普通の文字を視覚的に読む場合は、一視野内に見開きの2ページはもとよりのこと、机と読書材との位置関係や、椅子に座っている自分の姿勢や向きと読書材との位置関係もとらえており、即座にそれらを調節・補正することができる。そのような状態の中で、眼球や時には顔の向きをも動かし、注視点を移動させて行たどりや次の行への移行などをしながら文字を読みとって行くのである。文章の構造や意味内容が理解され、先を予測できるようになると、「斜め読み」や「とばし読み」などをしながらその概要を把握することができる。
視覚に制限がある弱視などの場合は、行たどりや次行への移行をはじめとして、文字の読みとり自体がかなり困難となってくる。ただ、文字の大きさや書体、文字と文字との間隔や行間、文字と背景とのコントラストやノイズとなる反射光などが適切に調整された上で、一視野内に5文字以上が同時に見られる場合には、なんとか文字の読みとり速度を維持することができる。もちろん、「斜め読み」や「とばし読み」は、リーダビリティの問題であるから読書力の個人差に規定される。
これに対して点字触読の場合は、読書材と、机と椅子の高さや読み手の姿勢や向きを調節・補正した上で、両手の指先で行たどりや次行への移行などをしながら、点字を構成する点を継時的に読みとっていく。6点点字の場合、指先の触覚には、たて3点しか同時に通過しない。このように、空間的にはきわめて極限された条件の下に、時間的な系列の中で点字を読みとっていくことになるのである。もちろん、文章の構造や意味内容が理解されてくると、いわゆる「斜め読み」や「とばし読み」もできないわけではないが、目次を基に見出しあるいは段落などをたよりにして、ページの左端をたてに指先を移動させて、その位置をみつけたのちは、確認のために、行をたどって継時的な読みをせざるをえない。その意味では純粋な「斜め読み」は不可能ということができる。
音声言語も文字言語も、時間的にたどって聞き取りや読み取りが行われる場合には、枝分かれしていない一本の紐のようなストリング情報である。ただ、言語は時間的な階層構造を持っている。音声の場合、音韻(音素)、音節(またはモーラ)、単語、句、または節、文、パラグラフ、ストーリーへと繰りあがってまとめあげられていく。
普通の文字の場合は、英語ではアルファベットが音韻に、綴り字群が音節に対応し、単語以上は音声言語とまったく同じである。日本語の場合は、平仮名や片仮名がモーラに対応し、それらを組み合わせて自立語と助詞助動詞がまとまり、あとは音声と同じである。漢字の場合は、単語または単語を構成する要素と対応している。点字では、たて3点が2列組み合わされて点字仮名となり、あとは普通の文字と同じである。ただ、漢字かな交じり文と異なって、単語やその構成要素を意味と結合させる場合、「自立語内部の切れ続き」と「文の単位の分かち書き」が大きな役割を果たしている。
言語のようなストリング情報を人間が処理する場合、短期記憶の研究をしていたミラー(1)は、無意味な情報が七つをこえないうちに、一つ上のレベルへと再コード化し、これを繰り返して言語の階層構造をまとめあげると指摘した。心理言語学者のグッドマン(2)は、読みの過程は連想や文脈からの予測で先を推量していく過程であると指摘した。ノーマン(3)は、言語のような時間的な階層構造のストリング情報の場合も、データ推進型処理(上昇型処理)と、概念推進型処理(下降型処理)の相互作用であると述べている。前者は、ミラーの指摘に対応し、後者はグッドマンの指摘に対応していると思われる。
点字触読の情報過程も、ノーマンのいう上昇型処理と下降型処理の相互作用としてとらえることができる。ただ、上昇型処理の最初期における文字としての点字の読み取りの過程についても、この言語の階層構造の上昇型処理の一連の流れの一部分として位置づけることができるかどうか検討することとした。
国立特殊教育総合研究所の長期研修生の岩坪和子(大阪府盲、1979年度)と、藤井健造(札幌盲、1983年度)による点字のイメージに関する研究を基に、点字パターン認識を規定する諸要因を検討した。その結果、伊福部達(4)の触覚の空間分解能と時間分解能の研究をふまえて、一マスと二マスの文字としての点字も、継時的で階層構造を上昇型処理していることが推察された。すなわち、点字読み取りに際して、指先の触覚群に右から左に向かって同時に流れこむのは、たて3点の半マスだけで、上下の隣り合う点の間に結合感を生じる。続いて入ってくるたて3点の後半の半マスとの時間差が接近すると、マスキングを生じる。そこで、半マスずつ読み取って記憶のなかで一マスの文字、さらに二マスの文字へと繰り上げ、その延長線上で文字と文字とを組み合わせ、マスあけを手がかりに意味を結び付けて、単語の構成要素や単語を読み取っていく上昇型処理をおこなっているものと思われた。
さらに、一マスの点字を図形として読み取ると、63通りの選択肢の中から文字を同定しなければならないので時間がかかるが、半マスの3点の組み合わせでは8通りの選択肢の中から選び、それを短期記憶の中で組み合わせて、一マスの点字のイメージを作り上げているとすれば、処理速度も速くなる。また、処理速度が1分間に120マスから150マス程度で読み速度のレベルが停滞するには、前半と後半の半マスずつの通過時間によるマスキングがおきていると考えられるので、半マスずつ読み取る方略を習得すれば、このマスキングがおこる前に読み取って記憶にあげることができると考えられた。
そこで、半マスずつ読み取る継時的な読み取りの学習過程のステップを構成し、学習プログラムを作製し、触読実験を行った結果、読み速度の増加と共に、事前にあった図形や斜め線の点字のイメージが消え、縦線や線のイメージがふえていた。その後、教科書での学習のみで、読み速度は上昇を続けた。
点字学習のレディネスとモチベーションが成立したのち、紙の上の点字触読教材で学習させる場合、大きく4点の配慮が必要である。
第1は、両手読みの問題である。以前から左手読みと右手読みのどちらが速いかという研究があるが、多くは被験者に規定されている。左手で読み右手で点字板に書いていた時期では、左手読み有利は意味があった。しかしながら、今では片手読みか両手読みかの問題の方が大きな意味を持つ。片手読みでは行末から次の行頭まで指先を移動する時間が大きなロスを生じる。そこで、左手は行の前半を受け持ち、右手は行末を読んでいるうちに、左手で次行の行頭を読み始めればよい。この場合、左手と右手の受け持ちの割合は、その読み手の得意な方に多く読ませればよい。さらに、速く読めるようになれば、2行をある時期平行して読んで、記憶でつないでいけるようにもなる。牟田口辰巳(1998年)(5)によれば、両手読みができる熟達者では、左手か右手のどちらか読み速度の速い方よりも、両手読みの方が速く読めるという結果が出ている。
第2は、点字触読の枠組みの形成である。文字としての点字の学習に入る前に点字触読の枠組みの学習をしておくことが重要なことである。紙の上に1点打たれても、それがなんの文字であるかはわからない。行の中に位置づけられた隣の文字や隣の点との相対関係で文字を読み取ることができるのである。普通の文字での罫線や原稿用紙のマス目に相当する枠組みのイメージを形成しておくことが重要なのである。行と行間のイメージ、行におけるマスあけのイメージ、6点による一マス分の領域のイメージ、一マスの中における点の上・中・下あるいは左右の位置のイメージ、半マスのたて方向のイメージ、左半マスと右半マスの組み合わせのイメージなどがそれである。これらの枠組みのイメージをはじめから両手読みで習得させることが必要である。一度片手読みを先行させると反対側の手での読みの学習がきわめて困難となるからである。
第3の配慮点は、継時的な文字読み取りの学習プログラムである。左半マスの縦線か点のイメージをつくり、それに後半の右半マスの点を加えて一マスの文字を組み合わせていくイメージの形成である。その結果50音の行の学習が遂行される。ついで、促音と長音及び濁音などが、時間の流れのタイミングのずれとして読み取れるようにする過程である。その後、左半マスの点を固定して、右半マスの組み合わせを変えていくプログラムを通して、文字学習の定着をはかることと、50音の列の意識を学習させることである。その後、拗音、特殊音、数字、アルファベットなどの学習を行うことが必要である。これらのすべての段階で、文字・単語、文をセットにして学習させることが効果的である。
第4の配慮点は、「自立語内部の切れ続き」と「文の単位の分かち書き」を意識させて、単語の構成要素や単語の意味を読み取らせる読解力へと学習を進めることが必要である。
これらの4つの配慮点を充分に学習させたあと、句読法やパラグラフあるいは見出しなどのような文章の構造の学習を行わせることも忘れることはできない。
【引用文献】
(1) Miller 1956 The Magical Number Seven ,Plus or Minus two:Some Limi-tson our Capacity processing information,Phychological Review, 63:81-97.
(2) Goodman,K.S.:Reading:A psycholinguistic guessing game. in H.Singer et al.(eds).Theoretical models and processing of reading,pp.259 -272. International Reading Association,1970.
(3) Nouman.D.A.Lindsay.P.H.1997 Human Information Processing,278 Academic Press,New York.
(4) 伊福部 達・湊 博・吉本 千禎:心理物理実験によるタクタイル・ボコーダーの基礎的研究、日本音響学会、31(3)、170ー178、1975.
(5)牟田口辰巳:「点字読み熟達者のラテラティ」(第24回感覚代行シンポジウム)、pp171-174,1998.
(文責:木塚泰弘 1999年3月)