三田祭論文
フィリピンの社会的企業ユニカセによる青少年の自立支援
井原萌美・葛西美咲・恒川敬敏・仲村将太朗
フィリピンと聞いて何を思い浮かべるだろうか。フィリピン産のバナナやリゾート地のセブ島は日本でも有名である。太平洋に浮かぶ自然豊かな南の島というイメージを持つ人も多いだろう。自然豊かで観光業も盛んな印象があるが、貧困層の人々が多くいることはあまり知られていない。
貧困層の人々は、自らの意思で将来の生き方を選択して自立するチャンスを得ることがむずかしい。自立して貧困から脱するには、十分な給料を得られる職と、その職に就くための教育を受けることが不可欠である。フィリピンには賃金の低い職が多く、衣食住に困らない生活を送るには、高等教育か政府の提供する職業教育を受けて賃金の良い職に就く必要がある。しかし、教育を受けるだけのお金がなかったり、生計をたてるために働いていて教育を受ける時間がなかったりする。このような事情から貧困層の人々は自立するチャンスを得られず、貧困から脱することができない。
フィリピンの社会的企業Uniquease(以下ユニカセ)は貧困層の青少年を雇用し、彼らの自立を支援することを目的にレストランを経営している。ユニカセは青少年に働くチャンス、教育を受けるチャンス、貯金をするチャンスをあたえている。十分な教育を受けておらず今まで職に就けなかった青少年は、レストランの従業員としてユニカセで働く場を得ている。また、ユニカセでは青少年に対して調理や接客といったレストランの運営に必要な技術だけでなく、ビジネス英語やビジネスマナーのように将来自立するうえで必要な教育も提供している。さらに、ユニカセの青少年がもらう給料の一部はユニカセが彼らの将来のために貯金している。ユニカセで働く青少年は自立するチャンスを得て、貧困から脱するチャンスを得ている。
これまでに一般的な社会的企業の概要については谷本(2006)が、課題とその改善策については鈴木(2009)がまとめている。特定の社会的企業の活動に着目したケーススタディにはコーエン、ワーウィック(2009)や増田(2007)があり、失業者や十分な教育を受けていない青少年を支援する事例がある。働く意義については富田(1981)が社会に自分が関わっていると感じることとしている。教育についてはセン(2004)が日常生活を送るために必要なものとし、貯金についてはCollins, Morduch, Rutherford and Ruthven(2009)が借金を繰り返す生活に陥らないために重要なことであると述べている。本稿ではそれらの研究をユニカセの活動の考察に応用する。
本稿では、ユニカセの活動は青少年の自立支援を通して貧困削減や経済発展に貢献していることに社会的意義があることを示す。ユニカセは貧困層の青少年が自立するためのさまざまなチャンスをあたえている。自立した青少年は社会にとって重要な労働力となる。ユニカセのような小規模な社会的企業は1人でも多くの貧困層の青少年の自立を支援することを通して長期的には貧困の削減や経済発展に貢献している。
結論を示すために、1節でフィリピンの貧困層の人々の現状を述べ、彼らには十分な賃金を得られる職に就くチャンスと十分な教育を受けるチャンスがないことを述べる。2節では、一般的な社会的企業の概要、直面する課題とその課題に対する改善策について述べる。3節ではユニカセの活動内容に触れ、ユニカセの活動が貧困層の青少年に自立するチャンスをあたえていることを示す。4節ではユニカセの提供するチャンスの重要性を述べ、ユニカセの活動に社会的意義があることを示す。
目次
はじめに
1 フィリピンについて
1-1 概要
1-2 貧困層の現状
1-3 貧困から脱するために
2 社会的企業について
2-1 概要
2-2 事例
2-3 課題
2-4 改善策
3 ユニカセについて
3-1 概要
3-2 優れている点
3-3 課題と改善策
4 チャンスをあたえる重要性
4-1 働くチャンスの重要性
4-2 教育を受けるチャンスの重要性
4-3 貯金をするチャンスの重要性
4-4 青少年にチャンスをあたえる重要性
4-5 ユニカセの社会的意義
おわりに
参考文献
参考文献
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ウェブサイト内の資料については、記載されているURLでのリンクを2013年11月9日時点で確認しました。その後、URL が変更されている可能性があります。
三田祭論文作成にあたり、ご協力いただいた大久保絵梨さん、松波弘樹さん、渡邉雄一郎さん、ありがとうございました。
フィリピンを訪れて
2013年8月末、私たちはフィリピンを訪れた。
私たちは3月頃からゼミの卒業生でユニカセの元インターン生である菅澤玲美さんを通じてフィリピンにある社会的企業ユニカセ(貧困層の青少年を雇っているレストラン)に興味をもっていた。5月にはユニカセ設立者である中村八千代さん、菅澤さんや他のインターン生の方々からユニカセについて聞き取りをおこなった。調べていくうちに実際にユニカセでどんな青少年が働いているのか、どんなお店の雰囲気なのか、またユニカセのあるフィリピンでは人々がどのように暮らしているのか実際に自分たちの目で見て、肌で感じたくなり、フィリピンに行こうと決めた。
フィリピンの空港に着いたが、ホテルまでの予約した送迎車を見つけるのに時間がかかり、非常に怪しい人がタクシーの勧誘をしてくる中、駐車場近辺をうろつきとても不安になった。ようやく見つけることができたが、車の窓から外を見ると、トタン屋根の家だか露店だか分からないほったて小屋で生活している人を見かけた。空港の近くは低い建物(ほったて小屋?)が多かったけれど、ホテルのあるマカティに近づくと高層ビル群が現れた。違う世界のようだった。
まずはNGO団体SALTの現地体験プログラムに参加して貧困地域を見て回った。訪問したカシグラハン地区の路上には犬や鶏、とても小さな猫が歩き回っていて、道路には糞がたくさん落ちていた。カシグラハン地区にある一軒のお宅を訪問した。Arcanio家は、1本3ペソのバナナキュー(バナナを油で揚げて砂糖を付けて甘くしたおやつ)と1 袋20ペソの木炭を売り、1日100ペソほどの収入を得ている。しかし、借金の返済にあてるので手元に残るのは70ペソほどで、食費でその日のうちに収入を使い切ってしまうため、貯金はない。そもそも「貯金はあるか?」という質問に対して、「貯金って何?」ときょとんとしていた。現在の収入だけでは生活はままならず、毎月借金と返済の繰り返しの生活を送っている。ここでのお話で貯金という概念がそもそもないという現状を踏まえ、本稿ではユニカセにおいて貯金のチャンスを作ることはフィリピンの社会では非常に大切なことであることを主張したのである。
お話をしてくれたArcanio家の3児の母親であるNormaさんは、高校を中退して今苦しい生活を送っているので、子ども達にはもっと良い生活を送れるように大学に行ってほしいことを涙ながらにお話ししてくれた。その姿は忘れられない。親が子を思う心、子が親を思う心が伝わってきた。教育の重要性を机上だけで考えていたのを実際に目の当たりにして衝撃を受けた。一方、仲村はあまり感情移入せず、なぜ泣いているのか、それを解決するためにはどうするのが効果的かを考えるように努めていた。
Arcanio家の近くのサリサリストア(さまざまな日用品やお菓子など小分けになって販売されているお店)の前に座るおじさんたちが私たちを観察していた。せっかくなので写真を一緒に撮ってくださいとお願いするとこんな笑顔を見せてくれた。カシグラハン地区のコミュニティの人々が外国人である私たちを笑顔で受け入れてくれ、フランクに接してくれたのが嬉しかった。「貧困層と聞くと暗いイメージを持つけれど、実際はみんな明るい人が多い」という話は何度か聞いたことはあったが、実際に貧困層と呼ばれるフィリピン人の方々に会って、本当なんだと実感した。
車で少し移動して、パヤタス地区にあるロビーさんのお宅に訪問した。私たちを快く迎え入れてくれた。一室に生活感がギュッと詰まり、どこかあたたかみがありいつの間にか居心地がよくなっていた。
ロビーさんはずっと笑顔で自分のことや家族のことを話してくださった。ロビーさんは洗濯の仕事とドアマット・鍋敷き作り、旦那さんは建設業で働いて生計を立てている。鍋敷きを1日60枚作り、1枚5ペソで売り、材料費を引くと手元に残るのは60ペソだそうだ。話を聞いた後に、私たちも鍋敷き作りを体験した。Tシャツの切れ端をつなぎ合わせたものを材料としていたが、頑丈なものができあがった。比較的単純な作業であるけれど、これを1日に60個も、その他にドアマットも作るとしたらかなりの労力であると感じた。あらゆる仕事・商売の種類があり、家族の生計を立てていくために一生懸命頑張っていることに強く胸を打たれた。
二軒のお宅訪問ではタガログ語を英語に、英語を日本語に、という形で通訳していただいて話を聞いた。フィリピンに行く前にフィリピンは世界で3番目に英語を話す人口が多い国と聞いていたので、ロビーさんが片言の英語しか話さず、ほとんどタガログ語しか話さないし分からないというのが印象的だった。カシグラハン地区のNormaさんも同じで、子どもは英語を話せても親はほとんど話さない。これも教育水準の差なのだろうかと不思議に思った。
パヤタス地区において犬がやたら多い細い路地を抜けて、ゴミ山を間近で見られる所へ歩いて行った。近づくにつれて、どんどんにおいがきつくなっていった。鼻をつく生臭いにおいのため深く息を吸えず、苦しかった。村の人は平気そうな顔をして、この臭いに慣れているようだった。ゴミ山はその近辺に暮らす人にとって生活の糧となっている。ゴミ山で再利用できるゴミを収集して、集めたゴミを買い取り業者に売る。ゴミ山のおかげでたくさんの人が仕事を得て、収入を得られる。2000年に300人以上が巻き込まれて亡くなったゴミ山崩落事故が起きてから、ゴミの投棄をやめるべきとの声もあるが、ゴミ山を閉鎖してしまうと大量の失業者を生んでしまうため、ゴミ山の閉鎖に反対するする人もいる。ゴミ山が周りの人々の生活を支えている面があることが印象的だった。
ついに念願のユニカセを訪問した。ユニカセはフィリピンの中心街であるマニラ首都圏のマカティに位置する。看板は小さくわかりづらかったが、見つけると「ここがあのユニカセか!!」と感動した。中に入ると「Welcome to Uniquease Restaurant!」と大きな声で出迎えてくれ、壁には竹の装飾や木のテーブルなどがあり、とても落ち着いた雰囲気だった。初めはユニカセの従業員であるユース(以前はストリートチルドレン)とぎこちなく笑顔を交わすだけだったが、お昼の時にみんなでワイワイ話すことができた。特にジェイサーは元カノが何人もいるらしく女関係の話で盛り上がった。ユニカセのごはんは優しい味付けで健康的であり、どこかほっとするようなものだった。日本を離れてから2日しかたっていなかったが、和食が懐かしくておいしかった。
ユースと触れ合って一番感じたことは自分たちとほとんど変わらないということだ。ユースたちはよく泣いてしまったり、仕事に来なくなったり打たれ弱いと八千代さんから聞いていた。今まで数ヶ月間、貧困層が?、ストリートチルドレンが?、と言っていたせいで自分の中で、違う人種で、行動洋式や考え方全てが異なった存在だと感じていた。しかし、実際話してみるとゲームの話もできるし、人の彼女の話で盛り上がる、自分と同世代の人間で違いがほとんどないように思った。1日話しただけなのでそう感じたのかもしれないが、少なくとも普段の様子は日本の大学生などとほとんど変わらないんだと思う。そして仕事に対する姿勢が自分たちよりもしっかりしているように見えた。ユースの誰に聞いてもユニカセの仕事面でつらいことはほぼないと言っていた。それぞれに子どもがいて、いい意味で驚いた。1人1人が八千代さんの気持ちを理解し、それにこたえようと日々努力し、自分を高めている様子が、ユニカセの明るい雰囲気に表れていた。そして作業している時にも見せる笑顔がすごく印象的だった。
フィリピン最終日は井原の知り合いの弟であるフィリピン人のエリックさんの車の運転でマニラを案内をしていただき、世界遺産のイントラムロスやアジア最大のショッピングモールに行った。このエリックさんは1日私たちに同行してくれ、とても親切であった。イントラムロスのホセリサール記念館や町並みはフィリピンを昔植民地化していたスペインや中国などの外国の影響を感じた。イントラムロス内をめぐれる馬車ツアーにも参加した。ツアーガイドの方は日本人慣れしていて、とても分かりやすい英語でイントラムロスの歴史やフィリピンの文化を説明してくれた。
フィリピンでいたるところで見かけるファーストフード店「Jolibee」でご飯を食べたが、フライドチキンの油に癖があり、井原と葛西は食べるのがつらかったが、恒川はとても好きな味らしく、もし現地の人だったら必ずはまっていたとはしゃいでいた。チキンとセットでついてくるおにぎり、春雨のようなもの、パスタやマカロニスープはとてもおいしかった。ユニカセとは対照的なファーストフードの料理は体に悪そうだったが、こちらも全体的に美味しかったのが印象である。
エリックさんの娘とその友達とショッピングモールで合流することができた。みんな大学4年生で年齢は19歳から25歳までと幅広かったが私たちと同世代であり、とてもフレンドリーに話しかけてくれ、モールを一緒に回り別れ際にはたくさんの写真を撮った。エリックさんの娘さんが「日本に行く機会が会ったらまたぜひ会いたい。大学卒業後かな」と言ってくれた。ちなみに帰国してからもFacebook上で交流を持つことができている。
フィリピンのミンダナオ島でアグリマイクロファイナンスの事業をおこなうIoさんとモールにあるフィリピン料理屋でお食事をした。Ioさんとは7月上旬にゼミで開かれた講演会で会った。食事の最中、夢の話になり、Ioさんに「BE SMART」という言葉を教わった。これは「BE gin with the end in mind、S pecific、M easurable、A ttainable、R ealistic、T ime bound」つまり「全てのことは終わりを考え、具体的に、何をどうするかを計算し、獲得可能なものに対し、現実的な締め切りをつくる必要がある。」ということである。Ioさんからはフィリピンでバリバリ働くビジネスマンの視点からのお話が聞けた。
フィリピン人の多くは非常に心優しかった。お宅訪問では私たちを笑顔で迎えいれてくれ、村を歩くと人々が支えあい、一致団結している姿があった。生活が厳しいなかでも、特に子どもたちは元気で、家族やコミュニティでの活力となっていた印象である。貧困層と聞くと暗いイメージを持ちやすいが、みな笑顔で毎日を一生懸命生きていた。
パヤタスやカシグラハンで出会った子どもたちやユニカセのユース、ショッピングモールで交流した大学生など、たくさんの青少年に出会ったが、みな将来にやりたいことが明確であった。そんな彼らが将来自分の夢をかなえ、活躍していくことを期待している。
論文全文(ゼミ関係者のみダウンロード可)
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