三田祭論文:セブ島の貧困に関する研究
三田祭論文

慶應義塾大学経済学部
大平 哲研究会
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Tulay Sa Kinabuhiによる幼児教育支援事業の課題の変遷

土井 一紗

セブ島というと、どのようなイメージが思い浮かぶだろうか。セブ島は、青く透き通った海と白い砂浜、マンゴー、バナナなどのフルーツ、カジノやリゾートホテルといった観光資源が豊富で、リゾート地として観光客に人気な島だ。しかし実は、こうした華やかなリゾート地域は島内のほんの一部分にかぎられている。リゾート地から一歩市街にはいると、トタンを組み合わせてできた家、路上で雑多に売られているフルーツ、車が信号で停止している間にやってくる路上販売者などが多く見受けられ、途上国に見られる景色が広がっている。スラム街も多数存在し、リゾート地域とそれ以外の地域の間の経済格差が大きい点がセブ島の特徴だ。 この地域間経済格差の問題は、フィリピン全土においても同様に存在する。2010年代以降、フィリピンの経済成長は著しいが、富裕層が多くの恩恵を受けており、貧困層までいきわたらない。フィリピン統計局は、国内貧困ライン未満で生活している人々を、5人家族で月当たりの消費額が12,030ペソ未満の人々、あるいは1人あたりの1日の消費額が79ペソ未満の人と定めているが、Asian Development Bank(2023)によると、フィリピン国内において国内貧困ライン未満で生活する人の割合は、2021年時点で18.1%であった。これは、近隣のマレーシア(8.4%)、インドネシア(9.5%)と比較しても高い数値だ。このように、フィリピンでは経済成長から貧困層が取り残されており、貧困層の経済水準を底上げする必要がある。フィリピン政府はこの状況の打開策として教育に着目し、それまで初等教育6年間、中等教育4年間の計10年間だった基礎教育期間を、2011年に幼稚園1年、初等教育6年、中等教育6年の計13年間に伸長する法律、K-12を施行した。 Okabe(2013)は、フィリピン政府が教育に着目した理由は3点あると述べている。1点目は、それまでの基礎教育期間が国際標準より2年短かったことで他国の大学への進学が困難となっていたため、2点目は、短い基礎教育期間でカリキュラムが圧迫され、子供の学力が低くなっていため、3点目は基礎教育修了時点では雇用可能な年齢に満たず、就職資格がなかったためだ。教育は単に学力の向上だけではなく、人格基盤形成、集団生活能力といった人生において必要なさまざまなスキルをもたらす。内田(2014)によれば、親が貧困であれば子供も貧困であるように貧困は連鎖するものだが、教育がこうしたスキルの形成機能を持つことから、子供が教育を受けることにより貧困の連鎖を遮断することができる。そして、教育の中でとくに注目されているのが幼児教育だ。Knudsen, Heckman, Cameron and Shonkoff (2006)によると、就学前の教育によりその後の学力の伸び率が高くなり、また40歳時点での平均所得が、就学前教育を受けていない場合より高くなる。人材投資的性格も持つ教育の効果は、幼児教育をおこなうことで、より効果的になる。Okabe(2013)は、K-12の特徴として就学前教育期間の追加もあげており、これは幼児教育の重要性に焦点を置いた結果だとしている。 本稿ではこの幼児教育の重要性を前提として、セブ島のタリサイ市において、スラム地域の子供を対象に活動しているフィリピンの非営利活動法人Tulay Sa Kinabuhiの幼児教育支援事業の拡大に際する課題の変化について分析する。1節ではフィリピン・セブ島の概要とフィリピンの教育制度について説明する。2節では幼児教育の重要性を掘り下げ、3節でTulay Sa Kinabuhiの概要と活動について説明する。4節では、阿部、佐藤、朴、本田、山本(2019)と土井、水口、山口(2023)をもとに、Tulay Sa Kinabuhiの幼児教育支援事業、HOPE Children Centerの拡大に際する立地面、資金面、人手面の課題を2019年と2023年で比較する。結論として、立地面は不法滞在地域から滞在許可地域への移転計画がすすんでいる点、資金面は資金不足を解消するために新たな資金源の模索がおこなわれている点、人材面は教員の質の向上が図られている点で変化があることを示す。

論文のフロー図

目次
はじめに
1 フィリピンについて
 1-1 フィリピン・セブ島の概要
 1-2 フィリピンの教育制度について
2 幼児教育について
3 Tulay Sa Kinabuhiについて
4 HOPE Children Centerについて
 4-1 2019年時点での課題
 4-2 2023年時点の HOPE Children Center
おわりに
参考文献

参考文献