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栄養改善事業における住民組織と外部機関の連携
関聡恵・竹村彩音・松本拓磨
食べること、それは人の生活になくてはならない行為である。なぜなら、人の身体を構成する水分、糖質、タンパク質、脂質、ミネラルなどの栄養素は食物からしか摂取できないからだ。しかし、生活するうえで必要不可欠な食事は世界の誰もがとれているわけではない。UNICEF and others (2015)によると、世界には5歳を迎えることができずに命を落とす子どもが年間で約594万人存在し、その原因のおよそ50%は栄養不良である。子どもの栄養不良は、たとえ死につながらなかったとしても成長の阻害や免疫力の低下につながる。妊産婦が栄養不良の場合も、栄養豊かな母乳をあたえることがむずかしくなり、胎児に悪影響をおよぼす。途上国が子どもの栄養不良に悩む一方、先進国では高齢者の栄養不良が問題となっている。杉山(2009)は、日本では30%強の高齢者が栄養不良またはその恐れがあると指摘する。高齢者の場合は、食事摂取量の減少や噛む力の衰えなど加齢により栄養不良となる人が多く、その結果病気の回復遅延や合併症併発率などをまねく。栄養不良は途上国、先進国を問わず全世界の人々が考えなければならない喫緊の課題である。
NGO、行政、企業などさまざまな組織が栄養改善事業をおこなっている。しかし、外部機関が事業対象地域の住民の意識を尊重せず一方的に事業をおこなっても、栄養の改善にはつながらない。外部機関が地域の問題を決めつけて活動するのでは、組織の目につかない問題には気づかず、事業のすすめ方も住民が望むものでなくなることがあるからである。むしろ対象者やその周囲の人が何を食べるのか日頃から考え、適切に食べ物を選択していくことが日常生活における食事では重要である。他人に指図されるのではなくその人が意識を変えることで、個々人の行動は改善する。そのような環境は、人々が栄養に関心を持ち栄養について学ぶことで整う。つまり、正しい食習慣を身につけるための栄養教育こそが栄養改善事業の要である。
対象地域の住民が積極的に事業に参加し、栄養に関する知識や技術を住民の間に普及させるためには、NGOをはじめとする栄養改善事業を実施する外部機関と、住民組織の連携が重要である。連携においては、ソーシャル・キャピタルと呼ばれる人々の信頼関係や結びつきが大きな役割を担う。ソーシャル・キャピタルが豊かな住民組織、つまり住民の間に相互の信頼関係がある組織では、他人への警戒が少なく社会の問題に協力して取り組むことができるためである。外部機関は、住民組織内のソーシャル・キャピタルを活用して栄養教育をなしとげている。住民組織に既にあったソーシャル・キャピタルが、外部機関によって刺激を受け信頼関係の強化や規範の変化を生む。それを接合的ソーシャル・キャピタルと呼ぶ。
滝村(2001)や蜂屋(2015)は、開発事業におけるソーシャル・キャピタル形成の重要性を示している。また松嵜(2014)や小泉、富山、沼田(2015)が示すように、NGO、行政、企業がさまざまな分野で住民組織と連携した事業を実施している。このように、多くの先行研究がソーシャル・キャピタルや事業の実施組織と住民組織の連携について説いている。しかし、接合的ソーシャル・キャピタルの形成について栄養改善事業の事例にあてはめた論文はない。そこで本稿では、事業目的を達成している3つの栄養改善事業の事例をもとに、接合的ソーシャル・キャピタルが開発事業をとおしてどのように形成されたか述べる。
本稿の結論は、事業目的を達成している栄養改善事業では、住民組織と外部機関が連携して接合的ソーシャル・キャピタルを形成しているである。この結論を示すために、1節では栄養改善事業について説明する。2節では住民組織と事業の実施組織を定義づけ、両者の連携における接合的ソーシャル・キャピタルの形成が重要であることを先行研究をもとに示す。3節ではNGOピープルズ・ホープ・ジャパンのインドネシアの栄養改善事業、戦後日本で農林省と厚生省がおこなった生活改善運動、山崎製パン株式会社が東京都足立区でおこなった栄養教育事業の3つの事例を紹介する。これら3つの事例において、住民組織と事業の実施組織の連携がどのように接合的ソーシャル・キャピタルを形成したかを示す。
目次
はじめに
1 栄養改善事業
2 住民組織と外部機関の連携
2-1 住民組織
2-2 外部機関
2-3 接合的ソーシャル・キャピタルの形成
3 栄養改善事業の事例
3-1 インドネシアの栄養改善事業
3-2 戦後日本の生活改善運動
3-3 足立区の高齢者の栄養教育事業
参考文献
おわりに
参考文献
ウェブサイト内の資料については、記載されているURLでのリンクを2015年11月19日時点で確認しました。その後、URL が変更されている可能性があります。
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- 滝村卓司「社会関係資本と参加型開発援助プロジェクト—JICAプロジェクトのレビューを通して—」佐藤寛編『援助と社会関係資本—ソーシャルキャピタル論の可能性—』2001年、第5章所収
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- ピープルズ・ホープ・ジャパン「ホープジャパンニュースNo. 65」ピープルズ・ホープ・ジャパン、2013年
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三田祭論文作成にあたり、ご協力いただいた川野真優さん、澤村新之介さん、品川彩花さん、鈴木奨之さん、鷲見光太郎さんありがとうございました。
AARJapanの説明会にいきました インドネシア料理テンペとタフを食べました ハンガー・フリー・ワールドの職員の方と グローバルフェスタでPHJのブースに訪れました ピープルズ・ホープ・ジャパンの方からお話しを聞きました 倉沢愛子先生のお宅訪問
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