中途失明者はもとより、先天盲児の場合でも、指導者は点字触読能力を高めることに、かなり困難を感じている。そのため、筆者らは点字触読能力に優れた読み手の触読過程を明らかにし、点字入門期における効果的な指導法を開発することを、主たる研究目的として調査を行った。
30名の点字常用者(小学生3名、中学生16名、高校生6名、成人5名)を対象者として、1マスの点字63字形と、2マスの点字125字形(濁音、半濁音、拗音、外来音、数字、アルファベット)をひとつずつ提示して、指先を動かしながら読み取るときの点字の印象を報告させた。
報告に現れた印象を、点の結合のしかたによって、A(孤立した点)、B(水平方向に結合した横線および横線と点)、C(垂直方向に結合した縦線および縦線と点)、D(水平と垂直方向に結合したカギ形およびカギ形と点)、E(高さの異なった点を結合した斜線および斜線と点)、F(正方形と長方形および正方形と点)、G(三角形や平行四辺形など、斜辺を含む図形)の7つの反応カテゴリーに分類した。
一方、各対象者に関する項目の調査の結果、生活年齢(平均17.9歳、SD7.7歳、範囲10〜42歳)、2点弁別閾(平均0.98mm、SD0.42mm、範囲0.3〜1.9mm)、触読年数(平均9.1年、SD7.7年、範囲1〜36年)、文章の1分間速読みマス数(平均285.9マス、SD133.6マス、範囲74〜611マス)、文字の1分間速読みマス数(平均117.6マス、SD31.2マス、範囲35〜184マス)のデータが得られた。
これらのデータは尺度を異にしているので、すべて順位に置き換えて、反応カテゴリーとの関係を統計的に明らかにし、それを分析した。その結果、触読年数および文章や文字の読み速度を中心として、反応カテゴリーとの関係が、つぎのように明らかとなった。
(1)1マス点字の過半数の字形で、対象者の8割以上の反応が、点の配置や点間の距離に極めて強く規定されている。すなわち、孤立した点や4mm以上離れた2点からなる(1の点 13の点 16の点)の類では、Aの点パターンに集中し、水平方向に隣り合う2点を含む(14の点 1346の点 146の点)の類では、Bの横線パターンに集中する。垂直方向に隣り合う点からなる(123の点 12の点)の類では、Cの縦線パターンに集中し水平と垂直方向に隣り合う点からなる(1456の点 124の点 145の点)の類では、Dのカギ型パターンに集中している。
(2)1マス点字で、反応が分かれる字形では、触読年数が長く読みの速い者が、1マスの左右を半マスずつ分離した反応パターンをとるのに対して触読年数が短く読みの遅い者は、1マスを一体化した反応パターンをとっている。すなわち(15の点 26の点 24の点 35の点 246の点 135の点)では、触読年数が長く読みの速い者が、Aの点パターンをとっているのに対して、触読年数が短く読みの遅い者は、斜め方向に3.1mm離れている左右の2点を結合して、Eの斜線パターンをとっている。また(2456の点 1235の点 1256の点 12456の点 23456の点 23456の点 12345の点 12356の点)では、触読年数が長く読みの速い者が、Cの縦線パターンをとっているのに対して、触読年数が短く読みの遅い者は、左右を一体化して、斜辺を含む図形のGパターンをとっている。
(3)2マスの点字においても、触読年数が長く読みの速い者が、1マス目と2マス目を分離しているのに対して、触読年数が短く読みの遅い者は、2マスを一体化した図形としてとらえている。
点の配置や点間の距離など、字形の物理的側面の反応規定性は極めて強いが、反応が分かれる字形では、触読年数が長く読みの速い者は、1マスの点字を左右の半マスずつ分離し、2マスの点字を1マスずつ分離してとらえる反応パターンをとっている。また、点字は横書きされたものを左から右へ順に読んでいくので、最初のマスの左半マス、右半マス、次のマスの左半マス、右半マスの順で指先に現れる。これらの現象を統一的に解釈するために、伊福部達等の手指の触覚の情報伝達特性に関する一連の研究をふまえて、図のような階層モデルを想定した。
このモデルは、1マスの点字(12456の点)と2マスの点字(45の点+2456の点)を例にして、レベル0からレベル3まで、階層的に処理する手順を表わしたものである。すなわち、レベル0で、ある瞬間に入力された半マス分の刺激を識別し、レベル1でそれを同定する。同様にして同定された残りの半マスと、レベル2で合わせて1つの字形を同定する。レベル3では、同様にして上がってきた2マスを合わせ、2マスの点字を同定する。次にレベルごとに詳述することとする。
(1)レベル0:ひとさし指の指頭の触覚面15mmの中に、振動子を1列に等間隔で並べて刺激した場合、刺激数が5以上になると、情報伝達量はほとんど変化しなくなり、6ないし7で飽和状態になるので、同時に伝達できる情報は100程度と言える。このことは、縦5点横2列の10点点字はかろうじて処理可能であるが、現行の6点や8点の点字は、十分に処理できることを意味している。縦3点横2列の6点点字では、ある瞬間には半マスずつ入力されるので、上・中・下の各位置で点の有無を識別し、それをそのつどレベル1に上げていく。
(2)レベル1:半マスに含まれる3点の組み合わせは8通りであるが、レベル1でその中のひとつが選択される。すなわち、(123の点;長い棒)、(13の点;離れた2点)、(12の点;短い棒が上の位置)、(23の点;短い棒が下の位置)、(1の点;1点が上)、(2の点;1点が中)、(3の点;1点が下)、(1点もない)の8通りのうちのひとつが同定されるのである。このようにして1/8が選択されることによって、1マスの点字の63字形のうち、8分の7の56字形は選択の範囲の外に置かれることになる。この場合、触覚面の垂直方向に同時に入ってくる3点の関係は、空間的な関係としてとらえることができる。対象者の指頭の空間解像力を測った2点弁別閾は、2mm以下であり、1・2点間および2・3点間の距離は、2.2mmであるから、それらの3点は、1点ずつ識別できる。しかしながら、2個ないし3個の点がそれぞれ3mm以内に接近してくると、各点の周辺の触覚領域が接近し、各頂点間に山の「尾根」のような領域が生ずる。これが縦の「長い棒」や「短い棒」のイメージをもたらすのではなかろうか。このことは、(1256の点 2345の点)で、2点弁別閾が高い者、言い換えれば弁別感度の低い者の方が、Cの縦線パターンをとり、その逆の感度の高い者の方が、Dのカギ型のパターンをとることや、(12456の点 12345の点 12356の点)でも、2点弁別閾が高い者がCの縦線パターンをとり、その逆の者がFの正方形と点のパターンをとることからも裏付けることができる。
(3)レベル2:最初の半マスが同定され、レベル2に上がった直後、後半の半マスが、前半の半マスの場合と同様に、レベル0での点の識別と、レベル1での1/8の選択・同定ののち、レベル2に上がってくる。そこで、これらの2つの半マスを合わせて、1マスの字形を同定することになる。すなわち、図の例の(12456の点)の場合では、「上の位置にある短い棒」と「長い棒」の2つのイメージを合わせて、セを同定するのである。この場合、前半の半マスと後半の半マスとの関係は、時間的な関係であるので、読み手の速さにより1・4点間の通過時間が問題となる。
指頭の触覚面の1点に、継時的に2つの刺激を与えた場合、その時間差が30msec以下になると、2刺激は分解できずひとつに融合してしまう。このことは、1の点が刺激した触覚面を4の点が刺激するまでの時間差が30msec以下になると、1の点と4の点は融合して識別できなくなることを意味している。これは、1分間に800マスの読み手の通過時間に相当するが、30名の対象者の中で最も速い読み手でも1分間に611マスの速度であるから問題はない。また、盲人の全国点字協議会の優勝者の成績でも、昭和45年から10年間の平均で、1分間に561.8マスとなっているから、触読の速さの限界であると思われる800マスには達していない。
ところが前の刺激との時間差が200msec以内に近づくと、順向マスキングが起こり、後ろの刺激が100msec以内に接近すると、逆向マスキングが起こる。これを点字の読み速度に換算すると、1分間に120マスの速さで順向マスキングが、1分間に240マスの速さで、逆向マスキングが起こり始めることを意味している。30名の対象者の40%が文章を1分間に300マス以上の速さで読むから、1・4点間の時間差は80msecとなり、逆向マスキングも起こり始めているはずである。そこで、後半の半マスによって、逆向マスキングが起こらないうちに、前半の半マスを処理してしまう必要がある。これが、レベル1で半マスずつ処理してレベル2に上げ、このレベルで合成して1マスの字形を同定する理由のひとつである。なお、前のマスの後ろ半マスと次のマスの前半マスの距離が1・4点間の距離の1.5倍であるということは、次のマスの前半の半マスによって、逆向マスキングが起こらないうちに、そのマスの字形の同定を行うために必要な処理時間を提供している。
これに対して、触読年数が短く読みの遅い者が、1マスを一体化したパターンをとるのは、半マスずつの処理を行わないことを示唆している。そのため、1マスの字形を同定するための選択肢は64通りとなり、処理時間を多く要していることを意味している。また、読みが遅いため、順向、逆向を含めて時間マスキングを気にする必要がないとも言うことができる。
(4)レベル3:レベル2で同定された1マスの字形が、二マス点字の前置符であった場合には、レベル3において、続いて上がってくる2マス目の字形と合わせて二マス点字を同定する。この場合、濁点、半濁点、拗音点、外来音点、数符、外字符、などの前置符は、濁音、半濁音、拗音、外来音、数字、アルファベットなどの各モードの分類記号とも言うべきものであるから、前置符を読み取ることによって、次の字形を何と読むかの構えができるので、このレベルの合成は容易となる。これが、触読年数が長く読みの速い者が2マスを分離した反応パターンをとっている理由と考えられる。
点字読み取りの過程について、ある瞬間同時に入力される半マスごとの刺激をそのつど処理して、その結果を合成してコード化を行う階層モデルを想定することによって、調査の結果明らかとなった現象を解釈することができた。ここでとりあげた文字としての点字を読み取る過程の階層モデルは、文章としての点字を触読する過程の階層モデルの一部として位置付けることができる。点字の触読の効果的な指導法を開発するためには、触読に関する全過程を明らかにし、それをふまえることが望ましいが、ここでは文字としての点字読み取りの階層モデルをふまえて、良いと思われる方略を、習得させるプログラムの骨子を提案する。
(1)左半マスの3点からなる文字で、縦1列ずつに同定できるようにする。
(2)左半マスの3点からなる8通りの組み合わせに従って63字形を分類し、左側の半マスだけで、それに属する8字形が想起できるようにする。
(3)左側の8通りの組み合わせのうちのひとつに続いて、右側の8通りの組み合わせのうちのひとつが任意に与えられると、その字形をただちに同定できるようにする。
(4)二マス点字の前置符が与えられると、そのモードに分類されている字形をすべて想起でき、そのうちのひとつが任意に与えられると、2マスの字形をただちに同定できるようにする。
従来、1マスを最小の単位とし、読み取りの単位として読み取りの方略が考えられてきたが、この研究によって、1マスをさらに左右に分離し、継時的に入力される半マスずつを、そのつど処理していく方略を習得させることが、速い読み手を育成する上で有効であることが示唆された。
文献
木塚泰弘・小田浩一・志村洋:点字パターン認識を規定する諸要因. 国立特殊教育総合研究所紀要. 12. 107-115. 1985.
伊福部達:情報伝達における触覚の特性. 第九回IBMウェルフェアセミナー報告集.点字とコンピュータIII. 49-66. 1979.
出典:木塚泰弘・小田浩一・藤井建造, 点字読み取り過程の階層モデル, 日本特殊教育学会第23回大会発表論文集, 1985年10月.