卒業論文

慶應義塾大学経済学部
大平 哲研究会
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上野晃輔「アマゾンの熱帯雨林からみる持続可能な開発」

 大豆がどこから私たちの手元に運ばれているのかご存知だろうか。情報化社会の中でも私たちが口にするものでさえ、よほど意識しないかぎり知らないままのものが多い。農林水産省によれば、2016年度における日本の大豆の最大輸入相手国はアメリカだが、それに次ぐのはブラジルである。ブラジルにおいて、大豆の生産から海外への輸出に至る一連のサプライチェーンを担っているのが、農業部門における多国籍企業群、多国籍アグリビジネスである。歴史的に見ても多国籍アグリビジネスはブラジルの農業開発を推しすすめ、世界の食料供給に大きく貢献してきた。

 しかし、急速かつ大規模な開発は痛みを伴うものであった。ブラジルには言わずと知れた世界最大の熱帯雨林地帯アマゾンが存在するが、1980年代から始まった大規模な生産地帯の開発は輸送網をはじめとするインフラ整備を伴うものであり、熱帯雨林の面積は年々減少している。多国籍アグリビジネスによるサプライチェーンの支配の進行とともに、地域間格差の拡大や環境破壊といったさまざまな問題が浮上してきたのである。このため、1990年代からCSRが脚光を浴び始め、2000年代以降はCSRが強く多国籍企業にも問われるようになった。また、2015年にはSDGsが制定され、経済的利益の追求だけではなく、環境に配慮し、持続可能な開発を見越した事業を展開することがあらゆる企業に要求され始めている。

 多国籍アグリビジネスのサプライチェーン支配の構造や生産部門への資本的包摂の把握に関しては佐野(2016)に詳しい。また、後藤(2013)によれば、アグリビジネスを把握する方法にはさまざまなアプローチが存在する。本稿では、ブラジルの多国籍アグリビジネスが同国政治経済に多大な影響をあたえる存在であると認識することから、主に政治経済学的な視点で捉えることにする。

 SDGs達成に向けた取り組みをおこなうことは多国籍アグリビジネスにとっても例外ではない。一方で、多国籍アグリビジネスの内発的な動機が高まるのは事業が経済的利益を生み出すと判断できる時であり、SDGsを戦略に組みこんだ経営を実践するのは現実的にむずかしいと予想できる。また、久野(2008)では、多国籍アグリビジネス主導のCSR活動の限界を述べ、多国籍アグリビジネスの支配構造に対抗する役割を担うのは国家にあると論じている。しかし、CSRをSDGsに関連付け、多国籍アグリビジネスがCSRを果たすために、国家の果たすべき役割が制度の形成や強化であると述べた展望論文はまだない。

 そこで本稿では、ブラジルの多国籍アグリビジネスによる支配構造を分析し、持続可能な社会の実現に向けた俯瞰的な提言を述べる。1節では、持続可能な開発目標を紹介した上で、ブラジルの経済、および開発の歴史とアマゾンの熱帯雨林開発の現状を概観する。2節では、ブラジルの農業、主に大豆産業を中心に概観した上で、大豆産業を例に多国籍アグリビジネスの支配構造を生産部門への資本的包摂まで分析する。3節では持続可能な社会に向けた今後の指針を多国籍アグリビジネスおよびブラジル政府の両方から考察し、ブラジルが持続可能な開発を遂げるためには、多国籍アグリビジネスによるSDGsを意識したCSR活動が重要であることを述べる。そして、その実現のためにはSDGsの達成に向けた国家による制度の形成や強化を軸にしていくべきであるという結論につなげる。

目次

はじめに
1 持続可能な開発について
 1-1 持続可能な開発とは
 1-2 ブラジルについて
 1-3 アマゾンの森林開発問題
2 アグリビジネスについて
 2-1 ブラジルの農業の特徴
 2-2 ブラジルのアグリビジネスの現状
 2-3 ブラジルのアグリビジネスの課題
3 課題解決へ向けた実効策
 3-1 多国籍アグリビジネスとCSR
 3-2 国家の果たすべき役割
おわりに
参考文献

参考文献

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