第6章 研究の総括と提言
6.1 研究の総括
本研究では、研究1「節電直後の問題点に関する事例調査」では視覚障害当事者2人、歩行訓練士2人、盲学校の教員4人の事例研究を、研究2「視覚障害者に対するアンケート調査」では視覚障害者568人に対するアンケート調査と全国の盲学校(有効回答57校)への調査を、研究3「現場の照明等に関するフィールド実験・調査」では首都圏と新潟市でロービジョンの調査員によるフィールド調査を、研究4「節電対応LED照明の安全性に関する評価」では、ロービジョン者3名へのフィールド実験と太田市在住視覚障害者14名へのアンケート調査を実施した。また、研究5「LED照明と蛍光灯照明の比較実験」では、3種類の照明を比較する実験を実施した。その結果、災害による節電が視覚障害者の安全・安心に及ぼす影響として、以下の問題点が明らかになった。
- 節電直後の問題点(研究1)
- 駅のホーム、改札、通路等の照明が暗くなっていて、怖い思いや事故を経験したという照度低下が問題になったという報告が多かった。また、省電力という利点があり、節電時の照明として注目されているLED照明は、直下は明るいが、少し離れるとすぐに暗くなり、見えにくいという報告や通常の照明よりも影が暗いという報告があった。
- 駅名表示等のサインが見えにくかったり、移動の際の重要なランドマークとして利用していた内照式看板等が使えなくなったりしたという報告が多かった。特に、張り紙や内照式サイン表示が不適切だった事例が多く報告された。
- エスカレータ、エレベータ、自動ドア、改札等が停止した結果、ホーム等での人の流れ方が変化したことで戸惑ったり、事故にあったりしたという報告があった。また、時間や日程によって状況が変化することも、重度の視覚障害者にとっては大きな問題になることがわかった。
- 節電に伴う問題点(研究2、3)
- 東日本を中心に568人の視覚障害者のデータが集まった。厚生労働省の平成18年身体障害児・者実態調査と比較すると、年齢では70歳以上の比率が低いものの60歳以上が半数以上を占めているという点では比較的近い分布であった。身体障害の程度(等級)では、1級の割合が少し低いものの1・2級の重度視覚障害者の割合が高い点では比較的近い分布であった。節電に関する調査であったため、単独歩行をしていて外出頻度の高いロービジョン者の協力が多かったと考えられる。
- 参加したロービジョン者の見え方としては、まぶしさ、夜盲、視野狭窄があるケースが多く、40歳代で中途で視覚障害になったケースが多かった。
- 節電の影響としては、「生活や活動等にはほとんど影響はなかったが不便であった」というケースが最も多かったが(東日本54.6%、北海道・西日本33.3%)、東日本では「生活や活動等に影響が出るくらい非常に困った」ケースが30.1%(157人)もあった。
- 困った場所としては、鉄道駅(65.5%)が最も多く、スーパー・ショッピングモール等の商業施設(48.8%)、道路等の屋外(42.4%)が多かった。困った場面としては、階段(69.0%)、通路(68.0%)、エスカレータ(42.4%)、トイレ(39.5%)が多かった。困難を感じた具体的な理由として、最も多かったのは「足元や手元の照明が暗くなったから」(75.0%)で、「進入禁止のテープ、ロープ、カラーコーンに気づかずにぶつかった」(39.5%)、「天井灯等の照明に沿って歩くことが出来なくなったから」(35.3%)という理由も多かった。
- 困った時期は、計画停電の最中が最も多かったが、節電が終わった後でも困っているケースが約3割あった。
- 要望としては、一律に節電を行うべきではなく、視覚障害者の視点から見て、安全に移動するために必要な電力は確保してほしい、人命に危険が及ぶような節電はあってはならない、という意見が多数挙げられた。盲学校からの要望としては、「通勤・通学時間帯において照明やエスカレータを通常どおりに運用してほしい」、「点字ブロックが敷かれている場所の券売機は停止しないでほしい」等の鉄道会社に視覚障害者への配慮を促すものと、エスカレータの停止場所や時間帯、照明の消灯状況の問い合わせ等の節電対策の情報を問い合わせるものの2種類があった。また、生徒自身が鉄道会社のお客様センターへ要望を出すケースもあった。
- 節電対応LED照明の安全性に関する問題点(研究4、5)
- 全国に先駆けて省電力のLED照明を大々的に導入した群馬県太田市のフィールド調査や実験を実施した結果、「見えにくくなった」というケースが多かった。
- 「まぶしいのに明るくない」「明かりに広がりがない」という意見があったが、LED照明を測光してみると、直下は明るいが、明るさが広がらない問題があることがわかった。
6.2 提言
- 震災直後や計画停電や節電時に多くの視覚障害者が困難に遭遇したことがわかった。また、その困難さの原因は、照明が暗くなったことだけでなく、サイン表示が見えなかったり、看板等のランドマークが使えなくなったり、人の流れが変わったことで戸惑ったり、変化する情報が入手できなかったりと多様であることがわかった。さらに、節電要請期間が終わった後も、約3割の視覚障害者が困っていたことが明らかになった。以上の調査結果から、節電時の照明の在り方だけでなく、節電・停電を前提としたサイン計画の在り方、やむを得ない事態が生じたときの情報提供の在り方を検討する必要性があることが示唆された。また、節電の影響はロービジョンだけでなく、視覚障害全般に及ぶことを踏まえる必要があることも示唆された。電力問題は、今後も続くと考えられるため、これらの諸問題を検討するための委員会等の設置が必要だと考えられる。
- 国土交通省によれば、ユーザからの申し出に応じて、節電時にも安全には配慮するように駅等に通達がなされていた。そのため、盲学校の調査にもあったように、駅等に申し入れをした場合には、改善がなされたと考えられる。しかし、本アンケート調査でわかるように、個々の視覚障害者が駅等に要望を申し入れたケースは少なかったのではないかと考えられる。また、個別の異なる内容の申し出が殺到した場合、どの意見を考慮すべきかを判断する根拠が必要になる。したがって、今後、ユーザのニーズを定期的に集約するシステムが必要になると考えられる。一方、公共交通機関や施設は、節電による変更について、事前の情報提供に極力努めることが望まれる。
- 次世代照明として期待されているLED照明は、直下の照度は従来の蛍光灯等よりも高いが、光が広がりにくい等の特徴があるため、用途によっては不適切であることが示唆された。群馬県太田市のように、防犯効果も考え、街全体に防犯灯としてLED照明が敷設された場合、ロービジョン者や高齢者の安全・安心にどのような影響があるかは、慎重に議論していく必要性があると考えられる。今後、LED照明の需要がさらに増えることが予想されるため、早急に検討を開始する必要があると思われる。
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