかしながら、1分間に240マス以上の速さで読むと、次に4の点が現れるとすでに通り過ぎた1の点が弱く感ずるようになるのであろう。
このことから、1分間240マス以上の速い読み手は、4・5・6の点の系列の組み合わせがくる前に、言い換えれば0.1秒以内に、1・2・3の点の系列の組み合わせを読み取ろうとする理由がわかる。同じく4・5・6の点の系列の組み合わせも、続く0.1秒以内に読み取ろうとするので、先に述べた縦の選択肢を減らす方式で読み取り、直後記憶で1文字に結びつけるのが、縦棒2本の(メ)のイメージの意味であろう。なお、いくら速い読み手といっても限界がある。一つの点の通過に0.03秒程度の時間を必要とするので、1分間に800マス以上の場合、1・4点間は連続して読み取りは困難となるはずである。
ところで、遅い読み手は縦と横とを同時に結びつけて、1回で1文字を読み取ろうとするから選択肢は64通りとなり、処理時間がかかることになる。更に、手指に圧力をかけて横だけではなく縦にも動かしながら、文字全体の形を探ろうとする。そのため、縦長の長方形のイメージから脱しきれないのではないだろうか。それに比べれば、(メ)を横3本のイメージで捕える読み手の方が処理時間は短い。しかしながら、0.1秒の壁を超える以前に作られた横のイメージを断ち切って、縦のイメージを強めることが、より速い読み手になるために問われているということができる。次回は、文字から文への触読を取り上げる。
点字で書かれた文章の触読の仕組みの問題を今回は取り上げる。まず、本題に入る前に、「不思議な数7」のことについて触れておいた方が良さそうである。
人間の記憶に関する観察や実験を重ねているうちに、ジョージ・A・ミラーは、共通する不思議な現象を見いだして、「マジックナンバー7±2」と称した。これを前回の「縦と横」に沿って説明する。ある瞬間に目で同時に見たものを記憶できるのは7個が標準で、ほとんど5個から9個の範囲に収まるという。この場合の「見たもの」とは、文字や数字あるいは図形などである。触覚の場合、前回述べたように、振動点の数で5個以上は困難となり、同時に記憶できるのは辛うじて6程度までである。聴覚の場合はもっと厳しいから、同時記憶では視覚と聴覚の間に、触覚が位置しているということになる。
ところが横、つまり時間の流れに沿った刺激の提示では、これらの3者の記憶にはほとんど差がない。いずれの場合も、次々に与えられる刺激を、7の前後2個ぐらいまでは記憶し再現できる。知能検査の数称で行うように、数字や文字の無意味な系列を次々に与えると、10以上では記憶し再現することが困難となり、前の方から忘れてしまうということを、私たちは日ごろ経験している。
幸いなことに実際の生活では、この7の前後を超えないうちに、一つ上の単位の何かに置き換えて記憶しているのである。例えば、モールス信号の場合、「ツートトト」を「は」に置き換え、「トツー」を「い」に置き換えたあとで、一つ上の単位の「はい」という言葉に置き換えて聞き取っている。このように、より上の単位に置き換えることを、ミラーは「チャンク化」と言っている。情報理論では、いったんある「コード」に置き換えたあとで、再びより上の単位の「コード」に置き換えるという意味で、「再コード化」と言っている。私どもの研究所の電話交換手の上野美江さんは、市外局番を地名に置き換え、市内局番と4けたの番号をそれぞれひとかたまりにして聞き取ってしまうから、一度聞き終わると覚えてしまっている。また、囲碁や将棋で、どの定石をどの局面で変えたかだけを記憶すると、対局後全局面を再現できることは、記憶の「コツ」が再コード化にあることを示している。この場合の定石や数学の公式などは、高いレベルでの「要約的コード」である。ところで、散歩は横道に迷い込んだように思われるかもしれないが、時間の流れに沿った再コード化こそが、点字触読の仕組みを解くカギの一つなのである。次々に入り込んでくる点の群れを、いくつものチャンクごとに再コード化していく過程を順次述べよう。
前回述べたように、1分間に240マス以上の速い読み手は、0.1秒以内に縦の1・2・3の点か4・5・6の点の系列をそれぞれ読み取ってしまう。その上で大脳の短期記憶のシステムの中で、この2列を結びつけて一つ上の文字のレベルで再コード化する。この場合、4・1点間のマス間の通過時間は文字合成の処理の時間を与えていることになる。読み取られたこれらのまだ無意味な文字群は、やはり7の前後を超えないうちに、単語のレベルの意味の単位に再コード化される。続いて、これらに助詞や助動詞が結びついて、文節のレベルに再コード化される。これに役立っているのが、分かち書きのマスあけである。『改訂日本点字表記法』で、分かち書きの原則を文節に置いている理由の一つは、ここにあるのである。
ついでに、複合語や固有名詞内部の切れ続きの問題にも触れておこう。これらは本来、文節の一つ下のレベルであるから、分かち書きの原則ではマスあけできない。しかしながら、文字数が多いので助詞や助動詞も加えると、10マスをはるかに超えることも多くなる。そこで、意味の単位に再コード化する場合、文節の一つ下のレベルで、「横浜 国立 大学」などと区切っておいた方が有利である。
再コード化の場合、「不思議な数7」以内に収める問題とともに、次々に押し寄せる点の群れに対応する形で、チャンクごとに文字のリストや単語の辞書を、速く流れる触覚的イメージとして作り上げておくことが有効である。速い読み手が持つ点字やなじみの単語の触覚的イメージは、その意味で合理的にできている。また、区切り目のマスあけの通過時間は、記憶されている辞書と文字群との意味の対応をする処理時間に当てられているので、大切なものである。
次に、主語と述語や飾り言葉と飾られ言葉の関係など、文節相互の関係を手がかりとして文のレベルへと再コード化する。この場合、読点があると二マスあけ以上に有利であることは、人前での朗読で読点に助けられた経験の持ち主には意識されている。段落や話の筋などのレベルでの再コード化は、「要約」によって規定される。このレベルでは要点筆記のメモのように内容を自分でまとめて記憶している。
さて、今まで述べてきた各レベルでの再コード化は、いわば触読の繰り上がりの過程である。言語心理学者のグッドマンは、「読みとは予想遊びである」と言っている。推理小説などでは、胸をわくわくさせて先の展開を予想しながら読み進むが、程度の差こそあれすべての読みに言えることである。この場合、話の筋に始まって、段落、文、文節、単語、文字、点の有り無しなどと、再コード化とは逆に上のレベルからより下のレベルへと、次第に細かく予想していく。これが、触読の繰り下がりの過程で、試験の穴うめ問題が解けるのも、この過程での文脈からの予想によるのである。この繰り上がりと繰り下がりの過程を活用できる人こそ、速くて確かな読み手となるのである。
最近、コンピュータ殊にマイクロコンピュータの技術の伸展は著しい。今回から4回にわたって、コンピュータによる点字の情報処理の問題を取り上げる。前回まで4回にわたって、人間による点字触読の問題を取り上げてきたので、まずコンピュータによる点字読み取りの問題から取り上げることとする。
十数年前、日本点字図書館と東京都立心身障害者福祉センター周辺のユーザーが集まり、東伸電気の古林順さんを囲んで視覚障害補償機器開発研究会を発足させて、点字カセットシステムと超音波歩行眼鏡の研究が開始された。この二つともに、後に通産省の委託研究に取り上げられたもののほう芽であった。点字カセットシステムの研究は、当時紙のない点字の実現を目指していたが、10年ほど前から当面の目標を点字複製の研究に設定した。そこで、奉仕者によって点訳された1枚の点字シートを、自動的に読み取って編集・校正し、必要な部数印刷するというシステムの中で、点字自動読み取りの研究が開始された。
東京工業大学の長谷川健介教授を中心に、いろいろな読み取り方法が検討された。手指の触覚と同じように、触覚センサーを用いて凸点を検出する方法も試みられた。この方法は、装置の小型化と堅ろう化に問題があったので、光電式が採用されるようになった。点字の凸面に斜め45度の角度から光を当て、凸点の影を他の反射光と区別して、光電センサーで検出する方法である。
手指を動かすように、点字シートの上を光電センサーと光源を動かしていくことも考えられたが、装置を安定させるためには点字シートの方を動かす方が良いということになった。光電センサーの数も、最初は1行分ずつ読んでいくのに必要なものであったが、CCDラインセンサーを用いて、1往復で1ページ分が同時に読み取れるものとなった。この場合、縦の1列を同時に検出できるCCDラインセンサーの下を横に1往復させると、行きに行間やマス間などを検出し、帰りに1ページ分の点字を読み取って記憶するという方式なのである。
これらの先行研究は、昭和51年度から3年間、通産省の委託で松下技研が行った「点字複製装置」の実用化研究にも引き継がれた。ここでも最初、平面に置いた点字シートを動かして検出する方法が検討されたが、最終的には円筒による回転方式が採用された。現在「点字教材作製設備」として、盲学校などに設備されている「ブレールマスター」の中に組み込まれている点字自動読み取り装置がそれである。普通の点字紙(B5判縦長)の片面に書かれた点字シートを、かまぼこ型のガラス面の上に凸面を上にして乗せてふたをし、スイッチを押すと30秒程度で1ページ分を読み取ってしまう。このかまぼこ型のガラス面の内側の円筒形の空間を、光源とセンサーが高速で回転しながら下りて行くのである。1mm下りる間に3回転しているので、ちょうど人工衛星のランドサットが地球上の映像を映すときのように、少しずつ斜めにずれながら螺旋状に点字シートを映し出して行くのである。ガラス面には点字シートの裏面がぴったりくっついているから、点字のへこんだ面にできる影を読み取ることとなる。これは晴眼者が裏から読む読み方と似ているが、単眼(1点)のセンサーといえ速い読み手である。また、1mm下がるのに3回転であるから、直径1.5mmとして一つの点を5回転で横切るという精密さでもある。
一つの点の認識は、一定の面積の中に入る影の数をたして点を判断し、少なすぎるものや多すぎるものは、点以外のものとして排除する。点字シートには、原稿用紙やノートのように枠や罫線がないから、その点が何の点であるかを特定するのがむずかしい。そこで、点字の1行分記憶したところで、行間やマス間あるいは点間や点の位置を判断し、書かれた点字板やタイプライターの寸法に従って点の位置を決定する。言い換えれば、1行ごとに点字器を変えても読み取れるということになる。しかしながら、行のずれは最も認識しにくい。行頭の1・4の点と行末の3・6の点が同じ高さになるほどずれると、読み取れなくなってしまう。人間ほど融通がきかないのである。点の位置が決まれば、そのマスの点の組み合わせを表す点字コードに変換して記憶させておく。それから先は編集や出力の問題である。
ところで、この読み取り機でどの程度正確に読み取れるかという問題は、どんな点字器を用い、どのような書き方をしたかによってだいぶ異なる。点字板で盲人が点写する場合、1の点の位置を探ったあとが残っていると、それを読み取ってしまうので全マス数のうち正しく読んだマス数は、きれいに書いた人ので99.2%程度、点筆が斜めになって点がゆがんだ人のはもっと悪くなった。パーキンスブレーラーの場合は、マス間が広く点間や行間の寸法も安定している。また、紙が汚れていないことも必要であり、点の高さがきれいにそろっていることも良い条件となる。そこで、パーキンスブレーラーにナロー・ペーパー・アタッチメントをつけて、縦長の紙の行送りを安定させて、きれいな紙に点字専門家が書いた場合、99.98%の正しい読み取りができた。なお、両面に書かれた点字シートの読み取りは、実験段階で99%程度で読めてはいるが、実用機として安定したものとするためには、さらに改良が必要である。
欧米では、点字入力として英文タイプと同じ配置のキーボードで打ち込んだり、印刷されたアルファベットを読み取ったものや、すでに電気信号になっているアルファベットなどから点字に変換したり、直接点字キーで打ち込む研究や開発は行われているが、点字シートを読み取る装置の研究は見当たらない。それが日本で実現したのは、漢字かな交じり文の自動読み取りの研究に時間がかかっているので、少しでも早く多種類の点字書を読みたいというユーザーの願いが、研究をバックアップした結果と言えよう。
コンピュータの中にある点字はそのままでは読むことができない。触覚で読みやすい形で取り出さなければならない。これが点字の出力である。これには点字印刷装置、点字ラインプリンタ、点字シリアルプリンタ、点字ディスプレイなどがある。
世界各国で開発された点字製版・印刷装置にはいろいろなものがあるが、日本のものを中心に2,3紹介してみよう。通産省の「点字複製装置」の出力の一つとして、発砲インクによる点字印刷システムが開発されている。コンピュータの中に蓄えられている点字をプラスチックの薄いフィルムに点字の位置の点を打ち抜く形で打ち出し、まず版シートを作製する。B5判縦長1ページ24行、1行30マスで2分40秒程度である。この版シートを絹織りの網(シルクスクリーン)の上に張り付けて、発泡剤を混ぜた水性のインクで謄写印刷のように印刷し、乾燥した後加熱したローラーに通すと、発泡剤がふくれて点字が盛り上がる。手ざわりも点字紙に打ち出したものに近く、こすったり、押したり、水にぬらしても、点が取れたりつぶれたりしにくい。また、地図や図面などと重ね刷りしたり、点字や図に色を付けたり、墨字と重ね刷りすることもできる。そのため、晴眼者と対話をしながら読む絵本や地図などには向いている。しかしながら、これは一度に1千部単位で大量に印刷するような出版には向いているが、一度に200冊出ればベストセラーで、しかも長年にわたって少しずつ注文が舞い込む点字書籍の印刷の実情には合わないのである。
その点、亜鉛板製版・印刷方式は、時々来る1冊ずつの注文にもすぐ応ずることができるので、日本の点字書籍出版の現状に適している。そこで、日本点字図書館や日本ライトハウスでは、コンピュータの点字データを小林鉄工所製の電動点字製版機で亜鉛板に打ち出して、従来のローラー印刷機で印刷しているのである。さらに、日本点字図書館を中心とする視覚障害補償機器開発研究会では、点字カセットシステムの研究の一環として自動亜鉛板製版機の開発も行っている。小林鉄工所と提携して、現在までに1ページ打ち終わると亜鉛板を自動的に反転させて、続けて裏面も合計4分程度で製版できるところまできている。また、B5判縦長1ページ24行で、1行31マスの両面製版を検討しているがうまくいきそうである。これはインターポイントといって、「点字毎日」と同じように表の1・2・4・5の点、つまり「レ」の字の対角線の交点の位置に裏の2の点がくるというように、表と裏の点が横と縦に、それぞれ1・4点間と1・2点間の半分だけずれるという方式をとることになる。これによって5割増しの点字が製版できるから、3冊の分冊が2冊ですむ計算になるのである。さらに、6点を打ち出すヘッド横と縦の2方向へのステップモーターで動かしているから、プログラム次第でマス間と行間を自由に設定できる。そこで1行のマス数にこだわらなければ、点間とマス間の読み心地の良いプロポーションを得ることができる。その上、マス間と行間を点間と同じに設定すれば、縦横等間隔の方眼目盛りが得られるから、現在よりきれいな点図を描くことができる。
ところが、亜鉛板製版・印刷方式の最大の欠点は、重い亜鉛板を大量に保管することにある。将来は、製版しないでコンピュータから直接印刷する方式が開発される必要がある。その意味で、スウェーデンで試作されたゾルタン点字印刷機は着想が優れている。1ページ29行、1行36マス分のピンが内から外に飛び出すことができる円筒が二つあり、コンピュータの指令で電磁石が働き、30秒程度で点字データに相当するピンのセットを終わる。1秒間に4,5回転の速さで回転するこの二つの円筒の間をロール紙が通ると、両面に点字が印刷され、カッターで自動的にカットされていく方式で、大量の印刷を高速で行うことができる上に、製版や版材の保存がいらない。これは検討に値するものと言えるのである。
製版や版材の保存がいらない方式で、1部から50部程度の需要にこたえることができるのがラインプリンタである。これは同時に1行分の1・4の点を打ち出し、次いで2・5の点、3・6の点と3回で1行分の点字をすべてロール紙に打ち出してしまう方式である。アメリカのトリフォーメーション社のLED120というのが、世界で最も普及している。これは、1秒間に、120マス(1行40マスで3行分)の速さで、1ページ約8,9秒で打ち出すのである。我が国では、「ブレールマスター」に組み込まれている日本タイプ社のものだけが実用化されている。これは1行32マスであるが、1ページ24行を10数秒で打ち出すものである。1ページ7,8秒でも打ち出せるのであるが、同時に打つ点が多いとしわが寄りやすいのと騒音がかなり出るので、半分の速さに落としてそれらを防いでいる。欧米では片面の印刷物は結構あるが、我が国では両面印刷でないと紙がもったいないという意見が多く、今後、両面印刷用のラインプリンタができることが要望されている。一方、メモやカードなどのハードコピー用として、小型で安価なラインプリンタも必要とされている。
メモやカードなど1,2部のハードコピーで、しかも1ページ当たり1,2分かかってもよいのであれば、ラインプリンタでなくてもシリアルプリンタで十分である。特にコンピュータの入出力端末や電動タイプライターのような用途として用いる場合には、かえって便利である。これは、1文字分の6点か8点のヘッドを、横方向と縦方向へ二つのステップモーターで動かして、一度に1文字ずつ打ち出す方式である。我が国では、東京都立工業技術センターの荒井さんたちや、日本タイプ社の岡崎さんが開発している。これらは、マス間や行間を等間隔に設定すれば、図形を打ち出す点字プロッターと兼用もできるものになるはずである。
なお、点字ディスプレイについては後に触れることとする。
点字板や点字タイプライターあるいは亜鉛板製版機の場合、間違った箇所の訂正はかなり面倒である。コンピュータを用いて編集・校正が自由にできないかというのも、10数年来の夢の一つであった。点字カセットシステムの研究では、芝浦工業大学の入江正俊助手が主となって、編集・校正機能が開発された。これを受けたはずの「点字複製装置」の当初の企画では点字の複写機を目指したため、編集・校正の機能は含まれていなかった。しかしながら、初年度の開発委員会の討議の結果、追加されることになったが、現在「ブレールマスター」で最も活用されている機能がこれであるのも当然と言えよう。
全国に20数台普及している「ブレールマスター」を例にして、編集・校正機能を紹介してみよう。制御卓に取り付けられたキーボードには、点字キーやかな文字キーあるいは英数字キーなどの文字入力キーのほかに、編集・校正に必要なキーが上側と右側に多数並んでいる。前方左側にはテレビ画面に似たCRT画面、その右側にはソノシートに似た磁気フロッピーディスクを入れるディスクドライバーが2個並んでいる。制御卓の内部にはマイクロコンピュータがあり、かな文字と点字を相互に変換する機能を持っている。「ブレールマスター」は、これらのほかに点字読み取り部と、点字ラインプリンタやかな文字プリンタを加えて全体が構成されているのである。全体として9つのモードに分けて多くの種類の仕事ができるようになっているが、ここでは、編集・校正について簡単に触れてみることとする。
すでに点字読み取り機で読み取って、フロッピーディスクに蓄えておいたものを引き出したり、点字やかな文字などの入力キーから打ち込んだばかりのものを、そのままCRT画面に映し出す。その場合、元が点字であってもかな文字であっても好みの方に変換して映し出せる。文字を訂正したい場合、間違っている文字の下にカーソルを動かし、キーボードから正しい文字を打ち込むとそれに取り代わる。文字の挿入や削除も一マス単位で自由にできる。いくつかの訂正をしたあとで、「編集」のキーを押せば、設定されたマス数で自動的に行移しをして段落の内部を整える。行をつめたりあけたり、挿入したり削除したりもできる。表などの割り付けや移動、ページ単位の挿入や削除もできる。
編集・校正の後、改めてフロッピーディスクに蓄えたり、点字かかな文字のどちらかで必要なページを必要な部数印刷すればよいのである。ただ、点字とかな文字との変換といっても、『改訂日本点字表記法』に揚げられた記号と規則の範囲にとどまっている。そこで、数学や理科あるいは英語の略字や楽譜などについては、点字で入力してそのまま点字で編集・校正しているのである。これらの記号と点字との相互変換は将来の課題である。
「ブレールマスター」には点字ディスプレイがないから全盲が使えないという批判がある。確かに開発の課題にはのせられなかったし、予算と時期の関係で実用機にも付け加えることができなかった。だからといって全く使えないということはない。最も困難な編集・校正でも、点字ラインプリンタで校正刷りを打ち出して校正表を作り、そのペ−ジの最後の行からさかのぼって訂正すると自分でできる。またCRT画面をかな文字にしてオプタコンを用いて編集・校正できる人もいる。やはり点字ディスプレイか合成音声による音声ディスプレイの機能を追加することが望ましいが、今後はむしろ「ペーパレスブレール(紙のない点字)」の開発が重要な課題である。ペ−パレスブレールには、当然点字ディスプレイが付いていなければならないから、これによって盲人自身が編集・校正を行うことができることになるからである。「ブレールマスター」も将来のペーパレスブレールへの道の一過程と位置づけることのできるのである。
ペーパレスブレールの開発を目指しておられる大阪大学の末田統助手が、その開発過程の副産物として開発し、日本ライトハウスが業務に活用している点字編集装置にも点字ディスプレイはない。ただこれには校正用として点を印刷するプリンタがあるので、これを立体コピーにかければ校正用の点字が得られる。これには点字とかな文字との変換機能は持たせていないが、点字だけでの編集・校正の機能は「ブレールマスター」よりも優れていると好評である。これに点字ディスプレイが加われば、ペーパレスブレールもそう遠いことではないのである。
ペーパレスブレールには少なくとも点字のキーボードとディスプレイ、点字データをためておく外部記憶装置が、編集・校正機能とともに必要である。欧米で現在開発されているペーパレスブレールの数種とも、すべて外部記憶装置にカセットを使用している。これは安価ではあるが、辞書などを引く場合すぐに出てこない欠点がある。やはり磁気ディスクのように、1秒以内で引き出せる外部記憶装置が今後は不可欠である。また、点字ディスプレイにピンを用いているため、長時間の読みには耐えられない。今後は、小説などを読むものを狙うのではなくて、辞書や電話帳などの必要な箇所をすぐに引ける用途を想定する必要がある。長時間続けて読まないのであれば、点字ディスプレイとしてピンや振動子でも構わないと思う。
編集・校正機能を盲人自身が活用するための点字ディスプレイであれば、シリアルプリンタやデータタイプライターでもよい。また、1行の文字数を調節する必要があれば紙テーププリンタでもよい。
これらの機器のように紙を用いるのではもったいないし、ペーパレスブレールにはならないかも知れないが、手ざわりのよい点字ディスプレイが得られるまで、いろいろな試みがあってもよいのではないか、将来、手首か首あるいは額などに点字をディスプレイして、楽譜を読みながらピアノを弾いたり、原稿を読みながらタイプを打つことも、まるきり夢ではないように思われる。また、紙より肌ざわりのよい点字ディスプレイが開発されれば、ポケットに入るペーパレスブレールで点字の読み書きがすべてできる。さらに、必要に応じて拡張ユニットを経由して、電話回線や墨字読み取り機あるいは磁気ディスクなどから、文章をペーパレスブレールに入力したり、ペーパレスブレールに書き込んだ文章を点字プリンタや漢字プリンタで印刷したり、各種のコンピュータなど接続すれば、情報処理には困らないようになるのを夢見ている。
点字の読み書きをしたままで、直接漢字かな交じり文を読み書きしたいというのは、日ごろ点字を使用している者の大きな夢の一つである。前回までに、点字の入力と出力及び編集・校正の機能について取り上げてきた。そこで今回は、墨字と点字の相互変換の問題を取り上げることとする。
ふつう、日本語は漢字やひらがなあるいはカタカナやローマ字などで読み書きされている。点字使用者はこれらを墨字(おそらくインクプリンテッドの翻訳であろう)と言っている。この墨字から、日ごろ読み書きしている点字にコンピュータを用いて変換できないかという試みは多くなされている。
日本にコンピュータが導入されて間もなかった昭和32,3年に、附属盲学校の尾関育三教諭が、東京大学や電気通信研究所の方々とともに行った研究が、我が国で最初のものである。当時のコンピュータの入力は英数字キーから行われていたので、ローマ字から点字への変換という形が取られたのである。キーボードからローマ字で打ち込むと、紙テープに点字が打ち出される様子を見学して、当時早稲田大学文学部の学生であった私は言い知れぬ感動を覚え、新しい時代の幕開けを予感したものである。
最近では、かな文字から点字への変換が主流となっている。この場合、墨字と点字の表記法の違いが問題となる。ただ、かなづかいの相違点は助詞の「は」と「へ」を「ワ」と「エ」と書き表すこと、ウ列とオ列の長音を「ウ」でなく長音符で書き表すことだけである。そこで、点字のかなづかいと分かち書き、それに句読法などを知っている人が、かなキーで打ち込めば全く問題はない。しかしながら、それでは自動点訳と言うことはできない。紙の上にカナタイプライターで書かれたり印刷されているものを自動的に正確に読み取ることは、現在の技術で十分に可能である。ただ、現実にかな文字だけで書かれている印刷物はあまりにも少ないので、そのようなかな文字専用の読み取り機を開発する意味があまり認められないだけのことである。
漢字かな交じり文から点字への変換には、多くの問題点がある。中でも、漢字の音訓表の中から、一つひとつの文の中で使われている漢字の読みがなをつけることと、分かち書きされていない漢字かな交じり文から、独自の規則で分かち書きされている点字に変換することの二つが最も大きい。しかしながら、最近では新聞や雑誌などの大量印刷物や、図書目録や法令など常に変更が予想されるものなどが、電算写植(コンピュータによる写真植字印刷)の原本として、磁気ディスクに蓄えられることが多くなっているので、この漢字かな交じり文のデータから点字に変換することは、大きな意味を持っている。その上、日本語ワードプロセッサの普及につれて、多くの書籍や文書の原本が、磁気ディスクに蓄えられる傾向が極めて強くなっているので、この変換はますます重要となっている。今までにいくつかの研究がなされているが、まだ実用の域に達したものは見当たらない。
現在の印刷物の圧倒的多数を占める漢字かな交じり文を、自動的に読み取って点字に変換する研究も行われている。これが、文字どおり自動点訳と言うことができるものである。通産省の大型プロジェクトのパターン認識の研究の一環として、東芝電気の研究所が行ったものである。CCDラインスキャナー2本で紙に印刷された活字を読み取るが、8ポの活字が50×50の白黒パターンのイメージでまず読み取られる。前処理で汚れなどの余分なものを取り除いた後で、1文字分のイメージをコンピュータに呼び出して候補の文字を選び出し、大分類辞書を検索して個別の文字を認識するのである。辞書には2,176字の漢字と、かなやアルファベット及び文章記号などが蓄えられているのである。文字が選ばれた後はそれをかな文字に変換し、点字の分かち書きの規則に従って点字に変換して打ち出すのである。文庫本を90パーセント程度の正確さで自動点訳できるが、この程度だと後の編集・校正が大変で、初めから点字で打ち込んだ方が速いという段階にとどまったのである。現在、通産省の委託で日本電気の研究所が行っている「盲人用読書機」の研究は、漢字かな交じり文を自動的に読み取って合成音声で出力するもので、5年後に完成する予定になっているが、この途中から文字データを引き出して点字に変換することも技術的には十分可能である。現在の開発予定にはないが発展を期待しているのである。
このように、漢字かな交じり文を点字に変換することは、かなり難しい問題点を含んでいる。それは、点字がかな文字の体系であり、独自の表記法を持っているからである。この場合、漢字やカタカナやひらがなに直接対応する点字の体系を作れば、自動点訳は今でも実用化は可能な段階に来ているのである。現在までに、漢字かな交じり文の体系の点字は2種類考案されている。
最初に考案されたのは、大阪府立盲学校を退職された川上泰一元教諭の8点式の体系である。これは、1の点の上に0の点、4の点の上に7の点を加えて、縦4点横2列の8点で漢字を構成するのである。8点と言っても、実質的には下の6点で文字の部分を表すので、上の0の点は漢字が始まることを示し、7の点は漢字が終わることを示すだけである。そこで一マスの基本漢字は、0の点と7の点の両方を用いることになる。また二マスの漢字は一マス目が0の点で始まり、下の6点は漢字の偏を表しており、二マス目は7の点で漢字の終わりを表すとともに、下の6点で漢字のつくりを表しているのである。このように、部首を中心に漢字の点字を構成しているのがその特徴である。
もう一つは、筑波大学附属盲学校の長谷川貞夫教諭が考案した6点式の体系である。従来の6点点字を3マスか4マス用いて構成している。これは漢字の音と訓を主とし、部首の構成も若干加味した体系である。訓だけしかない漢字の場合は、その種類の漢字であることを表す前置点の後に、その読みを表すかなをそのまま用いている。漢字のうち、圧倒的多数を占める音と訓の両方を表す漢字の場合は、6種類の前置点の後ろに二マスの点字を用いて3マスで構成している。漢字の音は1音節か2音節しかなく、しかも2音節の場合は、後ろの音が「イ、ウ、キ、ク、チ、ツ、ン」と特定の音に限られていることに着目し、それらに相当する前置点を打った後で、音の最初を表すかなと訓の最初を表すかなとを加えて、3マスで構成するのが基本の原理である。
これら二つの体系のどちらを用いても自動点訳は容易になるが、これらの新しい体系をどれだけの盲人が習得してくれるかが問題になるところである。技術が点字使用者に近づくか、点字使用者が努力するかの選択の問題でもある。さらに、自動代書の場合は、そのことがもっと顕著に現れるのである。
自動代書というのは、点字使用者が点字を用いて書くことによって、墨字のしかも漢字かな交じり文に変換されて、漢字プリンタで打ち出すことを意味している。日本語ワードプロセッサの場合、かな文字から漢字へ変換するから、かな体系の点字から漢字へ変換することも可能である。しかしながら、今のところ最終的にはどの漢字を選ぶかを人間が判断しなければならない。その際、漢字の知識を持っていなければならないだけではなく、合成音声か漢字を表す何らかの記号で確認する必要がある。その意味で、漢字かな交じり文の体系の点字を用いれば、初めから必要な漢字を選んで打ち込むから確認は楽である。ただ、漢字に対する知識だけではなく、文の中でどの漢字が用いられているかとか、ここでは漢字を使うべきかかなを使うべきかなどの判断ができるようになっておく必要がある。その意味で、一般の日本人と同じ国語、国字教育が必要とされるのである。それにしても、自分で漢字かな交じり文が書けるようになるのであるから、教育や職業の一つの問題点が解決されるので、点字使用者の方でも努力に値する問題である。
なお、点字からかな文字やアルファベットへの変換は容易であるが、当面はカナタイプライターや英文タイプライターでも間に合うことなので、将来開発されるペーパレスブレールの中で、ついでに考えればよい問題である。アルファベットから英語の点字略字への変換は、すでに英米で解決されているし、点字数学記号や理科記号あるいは点字楽譜から墨字の記号への変換とその逆変換は、将来の課題として残っている。これらの問題を解決するためには、点字記号の方を少し考え直さなければならないことも伴うものと思われる。
最後に、コンピュータのプログラミングを行うための点字記号は、すでに6点式のものが日本点字委員会で作成されており、現在6点の下にA点とB点を加えた8点式の体系が検討されていることを付け加えておく。いずれにしても、人とコンピュータとのやりとりは可能となっているのである。
出典:「点字科学散歩」、pp.1-25、国立特殊教育総合研究所、1982年12月.(この資料は、神奈川県ライトセンター発行の「かけはし」第113号〜第126号に連載したものをまとめたものである。)