独占資本主義論 定期試験情報
(2018年度)


試験問題と採点基準(春学期末, 秋学期末) 成績統計

《春学期末試験》

[問題]試験時間:50分,持込み可

(1) 次の1,2のどちらか1つを選択し,答案用紙の5行前後で簡潔に説明しなさい。

1. 生産力の向上にともなう最低必要資本量の変化と資本の集中との関係を説明しなさい。

2. 独占部門において参入障壁が存在するにもかかわらず,日本の製造業で他部門からの参入が成功した具体例を1つ挙げ,参入の成功の理由を講義内容に即して説明しなさい。

(2) アベノミクスと呼ばれる経済政策において,消費者物価指数上昇率を2%程度に上げるという目標が重視される理由と,この政策開始から5年*以上経過してもこの目標が達成されていない理由を,講義で説明された内容に基づいて説明しなさい。
*問題用紙では6年となっていました。私の単純なミスですが,解答上は支障がないので特に何の対応もありません。

[採点基準]

以下の内容がどの程度説明されているかによって採点します。絶対評価を基本としますが,相対評価を加味(全員の答案を読んだうえで採点基準・配点を変更)する可能性があります。

(1) 独占的市場構造の形成と特徴に関する基礎的理解(40点)

1. 個別資本が最大限の価値増殖を求めて競争的に行なう資本蓄積と生産力の向上が,最低必要資本量の増大と資本の集中をもたらすことの理解

1) 生産力向上による特別Mの獲得
2) 競争の強制による新生産方法の導入
3) 最低必要資本量の増大(生産力向上にともなう生産の大規模化)
4) 資本の集中(競争と信用)

2. 参入障壁の特徴と参入可能性

1) A,CA要因の参入障壁
 参入による生産能力増大・既存企業の意図的な供給増加→参入期待利潤率低下
 需要の動向によって高さが変化
2) B,CB要因の参入障壁
 既存企業のコスト面での優位性・既存企業の意図的なコスト増加策→参入期待利潤率低下
 需要動向によって高さは不変
3) 具体例;高度成長期のホンダの四輪乗用車部門やサントリーのビール部門への参入
 高度成長期には市場規模が持続的に大幅に拡大⇒A,CA要因の参入障壁低下
 ホンダやサントリーは関連部門の独占企業⇒B,CB要因の参入障壁への対抗可能

(2) アベノミクスの経済理論的支柱のリフレ派の批判 (60点)

1. CPI上昇率2%が重視される理由=リフレ派の主張
大規模な金融の量的緩和+インフレ・ターゲット政策
⇒物価上昇→実質金利低下という合理的期待形成
⇒投資と消費増大→景気回復
2. リフレ派の主張の理論的欠陥
(a) 貨幣数量説:貨幣の機能は流通手段だけではない⇒販売と購買の分離
(b) 合理的期待形成説は実証されていない
(c) 消費や投資の決定要因は金利だけではない(加点要素)
3. 統計的事実からの批判(加点要素)
(a) マネタリーベースとマネーストックとの相関
(b) 90年代以降の企業の内部留保の急増

《秋学期末試験》

[問題]試験時間:50分,持込み可

以下の(1),(2)のどちらか1つを選択して答えなさい。解答は選択した問題番号を冒頭に付して記入すること。両方の解答が書かれた答案は採点の対象外とします。

(1) 初期IMF=ドル体制がアメリカとアメリカ以外の加盟国にとってもつ意味と,この体制が1970年代初めに崩壊した理由を説明しなさい。

(2) 1980年代前半のアメリカ経済において形成された,経常赤字をファイナンスする「危うい循環」とはどのようなものか。同時期のアメリカ連邦政府の政策と関連づけて説明しなさい。

[採点基準]

以下の内容がどの程度説明されているかによって採点します。絶対評価を基本としますが,相対評価を加味(全員の答案を読んだうえで採点基準・配点を変更)する可能性があります。

(1) 初期IMF=ドル体制の特徴と崩壊した理由

1.アメリカ以外の加盟国にとってもつ意味:固定レート制維持[20点]
1) 外為市場への介入のためのドル準備の必要性
2) 国際収支均衡化の必要性:短期的な意味と中長期的な意味
2.アメリカにとってもつ意味:基軸通貨特権[20点]
1) 国民通貨ドル=基軸通貨→国際収支の赤字を継続できる特権
2) 金交換の制約:圧倒的な経済力と金準備が維持できる限り意味を持たない
3.崩壊の理由[60点]
1) アメリカの冷戦戦略の実行・ベトナム戦争⇒国際収支の政府部門の赤字幅拡大
2) 軍需産業以外の在来産業の国際競争力低下
(a) アメリカ経済の軍事化→非軍事在来産業の技術革新低迷
(b) アメリカ企業の多国籍化→海外投資増大および国内産業の設備投資の停滞と生産性上昇率の鈍化
(c) 景気刺激・成長持続政策とベトナム戦争への本格介入→財政支出増加→景気過熱→物価上昇
⇒国際収支の民間部門の黒字幅縮小→国際収支の赤字増大→金準備の減少⇒ドルに対する信認の低下

(2) 1980年代のアメリカの経常赤字のファイナンス構造

1.レーガン政策と「双子の赤字」[40点]
1) 軍事支出の急増→財政赤字の累増→金利上昇→外国資本の流入→ドル高
2) 投機的利得を求めるいっそうの外国資本の流入→ドル高
3) 産業空洞化⇒貿易赤字累増体質→貿易赤字増大→経常収支赤字化・赤字額累増
2.経常赤字のファイナンス構造=「危うい循環」[60点]
1) 高金利とドル高によるキャピタル・ゲインを求める投機的な外国民間対米投資
  ⇒資本流入によるファイナンス
2) このファイナンス構造の脆弱性=「危うい循環」
 高金利・ドル高の継続に依存した対米民間投資=ドル買い
 ⇔アメリカ経済の実態と乖離した異常ドル高
 民間資本のドル離れ⇒ドルのスパイラル的下落=ドル大暴落の危険性を内包した循環
 ドル大暴落⇒ドルの基軸通貨特権の喪失⇒アメリカの経常赤字の持続不可能
 ⇒アメリカ経済の「繁栄」持続が不可能

成績統計

インフルエンザに感染したために採点が遅れていましたが,ようやく採点と成績集計が終了しましたので,成績統計と講評を掲載しました(2/1)。
第1表 受験者総数に占める各評語の割合
3年 4年 合計
18年 17年 16年 18年 17年 16年 18年 17年 16年
S* 6.3 4.3 0.0 2.3 4.8 4.0
A 5.3 8.6 14.9 3.1 2.3 7.7 4.8 7.5 13.8
B 30.6 33.0 22.4 15.6 16.3 7.7 27.0 30.2 20.0
C 44.2 37.3 43.3 53.1 53.5 46.2 46.3 40.1 43.8
D 13.6 16.7 19.4 28.1 25.6 38.5 17.0 18.3 22.5
受験者 206 209 67 64 43 13 270 252 80
欠席率 5.5 4.6 9.5 42.9 56.1 31.6 18.2 20.5 14.0
履修者 218 219 74 112 98 19 330 317 93
* S評価は2017年度からの新しい評価。

第2表 得点状況
最高点 最低点 平均点
3年 4年 3年 4年 3年 4年 全体
90 75 0 4 48.2 39.7 45.8
100 80 0 0 50.0 42.8 48.3
合計 190 150 0 28 98.5 83.0 94.8

参考表(昨年度の得点状況)
最高点 最低点 平均点
3年 4年 3年 4年 3年 4年 全体
95 86 4 11 56.3 46.3 53.8
90 75 0 10 48.9 41.9 47.7
合計 175 161 28 31 105.4 88.4 102.5
第1図 得点分布(各得点階層が受験者総数に占める割合)
各評語の割合を昨年度に比べて見ると,3年生については,Sが増加AとBは減少Cが増加Dが減少した。つまり,優れた答案が増加しDも減少したが,全体としての成績は低下した。4年生はDが増加した。

秋学期の問題は,両年度ともに授業内レポートの課題に即しており,持込み可ですから,講義資料・教科書・レポートの論述ポイントを復習したうえで,持ち込んで受験すれば,ある程度以上の答案を書くことは難しくなかったはずです。
さらに,昨年度の秋学期の問題がレポート課題を基礎としながらも,応用問題の性格があったのに対して,今年度の問題は,(1)が課題8と基本的に同じで,(2)が課題9の部分的な出題でした。したがって,それぞれの論述ポイントを解答の骨組みとすれば単位取得可能な答案が書けたはずです。

このような出題をした理由は,春学期の成績が昨年度に比べて低かったために,秋学期に昨年度と同様に応用問題を出題すればD評価がかなり増えかねないと危惧したからです。4年生のように授業の出席率が低かった学生でも,レポート課題をきちんと学習していればなんとか合格点をクリアできることを想定した出題なのです。
しかし,結果は予想を下回り,参考表が示すように,秋学期の平均点は昨年度よりも1点程度上がっただけでした。

ほとんどの学生が講義資料や教科書,論述ポイントを持ち込んでいたにもかかわらず,優れた答案を書いた学生が増える一方,得点が伸びない学生も多かったのはなぜでしょうか?
その答えのヒントは,答案の最後に記されていた学生のコメント(感想や批判)にあります。
(受験者はご存じですが,私は試験問題の最後に,「時間に余裕があれば,これまでの講義内容や試験問題についての感想や批判を書いて下さい。今後の参考にします」と記しています。)

そのなかの3人のコメントを引用します。

A君:「昨年度のマルクス経済学I・II に引き続き,今年度もお世話になりました。独占的市場に関する学習や資本主義の歴史的な発展を学んだことで,現代の日本経済がなぜ停滞的なのか設備投資が活発にならないのはなぜかアベノミクスによる効果が出ないのはなぜか,など多くのことが理解できました。
これまでマクロの視点での経済分析を苦手としていましたが,講義で様々な指標やグラフを見ながら現実と理論について教わったため,今ではこうした視点から物事を捉えようと意欲が出ています。
レポートに関しては昨年のマルクス経済学と合わせて19回取り組みましたが,回を重ねるごとに内容をまとめる速さや簡潔にまとめる力が身についていると実感できました
延近先生から学んだ経済学の考え方を忘れず,今後の人生に役立てていこう
と思います。」(3年男子)

B君:「講義のおかげで,世界経済がどのような構造のもとで進展してきたのかがクリアに見えるようになり,これまで一つ一つ切り離して学んでいた経済・歴史の事象が有機的に線でつながって見えるようになりました。大変学び深い講義でした。」(3年男子)

C君:「試験問題については,一部の単語だけについての理解だけでなく,その要因や過程について総合的な理解が必要で,少し難しかったです。でも歴史的事実や出来事の背景について考えながら学んでいくのは楽しかったです。難しい単語が多く出てきて,内容をきちんと理解できるか不安は大きかったけど,レジュメの穴埋めをしたり,一定期間ごとにレポートを書いたりして理解を深められたかなと思います。経済のことは難しいけど,もっと勉強しようと思えました。」(3年女子)

キーワードは3人のコメントの中の青字の部分,「なぜ」,「線でつながって」,「総合的な理解」,「歴史的事実や出来事の背景について考えながら学んでいく」です。レポートの論述ポイントは,まさにポイントであって,これらを答案の中に論理展開もなく並べただけでは,それらは「線でつながって」いないし,「なぜそうなるのか」も説明できていないので,「総合的な理解」を表現した解答にはならないのです。

問題(1)の答案で多かったのは,問題前半の初期IMF=ドル体制がアメリカとアメリカ以外の加盟国にとってもつ意味について,アメリカはドルが基軸通貨となったので国際収支の赤字を継続できる基軸通貨特権を獲得した,という趣旨だけ,アメリカ以外の加盟国は国際競争力の強化を義務付けられたという趣旨だけを書いたものです。
このこと自体は正しいのですが,なぜドルが基軸通貨となったのかなぜアメリカは国際収支の赤字を継続できるのかアメリカ以外の加盟国はなぜ国際競争力を強化しなければならないのかが書かれていなければ,問題の要求に答えたことにはならないのです。

さらに,問題の後半は初期IMF=ドル体制がなぜ崩壊したのかの説明を要求しているにもかかわらず,ドル危機,金プール制,金の二重価格制,金とドルとの交換停止,スミソニアン協定など,この体制が崩壊した経緯を長々と述べている答案が目立ちました。これも問題の要求に答えていません。このことは,授業でも注意し,課題8の論述ポイントでも注意喚起してあります。授業に出ていない学生でも,論述ポイントを読むという最低限の準備をしていれば,このような答案にはならなかったはずです

問題(2)では,「同時期のアメリカ連邦政府の政策と関連づけて説明しなさい」という指示があるにもかかわらず,レーガン政策についての説明がない答案が少なくありませんでした。軍事支出の急増⇒ドル高については教科書の記述を利用して説明してあっても,ドル高がなぜ経常赤字を累増させなぜ産業の空洞化をもたらしたのかという因果関係の説明が不充分な答案が目立ちました。

「危うい循環」の説明についても,もっとも重要なのは,1980年代の以降のアメリカ経済が膨大な経常赤字を計上し続けていられるのはなぜなのかです。それは第一義的には,ドルが基軸通貨の地位にあるからで,実際にそのような説明をしているアメリカ経済の研究者もいます。
しかし,問題(1)で出題したように,1960年末まではドルは金との交換性を維持していたことなど,ドルが基軸通貨であるための制度的な基礎がありましたが,それらは1971年の金ドル交換停止によって基本的に失われます。
制度的な基礎が失われたとすれば,ドルが基軸通貨であり続けるための実体的で国際的な資金循環が必要となるのです。その資金循環が「危うい循環」なのです。
そうした資金循環をもたない国,つまり自国通貨が国際的な取引に使用される実体的な基礎がない国では,経常赤字を継続することはできないのです。1980年代の南米諸国,1990年代後半のアジア通貨危機の影響を受けたタイ,韓国などのアジア諸国,ロシアなどです。

これらのことの説明を求めているのが問題(2)です。しかし,経常収支と資本収支との関係が理解できていないために,教科書の叙述を断片的に引用し,それらをつなぐ接続詞がなかったり,「その結果」と表現しながら,その前後が論理的につながっていない文章など,理解不足を露呈した答案も目立ちました。


この2つの試験問題が求めているいくつもの「なぜ」を解明し一つ一つはバラバラに見える事象を分析と考察によって「線につなげて」,現代の世界が抱える問題を多面的・総合的に論じたのが,私の著書『薄氷の帝国 アメリカ』と『対テロ戦争の政治経済学』であり,その内容を基礎理論から現代経済の分析まで平易に解説したのが,教科書の『21世紀のマルクス経済学』なのです。
そして,これらがこの講義でみなさんに理解してほしかったことでもあります。



上にコメントを引用した3人の学生は,そのことを受け止めてくれたのだと感じ,うれしく思いました。この講義を今後履修する学生のためにも,同様の他のコメントも引用しておきます。

D君:「日吉のマルクス経済学から2年にわたりありがとうございました。内容が一番定着しやすい授業だったと感じています。楽しく受講することができました。アベノミクス批判も大変刺激的かつ説得力のあるご説明で,経済だけでなく政治にも興味をもつきっかけをいただいたように思います。今年も受講できてよかったです。」(3年女子)

E君:「日吉のマルクス経済学から学んできた内容,理論を用いて,現代史の分析をすることが非常におもしろかった。理論と実証,歴史解説が同一授業内で受けられることで,とてもためになった。非常に良かった。」(3年男子)

F君:「昨年マルクス経済学を履修し,先生の講義が大変興味深かったので(特に雑談のようなものから経済学につながっていく類の話が好きでした),独占資本主義論も取りました。各学年のレベルに合わせて,教科書を2年かけて学ぶという方式はとても良いなと思います。1年間で集中的に学ぶより理解が深まったのではと感じます。」(3年女子)

G君:「歴史的事実として耳にはさむことはあっても,なかなかその事象が起こった背景を学ぶ機会がないなかで,非常にわかりやすく説明していただきました。複雑なことも多くありましたが,ゆっくりと丁寧に授業が進んだので,授業後にわからないことが残らない数少ない授業であったと感じます。」(3年女子)

H君:「高校世界史で記憶していた現代史と独占資本主義論で学んだことが結びついて興味深かったです。」(3年女子)

I 君:「1980年代のアメリカの経常赤字のファイナンス構造についての解説がとても勉強になりました。なかでも,ドル大暴落⇒ドルの基軸通貨特権の喪失⇒アメリカの経常赤字の持続不可能の流れが分かりやすかったです。批判としましては,レポートの点数のみが記載されており,なぜ悪かったのかや,どこがどう評価されているのかについて,教えていただきたかった*です。」(4年男子)
 *この希望には応えられません。その理由は毎年4月初めに説明しているのですが,この講義の履修者は約300人でその約半数がレポートを提出しています。9回のレポートで採点するレポートの数は1500ほどになります。日吉の講義(履修者約250人)でも同様の方式ですので,合計すると毎年約3000のレポートを採点しています。それぞれについてコメントをするのが不可能なのは想像がつくでしょう。

J君:「なぜアメリカは世界経済の大国となったのか。そして今でも大国であり続けられるのはなぜかという問いに対して,独占資本主義論の講義を通して解決することができました。独占企業の理論的説明は難しかったですが,レポートを通じてその本質を理解することができました。そして,この理論を基礎として戦後資本主義の変遷,すなわち現実の経済をとりあげることで深い理解につながりました。卒業後もこの講義で学んだ視角をもって現実の経済問題について考えていきたいです。」(4年男子)

K君:「前期は就職活動もあり,あまりコミットできなかったが,後期はコミットでき非常に面白かった。特に米国を中心とした冷戦構造を軍事も含めて経済的分析できたのは快感であった。どのような政治・軍事問題でも経済的分析が可能と理解したことは,経済学部生として,社会人になろうとしてる人として,有益であった。」(4年男子)

L君:「一年の講義を通じて,競争市場と独占市場のメカニズムや構造の違いについて,まず仕組みを理解したうえで,最後に実際に世界が戦前,戦後,どのような経済史をたどったか見ていくことができ,非常に勉強になり,また興味深かったです。」(4年女子)
第2図 秋学期得点分布
 第3図 秋学期問題別得点分布(1)
 
 第4図 秋学期問題別得点分布(2)
第3表 レポート提出率(%)
合計
3年 58.7 53.1 55.6
4年 19.0 21.1 20.1
全体 45.2 42.2 43.6

第4表 レポート提出回数と評価別の平均点
提出回数 9-8 7-6 5-4 3-1 0
平均点 113.4 96.3 89.6 85.0 75.3
レポート評価 S A B C D
平均点 130.7 109.9 91.3 82.5 75.8
多少我田引水的になりましたが,この講義の内容を理解することが,みなさんにとって4単位を取得するということ以上の意味があるということを伝えたかったのです。これらのコメントを読んで,私のやってきたことは意味があった,学生にも伝わっていたのだと,大げさに言えば感動し,またコメントしてくれた学生に感謝しています。
そして講義を理解するための最善の方法が,授業に出席することに加えて,レポートを自分の力で書いて提出することであることは,第3,4表からも明らかでしょう。A君のコメントにもあったように,レポートを書くことがみなさんの文章力や表現力のトレーニングになり,それは社会に出てからも不可欠の能力となります。

最後に,きわめて残念なコメントがありました。今年度の履修者で同様の感想を持った人がいた場合,また今後の履修者のために,引用しておきます。

M君
楽単と聞いていたのに4年生の30%にD評価(2017統計)をつけるとか話が違う。4年生にもっと優遇してほしいのである。」(4年男子)

この学生のコメントを読んで同感する人は少ないことを願いますが,いちおう私からコメントしておきます。

この講義が「楽単」であると誰から聞いたのか知りませんが,「楽単」が勉強しなくても単位が楽に取れることを意味するのだとしたら,私がそのような趣旨をアナウンスしたことは一度もありません
「話が違う」は,私にではなく,その情報源に対して向けられるべきことです。
また,たとえそのような情報が伝えられたとしても,それが本当なのかどうか,自分で確かめるべきであることも言うまでもないことです。
私の授業の成績評価は履修者以外でも簡単に見ることができるのですから。

また,大学の正規のカリキュラムの科目において,4年生が「優遇」されなければならない合理的な理由はありません
4年生が就職活動で授業に出席しにくい事情はわかりますが,だからこそ,レポートの提出方法や提出期限(2年生対象の私の授業では最終提出期限は2週間です)を配慮しています。出席が困難でも,きちんと勉強しようと思えば可能ですし,実際そうしている4年生も少なくありません

上述したように,持込み可の試験で,それなりの準備さえすれば,合格点の答案を書くことはそれほど困難なことでもありません。
学生に求められるそうした最低限の努力さえ怠って,「優遇してほしい」という甘えの気持ちのまま,社会に出ていかれることを危惧します。
言うまでもなく,世の中では合理的な理由もなく「優遇」や「特別扱い」されることはないのです。

春学期分

第1表 受験者総数に占める各評語*の割合
3年 4年 合計
18年 17年 16年 18年 17年 16年 18年 17年 16年
S** 2.8 4.7 0.0 0.0 1.6 3.6
A 10.2 16.5 14.1 2.2 5.9 5.9 9.9 17.5 12.5
B 29.3 32.5 18.3 13.5 17.6 5.9 24.7 28.9 15.9
C 40.5 34.0 39.4 52.8 54.4 29.4 44.1 38.9 37.5
D 17.2 12.3 28.2 31.5 22.1 58.8 21.4 14.6 34.1
受験者 215 212 71 89 68 17 304 280 88
欠席率 3.2 3.2 5.3 25.2 30.6 10.5 10.9 11.7 6.4
履修者 222 219 75 119 98 19 341 317 94
* 春学期の成績のみで評価した場合。
** S評価は2017年度からの新しい評価。
第2表 得点状況
最高点(最低点) 平均点
3年 4年 3年 4年 全体
(1) 40(0) 40(0) 60.2 54.8 58.6
1 40(0) 40(0) 59.2 53.8 57.8
2 40(5) 40(0) 67.1 58.6 63.6
(2) 60(0) 45(0) 40.1 29.6 37.0
合計
[昨年度]
90(0)
[95(4)]
75(0)
[86(11)]
48.2
[56.3]
39.7
[46.3]
45.7
[53.8]
問題別の平均点は各問の満点に対する%。
今年度の試験問題の出題時の成績の想定では,春学期の成績だけで評語を付けたとすると,S+Aが25%,Dは10%でした。

このように想定したのは,
昨年度まで(1)は2または3の設問への解答を求めたのに対して,今年度は2つの設問から1つを選んで答えるように,解答の分量を減らしたこと,
(1)の1の最低必要資本量と資本の集中の設問は16年度と17年度にも出題し,2の参入の成功例は授業で説明したのはもちろん,教科書のコラム6-2でこの設問そのものの説明があること,
(2)は出題形式は応用的なものとなっているものの,解答すべき論点はレポート課題1そのもので,教科書にもアベノミクスの特徴とその理論的支柱のリフレ派の主張の批判が論じられており,持込み可ではそれほど的外れの解答はあり得ないだろうと判断したからです。

しかし, 第1表の各評語の割合を見ると,S評価とA評価の合計の割合13%,D評価17.2%で,S+Aは想定を12ポイント下回りDは想定を約7ポイント上回っています

この原因の1つは,(1)の1を選択した人の解答にあります。問題で問われているのは最低必要資本量の変化と資本の集中との関係ですから,まず「最低必要資本量」と「資本の集中」とは何か,つまり概念の定義を書く必要があります。

教科書でこの2つの概念の関係について説明した部分は2カ所あります。97ページと152ページです。
どちらも生産力の向上→生産の大規模化→最低必要資本量の増大→これを調達できない中小資本の生産停止or部門からの退出or大資本による吸収or中小資本の合併→資本の集中(部門内資本の数の減少and個別資本の規模拡大)という趣旨です。

ただし,97ページでは2つの概念の定義が書かれていますが,152ページでは初出ではないので当然定義は書かれていません。152ページの叙述を引用または要約した人は概念の定義がないので減点となります。

さらにこの設問は市場構造の変化,つまりレポート課題2の独占段階への移行のメカニズムの主要論点ですから,採点基準にあるように生産力の発展メカニズムに言及しておく必要があります。
97ページも152ページも,説明は「生産力の向上は」から始まっており,生産力がなぜ向上するのかはそれ以前に叙述されています。課題2のレポートを提出していた人の多く(および,おそらく課題の論述ポイントをコピーして持ち込んでいた人)は,特別剰余価値に言及した後に生産力の向上→最低必要資本量の増大→資本の集中という論理展開をしていましたが,そうでない人が教科書の該当部分と判断した部分だけを書いたために得点が低かったのです。
これが,この設問の平均点が60点を下回った理由です。

(1)の2は平均点が60点を超えていますが,上述したようにコラムに説明された論点ですから,70点以上となってもおかしくない設問です。これは,ホンダやサントリーが参入に成功した要因として,採点基準にあるように参入障壁A〜Cと関係づけて説明する必要がありますが,参入障壁Bについてのみ説明していた人が少なくなかったこと,特に4年生の答案で参入障壁という概念自体に言及していなかった人が多かったためです。レポートの提出を怠り,事前の学習も不十分であれば,参入障壁の理解の重要性を自覚できなかったのでしょう。

(1)の設問の1を選択した人が256人,2を選択した人は48人でしたので,(1)の平均点が60点以下となりました。これが成績が想定を下回った第1の理由です。

それでも(1)の平均点は6割近いわけですから,高得点が想定より少なく,低得点が想定より上回った最大の原因は,平均点が3年生で4割,4年生で3割を切った問題(2)にあるといえるでしょう。

(2)はリフレ派の主張の批判という,4月に2回の授業で説明した内容であり,レポート課題1の(1)の論点を設問の趣旨に応じて論理展開することを要求する問題です。
レポート課題そのままではなく,授業で学んだ知識や教科書の叙述を自分で考えて設問の趣旨に合うように論理展開するということは,各論点を充分理解していない学生には難しいだろうと予想はしていましたが,平均点がこれだけ低くなるには予想外でした。

CPI上昇率2%の目標が重視される理由は,採点基準にあるように,これによって実質利子率低下の期待→投資と消費増大→景気回復という,まさにリフレ派の主張を柱とするアベノミクスのシナリオの最重要部分だからです。
そしてアベノミクスの開始から5年以上たってもこの目標が達成されないのは,リフレ派の主張の欠陥そしてアベノミクスのシナリオの経済学的な誤謬に原因があるからです。

このことを理解することによって,現在,表面的には景気が回復しているように見えても,それはシナリオ外の要因によるものであって,この経済政策の成果ではないことも明らかにすることが可能となり,今後の日本経済を考えるうえでも重要なことなのです。
このことを経済学部の学生(他学部の学生でもこの授業に興味を持って履修した人たち)にはわかってほしい,という思いで出題したわけです。

結果は残念なものでした。
CPI上昇率2%の目標については,デフレからの脱却が目標だからという答案が圧倒的に多かったのですが,これは同語反復ともいうもので,何の説明にもなっていません。アベノミクスの目的は「日本経済を救う」ということ,つまり長期停滞傾向からの脱却を目指すものなのですから,2%の物価上昇率達成=デフレからの脱却がなぜ景気回復につながるのかを説明しなければなりません
また,大規模な金融緩和の説明や90年代以降のデフレと長期停滞についてのリフレ派の認識,流動性のワナや金融財政政策について浜田宏一氏の見解など,CPI上昇率2%の目標の重要性と直接結びつかない教科書の叙述の引用などが目立ちました。

目標が達成されない理由については,リフレ派の批判ということですから,レポート課題の論述ポイントや教科書の叙述を使って,貨幣数量説の欠陥,合理的期待形成説に基づくインフレ期待の非現実性,統計的事実の指摘など,それなりに書けている答案が多かったので,それなりの平均点となったわけです。

ただ,なぜ合理的期待形成説やクルーグマン・モデルが「非現実的」なのかといった具体的な批判なしに「非現実的」であるとだけ述べている答案や,教科書の「リフレ派の主張は,多様な経済現象のごく一部だけをとりあげ,その他のより重視すべき要因を理論の前提からすべて排除したモデルに基づいた非現実的なものである」という叙述を引用しただけの答案が目立ちました。
答えるべきは,なぜリフレ派の主張が多様な経済現象のごく一部だけをとりあげていると言えるのか,その他のより重視すべき要因とは何なのかであって,この文章だけでは何の説得力もありません。

また,生産年齢人口の減少(藻谷説)が原因であるとか,成熟社会となったから(小野説)とか,複合的な要因(吉川説)によるという答案もいくつかありましたが,これは授業内容や教科書の叙述の無理解を露呈していることは言うまでもないでしょう。

秋学期の授業内容は,春学期の内容の理解を前提として,独占資本主義のよりダイナミックな運動を取り扱います。春学期末試験で手ごたえを感じた学生は引き続きの努力を!失敗したと感じた学生は,授業への出席と教科書の読み込み,授業内レポートの提出を心がけてください。就活で出席が困難だった4年生を含めて,授業内容の理解と単位取得のためには,今からでも遅くありません

以上のように,私の授業では,持込み可の試験であっても授業内容や教科書の理解のための事前学習なしに解答できるものではありません。逆に設問(2)のように,そうした努力に基づいた理解ができれば,単に単位取得にとどまらず,卒業してからも日々変化する現代の経済に対する視点が身に付くと思います。
 第1図 得点分布(各得点階層が受験者総数に占める割合)
 第2図 問題別得点分布(1) 
 第3図 問題別得点分布(2)  第3表 レポート提出回数と評価別の平均点
提出回数 4 3 2 1-0
平均点 56.2 47.0 42.6 38.7
レポート評価 A B C D
平均点 61.9 56.0 48.1 38.6

Top of this page