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日野市多摩平における福祉まちづくり
入江勇樹・竹下真央・寺島慧
東京都日野市多摩平は、高度経済成長期における工場誘致政策の恩恵を受けて豊かに発展してきた。内陸工業都市として栄えつつ、緑豊かな環境を守ってきたこの地域は、都心部にはない落ち着いた雰囲気が漂う。豊田駅の北側に広がる多摩平は、建替えによって丁寧に整備された大規模団地が占めている。陽を浴びて力強く育ったケヤキ、サクラ、イチョウなどの植物が演出する美しい景観には人の気持ちを安らげる魅力がある。町の中央に位置するイオンモール多摩平の森は、毎日子どもから高齢者まで多くの市民がおとずれて賑わいをみせている。
しかし多摩平は、相次ぐ大工場の撤退により地域の雇用機会が減少し、市民が雇用を求めて町からでていく危機を迎えている。人口流出によって多摩平は活力を失い、市民がこの地域に住みつづけたいと感じる魅力がなくなる恐れがある。そこで日野市は多摩平の人口流出による過疎化を防ぐために、すべての市民が多摩平で暮らしやすく、住みつづけたいと思うような福祉政策を定めてまちづくりを実践している。佐藤、越田(2009)によると、地域の福祉が有効に機能するためには、福祉の運営に市民が携わっていく必要がある。多摩平では市役所とNPOが、地域にいる人や施設を活用して、障害の有無に関係なく誰もが地域で暮らしやすい環境を整える福祉まちづくりに取り組んでいる。日野市(2015)や竹下、寺島、関、湯屋(2015)では、多摩平で福祉まちづくりをよりすすめるために、健常者と障害者がお互いを理解して対等な関係を築くことで、すべての市民が自発的に福祉まちづくりに参加していくことが重要だとしている。
坂西、土井(2006)によると健常者は、障害者の行動に対して不安や偏見を持ち、障害者を理解して意思疎通をはかることに困難を感じている。松岡(2013)は、健常者と障害者が対等な関係を築くためには、健常者が障害の種類や程度によって障害者を勝手に判断せず、障害者の周りの環境やものの見方などを理解することが大事としている。永田、若狭、太田、白井(2012)や御前(2010)では、健常者の障害者への適切なアプローチによって障害者が自信を持ち、健常者との交流が増えることで自立した生活ができるようになることが判明している。このように健常者が障害者に対して態度を変え、理解を示すことの重要性や、意識変容が起きた障害者による社会への貢献について示す論文はある。しかし、これらの研究には、障害者が健常者を理解することの重要性を提唱するものはない。 また、神谷、中川(2007)の日本人学生と留学生の異文化交流の事例のように、異なる文化や考え方を持つ人々がお互いの文化や考え方を理解することで対等な関係を築き、一緒におこなう活動がより効果的になることを示す論文は多くある。だがその中で、健常者と障害者の対等な関係を築くために、両者の相互理解が必要であることに言及した論文はない。
そこで本稿では、日野市多摩平における市役所とNPOが、健常者が障害者の視点を理解することだけでなく、障害者が健常者の視点を理解するように工夫して活動することで健常者と障害者の相互理解を促進し、福祉まちづくりをすすめていることを示す。1節では日野市多摩平の概要を述べ、地域でおこなってきたまちづくり活動と障害者福祉活動を紹介していく。2節では、障害者の中でも身体障害者に関する障害者福祉政策に着目し、その歴史を整理する。3節では、健常者と障害者がソーシャルワーカーのようにお互いの視点を持つことで、両者の交流が増え、ともにおこなう福祉まちづくりがすすむことを説明する。そして4節では、日野市多摩平の福祉まちづくりにおける市役所とNPOの取り組みをまとめ、健常者と障害者の両者がお互いの視点を理解していくように活動をすることで、地域での福祉まちづくりが促進していることを示す。
目次
はじめに
1 日野市多摩平について
1-1日野市多摩平の概要
1-2日野市多摩平のまちづくり政策
1-3日野市多摩平の障害者福祉
2 身体障害者と福祉政策
2-1 身体障害者とは
2-2 福祉政策の変遷
2-3 障害者福祉とまちづくりの先行事例
3 異なる視点と福祉まちづくり
3-1 異なる視点を持つとは
3-2 異なる視点を持つことの重要性
4 日野市多摩平の福祉まちづくり
4-1 市役所の取り組み
4-2 やまぼうしの取り組み
4-3 福祉まちづくりをすすめる要因
おわりに
参考文献
参考文献
ウェブサイト内の資料については、記載されているURLでのリンクを2015年11月19日時点で確認しました。その後、URL が変更されている可能性があります。
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- 岩崎香『人権を擁護するソーシャルワーカーの役割と機能』中央法規出版、2010年
- 岩本義浩「障害者の自立と福祉政策の変遷-第二次世界大戦以降の身体障害福祉から-」『植草学園短期大学研究紀要』、第14号、2013年、pp.27-34
- 神谷順子、中川かず子「異文化接触による相互の意識変容に関する研究-留学生・日本人学生の協働的活動がもたらす双方向的効果-」『北海学園大学学園論集』、第134号、2007年、pp.1-17
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- 竹下真央、寺島慧、関聡恵、湯屋裕行『認定NPO法人やまぼうしのフィールドノート』慶應義塾大学経済学部大平哲研究会フィールドノートシリーズ2015-cp02、2015年
- 田村明『まちづくりの実践』岩波書店、1999年
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- 日本福祉のまちづくり学会『福祉のまちづくりの検証---その現状と明日への提案---』彰国社、2013年
- 野口定久「参加と協働による地域福祉のガバナンス---持続可能な地域コミュニティの形成---」『福祉社会学研究』、第3巻、2006年、pp.67-81
- 野村豊子、北島英治、田中尚、福島廣子『ソーシャルワーク・入門』有斐閣、2000年
- 林眞帆「ソーシャルワークにおける『わかる』ことの意味」『別府大学紀要』、第55号、2014年、pp.97-104
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- 三沢義一「身体障害に対する態度とその比較文化的考察」『特殊教育学研究』、第9巻第1号、1971年、pp.27-34
- 山本亜紀子、佐藤愼二「特別支援学級に在籍する児童・生徒の交流及び共同学習に関する調査-特別支援学級担任と通常学級担任を対象として-」『植草学園短期大学紀要』、第9号、2008年、pp.63-75
- 吉住修「福祉国家変容の中での障がい者の意識と社会参加についての一考察」『熊本大学政策研究』、第6巻、2015年、pp.83-107
三田祭論文作成にあたり、ご協力いただいた江森あずささん、大塚悠介さん、芳賀慶太さん、山岡奈々瀬さんありがとうございました。
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