三田祭論文 |
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鉄道を用いた伝統工芸品の保全とインバウンド誘致
浅井海斗・江口俊哉・亀井柾貴・小牧謙斗
消滅可能性都市という言葉をご存知だろうか。消滅可能性都市とは、2010年から2040年にかけて、20~39歳の若年女性人口が5割以下に減少する市区町村のことを指す。少子高齢化がすすみ、人口の減少が見られる中、若年女性人口が減少することは人口の再生産力の低下を意味し、日本全体の深刻な課題となっている。さらに、2014年に発表された全国の市区町村の約半分である896自治体が消滅するという衝撃的なデータは記憶に新しい。
その消滅可能性都市リストの中には、木曽町や南木曽町、王滝村など長野県の木曽郡を中心とする木曽地域の多くの自治体が含まれている。木曽地域は、江戸時代から400年経ても自然が溢れ、奈良井宿に代表される古い中山道の宿場町の街並みが観光地として有名である。また、豊かな森林資源を活かした木工品や漆器などの伝統工芸品産業においても繁栄をしてきた。しかし、木曽地域振興局他(2018)では、地域の経済や雇用を支えてきた木曽木工や漆器などの伝統工芸品産業の衰退が顕著であるとともに、木曽地域は、時代が移り変わるにつれ、少子高齢化やそれに伴う人口減少によって地域活力の低下が問題視されている。
木曽地域の伝統工芸品は、木曽地域の地域資源としてあげられる。しかし、浅井他(2020)によると、全盛期であった1950年から60年代には1,200人もの職人たちが木曽漆器の生産に関わっていたが、2020年現在は200人程度へと職人の数が激減し、さらには兼業化もすすんでいる。木曽地域の活性化に取り組むうえで既存の地域資源である伝統工芸品の復興は有効な一手であると考える。またJR中央本線は、木曽地域に唯一アクセスできる鉄道路線であり、貴重な地域資源である。JR中央本線は、中部国際空港というインバウンド観光客の土壌がある名古屋から乗り換えなしで木曽地域に観光客を輸送できるという利点があるが、観光利用が促進されていない現状がある。その中で、20世紀後半からは移動自体に付加価値をつけ、乗ること自体を目的とする観光列車や寝台列車が人気を博している。そこで本稿では、木曽地域の既存の地域資源である伝統工芸品やJR中央本線を利活用することで、盛りあがりを見せているインバウンド観光による地域活性化が可能であることを示す。
増渕他(2012)は鉄道会社と地域産業をはじめとする沿線地域の連携に着目し、鉄道のデザインに地域素材や伝統工芸を用いて地域特産物や産業の振興につなげることによる便益を示した。また、藤田、榊原(2017)によれば、派生的需要としての役割や沿線地域と連携して地域ソフト型経験価値を有している観光列車は、観光に持続的な効果をもたらしていることが示唆されるなど鉄道主体の研究はいくつか存在する。しかしJR中央本線を扱う論文は2020年現在、存在していない。また、廣川(2019)による地域資源をいかした観光を促進させるための手法についての研究も存在するが、木曽地域に着目して伝統工芸品や地場産物等の既存の地域資源を鉄道と連携して振興させていく方法についての研究や、インバウンド観光客の盛りあがりと関連づけて地域活性化について議論するなどの研究についても存在していない。
本稿では木曽地域の地域活性化を目指すうえで、名古屋駅から木曽地域を抜けて長野駅まで走るJR中央本線と伝統工芸品に焦点を置く。そして鉄道で伝統工芸品を前面に押しだし、インバウンド観光客の誘致をすることで伝統工芸品産業の活性化、ひいては木曽地域の地域活性化に貢献できることを示す。木曽地域における既存の地域資源である鉄道と伝統工芸品の連携の可能性を分析したうえで、JR中央本線においてどのような観光列車を走らせたら良いかを東海旅客鉄道株式会社に木曽地域の振興策として提言することを目的とする。その結論を導くために、1節では木曽地域の概要、2節では木曽地域の地域資源について述べる。3節では鉄道と伝統工芸品の関係について説明、分析をする。2節と3節を踏まえ、4節でJR中央本線を用いた具体的な提言をおこなう。
目次
はじめに
1 木曽地域の概要
2 木曽地域の既存の地域資源
2-1 地域資源について
2-2 木曽地域の伝統工芸品について
2-3 JR中央本線について
3 鉄道と伝統工芸品の関係
3-1 鉄道需要の変遷
3-2 インバウンド誘致と地方鉄道
3-3 観光列車の先進事例
3-4 先進事例からの考察
4 木曽地域における伝統工芸品産業活性化のための観光列車に関する具体的提言 (JR中央本線(長野―名古屋))
おわりに
参考文献
参考文献
ウェブサイト内の資料については、記載されているURLでのリンクを2020年12月3日時点で確認しました。その後、URL が変更されている可能性があります。
- 秋山岳、岩倉成志「優等列車の車内デザインを考慮した旅客需要の分析手法―小田急ロマンスカーを対象に―」『土木学会論文集D1(景観・デザイン)』、第68巻第1号、2012年、pp45-56
- 浅井海斗、江口俊哉、亀井柾貴、小牧謙斗『木曽フィールドノーツ』慶應義塾大学経済学部大平哲研究会フィールドノートシリーズ2020-zz01、2020年
- 天野光三、二十軒起夫、前田泰敬「関西地方における寺社参詣鉄道の成立と発展について」『日本土木史研究発表会論文集』第8巻、1988年、pp.88-95
- 観光庁外客受入担当参事室『インバウンド観光と地方鉄道の現状』観光庁、2018年
- 観光庁『外国人観光旅客を対象とした地方部における鉄道利用促進に向けたガイドライン』観光庁、2019年
- 観光庁『観光入込客統計に関する共通基準』観光庁、2013年、p.3
- 木曽地域振興局、木曽保健福祉事務所、木曽農業改良普及センター、木曽建設事務所『長野県総合5か年計画 しあわせ信州創造プラン2.0 ~学びと自治の力で拓く新時代~ 2018年度〜2022年度 木曽地域計画』木曽地域振興局企画振興課、2018年
- 小谷達男『現代観光論』、有斐閣、1984年、pp.101-109
- 小林宰「JR九州800系新幹線電車」『車両技術』、第227号、九州旅客鉄道株式会社運輸部車両課、2004年、pp.1-23
- 佐藤典司「伝統工芸産業の現状と課題、および今後のビジネス発展の可能性」『立命館経営学』、第54巻第4号、2018年、pp.59-74
- 竹内健蔵「『本源的需要』の定義の難しさ」『運輸と経済』、第74巻第10号、運輸調査局、2014年、pp.2-3
- 高橋雄一「地方鉄道振興に関する考察」『交通学研究』、九州旅客鉄道、2011年、pp.153-162
- 廣川嘉裕「観光による地域活性化の要素と活動における課題:地域資源の発掘と活用の問題を中心に」『關西大學法學論集』、第69巻1号、2019年
- 福井商工会議所『福井らしさを活かせる観光列車のあり方―観光列車導入の有効性とその活かした方―』福井商工会議所、2019年
- 藤田知也、榊原雄一郎「鉄道事業者における観光列車戦略の研究:JR九州の事例から」、『関西大学経済論集』、第67巻3号、2017年、pp.429-446
- 古島康光「JR九州新800系新幹線電車」『車両技術』、第239号、2010年、pp.22-38
- 前川洋平、宮林茂幸、関岡東生 「「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」の効果と課題」『東京農大農学集報』、第58巻第2号、2013年、pp.85-91
- 増渕迪恵、岩倉成志、秋山岳「良質な鉄道デザインの利用者評価と内装コストの削減策-九州新幹線つばめの内装デザインに関するケーススタディ-」『運輸政策研究』、第15巻第2号、2012年、pp.2-9
三田祭論文作成にあたり、ご協力いただいた早瀬陽平さん、本田美琉さん、森江勇悟さん、吉田敦さんありがとうございました。
フィールドワークで塩尻市の奈良井宿を訪れました 奈良井宿に到着した際の1枚 JR中央本線も綺麗に撮れました 木曽路の古い町並みを堪能しました 木曽の伝統工芸品を扱う木曽くらしの伝統工芸館 聞き取りをおこなった未空うるし工芸の岩原さんとの1枚 木曽地域は自然にあふれていました 本ゼミ中での1枚
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