第8章2.公共投資政策
追加情報

ここでは、内容に関連して、本書に付け加える情報をお伝えします。

わが国における近年の公共投資政策について
 日本語の文献としては、本書で指摘した以外に、

土居丈朗, 「なぜ景気対策が機能しないのか」, 『経済セミナー』,1998年12月号, 35-38頁.

 などがあります。


社会資本の生産力効果について

わが国の社会資本に関する分析
 近年、日本の社会資本に関して分析が進んでいる。分析の観点は、Arrow and Kurz (1970)をはじめとする最適水準に関する分析と、Aschauer (1989)に端を発した生産力効果の分析とに大別される。日本全体での社会資本の規模は、社会資本の社会的割引率から分析したものとして岩本(1990)Nemoto, Kamada and Kawamura(1990)、土居(1995)などがある。岩本(1990)などでは、日本の社会資本は(民間の経済主体の最適化行動の下で政府が政策変数のみ操作できるセカンドベストの意味において)過小であると結論づけている。土居(1995)では、多地域動学モデルで社会資本の限界生産力に関する(次善解の)公式を導出し、各地域の最適社会資本水準を推定して、国会議員選挙の定数格差から生じる政治の影響によって公共投資の地域間配分が歪められ、最適水準に比べて都市圏の社会資本が過小で、地方圏の社会資本が過大であることを示した。ちなみに、公共投資に対する政治的影響の計量的に分析した研究として、吉野・吉田(1988)がある。そこでは、(国会議員選挙における各地域の)1票の重みを指標として用いられ、これが公共投資の地域配分に強く効いていることを回帰分析で示している。
 日本における社会資本の過小性の構造について分析したものとしては、奥野・焼田・八木(1994)、浅子他(1994)、吉野・中野(1994,1996)、土居(1995)、三井・太田(1995)、大河原・山野(1995)、経済企画庁(1997b)などがある。浅子他(1994)では、社会資本の生産力効果でみて日本の公共投資は地域配分によってGDPベースで3%の生産力損失をもたらしていることを明らかにした。また、吉野・中野(1994)、三井・太田(1995)、大河原・山野(1995)、経済企画庁(1997b)では、社会資本の限界生産性が地方圏よりも大都市圏の方が大きいことから、効率性の観点から大都市圏の社会資本が過小であることを示した。

わが国における社会資本の生産力効果の推定
 社会資本の生産力効果を分析するには、生産関数の関数形を特定化する必要がある。先行研究で用いられた生産関数の関数形としては、次のものがある。

(1)コブ=ダグラス型生産関数

 コブ=ダグラス型生産関数

すなわち、

 lnYt = lnA + bGlnGt + bKlnKt + bLlnLt + ut    (1)

ここで、Y, G, K, Lはそれぞれ実質国内(県内)総生産、実質社会資本ストック、実質民間資本ストック、労働投入量を表す。utは誤差項である。bGが、国内(県内)総生産の社会資本弾力性(実質社会資本ストックが1%増加したときの実質国内(県内)総生産の変化率)を表す。またbKが、国内(県内)総生産の民間資本弾力性(実質民間資本ストックが1%増加したときの実質国内(県内)総生産の変化率)を表す。

(2)bG + bK + bL = 1となる係数制約の下でのコブ=ダグラス型生産関数

 係数制約付きコブ=ダグラス型生産関数(2)

すなわち、

 ln(Yt/Lt) = lnA + bGln(Gt/Lt) + bKln(Kt/Lt) + ut   (2)

(3)bK + bL = 1となる係数制約の下でのコブ=ダグラス型生産関数

 係数制約付きコブ=ダグラス型生産関数(3)

すなわち、

 ln(Yt/Kt) = lnA + bGlnGt + bLln(Lt/Kt) + ut     (3)

あるいは、

 ln(Yt/Lt) = lnA + bGlnGt + bKln(Kt/Lt) + ut     (3')

(4)bK +bL = 1となる係数制約の下でのコブ=ダグラス型生産関数で、社会資本が民間資本の限界生産力を高める役割をする形

 係数制約付きコブ=ダグラス型生産関数(4)  ただし、bK +bL = 1

すなわち、

 ln(Yt/Lt) = lnA + bGKlnGtlnKt + bKln(Kt/Lt) + ut     (4)

(5)bK +bL = 1となる係数制約の下でのコブ=ダグラス型生産関数で、社会資本が労働の限界生産力を高める役割をする形

 係数制約付きコブ=ダグラス型生産関数(5)  ただし、bK +bL = 1

すなわち、

 ln(Yt/Lt) = lnA + bGLlnGtlnLt + bKln(Kt/Lt) + ut     (5)

(6)トランス・ログ型生産関数

 トランス・ログ型生産関数     (6)

とする。ここで、G bar K bar L barはそれぞれ実質社会資本ストック、実質民間資本ストック、労働投入量の標本期間内全都道府県における平均である。
 この関数形は、(1)(5)を内包する一般的な定式化である。

bGG=bGK=bGL=bKK=bLL=bLK= 0が満たされれば、(6)(1)となる。
bGG=bGK=bGL=bKK=bLL=bLK= 0で、かつbG + bK + bL = 1が満たされれば、(6)(2)となる。
bGG=bGK=bGL=bKK=bLL=bLK= 0で、かつbK + bL = 1が満たされれば、(6)(3)となる。
bG=bGG=bGL=bKK=bLL=bLK= 0で、かつbK + bL = 1が満たされれば、(6)(4)となる。
bG=bGG=bGK=bKK=bLL=bLK= 0で、かつbK + bL = 1が満たされれば、(6)(5)となる。


 これらの関数形を用いて、日本のデータで推定した先行研究での結果は、以下の通りである。用いられたデータとしては、各変数で全国の集計値を採って分析したもの(全国データ)や、都道府県・市町村ごとに各変数のデータを作成してこれらを一括して分析したもの(都道府県・市町村データ)や、都道府県ごとないしは地域ごとに標本を分けて(ないしは係数ダミーを入れて)分析したもの(地域別データ)や、都道府県ごとに各変数のデータを作成して産業別に標本を分けて(ないしは係数ダミーを入れて)分析したもの(産業別データ)がある。

推定結果

全国データ

研究 bG bK 関数形 推定期間 推定方法
Asako-Wakasugi(1984) 0.301 0.470 (1) 1957-77 ML
岩本(1990) 0.238 0.093 (2) 1956-84 AR1
奥野他(1994) 0.225 0.501 (1) 1965-82 ML
三井・太田(1995) 0.248 0.380 (2) 1956-89 ML
経済企画庁(1997b) 0.359 0.299 (1) 1975-93 (LS)
井上・宮原・深沼(1999) 6.094 3.956 (6) 1957-93 (LS)

都道府県・市町村データ

研究 bG bK 関数形 推定期間 推定方法 データ
浅子・坂本(1993) 0.144 0.077 (1) 1976-85 IV プーリング
浅子他(1994) 0.259 0.211 (2) 1975-88 LS パネル
浅子他(1994) 0.228 0.198 (1) 1975-88 LS パネル
三井・太田(1995) 0.253 0.498 (1) 1966-84 (LS) プーリング
三井・太田(1995) 0.316 0.578 (1) 1966-74 (LS) プーリング
三井・太田(1995) 0.159 0.467 (1) 1975-84 (LS) プーリング
大河原・山野(1995) 0.004 0.438 (4) 1990 (LS) クロスセクション
岩本他(1996) 0.210 0.250 (2) 1966-84 LS パネル
岩本他(1996) 0.330 0.310 (2) 1966-73 LS パネル
岩本他(1996) -0.120 0.280 (2) 1975-84 LS パネル
金本・大河原(1996) 0.001 0.480 (5) 1985 LS クロスセクション
土居(1998) 0.131 0.724 (6) 1966-74 GMM パネル
土居(1998) 0.015 0.525 (6) 1975-93 GMM パネル
土居(1998) 0.254 0.420 (6) 1985-93 GMM パネル

地域別データ

研究 bG bK 関数形 推定期間 推定方法 データ
浅子他(1994) 0.011
~0.633
0.003
~0.596
(2) 1975-88 LS 都道府県別
時系列
吉野・中野(1994) 0.125
~0.210
0.258 (6) 1975-84 ML 地域別
パネル
岩本他(1996) -0.080
~0.360
0.200 ~0.400 (1) 1966-84 LS 地域別
パネル
(1997) 0.116 0.390 (2) 1965-87 LS 低位所得地域
(1997) 0.142 0.463 (2) 1965-87 LS 中位所得地域
(1997) 0.255 0.316 (2) 1965-87 LS 高位所得地域
経済企画庁(1997a) 0.201 0.349 (3) 1975-93 LS 都市圏・時系列
経済企画庁(1997a) 0.140 0.124 (3) 1975-93 LS 地方圏・時系列
経済企画庁(1997b) 0.148 0.435 (3') 1975-93 LS 都市圏・時系列
経済企画庁(1997b) 0.121 0.413 (2) 1975-93 LS 地方圏・時系列

産業別・部門別データ

研究 bG bK 関数形 推定期間 推定方法 データ
Merriman(1990) 0.580 0.140 (6) 1954-63 LS 第1次/地域別
Merriman(1990) 0.430 -0.190 (6) 1954-63 LS 第2次/地域別
Merriman(1990) 0.460 0.450 (6) 1954-63 LS 第3次/地域別
吉野・中東(1998) -0.284
~0.340
0.234 (6) 1975-93 SUR 第1次産業
地域別パネル
吉野・中東(1998) 0.064
~0.242
0.320 (6) 1975-93 SUR 第2次産業
地域別パネル
吉野・中東(1998) 0.050
~0.182
0.197 (6) 1975-93 SUR 第3次産業
地域別パネル
井田・吉田(1999)
0.163
(1) 1955, 1960, 1965, 1970, 1975, 1980, 1982 LS 県別パネル
産業型
  社会資本
0.308 生活関連型
-0.020 国土整備型

推定方法
LS:最小二乗法、
AR1:誤差項に1階の系列相関を仮定した推定、
IV:操作変数法、
SUR:見かけ上無関係な回帰、
ML:最尤法、
GMM:一般化積率法

下線がある推定値は、統計的に有意でないことを表す。


 これらの研究から、社会資本が生産に(正の)影響を与えていることが示された。すなわち、わが国における社会資本の生産力効果が確認された。しかも、生産関数の形や社会資本のデータの構築法に関わらず、類似した結論が得られている。さらに、生産力効果は、地方によって異なる。相対的に見て、都市圏の方が生産力効果は大きく、地方圏の方が小さい。時期に区切ってみれば、オイルショック後の方が、オイルショック前に比べて生産力効果は小さくなっている。


社会資本と民間資本の代替性・補完性

 コブ=ダグラス型生産関数では、生産要素の代替の弾力性は1に仮定で固定されている。したがって、コブ=ダグラス型生産関数では社会資本と民間資本の代替性・補完性は仮定で決まっている。
 トランス・ログ型生産関数では、推定式の推定値bGKの符号が正であると両者は補完関係にあるといえ、推定値bGKの符号が負であると両者は代替関係にあるといえる。土居(1998)では、推定値bGKの符号について、19661974年度では有意に負となり、19751993年度では有意に正となったことを示している。したがって、推計結果から両者の関係は、高度成長期には代替関係にあったが、石油危機以降補完関係にあったことがわかる。ただし、最近ではその補完性は弱まっているとみられる。
 吉野・中野(1996)では、地域別に両者の代替・補完関係を推定している。しかし、各地域での推定値はあまり有意ではなく、強い法則性は見出されていない。

研究 bGK 関数形 推定期間 推定方法 データ
吉野・中野(1994) -0.171 (6) 1974-85 IV 地域別パネル
吉野・中野(1996) -0.802
~2.215
(6) 1974-85 LS 地域別
パネル
土居(1998) -0.247 (6) 1966-74 GMM 県別パネル
土居(1998) 0.146 (6) 1975-93 GMM 県別パネル
井上・宮原・深沼(1999) 0.918 (6) 1957-93 (LS) 全国・時系列


社会資本と生産の因果関係

 土居(1998)では、生産量と生産要素投入量との間の因果関係について、Granger因果性テストによって分析している。標本期間を19681993年度としたとき、図1上のように、社会資本から生産に対して強い(1%有意水準)因果関係が認められる。また、民間資本から生産に対して弱い(10%有意水準)因果関係が認められる。しかし、労働投入から生産に対しては因果関係が認められない。
 標本期間を19751993年度としたとき、図1下のように、生産、社会資本、民間資本、労働投入それぞれの間に強い(1%有意水準)因果関係が認められる。このことから、オイルショック以降の時期については、生産量と生産要素投入量の間には分析で示されたような相互の因果関係があったと考えられる。さらに、この時期でも社会資本から生産に対する因果関係が認められる。
 以上の分析より、日本の都道府県のパネルデータにおいて、社会資本から生産へのGrangerの意味で強い因果関係が認められるとの結果が得られた。
 また、社会資本から民間資本に対して(5%有意水準)因果関係が認められ、民間資本から社会資本に対して強い(1%有意水準)因果関係が認められる。このことから、社会資本は民間資本と強い因果関係が相互に認められることがいえる。

図1

 標本期間:19681993年度

  1968〜1993年度における因果関係

 標本期間:19751993年度

  1975〜1993年度における因果関係

凡例

1%有意水準:1%有意水準の矢印
5%有意水準:5%有意水準の矢印
10%有意水準:10%有意水準の矢印

参考文献

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岩本康志, 1990, 「日本の公共投資政策の評価について」, 『経済研究』41, 250-261.

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経済企画庁, 1997b, 『平成10年版 日本経済の現状』.

土居丈朗, 1995, 「日本の公共投資政策に関する政治経済学的分析」, 理論・計量経済学会1995年度大会報告論文.

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Aschauer, D.A., 1989, Is public expenditure productive?, Journal of Monetary Economics 23, 177-200.

Nemoto, J., K. Kamada, and M. Kawamura, 1990, Measuring social discount rates and optimal public capital stocks in Japan, 1960-1982, International Conflict Discussion Paper 48, Nagoya University.

Merriman, D., 1990, Public capital and regional output: Another look at some Japanese and American data, Regional Science and Urban Economics 20, 437-458.


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