コミュニティ・センターによるフェアトレードの普及
伊藤りく・太田智・ソンジヒョン・畠山周平・松下慶祐
途上国農村部で農業に従事する生産者に対してどのようなイメージを持っているだろうか。私たちは普段当たり前のように安価な商品を消費しているが、そういった商品の一部を途上国の生産者がつくっている現状を意識することは少ないだろう。私たちが安く商品を購入できる背景には、過酷な環境で働く生産者がいる。彼らは汗水をたらしてつくった農作物を驚くほど安価でしか販売できず、その日暮らしの生活を送らざるを得ない状況にある。
途上国農村部における厳しい労働環境を改善し、不当に低い価格での商品取引を防ぐ取り組みとしてフェアトレードが注目を集めている。フェアトレードとは生産者が貧困から抜け出し、みずから将来を設計できるように生産物に適正な対価を支払う仕組みである。
しかしながら、生産者を支える仕組みであるフェアトレードが途上国農村部において広く普及しているとは言いがたい。フェアトレードの普及には、生産者がフェアトレードに参加する意思を持つ必要がある。しかし、生産者がそもそもフェアトレードを知らない、もしくは知っていたとしてもフェアトレードの効果を理解していないという問題がある。池上(2009)は、途上国ではフェアトレードについて何も知らない生産者が多く、彼らの興味をひきつけてフェアトレードの考えを浸透させることが必要だと述べている。実際に、フェアトレードの考えを普及させる試みは今までにもおこなわれている。たとえば、NPO国際フェアトレード・ラベル機構(Fairtrade International、以下FLO)は、アフリカやアジアの生産者にフェアトレードについての知識を教授し、より多くの生産者に普及するための広範なネットワークとして、African Fairtrade Network(AFN)やNetwork of Asian Producer(NAP)を組織した。またFLOから派遣された現地調査員であるliaison officer(以下リエゾン・オフィサー)が農村でワークショップを開催し、フェアトレードを広めている。しかし、パソコンや携帯電話などを用いた情報通信技術(Information and Communication Technology、以下ICT)と、人々の信頼関係をつくり協調的行動を促すソーシャル・キャピタルの蓄積に着目し、フェアトレードを普及させるという試みはこれまでにない。
本稿では、途上国農村部でのフェアトレードの普及のためにICTの活用とソーシャル・キャピタルの蓄積を組み合わせたコミュニティ・センターが有効であることを示す。この結論を示すために、1節では途上国生産者の現状改善のためにフェアトレードが有効だが、普及が成功していないことを示す。その理由として、生産者の得る情報量の少なさと生産者への情報の伝え方に課題があることをあげる。2節ではICTを完備したテレセンターの設置によって情報量の少なさを解決できることを示す。そのうえで、情報の伝え方の問題を解決するには人と人とのコミュニケーションによるソーシャル・キャピタルの蓄積が重要であることも述べる。3節では、ICTの活用とソーシャル・キャピタルの蓄積を促し、フェアトレードに関する情報を提供するコミュニティ・センターのモデルを示す。
目次
はじめに
1 フェアトレードについて
1-1 途上国生産者の現状
1-2 フェアトレードの概要
1-3 フェアトレードの普及における課題
2 生産者への情報提供の方法
2-1 フェアトレードの普及に対するテレセンターの可能性
2-2 テレセンターの課題
2-3 ソーシャル・キャピタルの蓄積
3 理想的なコミュニティ・センター
おわりに
参考文献
補論
参考文献
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三田祭論文作成にあたり、ご協力いただいた高橋孝平さん、梶波晶子さん、門村栞さん、中松拓也さん、ありがとうございました。
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アシル・アハメッド氏、大杉卓三氏と記念撮影
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BB名物サブゼミ合宿風景
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有機農業体験
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いっぱい取れました!
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真剣な面持ちです
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