http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/
(※注 以下、順位、タイトル、ニュース記事、解説の順で並んでいます)
第1位
デフレだから年金給付を引き下げるべし
 政府・与党は2002年度から厚生年金や国民年金など公的年金の給付額を物価下落に応じて引き下げる方向で検討に入った。高齢者の生活への配慮などを理由に2年連続で給付額の引き下げを見送ってきたが、「聖域なき構造改革」で歳出全般の削減を迫られており、見直しが避けられないと見ている。
(日本経済新聞8月12日朝刊)
 
 日本の年金制度は、年金の給付額が物価に連動して増減することが基本となっている。これは、年金給付額が物価に連動せず変わらないとすると、物価が値上がりすればもらった年金で買える物が少なくなってしまい、実質的には給付額が削減されたのも同然となってしまうからである。だから、物価上昇と同じ程度に年金給付額も引き上げる制度(物価スライド制)が導入されている。物価スライド制は、逆に物価が値下がりすれば、年金給付額も引き下げられて当然なのである。
 ところが、これまで政府・与党は、選挙対策などを理由にこの2年間物価スライド制を凍結してしまったのである。つまり、物価が下がっている(デフレ)のに年金給付額を引き下げられなかった。引き下げられなかった分の負担は、勤労者世帯にのしかかってくる。年金保険料を支払っているものにとっては、デフレで売り上げや給料が伸び悩んでいるから、できるだけ年金の支払額を減らしてもらいたいところである。しかし、先の事情で、年金給付額が減らないので、年金支払額も減らせない。デフレは、いびつな年金制度のせいで、勤労者世帯の生活をますます苦しくしている。年金給付額が物価に連動して引き下げられても、高齢者世帯は困らないのだから、勤労者世帯の負担を少しでも軽くするために年金給付引き下げを実行すべきである。
 
第2位
安易に瑕疵担保条項を行使するな
 預金保険機構は新生銀行(旧日本長期信用銀行)から経営再建中の大手信販会社ライフ向けの1300億円弱の債権を買い取るよう求められていた問題で、買い取り拒否を新生銀に通告、両社の交渉は決裂した。
(日本経済新聞7月30日朝刊)
 
 破綻した旧日本長期信用銀行(長銀)が保有する債権(貸したお金)の多くを引き継いだ新生銀行は、目下経営を立て直すべく、貸したお金を回収しようとしている。引き継いだ債権の中には、いわゆる不良債権もある。通常、正常に返ってこない貸したお金(不良債権)があって、銀行側の理由でこの貸した相手先とどうしても取引をやめたい場合には、貸したお金が焦げ付いたとしてあきらめる(債権放棄する)。
 しかし、いわくがあって、新生銀行の場合、日本政府との間で交わした契約に、瑕疵担保条項が盛り込まれている。これは、もし新生銀行が旧長銀から引き継いだ債権の中に焦げ付いて通常なら債権放棄しなければならないものについては、新生銀行が預金保険機構に申請すれば、預金保険機構が肩代わりして新生銀行にお金を払う、というものである。去年破産したデパートのそごうも、この条項にからんでもめたことも破産の一因であった。
 新生銀行にとって、瑕疵担保条項が適用された不良債権は、通常なら債権放棄して貸したお金が返ってこないはずのところを、預金保険機構が肩代わりしてくれるので、正常に返ってきたも同然の状態になる。他方、預金保険機構は、公的資金を使って肩代わりするので、肩代わりした分だけ不良債権処理のための国民負担(要するに税金)が増えることになる。新生銀行は、経営再建を早めるために瑕疵担保条項を積極的に行使しようとしているが、それは、その分だけ国民負担を増やすことにほかならない。一見すると我々国民となんら関係のない出来事に見えるが、実は極めて密接にかかわっている出来事である。
 
第3位
判決に反映される経済合理性
 男性の肺がん患者が健康被害を巡って米たばこ最大手のフィリップ・モリスを訴えている裁判で、ロサンゼルスのカリフォルニア州高裁は9日、同社に対して評決が下された30億ドルの懲罰的賠償金を1億ドルに減額する判決を下した。懲罰的賠償金とはいえ、金額が大きすぎるとの判断だ。たばこ訴訟では同社に評決が下った30億ドルが懲罰的賠償金で過去最高額。しかし、判決文でマッコイ判事は「フィリップ・モリスを相手取った同様の裁判はほかにも多数あり、すべての個人にこうした多額な賠償金は現実的に払い切れない」とし、「懲罰を賠償金の600倍にもする法的根拠はない」と主張してきた同社の言い分をある程度認めた。
(日本経済新聞8月10日夕刊)
 
 アメリカで訴訟が多いことや賠償金が多いことは、日本でも有名である。その例に漏れず、喫煙が健康に害を及ぼすことを知りながら、周知させなかったとたばこ会社を訴えた。日本では、たばこによる健康被害でたばこ会社を訴えて、たばこ会社に賠償金を支払う判決が下ったことはないが、公害問題に関連して個人がメーカーを訴えて賠償金を支払わせる判決が下ったことがある。日本での判決は、弱者を保護しなければならないとする論理が強い。特に、原告が個人(弱者)で被告が企業(弱者でない)の場合、企業自体に懲役刑を科すことができないこともあって、かなり懲罰的な判決を下すことが多い。そこには、見せしめとして厳しく懲罰する意味も込められている。
 アメリカでも賠償金を懲罰的にする評決がいったんは下ったものの、「現実的に払い切れない」として(日本でいえば弱者でない)企業が支払う賠償金を減額するという判決を下す判事は、日本ではほとんど見ない。アメリカでは、この裁判だけでなく、被告の経済力を念頭において賠償金を決めることが多い。そもそも、払えないものは払えないのだから、見せしめとして払えない額の賠償金を科すのは経済合理性に合わせて考えれば無意味だというわけだ。そこが、金額のケタは違うものの、見せしめとしての懲罰が重視される日本とは異なるところである。
 
第4位
廃藩置県以来の画期的大改革
 政府の地方制度調査会(地制調、首相の諮問機関)は10月から都道府県、市町村の抜本見直しに着手する。自治体の規模に応じた役割分担を求める経済財政諮問会議(議長・小泉純一郎首相)の基本方針に基づき、道州制の導入や都道府県の合併、人口の少ない町村の権限縮小を2年かけて検討する。市町村合併の進展を見つつ、さらに行政を効率化し、経済活動や住民生活の利便向上につなげる。
(日本経済新聞8月15日朝刊)
 
 今の都道府県や市町村は、明治維新の際の廃藩置県とその後の市制町村制施行によって決まった境界線(行政区域)が元になっている。つまり、今の都道府県や市町村は、(戦後に市町村合併があったものの)明治以来戦前の中央集権的な地方制度が陰に陽に残っていて、都道府県や市町村が(国の意向に反して)独自に地元住民に必要な行政サービスをしたいと思っても自由にできない状態にある。これを変えようという地方分権の動きは、1990年代からあったが、抜本的な変革は未だできていない。
 この10年の議論で、真の地方分権を進めるには、結局道州制の導入や市町村の合併などをするところまで踏み込まなければダメだということがわかった。人口が少ない市町村では、行政サービスのコストがかさむ割には税収が入らないため、効率的な地方自治ができない。だから、人口を10万〜30万人程度にして1人当たりの行政コストを安上がりにしつつ税収を確保できれば、地元住民のために自由に行政ができる。この抜本見直しが実行されれば、地方自治体は今よりももっと我々住民の行政ニーズに応えてくれるだろう。
 
第5位
インターネットの活用で「手数料」とサヨナラ
 日石三菱は9月から、自社の外国為替取引にインターネットを活用した競争入札方式を導入すると取引銀行20行に伝えた。パソコン画面上で複数の銀行の為替レートを見比べ、最も有利な条件を示した銀行に売買を注文する。同社の外為取引の規模は年間約1兆円で、手数料も同1億〜2億円にのぼるが、新方式導入に合わせて各行に手数料をゼロにするよう求めた。銀行側はこれに応じる見通し。大手メーカーなどでも同様な入札方式を取り入れる動きが広がりそうだ。
(日本経済新聞8月10日朝刊)
 
 我々が、仕事上でも個人的にも、金融機関を通じてお金のやり取りをするときには、必ずといってよいほど「手数料」を支払わなければならない。貿易にかかわる会社や海外旅行に出かける人は、円をドルに交換するとき、1ドルを得るのに1〜3円も手数料を暗黙のうちに払っているのが実態である。外国為替だけでなく、預金者が銀行口座から時間外や休日に預金を引き出せば、1回当たり105円も手数料を払わなければならない。この低金利時代に、100万円の預金でも利息が年に200円しかつかないのに、この手数料を無視してはみすみす損をしてしまう。
 その手数料がなくなる、という話が、最近インターネットの活用によって次々と実現している。この記事もその流れの一環である。ほかにも、預金者が銀行で振り込みをするときも、インターネットを使って自宅のパソコンで自らの口座から振込先口座をキーボードで指定して取引すれば、手数料が安いと約50円で済む(同じ取引を銀行の窓口に出向いてすると約500円もかかったりする)。インターネットによって、手数料を払わなくても済む時代になったのである。
 ただ、金融機関の側から見れば、この話は、せっかく今まで手数料収入で楽に商売ができたのにそれができなくなる、ということになる。金融機関には、手数料収入だけに頼らず、是非とも新たなビジネスを展開してもらいたい。
 
この解説記事・肩書等は、あくまでも執筆当時の情勢を反映して書かれたものであり、その後一切改変しておりません。
この解説記事の著作権、文責は土居丈朗氏に帰属します。 許可なき転載、流用は固くお断りします。