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Tulay Sa KinabuhiのHOPE事業の拡大
阿部帆南・佐藤宏平・朴志雨・本田美琉・山本和樹
フィリピンは安い物価とフレンドリーな人柄に加え、観光業が盛んであり、2018年には63万人もの日本人が訪れる人気の観光地である。足を運びやすい自然豊かなリゾートアイランド、というイメージを持つ人も多いだろう。しかし、一方でフィリピンは深刻な貧困問題を抱えている。ASEAN内でも貧富の格差が激しく、富裕層の1%が、国の50%以上の資産を所有している。
フィリピン政府は貧困層の現状を深刻な問題と捉え、打開策として多次元貧困指数の36.9%を占める教育に着目した。同国では、それまで計10年間であった義務教育期間が見直され、2011年6月に義務教育を幼稚園1年、小学校6年、中学校4年、高校2年の計13年間に伸長する法律、通称K-12が施行された。また、UNICEF(2012)の研究によると、教育の向上は、貧困層の家庭の子供の社会的成長へ大きな影響をあたえ、彼らの生活を豊かにすることが期待できる。フィリピンでも、K-12によって教育の質が向上し生活の改善でき、実際のK-12の成果として、Abulencia(2015)はASEAN周辺国と同レベルの人材育成を成し遂げていると研究している。しかしながら、家庭レベルでの影響についての研究をしていない。
また、国際的にみても教育に関する研究テーマは初等教育や中等教育から幼児教育へと注目が移っている。一般的に幼児教育は出生から小学校に通うまでの期間をターゲットとしている。池本(2011)では、幼児教育政策への注力と成果についての記述があり、ニュージーランドでは幼児のみならずその保護者へのサポートもおこない国全体で子育てを支えている。一方で、国内では、内閣府(2019)は日本で3歳から5歳を対象とした幼稚園の授業料無償化に踏み出し、幼児教育を受けやすい環境づくりに励んでいると発表した。どちらの文献でも幼児教育を政策面からのマクロ的な分析はおこなっているが、実際に家庭や幼稚園といったミクロ面での分析はおこなっていない。
フィリピンでもK-12で幼稚園を義務化した結果、2006年から2015年までで幼稚園入園率が2倍に増加したとWorld Bank(2018)は報告しているが、3歳から5歳の幼稚園前教育に参加している幼児は30%にとどまっている。さらに、Abulencia(2015)のように首都マニラの教育について研究した論文は多くある一方、フィリピンの第2の都市と言われるセブ島のスラム街の3歳から5歳を対象とした教育について研究した論文はまだない。
本稿では、セブ島のタリサイ市で活動しているNPO団体Tulay Sa Kinabuhi(以下TSK)の教育事業の1つであるHOPE Children’s Center(以下 HOPE)を研究する。それをもとに、ほかの地域でもHOPE事業をおこなうべきであることを示す。1節ではフィリピンでの教育の現状と、フィリピン特有のK-12プログラムについて説明する。2節では世界でなぜ幼児教育が重要視されているかを、日本国内と海外での事例も交えて説明する。3節では筆者らがおこなったセブ島でのフィールドワークを元にTSKの概要と、その活動の1つである幼児教育の実態とその施設の成果を述べる。4節では2節と3節で示した幼児教育の重要性をもとに、HOPE事業が成し遂げた成果をあげ、提言をおこなう。
目次
はじめに
1 フィリピンについて
1-1 フィリピン・セブ島の概要
1-2 フィリピンの教育制度
2 幼児教育について
2-1 幼児教育の重要性
2-2 日本での事例
2-3 海外での事例
3 Tulay Sa Kinabuhiについて
3-1 Tulay Sa Kinabuhiの概要
3-2 HOPE CHILDREN's CENTERについて
3-3 HOPE CHILDREN's CENTERの成果
4 Tulay Sa Kinabuhiへの提言
おわりに
参考文献
参考文献
ウェブサイト内の資料については、記載されているURLでのリンクを2019年11月20日時点で確認しました。その後、URL が変更されている可能性があります。
- 阿部帆南、佐藤宏平、朴志雨、本田美琉、山本和樹『セブフィールドノーツ』慶應義塾大学経済学部大平哲研究会フィールドノートシリーズ2019-ep01、2019年
- 池本美香「経済成長戦略として注目される幼児教育・保育政策−諸外国の動向を中心に−」『教育社会学研究』第88巻、2011年、pp.27-45
- OECD『機会拡大:積極的な社会政策は、いかに我々の役に立つか』, OECD, 2005年
- 大竹文雄『就学前教育の投資効果から見た幼児教育の意義』Benesse、2009年
- 佐々木謙一「フィリピンの高等学校における経済教育の現状と課題」『経済教育』第33号、2014年、pp.26-28
- 内閣府『幼稚園、保育所、認定こども園等の無償化について』2019年、pp.1-3
- 濱名陽子「幼児教育の変化と幼児教育の社会学」『教育社会学研究』第88集、2011年、pp.87-102
- ベネッセ教育研究開発センター『第3回子育て生活基本調査(幼児版)』ベネッセ、2008年
- 森利枝「フィリピンの高等教育政策と国際通用性-2013年基礎教育拡大法のインパクト-」『大学評価・学位研究』第19号、2018年、pp.59-66
- 文部科学省『改正前後の教育基本法の比較』2006年
- Abulencia, Arthur S. “The Unraveling of K-12 Program as an Education Reform in the Philippines,” South-East Asian Journal for Youth, Sports & Health Education, 2015, pp.229-240.
- Hart, Betty and Risley Todd R., Meaningful Differences in the Everyday Experiences of Young American Children,, Paul H. Brookes Publishing Co, 1995.
- JETRO Manila Center, “Cebu Special,” Philippine IT Service Industry Update Report, No. 7, 2005, pp.1-12.
- National Scientific Council on the Developing Child, The Timing and Quality of Early Experiences Combine to Shape Brain Architecture, Harvard University, 2007.
- National Scientific Council on the Developing Child, Excessive Stress Disrupts the Architecture of the Developing Brain, Harvard University, 2014.
- Philippines Statistical Authority, 2015 Family Income and Expenditure Survey, 2017
- Selcuk, R. Sirin, “Socioeconomic Status and Academic Achievement: A Meta-Analytic Review of Research”, Review of Educational Research, Vol.75, No.3, 2005, pp. 417–453.
- UNESCO and UNICEF, Early Childhood Care and Education, UNESCO Bangkok, UNICEF EAPRO and UNICEF ROSA, 2012.
- World Bank, Making Growth for the Poor -A Poverty Assessment for the Philippines,” 2018
三田祭論文作成にあたり、ご協力いただいた新池航平さん、竹内賢志郎さん、永長泰隆さん、和田一輝さんありがとうございました。
NPOハロハロの成瀬さんに聞き取り 実際に行ったスラム街の様子 小学校の生徒たちと交流しました 現地の先生とNPOの方々に聞き取り 現地の幼稚園の授業の様子 先輩たちとともに海を満喫しました ナイトマーケットでビールを堪能しました 町役場での聞き取り 現地NPOの方々とフィリピン料理を食べました トランジット先の香港で100万ドルの夜景に感動しました
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