はじめに


 弱視児童生徒用の拡大教科書に関する取り組みには長くて地道な活動の歴史がある。スタート地点は、弱視児童生徒の家族、ボランティア、教員等が個別対応(プライベートサービス)で手作りの拡大写本を製作したところからであった。当時は、弱視児童生徒の見えにくさ等の評価、著作権の処理、ボランティアの組織化、経費の問題等、多くの難解な問題が山積しており、拡大教科書を入手できる弱視児童生徒は限られていた。研究代表者も1988年から拡大教科書の問題に携わり、拡大写本ボランティアの立ち上げや研修等に関わってきたが、拡大教科書の安定供給を実現する道はなかなか拓けてこなかった。この状況を大きく転換してくれたのが、「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(教科書バリアフリー法)の施行であった。関係各位による法整備と努力により、拡大教科書の発行点数や給与の実績は急速に増加してきた。そして、平成23年度は、小学校のすべての教科書の拡大版が製作されることになった。

 拡大教科書の製作実績が増えてきた今、私達は新たな問題に直面している。最も大きな問題は、最も教育効果の高い拡大教科書を、限られた予算の中で効率的に製作できるシステムをどう構築するかという問題である。つまり、ニーズとシーズのマッチングを行い、コストパフォーマンスを向上させる方策が求められているのである。この問題を解決するためには、現在、製作されている拡大教科書が弱視児童生徒にとってベストな内容になっているかという疑問と拡大教科書の製作効率を向上させる方策はないのかという疑問に答えていく必要がある。本報告書は、これら拡大教科書等の効果的な作成を支援するための基礎データを収集し、拡大教科書作成支援PDCAサイクルを提案するために、平成22〜23年度文部科学省「標準規格の拡大教科書等の作成支援のための調査研究」の委託を受け、計画・実施した研究成果をまとめたものである。なお、本研究は、平成22〜23年度文部科学省科学研究費基盤研究(B)「拡大教科書選定のための評価システムの開発―発達段階を考慮した生態学的アプローチ―」(課題番号22330261)で行った読書に関する基礎研究の成果と平成22年度「民間組織・支援技術を活用した特別支援教育研究事業」(発達障害等の障害特性に応じた教材・支援技術等の研究支援)で実施した盲学校高等部に在籍している弱視生徒を対象にした調査研究の成果を発展させて実施した。

平成24年3月
慶應義塾大学 自然科学研究教育センター
中野 泰志

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