マルクス経済学 II 試験問題と採点結果
(2019年度)


 秋学期末試験問題 

採点基準 成績統計と講評

《秋学期末試験》

[問題]

(1) 以下の1,2を,それぞれ答案用紙の3〜4行程度で簡潔に説明しなさい。

  1. 生産力の向上によって資本の技術的構成が変化しても有機的構成が変化しないのはどのような場合かを説明しなさい。
  2. 単純再生産における労働手段の理想的年齢構成を説明しなさい。

(2) 以下の@,Aのどちらか1問を選択して答えなさい(行数制限なし)。両方の解答を書いた場合は採点の対象外にします。

@ 競争が全面的に支配する資本主義における景気循環のメカニズムを説明しなさい。
A 戦後の日本経済における設備投資の動向についての次の(a)〜(c)の設問に,停滞基調論に基づいて答えなさい(停滞基調論自体を説明する必要はない)。
(a) 高度成長期に旺盛な設備投資が行なわれた要因を,前半期と後半期に分けて説明しなさい。
(b) 1980年代の設備投資実行の要因を前半期と後半期に分けて説明しなさい。
(c) 1990年代以降,設備投資が低迷し続けている要因を説明しなさい。

[採点基準]

以下の内容がどの程度説明されているかによって得点を与えます。絶対評価を基本としますが,相対評価を加味(全員の答案を読んだうえで採点基準・配点を変更)する可能性があります。

(1) 基本的な概念を150字前後で正確に説明できる理解度・文章作成力を問う。[各15点,計30点]

1. 資本の技術的構成と有機的構成の理解
1) 資本主義においては生産力上昇→技術的構成・有機的構成高度化
2) 生産力上昇の際に労働支出量を維持→技術的構成高度化
3) 生産力上昇率で賃金率上昇→有機的構成不変
2. 単純再生産における労働手段の理想的年齢構成
1) 固定資本の流通の特殊性
2) 個別資本レベルでの販売と購買の分離
3) 社会的総資本での販売と購買の一致条件:毎年の固定資本の価値移転総額=現物更新総額

(2) @ 競争段階における景気循環のメカニズムの理論的説明の理解度・文章作成力を問う。[70点]

1. 市場停滞下での個別資本の行動(25点)
1) 競争的市場の特徴:価格支配の可能性
2) 新生産方法の導入・普及と特別M
3) 設備投資の集中的展開
2. 固定資本投資と需要の加速度的波及(25点)
1) 関連部門への需要の加速度的拡大
2) 関連部門での生産・投資拡大の相互誘発
3) 好況過程:I 部門の不均等的拡大の内実
3. 生産と消費の矛盾の成熟:過剰生産恐慌(20点)
1) 生産手段需要の変化
2) 好況末期の個別資本の行動
3) 恐慌の機能

A 1990年代以降の日本経済の構造変化について,独占段階の停滞基調論を理論的基礎として論述する力を問う[70点]

(a) 高度成長期の旺盛な設備投資の要因(20点)
1. 前半期:新生産部門の形成
 外国技術の導入による石油化学,電気機器,自動車などの新生産部門の一挙創出
2. 後半期:対外膨張
 アメリカのベトナム介入⇒ベトナム周辺地域とアメリカへの輸出急増
(b) 1980年代の設備投資の要因(20点)
1.前半期:対外膨張
 レーガン政策による異常なドル高=円安⇒対米輸出急増
2.後半期:新生産物の開発・新生産方法導入
 プラザ合意後の円高⇒生産・製品技術のME化と徹底的な合理化・コストダウン
(c) 1990年代以降の設備投資低迷の要因 (30点)
1.1980年代までの輸出増大を経済成長の不可欠の要素とする経済構造の形成(10点)
 →景気後退による過剰生産能力の顕在化
2.対外膨張の限界と新技術開発競争での敗北(10点)
 急激な円高の進行とアメリカ標準でのICT革命
3.日本企業の多国籍化による産業空洞化 (10点)
 海外での設備投資の実行・国内の設備投資低迷
4.景気低迷下での賃金コスト削減至上主義
 停滞基調における労働力過剰のもとでの合成の誤謬
 (4はこの設問が要求しているものではないが,記述があれば内容に応じて加点)
[成績評価への質問について]
経済学部では,成績評価についての質問は所定の質問用紙に記入し学生部を通じて担当者に送付されることになっています。この方法以外での質問は受け付けられません。
質問の際には上記の採点基準を熟読し,自分の答案と比較して自己採点したうえで,それでも疑義がある場合のみ疑義の内容を詳しく記入して,所定の手続きをとってください。
なお,採点は採点基準に従って答案を複数回読み直して厳密に行なっています。講義を担当するようになって以来,今までに学生からの質問によって成績評価を変更したことは1度もありません。「ダメもと」で質問しても無駄ですので,念のため

[成績統計]

採点と成績集計が終わりましたので,成績統計と講評を掲載しました。(1/26)
第1表 評語*の度数分布
** ** 合計
19年 18年 17年 19年 18年 17年 19年 18年 17年
S 4.4 4.8 7.6 0.0 0.0 6.7 4.1 4.5 7.5
A 19.6 15.0 16.2 0.0 0.0 20.0 18.2 14.3 16.5
B 29.4 29.9 28.6 18.8 14.3 13.3 28.6 29.2 27.5
C 32.8 31.3 29.7 43.8 14.3 26.7 33.6 30.5 29.5
D 13.7 19.0 17.8 37.5 71.4 33.3 15.5 21.4 19.0
受験者 204 147 185 16 7 15 220 154 200
欠席率 3.3 7.5 17.4 30.4 53.3 55.9 6.0 11.5 22.5
履修者 211 159 224 23 15 34 234 174 258
受験者数に占める各評語の人数の%
欠席率は欠席者の履修者に対する%
* 評語は,試験の得点(素点)にレポートの得点(15点満点)を加算(評点)し,
S,A,B評価はその評価にふさわしい水準の答案であることを原則として,
以下の基準で評価した。
S:素点90点以上,OR評点90点以上AND素点80点以上
A:素点80点以上,OR評点75点以上AND素点65点以上
B:素点60点以上,OR評点60点以上AND素点50点以上
C:素点35点以上,OR評点35点以上AND素点25点以上
D:上記以外
** 新は新規履修者,再は再履修者(以下同じ)。
第2表 得点状況
最高点 最低点 平均点
全体
(1) 30 25 0 0 49.5 28.5 48.0
1. 15 15 0 0 54.6 32.5 53.0
2. 15 12 0 0 44.5 24.6 43.1
(2) 70 53 0 0 54.8 37.2 53.5
合計 100 72 6 0 53.2 34.6 51.9
前年度 88 63 0 16 48.8 32.4 48.1
問題別の平均点は各問の満点に対する%。
第1図 得点分布*(各得点階層が受験者総数に占める割合)

*新規履修者のみ。再履修者は受験者が少なくばらつきが大きいので省略した。


第2図 問題別得点分布(1)
第3図 問題別得点分布(2)@
第4図 問題別得点分布(2)A
第1表の評語の度数分布をみて特徴的なのが,2018年度に比べてD評価の比率が低下し,A評価の比率が上昇したことです(新規履修者のみ,以下同じ)。

問題(1)は2017年度で出題し,問題(2)は,授業内レポートの課題8,9と同じ問題で,2017年度と2018年度でも出題した問題ですから,レポートを自分の力で書き,過去問を解くという努力をしていれば,解答は容易だったのでしょう。ただ,平均点は問題(1)が49.5,問題(2)が54.8と,それほど高くありませんでした

答案を見ると,その原因は明らかです。過去問の採点基準を持ち込んでいたとしても,箇条書きをそのまま書いても答案にはなりません。内容を理解したうえで文章化するという努力をしたか否かが得点に直結します。

(1)の@では,生産力と生産量の区別ができていない答案や,生産力上昇率で賃金率が上昇すれば,有機的構成は変化しないとすべきところを,ただ賃金が上がれば有機的構成が変化しないという答案が少なくありませんでした。

(1)のAでは,労働手段の意味が分からずに労働者の年齢構成と勘違いしている答案は論外としても,「消費手段販売額と等しい固定資本の現物更新が必要」という解答が続出したのは驚きでした。消費手段販売額とはつまりII部門の生産額の意味ですから,まったく意味が異なります。
推測ですが,レベルの低い「模範解答」のようなものが出回り,それを何の疑問もなく答案にそのまま書いたものと思われます。
自分の力で理解し,レポートや答案を書くことが何よりも重要と繰り返してきたのですが・・・。また,個別資本とすべきところを「個人資本」と書いた答案も多かったことも,レベルの低い模範解答の出回りのせいなのでしょう。
これが(1)の平均点が低かった原因です。

(2)の@でも,採点基準の競争的市場の特徴として「価格支配の可能性」とあるのは,個別資本の生産量調整では価格に影響を与えられないこと,多数の資本の価格協定成立が困難なこと,たとえ協定が成立しても参入が容易なために,価格支配は不可能なことを書くべきなのですが,価格支配の可能性があると書いた答案が少なくなかったのです。

(2)のAでは,1950年代前半に,朝鮮特需によって獲得した外貨によって合理化投資が行なわれたことに言及するのは妥当なのですが,合理化投資によって,素原料やエネルギー以外の生産手段を国内で生産できる再生産構造が形成されたとすべきところを,「合理化投資によって再生産構造が形成された」という記述が多かったのも,非常にレベルの低い「模範解答」の存在を推測させます。いうまでもなく,たんに「再生産構造が形成された」では,経済学的にまったく無意味な叙述です。

授業でも話しましたが,私は今年度限りで授業担当は終了です。経済学部には,定年退職者が担当していた科目について,専任者に担当できる者がいない場合,3年を限度として退職者に授業の担当を依頼できるという内規があります。
私は今年度が2年目ですが,マルクス経済学の授業担当案を作成する大西広さんから,「2020年度のマルクス経済学と独占資本主義論は専任者で賄うことになりました」という理由で,私に担当を依頼しないとの連絡がありました。
「なりました」と何か学部内の委員会で決まったような表現ですが,理論部会のカリキュラム委員からはそのような決定はされていないという情報をもらいました。それで大西さんにどのような組織で決まったのかを問い合わせると,組織名などの回答はなく,カリキュラム委員会で退職者の授業担当は原則2年にすると決まったとの回答がありました。
これも,カリキュラム委員会でそのような決定ができるわけではないので,これが虚偽であることは明らかです。
マルクス経済学I ,II は大西さんの教え子を非常勤講師として担当させることになったようです。最初の理由と矛盾する担当案ですね。独占資本主義論は大西さんが担当されるようですが,この分野について大西さんに業績があるわけではないので,おそらく大西さんが理論部会で提案され,却下され続けている,独占資本主義論を「マルクス経済学中級」に変更する案を実現するためのフレームアップと推測するしかありません。

事情はともあれ,私は非常勤講師の身分ですから,授業担当案に異議を唱える権限がありませんので,経済学部での授業担当はなくなりました。
にもかかわらず,この講評を書いているのは,学生の皆さんに,この科目に限らず,学習に取り組む姿勢を伝えたいという思いからです。
皆さんに私の思いが伝わって,今後の学習の参考になることを願っています。
第3表 レポート提出率(%)
課題番号 R5 R6 R7 R8 R9 合計
57.8 55.9 51.2 54.0 53.6 45.4
30.4 39.1 26.1 26.1 17.4 23.2
全体 55.1 54.3 48.7 51.3 50.0 43.2
第4表 レポート提出と平均点の相関
提出回数 5 4 3 2-0
平均点 63.8 52.0 51.0 43.2
レポート評価 A B C D
平均点 71.6 57.0 51.8 42.6
第4図 クラス*ごとの成績の差(レポート評価との相関)

*時間割に指定されたクラスのみで,履修者の極端に少ないクラスは除いた。
第5図 試験とレポート評価との相関

*時間割に指定されたクラスのみで,履修者の極端に少ないクラスは除いた。
春学期に続いて,かなりの数の学生が,腸閉塞による入院,大腸がんの手術のための入院をした私の身体を気遣う感想を書いてくれていました。感謝しています。ありがとう!心配かけてすみません。
授業内容についての感想とともに書かれていたものの一部を,紹介しておきます。

一年間ありがとうございました。マルクス経済学はなかなかメディアでも取り上げられることが少なく,現在の経済をマルクスで読み取った授業は新鮮でおもしろかったです。今年で退職なさるということで,来年独占資本主義論を取ろうと思っていたので残念です。お体を大事になさってください
*教科書には独占資本主義論も含まれているので,自習してみてください。わからないところがあれば,メールで質問してくれればできる限り対応します。

1年間ありがとうございました。残りの人生を楽しんでください!どうか長生きしてください。」
*ありがとう!研究と教育が私の人生の生きがいであり楽しみでした。これからもウェブサイトやその他の方法で私の考えを発信していくつもりです。

延近先生,教員生活お疲れさまでした。まずはお身体を大事になさってください。入学するまで知らなかったマルクス経済学の学問分野に,多少なりとも触れることができ,非常に有意義でした。時々HPものぞいて,学んだことを今後の自分の専攻に生かしていけるようにしたいと思います。私も癌の治療を頑張りつつ,学業に励む所存です。1年間ありがとうございました。」
*この学生は,ガンを発症し,それが他のの臓器にも転移したために抗ガン剤治療中であることを,メールのやり取りで知りました。休学の可能性もあるとのことでしたが,毎回のレポート提出と定期試験の受験をうれしく思っています。ガンを克服されることを願っています。

とても授業はわかりやすく,課題を出すことで理解が深まりました。まだ浅い部分しか学べていないので,今後はより詳しく学んでいきたいです。先生の体調がとても心配です。これからも元気でお過ごしください。
*今までに出版した3冊の本は,私の研究成果として自信を持っています。どうか読んで学んでください。質問があれば対応します。

長きにわたる教員生活お疲れさまでした。最後の年となる先生の授業を受けることができてよかったです。マルクス経済学は自分が予測していたものとは全く異なりました。資本主義分析を現代にも応用する授業はとても興味深かったです。
*資本論の文章をああでもない,こうでもないという解釈学は,専門研究者としては必要で,私も若いころにやりましたが,マルクスの分析を基礎としつつ,さらに発展させて現代経済を分析することこそが,私の目標でした。その集大成が3冊の本で,その内容を皆さんに教える機会が与えられてきたこと,そしてそれを興味深いと思ってくれた学生が何人もいることに感謝しています。

時間がぎりぎりなのであまり長くは書けませんが,毎授業参加したマルクス経済学は,私にとって影響が大きいものでした。必死になって空欄補充していた授業が懐かしいです。先生は20年あまり慶應義塾で教鞭をとられていた(年数定かでありませんが)と伺いましたが,最後の年として先生の授業を聞けたのは光栄でした。やりがいがありためになる授業をありがとうございました。
*学生を教える立場になってから35年あまり経ちます。4月からどんな生活になるのか,自分でもわかりません。研究は続けていきますが,きっとみんなの前で話をする機会がなくなった喪失感が襲ってくるのでしょうね。

まだまだ感想はたくさんありましたが,最後に。
熱心に授業を聞いてくれたみなさん,私の経済学や余談に興味を持って聞いてくれ,私の身体を気遣ってくれた学生さんがたくさんいたこと,このことは絶対忘れませんし,これからの私の人生にとって力になると確信しています。
ほんとにありがとうございました!!。勉強がんばってね!

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