節電により、公共施設等の照明がどのように設定されているかを明らかにするため、節電が実施されている公共施設にて測光を行った上、視覚障害当事者に駅等の見やすさを評価してもらい、安心して安全に移動するために必要な情報について検討した。
大別して2つの調査・実験を実施した。1つは新潟市市役所を対象にした測光と視覚障害当事者による歩行実験であり、もう1つは、視覚障害当事者による東京都内の鉄道駅の測光と歩行調査であった。
新潟県新潟市西区役所分館において、測光を行った上で視覚障害当事者を対象とした歩行実験とインタビューを実施した。実験参加者は50歳代と60歳代のロービジョン男性2名であり、いずれも原因疾患は網膜色素変性症であった。また、日常的に単独歩行をしており、外出の際には白杖を常用していた。表3.1に実験参加者のプロフィールを示した。
実験参加者1 |
実験参加者2 |
|
年齢 |
50歳代 |
60歳代 |
性別 |
男 |
男 |
視力 |
右:0.04、左:手動弁 |
右:0.2、左:0.08 |
視野 |
求心性狭窄 |
求心性狭窄 |
歩行が困難に感じるようになった年齢 |
40歳 |
55歳 |
外出頻度 |
ほぼ毎日 |
ほぼ毎日 |
歩行訓練の有無 |
有り |
無し |
館内の1階から5階までのエレベータ前の照度および床面輝度を測定した。照度については、エレベータのボタンの高さに合わせ、床から80cmの高さで測定した。1階は人の出入りが最も多い場所であることから、他階と比べて節電を控えていた。2階から4階は節電を実施しており、5階については特別な催しがない限り開放されないため、全ての照明が消灯されていた。各階のエレベータ前の様子を図3.3.1に示した。なお、新潟市では市役所における行動計画に従って公共施設での節電に取り組んでおり(http://www.city.niigata.jp/news/setsuden/keikaku.html)、本施設では照明の間引き消灯により節電が行われていた。
1階の様子
2階の様子
3階の様子
4階の様子
5階の様子
実験参加者の課題は、全ての階のエレベータ前の廊下を左右両方向から歩き、目的の階のボタンを押すことであった。また、歩行の後で、歩行時の状況に関するインタビューを実施した。
視覚障害当事者1名が調査者となった。調査者は10歳代のロービジョン者であり、原因疾患は網膜色素変性症で視野の中心に欠損(中心暗点)があった。また、ほぼ毎日外出しており、白杖やガイド等は使わずに単独で歩行していた。
調査者は、日常的に足を運ぶ機会のある鉄道駅を普段通りに歩行し、節電によって移動が困難になった場所を指摘し、その理由について報告した。調査対象となった駅は、JR常磐線日暮里駅、東京メトロ日比谷線秋葉原駅、日比谷線北千住駅、銀座線上野駅、半蔵門線住吉駅、都営地下鉄大江戸線飯田橋駅、つくばエクスプレス浅草駅の7駅であった。
各階の照度および床面輝度の測定結果を表3.2に示した。節電がほとんど実施されていない1階と比較すると、他の階は照度が非常に低かった。したがって、エレベータのボタンや案内等を視認することは、1階、あるいは通常時の照明環境と比較すると困難であると考えられる。その一方で、照明が削減されているものの、近くに大きな窓のある3階、4階では床面輝度が1階よりも高くなっている。したがって、床にサインや案内が描かれている場合には視認しやすい可能性がある。ただし、日が差さない時間帯では、他の階と同様に照明に頼らざるを得ないと考えられる。
照度(lx) |
輝度(cd/m2) |
|
1階 |
92.10 |
31.40 |
2階 |
18.00 |
28.31 |
3階 |
20.71 |
88.10 |
4階 |
12.37 |
74.40 |
5階 |
2.10 |
6.67 |
課題遂行中の実験参加者の行動特性と課題後のインタビューを併せて分析する。
参加者1は、どの階も歩行には困難をきたさなかったが、エレベータの場所を特定する際には主にエレベータの発する機械音を手がかりにしていた。本人の言語報告から、1階では点字ブロック(誘導ブロック)を頼りにエレベータ前まで歩行できるが、2階ではドアの開閉音がない限りエレベータの詳細な場所を特定することができなかった。3階、4階では窓から入る光によってエレベータの場所を特定しやすかった。また、5階は2階と同様であった。以上から、節電が実施されていて、かつ外からの光が入らない場所(2階)では、全ての照明が消灯された場所(5階)と同程度の視認性しか得られないことがわかった。
参加者2については、1階では視覚に頼って歩行することが可能であったが、2階と5階では明るさが足りないため白杖の先を視認することができず、単独での歩行は困難であった。また、同じ理由からエレベータのボタンを確認することができなかった。3階、4階については、歩行に必要な明るさがあったが、床面からの反射が強すぎて羞明を感じると報告された。したがって、参加者1とは異なり、窓からの光が差し込むことでエレベータの場所を確認しやすくなるということはなかった。
以上のことから、同じ疾患をもち、比較的類似した視覚の状態をもつロービジョン者であっても、視覚の活用状況によって、照明の削減による歩行の困難さは異なることがわかった。視覚障害のタイプは多様であり、視覚の活用の仕方も人によって大きく異なるため、本研究の参加者以上に困難をきたすロービジョン者もいると予想される。特に、聴覚や触覚などの他の感覚への依存が小さいロービジョン者ほど、照明の状態によって歩行やボタン等の確認に影響が現れる可能性が示唆された。
移動が困難な場所とその理由について駅ごとにまとめる。
ホーム中央の辺りや階段付近は明るくなっているが、あまり人が行かないような後方付近はとても暗かった。慣れればスムーズに歩けるが、慣れるまでに時間がかかると共に暗さで人が避けにくかった(図3.2)。この地点における照度は21.2 lxであった。JISの照度水準では、C級駅舎(1日の乗降客数が1万人以下)であっても75 lxを維持するように定められているので、この値は非常に低いと言える。
全体的にとても暗い一方で、店の明かりがとても明るく目がチカチカした。人通りもとても多く、避けるのが大変であった。店の明かりは一帯を照らすことがなく、歩行の助けにはならなかったようである。なお、この地点での照度は98.1 lxと特別に低くはなかったが、前述の店の明かりによって数値が上がっていた可能性がある。
プラットホームが明るかったのに対し、このフロアに下りるととても暗く感じた。照明は間隔を空けて点灯していたため、全体的に暗い印象を与えたと考えられる(図3.3)。照度は25.8 lxと低い値であった。また、床もグレーと暗い色であり、このことも暗さの原因となったと考えられる。
ホーム全体がとても暗かった。その上、人通りが多いため、人を避けるのが困難であった。ただし、全体が暗いために看板の光が明るく見え、表示されていた文字は見やすかった。照度は22.3 lxと低い値を示した。
プラットホームは2階に分かれており、1フロアに1本の電車が通る構造であった。ホームの片側には電車の走行しない支線用の線路が敷かれており(図3.4)、こちら側が非常に暗かった。照度を測定したところ、25.9 lxと低い値を示した。また、乗降側は明るいものの狭く感じるため、支線側の暗い場所を歩く方が安全であると考えられるが、実際には前述の通り照明が暗く視覚的な状況把握が難しいために危険を感じた。
プラットホームの縁はとても明るいが(照度;90.7 lx)、天井の中央の照明は消灯されていた(図3.5)。ホームの縁は歩くのが危険なために中央を歩いたが、ベンチや看板が同系色のためにぶつかりやすかった。また、床の色が白いために光が反射していて明るく感じる場所もあった。
つくばエクスプレスの車内が明るいために、プラットホームに降りた時に暗く感じた。人の乗り降りは多い方ではないが、ホームの中央に置かれている看板やベンチがホームと同系色であるためにぶつかってしまう恐れがあった。階段があるところは図3.6のように道幅が狭く暗かった。
以上の7事例から、節電による視覚障害者の移動への影響を考察する。
まず、ロービジョン者にとっては、照明が通常どおりについた明るい場所と節電によって暗くなった場所の違いが明確に感じられており、暗い場所では移動経路や他の利用者を視覚的に把握することが極めて困難であると考えられる。また、単に照度の低さのみが見えにくさを与えているだけでなく、床や壁の色、看板やベンチ等と床や壁とのコントラストの低さも見え方に大きく影響していると言える。したがって、節電は一律に行うべきではなく、色彩等の現環境に応じて適宜光量を調節するのが望ましい。