「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」の施行により教科用拡大図書(以下、拡大教科書)の発行点数や給与の実績は増加している。しかし、弱視児童生徒(以下、弱視児)の視機能、発達段階、他の障害の有無、学習形態等は多様であり、適切な拡大教科書の選定がなされているとは限らない。例えば、我々が平成21年度に実施した特別支援学校(視覚障害)(以下、盲学校)の高等部に在籍する272名の弱視児に対する調査では、拡大教科書に対して一定の利用率・満足度が得られている一方で、給与を受けているにもかかわらず使用していない生徒が48%、使用しているが満足していない生徒が44%であることが明らかになった。使用していない原因や満足していない原因としては、文字サイズ、判サイズ、フォント等がニーズとマッチしていないことがわかった。このようなミスマッチを減少させるためには、ニーズに基づいた適切な拡大教科書が作成されることと最も適切な拡大教科書を選定できるようにすることが重要である。また、拡大教科書等を安定して供給し続けるためには、コストパフォーマンスを向上させることも重要だと考えられる。そのためには、ニーズを的確に把握し、ニーズに基づいて効果的に拡大教科書を作成するシステムの構築が必須である。
我々は、昨年度の委託事業において、(1)拡大教科書の選定・評価方法に関するアンケート調査(70校の盲学校教員1,848人)、(2)拡大教科書選定支援キットの要件に関するヒアリング調査(15校の盲学校の教員50人)、(3)読書効率評価方法に関する実験(弱視生徒92人、晴眼大学生 40人)、(4)拡大教科書選定支援キットの試作、(5)拡大教科書選定支援キットの有効性に関するアンケート調査(11機関への実地調査と100機関へのアンケート)、(6)拡大教科書の利用実態に関するヒアリング調査(15校の盲学校教員50人と専門家14人)、(7)弱視児童生徒の拡大教科書利用実態に関するアンケート調査(通常の学級636人、弱視特別支援学級138人、弱視通級指導教室97人)、(8)発達障害者に対する拡大教科書の有効性に関するヒアリング調査(成人発達障害者8人)、(9)小中学校の教科書発行者に対する拡大教科書製作実態調査(教科書発行者15社)、 (10)高等学校の教科書発行者に対する拡大教科書製作実態調査(教科書発行者10社)、(11)ボランティア団体に対する拡大教科書製作実態調査(72団体)を実施した。その結果、通常の学級、弱視特別支援学級、通級指導教室では、拡大教科書等の選定のための評価が十分に行われていないこと、標準規格の教科書の中にはほとんど利用されていない文字サイズ・判サイズがあること、拡大教科書の作成支援において最も重要な問題は技術的な側面よりも製作にかかる人的なコストであること、製作の効率化のためには標準規格の再整理が必要であること、教科書のユニバーサルデザイン化等に向けたグッドプラクティスの共有が必要であること等が明らかになった。そして、これらの結果を受け、必要な弱視児に適切な拡大教科書を無駄なく、安定して給与するシステム(ニーズに基づいた拡大教科書作成支援PDCAサイクル)の提案と以下の9つの提言を行った。
本研究では、上述の提言に基づき、必要な弱視児童生徒に適切な拡大教科書を無駄なく、安定して給与するために、以下の調査を実施する。
昨年度試作した拡大教科書選定支援キットの「拡大教科書サンプル集」が適切な拡大教科書の選定・評価にとってどの程度、有効であるか、また、どのような改訂が必要かを実地調査を通して検証する。また、調査結果に基づいて、「拡大教科書サンプル集」を改良する。
昨年度の調査の結果、拡大教科書を安定供給するためには、ニーズを早期に把握できるようにすることと編集作業を効率化することが重要であることがわかった。そこで、ニーズの早期把握のために必要な要件の調査と作業効率を向上させるための標準規格の整理を行う。
昨年度の調査の結果、検定教科書のユニバーサルデザイン化に取り組んでいる出版社があることがわかった。また、発達障害者に対する事例研究の結果、拡大教科書は必ずしも効果的ではないが、弱視児童生徒用に開発された字体(フォント)の中に見やすいものがあることが示唆された。そこで、検定教科書のユニバーサルデザイン化の現状と効果に関するグッドプラクティスの収集を行う。
本研究は、以下の専門家を研究協力者として実施した。
サンプル版拡大教科書の著作権に関わる処理等には、社団法人教科書協会のご協力を得た。