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有機農業と地域経済

1 八郷の有機農業の現状−調査概要

清村 篤志
茨城県八郷町はJAやさとが有機農業に取り組んでいることで有名である.古くから多品種複合経営をしてきた八郷町では,地域総合産直として東都生協を中心に取引している.JAやさとは有機栽培部会や「ゆめファーム農場」を設立し,産直に有機野菜を加える努力をしている.今回はJAやさとの柴山氏,有機栽培農家の廣澤氏・荒木氏に現在の八郷の有機農業の現状をインタビューした.

1-1 八郷の有機農業の現状調査概要(事実関係)
1-2 JAやさとを訪ねて
1-3 有機農業就農者を訪ねて
1-4 感想

1-1 八郷の有機農業の現状調査概要(事実関係)

われわれは2003年8月27・28日の2日間,「住宅地に隣接した農家と都市圏近郊農家との比較から見る有機農法による地域振興の可能性」をテーマに茨城県八郷町を訪問・調査した.この章では2日間の調査記録を基に,現在行われている八郷町での有機農業の現状について記す.なお,調査は27日に八郷町で有機農業を営んでらっしゃる,廣澤氏・荒木氏にインタビューを行い,28日にJAやさとで柴山氏にインタビューを行ったが,報告書の都合上,まとめは「JAやさとの有機農業への取り組み」から記述を始めている.

(1) 八郷町基本データ

茨城県のほぼ中央,東京都心からおよそ70km圏,県都水戸の西方およそ30km圏の位置にある.近くを常磐自動車道が通り,都心から1時間強でアクセスすることができる.

多種の果樹生産物(いちご・ぶどう・梨・柿・みかん・りんご・栗・ブルーベリー)を観光に結びつけた果樹狩り,直売などの観光果樹が盛ん.観光の拠点として茨城県フラワーパーク,ふれあいの森,国民宿舎つくばねなどのレクリエーション・宿泊施設がある.また,ハンググライダーやパラグライダーなどのスカイスポーツに適した地形からスポーツレジャー基地としても注目されている.

人口は1990年の29,417人以降,微増傾向にあり,3万人を少し超えるくらいで安定している. 世代別に見ると,15歳以下が15%,15〜64歳が62%,65歳以上が23%となっている.




●人 口 30,525人
男:15,190名 女:15,335名(H15.6.1現在)
●世帯数 8,363世帯(H15.6.1現在)
●面 積 153.78km2
●町の広がり 東西:18.5km南北:16.8km
(出所:八郷町ホームページ)

(2) 八郷町農業基本データ

農家人口・農家率はそれぞれ全体の50%近くを占め,農家のうちの8割が販売農家である.農業粗生産額の内訳において野菜は全体の15%を占め,豚・米に続いている.指定野菜とは野菜生産出荷安定法第二条第一項に規定する「消費量が相対的に多く又は多くなることが見込まれる野菜であって,その種類,通常の出荷時期等により政令で定める種別に属するもの」をいう.表中には有機野菜もそれ以外も含まれる.例えば,さやいんげん130t,スイートコーン138t(出典:同上)など,指定野菜よりも多く収穫をしているものもある.有機野菜に関しても指定野菜以外の野菜を収穫可能時期に合わせた野菜を各農家が栽培している.

<土地,人口,農家数,農家人口等>
総人口 30,525 人 農家数 3,492 戸
男性人口 15,190 人 自給的農家 598 戸
女性人口 15,335 人 販売農家 2,894 戸
農家人口 16,696 人 主副業分類
8,271 人 主業農家 532 戸
8,425 人 準主業農家 685 戸
総土地面積 15,378 ha 副業的農家 1,677 戸
耕地面積 4,400 ha 専兼業分類
2,030 ha 専業農家 328 戸
2,380 ha 第1種兼業農家 404 戸
普通畑 1,580 ha 第2種兼業農家 2,162 戸
樹園地 799 ha 農家以外の農業事業体数 1 事業体
牧草地 2 ha 農業サービス事業体数 6 事業体
(出所:人口は,八郷町ホームページより平成15年6月1日現在
耕地面積は,農林水産省「平成13年(産)作物統計調査」
農家数,農家人口等は農林水産省「2000年世界農林業センサス 第1巻 都道府県別統計書(農業編)」)



<農業粗生産額>
合計 1,005 千万円
耕種計 566 千万円 畜産計 440 千万円
220 千万円 肉用牛 9 千万円
麦類 5 千万円 乳用牛 108 千万円
雑穀 0 千万円 うち生乳 96 千万円
豆類 11 千万円 226 千万円
いも類 10 千万円 97 千万円
野菜 146 千万円 うち鶏卵 27 千万円
果実 74 千万円 うちブロイラー 69 千万円
花き 46 千万円 養蚕 x 千万円
工芸農作物 46 千万円 その他畜産物 - 千万円
種苗・苗木類・その他 8 千万円 加工農産物 - 千万円
(出所:農林水産省『平成13年生産農業所得統計』)

<野菜>(指定野菜14品目)
作付面積 収穫量 作付面積 収穫量
だいこん 18 ha 698 t レタス 6 ha 131 t
にんじん 12 ha 356 t ねぎ 21 ha 405 t
ばれいしょ 32 ha 649 t たまねぎ 2 ha 66 t
さといも 14 ha 154 t きゅうり 17 ha 959 t
はくさい 10 ha 566 t なす 14 ha 418 t
キャベツ 12 ha 389 t トマト 16 ha 1,130 t
ほうれんそう 20 ha 254 t ピーマン 8 ha 209 t
(出所:農林水産省『平成13年産野菜生産出荷統計』)

1−2 JA八郷を訪ねて

茨城県八郷町はJAが自ら有機農業の振興に力を入れている日本でも珍しい地域である.その,中心となり振興に励んでいるJAやさと営農指導課の柴山進さんにお話を伺った.
柴山進さん

(1) 産直と有機農業

八郷町では山間という地理的条件のもと,水稲,果樹,酪農,養豚,タバコなど,古くから多品目複合経営が行われてきた.今でこそ,産直の生産地として有名な八郷であるが産直のそもそもの始まりは東都生協との出会いであった.八郷と東都生協のつながりは昭和51年にタマゴから始まり,以降八郷では野菜,果物,納豆など地域総合産直としての取り組みが行われてきたのである.

「産直にはいくつかの意味があって,産・消提携直接販売や産地直送なども短くすれば産直になります.生協産直というのが,ここ八郷では一番のメインです.生協産直というのは生産者と消費者の提携によって組み立てしていく産・消提携という意味での産直です.」
と柴山さんがおっしゃるとおり,八郷の生産者も生協との産直が作付けを計画的に話し合い価格を前もって決めるという契約栽培であったために,安心してそれまでの養蚕やタバコから野菜に転換することができた.そのおかげで,高齢者や女性の生産者も増え,年間80品目以上の産直品目を提供できるようになった.産直が拡大するにつれ,生協との交流,対応などの必要から「野菜果物産直協議会」や「農法委員会」,そして各品目の部会をJAとして組織整備し,産直事業を整えてきた.

有機栽培への取り組みが本格的になったのは,1997年11月に有機栽培部会が結成されてからであった.それまで行ってきた生協へのグリーンボックス(セット野菜)の需要が伸び悩んだことを背景に,登録して野菜を毎週購入している生協組合人に,減農野菜ではなく生産方法をこだわって作った有機野菜を届けようという思いからスタートした.

(2) 有機農業へのJAの取り組み

<有機栽培部会の存在>
有機栽培を行っている生産者には昔から有機栽培をしていた人とそうでない人の2パターンがある.前者は農協・生協を使わずに顧客との直接取引を行っていた.部会への参加は自由であるが,農協は有機部会を通して取引を行うことを決め,部会に農協出荷の優先権を与えている.

「有機野菜は需要のある分野なので,できれば農協に参加し個人提携農家にももっと有機野菜を供給してほしい」と柴山さんは語っていた.東都生協という強い取引先もあり,土地作りの指導書や肥料の安価提供,お互いの情報交換といったメリットのある部会には,年々参加する人が増えているという.有機栽培部会の生産栽培基準は,国のガイドラインであるJAS(日本農林規格)法の有機認証であり,各生産者が部会や農協の助けを借りながら取得している.これも農協に参加する大きな要因のようだ.事実,農協での有機の出荷額は始めた1997年から900万,2200万,3500万,4500万,5000万,6200万と確実に増えている.需要に追いつかない状態だ.

「現在,JAやさとの取引は5割強が東都生協です.これを変えるために大阪や岩手にも売込みをかけています.」と,さらなる市場の新規開拓も考えている.

<「ゆめファーム農場」〜新規参入農業者の受け入れ〜>
農協としてさらに力を入れていることは新規参入農業者の独自の研修制度を通した受け入れである.これは柴山さんの「農家の後継者しか農業ができないなんておかしい」という強い思いから始まった.なぜ有機農業なのかというと,JAの有機栽培販売物の産直販売ルートが出来上がっていて,事業として取り組みやすいことと,有機栽培部会の生産者と新規参入者には農業に対する考え方のギャップがほとんどなく都会からやってくる新しい人にも違和感なく参入することができるからだという.一度,農薬を使ってしまうとその考え方から抜け出すことは難しいのだ.この研修制度は1999年から始まった.研修生はJA指定の研修農場「ゆめファーム」で農地を借りて有機栽培をする.2年間の研修期間の間にJAからは月16万円が支給され,貸し家,農機具が用意されるが,研修終了時にこれらは販売額からひかれることになる.研修中から経営感覚を身に受けるために最低限の支援のみで終わらせるシステムになっている.実際のノウハウは,とくにプログラムなどが用意されているわけではなく,自分で有機栽培部会に参加し,そこで地域の人との情報交換ができ,交流をして学んでいく.現在では3組の新規参入者が就農者として働いている.

1-3 有機農業就農者を訪ねて

実際に有機栽培部会に属している方たちを訪ねた.有機栽培部会のメンバーはそれぞれ経営スタイルが違い,ほとんどの農家がJA産直出荷だけでなく直販を行っている.廣澤さんはタバコ農家からの転進.荒川さんは「ゆめファーム」の3期生で今年の4月から就農者として働いている.
廣澤和善さん

(1) 廣澤和善さんの場合

廣澤さんが有機栽培を始めたのは4年ほど前である.それまで減農薬野菜を作っていたが産直先の消費者のニーズから始めた.レタスを中心に多品目を栽培している.有機栽培だけで生計を立てるのは困難なので,観光用にぶどうと稲作などもやっている.基本的には家族6人で作業をしているが,収穫期など忙しいときにはJAが斡旋しているシルバーセンターなどから地元のおばさんをパートとして雇う.出荷先は東都生協が中心で,4半期ごとに価格とある程度の出荷量が保証されているから生産者としては安心して取り組めている.最近は大阪パルコなど遠方からの依頼も受けている.直販にも自分で値を決められるという利点がある.有機栽培の生産者としては生協のグリーンボックスにしろ,直販にしろ,野菜と一緒に入れるカードで消費者からの反応が必ずあり,それがやりがいになっている,と語っていた.

レタス畑の見学をして,いかに工夫して今のレタス栽培までこぎつけたのかがわかった.原価は120円と普通の3〜4倍なのだが,手間隙を考えればコストがかかるのはしょうがないという.「今後の目標は,有機野菜をもっとおいしく作り,自分なりの方法を確立したい.そのことが後継者確保にも重要です.また,有機農業を有機栽培部会を通して八郷のほかの農家にも広げていきたい.」と熱く語っていたのが印象的だった.

(2) 荒木亮太郎さんの場合

今年4月から自分の畑で有機農業を始めた荒木亮太郎さん・ 清美さん夫婦はJAの「ゆめファーム」3期生だ.サラリー マンからの転進組みの荒木さんは自宅での家庭菜園の経験を 生かし,自ら望んでこの八郷での研修の望んだという. 「自分の作る野菜には農薬をかけたくない」という思いから 研修のときから周りの農家や先輩たちを訪ねまわり有機野菜 の作り方を学んできた.研修1年目からいろいろな野菜に取り 組み,その中から自分たちにあった野菜を選んでいて,今はにんじん・トマト・ピーマン・なす・飼料用コーンなど数種類を育てている.荒木さんの作った野菜のほとんどは,やはりJAを通じて東都生協の産直ルートに出荷しているが,友人や親戚などにも数品目を箱詰めして直販している.
荒木さん夫婦

作業で一番手間がかかっているのは草取りと虫取り.「虫は一匹でも逃がすと悔しいんですよ.またその一匹が何百・何千という卵を産んじゃいますからね.まさか農薬や除草剤を撒くわけにはいかないし.」ということで,僕らもにんじん畑の草取りと間引きをお手伝いさせてもらった.単純作業ではあったが要領をつかむのには難しく,「研修旅行で小学生などに協力してもらっても,やはりこつをつかんでくれるまでが大変です.その点,シルバー人材の方たちは農家で働いていた方が多いのでとても助かっています.」
「サラリーマンをしていたときより時間が自由なので,仕事としてストレスを感じることはなくなりました.いわば好きなときに働けるので.今までも楽しかったし,今も楽しいし,これからも楽しいと思います.今年の収穫で一段落ついたら,2月にでも長い休みを取ろうかと思うんですよ.」と,有機農業への期待を活き活きと語って下さった.

1-4 感想

今回,八郷を訪れもっとも印象的だったのはみんながみな生き生きとしていることだった.有機栽培農家のお二方が自分の作る野菜には誇りを持ち,自信を持ってわれわれに説明してくださる姿には敬服した.また,JAやさとの有機栽培にかける期待も伝わってきた.まわりの消費者のニーズも感じられ,有機栽培自体にも精通している方たちだからこそできることだと思う.生産者と流通担当者の連携がうまくとれているということだろう.おそらく理想の形態になるまでには時間がかかるであろうが,生産者の増加・生産量の増加などすぐには結果の出ないことと,消費者へのアピールという速効性のある活動をうまく織り交ぜていって欲しいと思う.後者に関して言えば,ある程度の遠隔地の方たちにはWEB上で有機野菜・有機栽培の情報を載せていくのも一案だと思う.今回快く取材に応じてくださった,柴山氏,廣澤氏,荒木ご夫婦にお礼を申し上げます.