第7章 高等学校段階の拡大教科書の
在り方に関する今後の課題
中野 泰志
内容
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7.1 第1年次の研究成果
高等学校段階における拡大教科書の在り方を明らかにするためには、1)拡大教科書の要件を明らかにした上で様々なタイプの拡大教科書を試作し、2)弱視生徒を対象としたニーズ・実態・利用効率を調査し、3)拡大教科書で指導を行う教員の意識を明らかにする必要がある。
第1年次は、これらの課題を明らかにするために生徒対象のアンケート調査やフィールド実験、教員対象の意識調査を実施した。
生徒対象のアンケート調査の結果、高等学校では好みも効率も小中学校段階よりも小さな文字サイズにシフト(小中学校段階で利用していた文字サイズは22、
18、26、14ポイントの順だったのに対して、高等学校では18、22、14、26ポイントの順であった)していることがわかった。レイアウト拡大が必
要でボランティアに依頼している生徒数は16名で、ほとんどが18から26ポイントを使用していることがわかった。なお、レイアウト拡大が必要な生徒が存
在することは明らかであるが、その実態は不明確であり、どのような方法で拡大教科書を製作すべきかを含めてさらなる調査が必要であることがわかった。
272名中63%の生徒が試作版単純拡大教科書の給与を受けているが、日常的に利用しているのはその半数強(54%)であった。給与された単純拡大教科書
を使っていない理由としては、判が大きすぎる、文字が小さすぎる、補助具を併用しなければならないのが不便、フォントが見えにくい等が挙がっており、これ
らに配慮すれば単純拡大方式の教科書を活用できる生徒の数はさらに増えることが示唆された。また、すべての弱視生徒が拡大教科書を求めているわけではな
く、拡大補助具があれば拡大教科書は必要ないという生徒もおり、その実態を明らかにする必要があることが示唆された。教科書の電子化推進という観点では、
電子化を望む声は半数強で、弱視生徒のリテラシィに関する調査が必要なことが示唆された。
教員調査の結果、「すべての教科・学年で拡大教科書が必要」だとする回答は1312件中702件(53.1%)で、拡大教科書の必要性を感じている教員
が多いことがわかった。しかし、「年齢や発達段階にかかわらず拡大教科書を使ったほうがいい」という意見は169件に留まっていた。また、「低年齢のとき
には拡大教科書を使い、徐々に補助具に切り替えたほうがいい」という回答が614件(47.0%)あり、拡大教科書と拡大補助具を児童・生徒の障害の特性
や発達段階に合わせて使い分ける必要性が指摘された。つまり、拡大教科書はすべての教科・学年で用意すべきであるが、拡大教科書を使って指導するかどうか
は児童・生徒の実態に応じて行う必要性があると理解できる。ところが、拡大教科書や拡大補助具を個々の児童・生徒にどのような基準で選択させるかについて
は、評価の実態と理想の間でズレが見られた。例えば、視力や視野だけでなく読書効率の評価が必要だと考えている教員が多いにもかかわらず、実際に読書効率
の評価経験のある教員の数は少ないというズレである。また、拡大教科書や拡大補助具の評価に関する研究(歓喜ら,1989;中野,1997)では、読書
チャートによる評価が有効であることが指摘されているが、盲学校では必ずしも実施されていない。これら評価方法やその普及・啓発に関しては、今後、さらな
る調査・研究・実践が必要だと考えられる。
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7.2 次年度の研究課題
以上の研究成果と残された課題を考慮し、今年度は、以下の3点について調査を実施し、高等学校段階の拡大教科書の在り方に関する提言を行う。
- 現行の小中学校段階の標準規格でも課題として残されているフォント(書体)等の在り方を明らかにすること。
- レイアウト拡大が必要な生徒の実態を調査した上で、彼らの拡大教科書をどのように製作すべきかについて明らかにすること。
- 拡大教科書、ルーペ等の補助具、デジタル教材等を組み合わせた総合的問題解決の在り方を明らかにすること。
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7.3 第2年次の研究計画(案)
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拡大教科書に適した字体(フォント)等に関する調査研究
- 目的:小中学校の標準規格では、現在、弱視児童・生徒が読書にも書写にも使える適切な字体がな
いため、ゴシック体と規定されている(教科書体は構成線分等が細く弱視生徒には見えにくい)。ゴシック体は読書においては効果的だと言われているが、漢字
の書き順や画数等を正確に覚えるためには適していない(図7.1)。第1年次の生徒向けアンケート、教員向け意識調査、フィールド調査のインタビューで
も、フォントを変更して欲しいという意見はあった。そのため、弱視児童・生徒の読書に適した太字の教科書体の開発が期待されている。そこで、調査研究に基
づき、拡大教科書に適した字体の要件を調査・実験する。
- 方法:まず、教育現場の
教員、教科書会社、拡大教科書製作会社、ボランティア等から委員を選出し、拡大教科書体検討ワーキンググループ(以下、フォント検討WG)を組織する。
WGが中心になり、拡大教科書に適したフォントの要件について、教員を対象にしたアンケート調査を実施する。次に、拡大教科書フォントに盛り込むべき要件
をWGで整理し、第1次提案を作成する。第1次フォント要件提案が適切かどうかについて、教員、教科書会社、拡大教科書等にヒアリング調査を実施し、第2
次フォント要件提案を作成する。また、フォント要件提案(どの漢字のどの部分をハネるか等)が弱視生徒に視認できるために必要な線分の太さ等についての視
認要件をシミュレーション実験とフィールドでの評価実験によって明らかにする。フィールド評価実験は、全国の盲学校に在籍している弱視生徒および全国の高
等学校に在籍している弱視生徒等に対して、視機能等の実態を把握した上で、実施する。
- 期待される成果:切望されていた拡大教科書に利用できる太字の教科書体の要件が明らかになる。この要件を適宜、公開することで、フォントメーカー等に拡大教科書体フォントの作成を促す。
図7.1 ゴシック体の問題点
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レイアウト拡大方式の拡大教科書が必要な生徒の実態と効果的な作成方法に関する調査
- 目的:第1年次の好み調査により、単純拡大方式の拡大教科書が有効な弱視生徒も58名
(21.3%)いることがわかった。しかし、多くの生徒は、18ポイント以上のレイアウト拡大方式の拡大教科書が必要だと回答している。一方、パフォーマ
ンスの評価では、好みよりも小さな文字サイズでも一定の効率が確保できることもわかっており、レイアウト拡大方式の拡大教科書でなければ学習が困難な弱視
生徒の実態は必ずしも明らかではない。そこで、レイアウト方式の拡大教科書が必要な生徒の実態を明らかにし、そのニーズに応じた拡大教科書の効果的な作成
方法を調査する。
- 方法:全国の盲学校に在籍している弱視生徒(全数調査)および
全国の高等学校に在籍している弱視生徒を対象に、レイアウト方式の拡大教科書が必要不可欠である生徒の実態調査をアンケートとフィールド調査で明らかにす
る。また、レイアウト拡大が必要な生徒のニーズや実数を考慮した場合、どのような作成方法が適切かについて、教科書会社、拡大教科書製作会社、ボランティ
ア等にヒアリングを実施する。
- 期待される成果:レイアウト拡大教科書を必要とす
る生徒のニーズや需要数等の実態が明らかになり、拡大教科書の製作方針が立てやすくなる。また、ニーズや需要数によって、どのような製作方法が適切かが明
らかになり、効果的・効率的なレイアウト拡大教科書の製作に資することができる。
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弱視生徒の社会的自立を考慮した総合的問題解決の在り方に関する調査
- 目的:弱視生徒の社会的自立を考慮すると拡大教科書だけでなく、ルーペや拡大読書器等の補助
具、デジタル教材等を組み合わせ、見えにくさを総合的な観点から解決する力を身につける必要がある。そこで、弱視生徒が日常の学習場面でこれらの資源をど
のように活用しているか、また、進学や就職をした際にどのような問題解決を考えているかを明らかにする。
- 方
法:全国の盲学校に在籍している弱視生徒および全国の高等学校に在籍している弱視生徒に対して、日常の学習場面で拡大教科書、ルーペや拡大読書器等の補助
具、デジタル教材等をどのように活用しているかに関する調査(アンケート及びフィールド調査)を実施する。また、進学や就職をした際に、これらの資源をど
のように活用したいと考えているかに関して意識調査を実施する。
- 期待される成
果:通常の教科書をエイドを用いて利用することが適切な生徒、単純拡大教科書が有効な生徒、単純拡大教科書とエイドを併用することが適切な生徒、レイアウ
ト拡大が必要な生徒等が明らかになる。その結果、各生徒に適した文字等へのアクセス方法が明らかになる。また、発達段階を考慮した指導方法が明らかにな
る。
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