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(※注 以下、順位、タイトル、ニュース記事、解説の順で並んでいます)
第1位
温泉が高齢者医療費抑制に!?
 自営業者らが加入する国民健康保険の上部団体である国民健康保険中央会は、温泉の活用で高齢者の医療費を抑制することができるという報告書をまとめた。全国の温泉地を調査したところ、温泉施設で健康相談を実施したり、診療所を併設したりしている自治体の高齢者医療費が減っている例が多いことがわかった。
(日本経済新聞4月29日朝刊)
 
 「温泉の活用で高齢者の医療費を抑制することができる」と聞いて、私は目からウロコが落ちた。社会保障を研究している経済学者は多く、高齢者医療費の増加に伴い、その将来の医療保険の財政をどのようにうまく運営していくかが学界でも様々に議論されている。しかし、万人が納得できる妙案は必ずしも得られていないのが現状である。
 その中で、高齢者の方々に既存の温泉施設を活用して、健康を維持して頂ければ、これまで余分に多く使われていた医療費が支出されずにすむ。無駄な公共事業の代名詞として挙げられた農村部の温泉ランドも、これなら無駄というそしりを受けずにすむ(万事塞翁が馬というべきか…)。
 そして、これにより、病院の待合室で「おばあちゃんが今日は(病院に)来ていないから、体の具合が悪いのかしら」などという有名な冗談のような状況が、少しでも解消されれば、高齢者だけでなく、多くの保険料の負担を強いられている勤労世代にも、保険料が不必要に引き上げられずにすむから、恩恵が及ぶのである。
 
第2位
国債が新たな「不良債権」にならなければよいが
 金融機関は、余剰資金の多くを国債など債券で運用しているのが実情。日銀のオペに応じて国債を現金化しても、わずかな利ざやを得るだけで運用先がなく、再び資金が国債の購入に向かうしかないという。それならば、満期まで保有しよう、という判断が金融機関にはあるようだ。
(朝日新聞5月12日朝刊)
 
 我々は貯蓄の多くを金融機関に預金や保険として預けている。そして、その預金や保険の多くが国債に運用されている。それは、景気低迷で企業に積極的に貸すことができないことと、政府が国債を大量に発行していることによる。国債は満期まで持っていても利息はつくが、満期前に売って差益を得ることもできる。しかし、買ったときの価格よりも安い価格で売れば損する場合もある。
 目下、国債の価格はかなり高い(その裏返しとして国債金利は低い)状態である。何らかの予期せぬ事態で、国債価格が暴落(国債金利が急騰)したらどうなるか。金融機関は財務諸表を時価会計で公表しなければならないので、国債価格が買ったときの価格よりも下がってしまえば、実際に売って損をしなかったとしても(時価での評価したときの)評価損を計上しなければならない。金融機関は、そうした危険にもさらされているのである。
 これは、金融機関が(企業向け融資の)不良債権を直接処理して、経済構造改革を進めようとしている最中に、国債の評価損という別の形の新たな「不良債権」が生じてしまうことを意味する。もし評価損が巨額になって評価損を処理しきれなければ、金融機関の破綻ということにもなりかねない。ペイオフが解禁になる来年度以降、下手をすると我々が持っている虎の子の預金や保険などが、一部返ってこないことにもなりかねない。そのためにも、国民は政府に積極的な国債発行の削減を求めたい。
 
第3位
規律ある経営を促す金融行政を求む
 グリーンスパン米連邦準備理事会(FRB)議長は十日、金融システムの安全網(セーフティーネット)について講演し、「規制当局は銀行に、安全網が存在しないと仮定して行動するよう促すべきだ」などと語った。
(日本経済新聞5月11日夕刊)
 
 景気減速が懸念されているアメリカ経済の中で、より存在感を増しているのが、グリーンスパン議長である。これは、景気の調整に対して金融政策の重要性が高まっているという認識を示している。上記の発言は、金融システムの安全網を用意しなくてもよいという意味では全くない。むしろ、安全網に頼らなければならない状況に追い込まれないようにするには、いかにすればよいかを示したものである。
 わが国では、戦後「護送船団方式」と称される不必要に競争を抑制して規制で銀行を守る行政がとられ、行政当局が「銀行はつぶさない」と主張してきた。こうした状況で何が起こったか。銀行経営者には「放漫経営をしても政府が助けてくれる」というモラル・ハザードがバブル形成・崩壊期に横行したのである。上記の議長の発言は、こうしたモラル・ハザードを許さないという強い姿勢を示したものである。
 今日のわが国では、金融行政は金融庁という新しい役所に担当が移り、経験は浅いかもしれないが今までよりも節度ある行政が期待できる状況にある。特に、これから金融機関の不良債権処理が本格化するから、金融機関に規律ある経営を促さなければならない。そのためにも、金融市場を活用するとともに、議長の発言にあるような姿勢を金融庁がとるよう、国民は期待したいところである。
 
第4位
現在の「関東軍」か、農林水産省
 成田空港や横浜港など全国の主要貿易九港で四月一日から実施した植物検疫の「適正化」について、米国、中国、韓国の三カ国が「貿易制限的な措置」などと農水省に懸念を表明していたことが十四日明らかになった。(中略)「適正化」措置により、過剰分は翌日に検査を回すこととなり、四月の一カ月間だけで計三百七十七件の検査が翌検査日に持ち越しとなった。
(北海道新聞/ヤフーニュース5月15日)
 
 農林水産省が、日本の消費者のためにならない保護貿易を助長する姿勢を強めている。日本のネギ、生シイタケ、畳表(イグサ)に対するセーフガード暫定発動に対する中国の(暗黙の)報復措置に対抗するかのように、上記の検疫強化を実施している。日本の消費者は、今夏以降輸入野菜が安く買えなくなって損をする上に、検疫待ちにより港で鮮度が落ちた輸入野菜を食べろといわれているのである。
 この検疫強化に対して、農林水産省は検疫のための労力不足と説明しているが、その理由は国際社会では通用しない。「検疫強化」は、戦争直前に取る行為と解釈されかねない。1962年のキューバ危機の際、アメリカがソ連に対しカリブ海に進入するソ連船を検疫すると宣言して核戦争勃発寸前まで追い込まれた。さらには、戦前に関東軍は「自衛」を名目に、国民の意に反して旧満州で戦端を開いた。この検疫強化は、戦前の関東軍の行為と類似する。農林水産省は国民の意に反して、米国、中国、韓国を敵に回した「貿易戦争」の火ぶたを切ろうとしており、単なる検疫強化として我々は見逃してはならない。
 保護貿易になり、安くて良質の品物が自由に輸出入できない事態は、我々国民にとってこれほど不幸なことはないということを、今改めて認識して頂きたい。そして、保護貿易につながる政策は、国民の手でことごとく阻止しなければならない。
 
第5位
排出権取引がいよいよ本格化
 有力企業十三社が提携し、温暖化ガスの排出権取引の仲介業務に乗り出す。共同出資で会社を設立、仲介業務を通じ国内で排出権を売買できるようにする。排出権取引は地球温暖化防止の有力な手段と目されている。
(日本経済新聞5月20日朝刊)
 
 地球温暖化が問題となり、二酸化炭素などの温暖化ガスの排出を抑制するべく、国際会議で国ごとに排出許可枠(排出権)を設定した。排出権取引とは、その排出権を売買することである。今後、国や企業ごとに排出権が設けられ、原則としてその排出権で認められた量以上の温暖化ガスを排出してはならない。だから、このままでは温暖化ガスの排出を抑制するべく、工場の施設を改善するか、製品の生産を中止するかしか方法がない。しかし、別の国や企業から排出権を買えば、枠が増える分当初より多く排出することができ、工場の施設を改善しなくても、製品の生産を増やすことができる。
 排出権を買うには、売ってくれる国や企業がいなければならず、その売買が出会う場として排出権取引の仲介をする市場が設けられなければならない。いままで、排出権そのものがなかったから、そのための市場はなく、これから新たに作らなければならない。そうした動きが、いよいよわが国でも本格化したのである。
 排出権取引は、取引に直接携わる人だけでなく、製品を生産する現場にいる人も含めて多くの国民が今後間近に直面することになるだろう。排出権取引で「二酸化炭素=○○○円」などという市況が新聞紙上やニュースに登場する日も、そう遠くはないだろう。
 
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