技法・ポイント集


B 自己決定やコミュニケーションの素地をつくる技法

B-1 動きに対し適切なフィードバックを行う(スイッチを利用したおもちゃ遊び支援)

 乳児が自分の手を不思議そうに見つめることがある。これは自分の手を自分のものだとはっきり認識していない状態である。しかし,そのうちに手を動かすと物にふれる感じがする,光がさえぎられて明るさが変化する,音がするということに気づきはじめる。このことを通じて,自分の手を認識し,自分と外界との関係(因果関係の成立)を理解していく。

 一方,生まれつき重度運動障害があり,随意的に動かせる部位が限られている人の場合,自分が体を動かすと周囲が変化するという関係に気づかないでいることがある。僅かに体を動かせても,ほとんどの外界に変化は生じず,自分の体を認識したり,因果関係を理解できないまま成長していく。それどころか,その失敗経験により,「自分は何をやってもだめだ」と感じ,意欲が低下しているのではないかと考えられている。これを学習性無力感(Learned Helplessness)と呼ぶ。この状態では自発的発信が起こりにくいのもうなづける。

 そこで,重度運動障害があっても僅かに残された身体機能を引き出し,その動きをフィードバックするおもちゃ遊び補助システムが考えられている。

 乾電池アダプタをおもちゃの電池ボックスに挿入し,僅かな残存機能で作動させることのできるスイッチやセンサーと接続すれば,体の動きでおもちゃを動かすことが出来るようになる。このシステムの利用により,自分の体の動きで周囲に変化が生じることを理解できるようになるはずである。

 このシステム利用で重要な点は,どんなスイッチやセンサーで何のおもちゃを動かすかという点である。詳しくは参考文献をご覧頂きたい。

 こうやって因果関係に気づくとコミュニケーションがすぐに成立するわけではないが,コミュニケーションの成立には不可欠の下地が出来たと言える。

B-2 理解出来るように働きかける

 言葉で指示しても理解出来ない人は大勢いる。そんな人たちに対しても多くの人は言葉で訴えようとしている。残念ながら,知らない外国語を何度聞いてもなかなか理解出来るものではない。ゆっくり気持ちを込めて分かりやすく話せば相手は理解出来ると考えるのは,時には,無駄なことだという点に気づく必要がある。

 そこで,障害のある人の理解できるレベルで話す必要がある。そのために,内容を分かりやすく伝える工夫が必要で,以下の2つの方法が有効である。

    1. 車椅子から降りる

      ベルトをはずし,腰を抱えて,「プールだから車椅子から降りよう」と伝えて,様子を観察する。

    2. 着替える

      「水着に着替えようね」と言いながら服を脱がし,その途中で様子を観察する。

    3. プールサイドで水を足にかけながら「水に入る?」と尋ねながら様子を観察する。

       それぞれのステップで拒否の反応が出れば,その行為が嫌なことが分かるので,そのステップで中止する。受け入れの反応があれば次のステップに進む。何もなければ10秒程度待ってもう一度聞く。それでも無反応であれば次のステップに進む。

 この様に,ステップに分けることで意思の汲み取りが正確になり,彼らの反応に適切にフィードバックすることにもなる。

 この方法はすべての場面で使えるわけではない。しかし,簡単な指示場面等では非常に有効である。もちろん,この時も,言葉かけをしながら話すことは重要である。状況を理解し,そこに言葉があることで,言葉の意味が理解できるはずである。

B-3 発信に対する適切なフィードバックをする

 赤ん坊の頃,声を出せば,あるいは,体を動かせば親が話しかけてくれるという経験を我々は知らず知らず積んでいる。このことが,自分の発信が周囲の人を動かすという関係(因果関係)の理解を促している。

 ところが,発信しても,障害のためにそれが小さな声であったり,僅かな体の動きであった場合,周囲の人がそれに気づかず適切な受け答えができないことがある。これが繰り返されると,発信の意味をなかなか理解できないことになる。

 そのため,我々は障害のある人の発信に気を配る必要があるが,常時,その人を観察しておけるわけではない。そこで,時には装置を使うのも有効である。

 マイクを使って声を拡声するだけで,周囲の人がその反応に気づきやすくなる。また,スイッチとVOCAを組み合わせれば,僅かな体の動きを周囲の人が気づくメッセージとして音声化できる。

B-4 アクションをかけることでコミュニケーションのきっかけをつかむ

 働きかけないと何も反応しない人がいる。しかし,働きかけようと言葉かけをしてもまだ何も反応を示さない人がいる。そのような場合,彼らの反応を引き出すようなアクションをかけることも重要である。

 例えば,その人が利用するいつもの椅子に座ってみると,立つようにという何らかの反応が生じるかもしれない。また,カレーライスを食べる時にスプーンを置いてないと,いつまでも食べれないので反応がおきるはずである。このように,ちょっとした工夫が障害のある人の反応を引き出してくれる。

 こういって引き出せた反応の多くは直接的な行動だが,それを徐々に言葉に置き換えていくことでコミュニケーションが広がっていく。

 ただし,やりすぎはパニック等の問題行動を誘発するので,気をつける必要がある。

B-5 時間をあける・タイミングをみる

 満腹時に食べ物の選択を求められても,ほとんどの人はあまりそれに興味を示さないだろう。このように選択をする上で,タイミングは重要な要素である。選択肢を提示して反応がなくても,後でやってみると反応がある場合もある。

B-6 受信者の関わりを改善する(先読みを防ぐ,反応を待つなど)

 障害のある人を「何も出来ない人」と捉えるのではなく,「何か出来る人」と捉えることが重要である。「何も出来ない」と考えれば,「こちらが気持ちを汲み取ってあげなければ」という発想に結びついてしまう。そうなると,彼らの意思を汲み取る必要性はなくなるだろう。この繰り返しにより,障害のある人は訴える必要性を感じなくなり,あるいは,訴えることに無力感を感じるようになっていく。一方,「彼らも彼ら自身の方法で訴えている」と考えることが出来れば,支援者が意思を汲み取る努力をすることになるだろう。このことが障害のある人たちの自分で何かを訴えたいという気持ちを引き出していくだろう。発信者の反応を待って観察してみよう。心の中で「1,2,3,,,,」と10まで数える気持ちが大切である。その間に訴えが見えることもあるはずだ。

E コミュニケーションのための環境整備

E-1 コミュニケーションのための環境を整備する

 感覚障害を併せもつ重複障害の場合,本人の意思を把握するために,従来のAAC技法を適用しようとしても,うまくいかない場合がある。例えば,スイッチを押すと大好きなオモチャが動くという場面を設定したいと考えたとする。その際,感覚障害がなければ,見たり,聞いたりしてオモチャの動きを楽しむことが可能である。しかし,視覚や聴覚にも障害があると,スイッチを押した後に何が起こったかが分からない。すなわち,自分の選択がどのように環境を変化させたかが分からないのである。したがって,選択肢や選択した結果,何が起こっているかをその人に分かりやすく提示する必要がある。

 選択肢等が分かりやすい環境を整備するためには,その人の見え方や聞こえ方を把握する必要がある。なぜなら,まぶしくて見えにくい人には照明を暗くしたり,サングラスを活用する必要があるが,明るさが足りなくて見えにくい人には,机上灯を用意したり,傾斜台を使って採光を工夫しなければならず,見え方に応じて環境の整え方が異なるからである。しかし,重度重複障害のケースでは感覚障害の実態が十分に把握出来ていない場合が多い。つまり,感覚障害を併せもっているにもかかわらず,その実態はあまり把握されていないのである。これは,感覚障害の実態を把握するための一般的な医療検査が,音声言語によるコミュニケーションを基礎にしており,重度重複障害のケースに対応しきれていないのが原因の一つだと考えられる。また,感覚障害の状態と環境整備の間の関係が明確にされていない場合も少なくない。自己決定を支援する場面では,眼疾患や視力等の感覚機能の状態そのものを知りたいのではなく,どうすれば適切な環境整備が出来るかを知りたいのである。

<視覚障害を併せもつ重複障害の人のための視機能評価用具の例>

 以下,視覚障害を併せもつ人達にも有効だと考えられている評価手法の例を示す。

図E-1-a 森実式Dot視力カード

図E-1-a 森実式Dot視力カード

図E-1-b TAC

図E-1-b TAC

E-2 コミュニケーションに必要な話題をつくる(コミュニケーション・エンジニアリング)

 デジタルカメラやICレコーダーなどを使ってそのときの状況を記録しておけば,共通の話題としてそれらを見ながら,それらを聞きながら話をすることが出来ると考えられる。また,ホームページに今日の出来事の欄を作ることで,家庭への情報提供をすることも考えられる。

R コミュニケーション(受信)を支える技法

R-1 聴力検査を実施し,適切な補聴手段を提供する

 聴覚に対する反応が乏しいようであれば,「聞こえ」に関して相談できる医療機関で聴力検査をすることが望ましい。自覚的な聴力検査が出来なくても脳波を用いた聴力検査も可能である(ABR(Auditory Brain-stem Response:聴性脳幹反応)検査)。

「聞こえ」に問題がある場合は,可能な限り治療(中耳炎など)や補聴をする。また補聴器等が十分に有効でなくても,「聞こえていない」,「この高さ,大きさの音は聞き取りにくい」と分かっているだけでも,関わり方への注意は可能である。

R-2 身振り等分かるように伝える

 重い障害がある場合,言葉(聴覚的な情報)だけでは十分に周りの状況やこれからあることなどを伝えることが困難な場合が多い。指差しや身振りを用いて情報を補いながら伝えることが大切である。支援者が気をつけておく点としては,指差しも身振りも,伝えたい相手が見ていることを確認しながら行うということである。

 運動障害や知的障害がある人は,指差しに気づきにくいことも少なくない。遠くの物でも指差しで見ることができるのか,直接物を叩かないと見られないのかなど,指差しに気づく範囲を確認しておく必要がある。指差しは,見て欲しいものや次に行く場所などその場にある物を示すのに有効である。

 また身振りは,その場にない事柄も表現できるため,便利なものであるが,支援者にも伝える相手にも一定の学習が必要である。身振りで伝える場合は,理解できている身振りとそうでないものを整理し,確実に伝わるものと生活の繰り返しの中で導入しているものを区別しておく必要がある。一般的に,日常よく皆が使っている身振り(バイバイ,いただきますなど)や,状況をそのまま再現するマイムの様な身振り(食べる,手を洗うなど),身体部位と一致した身振り(くつ,ぼうしなど)の方が分かりやすく,導入に向いている。知的障害がある人の身振りサインとしては,マカトン法などもある。

R-3 絵やシンボル等で分かるように伝える

 知的な障害や聞こえに問題がある場合,視覚的な手がかりを使って現在の状況・活動や次にあるスケジュール,して欲しいこと,次にできる選択肢などを伝えていくことは有効なことである。話し言葉など聴覚的な情報と違って,視覚的な情報は一度に複数の情報を表すことができる,いつでも確認できる(消えてなくならない)などの利点がある。そのことが障害のある人の理解を助ける上で役に立つ。

 視覚的な情報としては,実物(その活動などに関連のある物を提示する。例えば,食事の時は箸を見せる),シンボル(絵文字),写真,文字などがある。一般的に実物の情報が最も簡単で,文字は一定の学習が必要なため難しい。

 シンボルには様々な種類があり,その人の理解力に合わせて使用していく必要がある。最近ではパソコンを使ってシンボルを編集するソフトもあり,カードやボード,ブックなど様々な形態のものを作成する上で便利になってきている。

 写真もまた,デジタルカメラやインスタントカメラの普及により,即時性の高い情報となっている。

R-4 視力検査を実施し補助手段を提供する

 視覚障害には様々な原因がある(目そのものの問題だけでなく,脳や神経に原因がある場合もある)。原因によっては眼鏡やコンタクトによって有用な場合もあるが,そうでない場合もある。そのため,医療機関で原因をはっきりさせ,「見え」の様子を評価し,可能な治療や視覚的な矯正を検討することは大切である。

 しかし,知的な障害がある人は通常の検査では「見え」の様子が判断できないこともある。発達に問題がある人は,子どもが比較的よく通っている眼科へ相談する方が良いかもしれない。また,日頃から「見え」の様子を観察し,伝えておくことが大切である。

 眼鏡やコンタクトなどで視力の矯正が十分にできない若しくは困難な場合も,その見え方に応じた環境の配慮で視覚を活用できる場合がある(部屋の区切りをコントラストのはっきりしたカーペットで仕切る。黒地に白の文字やシンボルを使うなど)。

A コミュニケーション(発信)を支える技法(AAC技法)

A-1 ノンテク・コミュニケーション技法を利用する

A-1-1 補助手段(指差し,身振り等)を教える

 音声等,他人に理解できる形での発信手段を持たない場合は,直接行動で訴えることがある。例えば,空腹なため他人の食べ物を勝手に奪い取る人もいる。そのことが誤解やトラブルを生む一因となる。もし,身振りや指差しで訴えることが出来たら,周囲の人は理解してくれるだろう。

 飲み物を選ぶときに直接手でとって選択してもらうのでなく,手の届きにくいところにおいて手を伸ばしてもらうことで,手で直接つかむという行動を,手で指すという間接的な要求に変えることが出来る。

A-1-2 視線でコミュニケーションする

 視線コミュニケーションは四肢および言語に不自由のある人によく用いられる方法だが,目で物を注視出来る必要がある。選択肢を示し,「どちらですか?」と質問し,相手がどこを見つめているかで意思を読み取る。実物提示出来ないものは写真,絵,シンボル,文字で提示するが,それらを選択する人が理解出来ているか確認しておく必要がある。また,選択肢が増えると,コミュニケーションボードを利用する必要性が生じてくる。

 視線でのコミュニケーションを行う場合、事前に選択肢を見せておくこと、選択肢を実際に見た時の視線の動く範囲を確認しておくことが大切である。これは選択肢を「探すために見たこと」と「選択肢したことを示すために見たこと」が混同されやすいためである。この2つが混同されるとコミュニケーションが不成立に終わってしまい、コミュニケーション意欲の減少につながることも考えられる。次に事前に選択肢への「視線の動く範囲」の差を確認しておくことにより細かい反応を理解しやすくなる。「視線の動く範囲」が分かりにくい場合には選択肢の数や位置を修正することが必要である。

A-1-3 Yes/Noサインでコミュニケーションする

 我々は,コミュニケーション障害をもつ人との間でYes/Noサインを当たり前のように使っている。Yes/Noサインで意思表示できる場合,選択肢を順に口頭で呈示して,1つずつYes/Noのサインを求めていく方法がよく用いられる。この方法は,一見簡単に障害のある人の意思をくみ取れるかのように見えるが,使い方によっては,誤解が生じることがある。例えば,外に出かけて何を食べるかを決める場合で考えてみよう。以下の会話をご覧頂きたい。

    「ラーメンにする?」

    (子どもは首を振ってNOの意志表示)

    「うどんにする?」

    (子どもは首を振ってNOの意志表示)

    「ハンバーガーにする?」

    (子どもは首を振ってNOの意志表示)

    「ピザにする?」

    (子どもは首を振ってNOの意志表示)

    「そろそろ決めてよ。何も食べたくないの。」

    (子どもは首を振ってNOの意志表示)

    「それじゃあ牛丼?」

    (子どもはしぶしぶYESの意志表示)

 本当はこの子どもは「お寿司」を食べたかったのだが,介助者の顔色を伺って「牛丼」で妥協したわけだ。いつまでも出てこない「お寿司」という選択肢を待ち続けるには,相当の忍耐が必要かもしれない。また,やはりラーメンの方が良かったと思い直しても前に戻ることは出来ない。これでは,正しい選択とは言えない。いくつかの選択肢をあらかじめ呈示し,その中から選んで食事しようと最初から伝えておく方が,望ましいと言える。

 また,別の問題も存在する。聞く側も,子どもが「牛丼」を食べたいと決定したにも関わらず,近くに牛丼屋の無いことを理由に,選択の変更を求めることはないだろうか。こうなると,子どもはますます混乱する。聞く側も,思いついたことを順に聞いていくのでなく,あらかじめ,その場で選択可能な候補を準備する必要があるだろう。そうすることによって子どもの決定を最大限尊重出来るはずである。

 Yes/Noサインで自己決定を求める時のポイントを表A-1-aにまとめている。

 文字理解のある人は,聴覚走査法(Auditory Scanning)といった方法で文字を綴っていくことが可能である。聞き手が「あ,か,さ,,,,」と読み上げて行く。例えば「た」で「Yes」のサインがあれば,今度は「た,ち,つ,,」と読み上げ,次に「Yes」サインのあったところで文字を確定する。簡便な方法だが,非常に有用な方法である。

表A-1-a 自己決定を引き出すポイント

1 返事を待つ。
 子どもが信号を発信しようとするのに時間を要する場合がよくある。その間に,もう一度質問があると,どう答えるべきか分からなくなることがある。混乱を防ぐために,発信を待つ姿勢が必要である。
教師の問いかけ
子どもの反応
「おなかが痛いの?」 沈黙(子どもは必死に声を出してYesを伝えようとするが声が出ない)
「頭が痛いの?」 「あーい」(子どもは必死に声を出そうとして,やっと声が出た)
「ああ,頭が痛いのね」 「んー」(子どもは否定の声)
「え!頭痛くないの?痛いの」 (どう答えていいのか分からなくなる)
2 選択できる情報をすべて掲示し,その後で選択を求めていく。
 お母さんは買物に行くのでみきちゃんにアイスクリームを買ってくることにした。みきちゃんに何味のアイスクリームが食べたいか尋ねる。
お母さん
みきちゃん
「バニラにする?」 (瞬きでNoの意思表示)
「チョコレートにする?」 (    〃    )
「ストロベリーにする?」 (    〃    )
「オレンジにする?」 (    〃    )
「みきちゃんそろそろ決めてよ、何もいらないの?」 (    〃    )
「じゃあ抹茶にする?」 (しぶしぶYesのサイン)
3 子どもを信頼し,子どもの自己決定を尊重する。
 また,選択を求めたときに,その判断を行う我々が大きなミスを犯す場合がある。例えば,いつも牛乳を選択する子どもに,牛乳とジュースを提示した時のことである。
母親の問いかけ
子供の反応
「ジュースのんでみる?」 (Yesのサイン)   
「あれ?牛乳じゃないの。」
「いつも牛乳なのに。牛乳でしょ?」 (Yesのサイン)   
4 何に対してもYesの反応をする人もいる。一見,自己決定出来ているように見えるが,必ずしも自己決定出来ていないわけである。Yesの答えが得られる質問の仕方だけでなく,Noの答えが求められる聞き方も必要である。
5 Yes/No以外にも選択肢を準備する。
 おばあちゃんがいちろうくんにジュースを飲ませてくれることになった。おばあちゃんはいちろうくんに何が飲みたいかを尋ねる。
おばあちゃん
いちろうくん
「ぶどうジュースにする?」 (何もせずにじっとしている)
「オレンジジュースにする?」 (何もせずにじっとしている)
「どっちかに決めて。ぶどうジュース、それともオレンジジュース?」 (どうしたら良いのか分からず、泣き出してしまう)
 いちろうくんはどちらか一方のジュースに決められなかったのだが、Yes/Noサイン以外に「分からない」「どちらでもいい」等といった意思表示の仕方を知らされていなかったため、泣き出してしまったのである。このようにYes/Noサインで返答可能な質問であっても、どちらも答えたくない・答えられないということは誰にでもあるはずである。
 他にも例えば「暑い?」と尋ねられて、全ての場合において私たちはYes/Noで返答することが可能だろうか。きっと私たちは「少し暑い」とか「かなり暑い」といった気持ちの量を表す言葉を付け足した返答をすることが多々あるはずである。おばあちゃんがYes/Noで答えられるからと思っておこなった質問も、いちろうくんには答えられないものであった。このような失敗を減らすためには「わからない」「どっちでもいい」「言いたくない」といった、Yes/No以外の表現の仕方を育てていくことも大切である。

A-2 代替手段(ローテク・コミュニケーションエイド)を利用する

 コミュニケーションの代替手段で,コミュニケーション用のカードやボード,ブック,文字盤などをローテクのコミュニケーションエイドと呼ぶ。音声は出ているけれど,そのことばをどのように使っていいのか分からない場合や,音声によるコミュニケーションは出来ないけれど,文字やシンボルが理解出来ている場合には,ローテクのコミュニケーションエイドを使うことで,発信していることを明確に伝えることが出来るようにしていくのである。大切なことは,利用する人が言いたいことばをシンボルなどにしていくことである。使って良かったと感じることが出来るようなものをシンボルにする必要がある。

A-2-1 ローテクエイドとは?

 ローテクコミュニケーションエイドは,電子的な作りをしていないもので,例えば,50音の書かれた文字盤,シンボルを使ったコミュニケーション用のボード,コミュニケーション用のブックなどがそれにあたる。使う場所を選ばないことや手軽なこと,コストが安いなどの特徴がある。

A-2-2 コミュニケーションカードとコミュニケーションボード

 シンボルをコミュニケーションに活用する際に,一つ一つのシンボルをカードにして,やりとりすることが出来るようにしているものをコミュニケーションカードをと呼ぶ。限定されたシンボルを使って,やりとりを成立させる際に使えば有効である。複数のシンボルを並べて複数のシンボルを使ってやりとりをすることが出来るように考えられたものが,コミュニケーションボードである。複数のコミュニケーションカードを並べて,ボードを作ることも出来る。

A-3 代替手段(ハイテク・コミュニケーションエイド)を提供する

 コミュニケーションの代替手段で,パソコンを用いたコミュニケーションエイドやVOCA,PDAなどは,ハイテクのコミュニケーションエイドと呼ぶ。ハイテクエイドの場合は,その人自身の音声ではないが,音声を出力することが出来るため,周囲の人の注意を獲得しやすいという特徴がある。この伝達性の高さを活用してコミュニケーションが成立する快の経験をすることができるように活用するのである。ハイテクエイドの場合でも,利用する人が言いたい言葉をどのように登録するのかがとても大切なことになってくる。

A-3-1 ハイテク・コミュニケーションエイドとは?

 ハイテクコミュニケーションエイドとは,ハイテクを駆使したコミュニケーションエイドのことである。音声を出力することの出来るVOCA(Voice Output Communication Aids),コンピュータを使った意思伝達装置などがそれにあたる。相手の注意を引きやすい,コストが少し高めである,使う場所が限定されるという特徴をもっている。

A-3-2 コミュニケーションエイドの選択

 利用する人の実態に応じたコミュニケーションエイドを選択することはとても大切なことである。その場合,利用する人がどのような場面で使うことが出来るようにしたいかを考えることが大切になる。例えば,コミュニケーションエイドを生活全般で使うことが出来るようにと考えるならば,ことばを多く登録することが出来るものが適切だと考えられ,場面を限定して使うことを考える場合は,コミュニケーションエイドの機能はそれほど高度なものでなくても十分であろう。どのような場面で導入するのかということを考えながらコミュニケーションエイドを選択していく必要がある。

A-3-3 いつからVOCAは使えるか?

 いつから使うことが出来るかということを考えるよりも,それを使ってコミュニケーションしてみようと考える視点が大切である。

 最初から誰でも使うことが出来るかというとそのようなことはない。それを使ってコミュニケーションする経験が出来るようにと考えていくのである。ただ,誰もがどんなエイドでも練習をすることによって使うことが出来るようになるかというとそのようなことはない。その人に応じたエイドの選択と使い方の工夫をしていく必要がある。

A-3-4 VOCAの導入方法

 まず,どのような場面から導入するのかを考える。VOCAを使って便利だと思われるような場面や,楽しいと感じることが出来るような場面を考えることが大切である。次に,その場面で必要だと思われることばを選び,それをVOCAに登録する。そして,実際の場面で使うことが出来るようにしていくのであるが,最初からVOCAを使うことが出来るわけではない。まず,導入の場面では,支援者がモデルを示す必要がある。支援者が実際に使って見せて,VOCAの有効性に気がついてもらうのである。モデルを示してもうまく使うことが出来ない場合には,手を添えてスイッチの部分を押すように支援する。このようなことを繰り返すことで,その有効性に気がつくことが出来るように支援するのである。

A-3-5 メッセージの選択

 メッセージの選択は重要である。VOCAに導入されることばは,支援する側が登録することになるので,利用する人が言いたいと思うことばを入れるように配慮する必要がある。それを意識していないと,こちらが使って欲しいと思うことばや,使ってもらうことで,支援する側が満足するようなことばを入れてしまう可能性があるからである。支援する側にとって都合のいいことばは,利用する人の発信行動を管理してしまう恐れがあるので注意が必要である。

A-3-6 コミュニケーションエイドの限界

 ハイテクのコミュニケーションエイドが万能かというとそうではない。限界を知った上でそれらを活用して行かなければならない。例えば,キーボードを操作するタイプのエイドの場合,表出することの出来ることばは,キーボードを組み合わせることで,無限に作成出来るが,キーボードを操作するのに時間を要する点や,出力される音声が機会音であることなどの限界が考えられる。また,デジタル録音型の場合には,登録されている音声に限りがあるという限界がある。しかし,それはコミュニケーションエイドが役に立たないということを表しているのではない。使い方によっては,コミュニケーションを補助するものとなるからである。

A-4 シンボルコミュニケーション技法を利用する

 ローテクのコミュニケーション代替手段のなかで,コミュニケーション用のボードやカード,ブックのなかにシンボルを入れて使ってやりとりすることを,特にシンボルコミュニケーションと呼ぶ。音声表出に困難をもっている人や,文字の理解に困難をもっている人が,それを使ってやりとりするのである。日本でも独自のシンボルや海外で作られたもので日本語化されたものが数種類ある。

A-4-1 コミュニケーションシンボルとは?

 コミュニケーションは,音声や文字で行うものだというように考えがちであるが,文字の理解が出来ない人や,音声表出が困難な人,ことばの理解が困難な人はどのようにしてコミュニケーションすればいいのであろうか。近年,障害をもつ人たちのコミュニケーション手段として,誰にでも分かりやすい絵やシンボルを利用したコミュニケーションが考えられるようになってきた。このように,コミュニケーションに使うためのシンボルをコミュニケーションシンボルと呼ぶ。

A-4-2 実物か写真かシンボルか?

 利用する人が理解しやすいようなものを使ってコミュニケーションすることは大切なことである。しかし,実物では持ってくることが出来ないものもある。例えばプールなどは実物を持ってくることは出来ない。このような場合,写真の利用が考えられる。しかし,写真の場合,伝えたい情報以外のものが多く含まれてしまう可能性がある。撮ってきた写真の中にたまたま飛行機が写っていたら,本来伝えたい情報よりも飛行機の方に注意が向いてしまう可能性がある。シンボルの場合は,必要な情報だけに注意を向けることが出来るような工夫がされているので,必要以外の情報によって混乱することは少なくなると考えられる。また,抽象的な表現もシンボルであれば表現することが可能である。

 一般的には,実物→写真→絵→シンボルと学習は進んでいくと考えられ,利用する人が段階を追って,シンボルを理解することが出来るようにしていくことも考えなければならない。

A-4-3 直接行動をシンボルに置きかえる方法

 直接行動で自分の欲しいものを要求してくる場合,それは,周囲の人に受け入れられないような困った行動としてとらえられることも多いと思われる。特に成人の場合はそうであろう。直接行動で要求などを表現してきた場合に,シンボルで伝えることが出来れば,それを,困った行動としてはとらえなくてすむはずである。このように,直接行動をシンボルなどを使って伝えることが出来るようにしていくことが大切である。直接行動が出そうな場面のシンボルを用意しておき,要求場面でそれを自発的に使うことが出来るように練習していくのである。

A-5 選択の技法

 選択肢を選ぶ方法として,直接選ぶ方法と間接的に選ぶ方法がある。

 直接示す方法には,手を延ばす,言葉で伝える,指差す,視線で示すなどの方法の他に,コミュニケーションエイドを使う方法が,間接的なものとしては,相手が1つ1つ示す選択肢に対し,Yes/Noのサインで答える方法がある。

 いずれの方法も誰もがすぐに使えるわけではなく,障害によっては練習することが必要となる。

A-5-1 選択からコミュニケーション

 自己決定(選択)することとコミュニケーションすることは同じように思えるが,以下の例を見ると2つの行為は別のものであると考えられる。

 A君は,会話には不自由しないが,「何を食べたい?」と聞かれると「分からないから決めて」と答える。

 B君は,音声会話はできないが,勝手に他人のものを奪い取って食べてしまう。

 この場合,A君はコミュニケーション出来るが自己決定出来ない,B君は,自己決定出来るが,コミュニケーション出来ないと考えられる。つまり,自己決定(選択)とコミュニケーションは別のものであることが分かる。

 我々は日常生活の中で多くの物事について選択をし,必要に応じて相手にそれを伝えている。コミュニケーション行動の中には選択した結果を相手に伝える行為が多く含まれているが,B君のように直接行動で訴えると誤解を招くことが多い。しかし,直接訴える手段を誰にでも分かる手段に置き換えて行えれば,それがコミュニケーション手段となっていくと考えられる。B君が指差して要求を伝えるだけでも周りの人の態度は大きく変わると考えられる。B君の場合,選択肢を目の前に提示すると直接手を延ばして意思表示できるが,これでは誰もが了解できるコミュニケーション手段になりにくい。そこで,選択肢を彼の手の届かない所に提示してみると,指差しで我々にそれを取ってくれという要求を誘導出来るかもしれない。このように選択を介してコミュニケーションを生み出して行くことが可能である。

A-5-2 選択肢のレベル

 選択技法は,障害を持つ人それぞれの認知レベルに合った選択技法を選ばないと上手く利用出来ない。Yes/Noサインは,誰もが簡単に使えるが,一方,選択肢をイメージ出来ていないと難しい。一方,直接選択もそのやりかたを理解して用いないと誤解が生じることがある。表A-5-aには,選択行動の段階を示した。

表A-5-a 選択のレベル

レベル
方略
レベル1
2つのものを選択する まず,Aが与えられている。その反応を観察する。
次にBを与えてみる。その反応からどちらが好みか判断する。
レベル2
2つの実物やシンボルを選択する 2つのものを呈示して,「どちらが欲しい?」と尋ね,   
(Yes/Noサインやものの名前の理解は必要としない) 視線や手をのばす方向からどちらが欲しいか判断する。
レベル3
2つの実物やシンボルを選択する 2つのものを呈示して,「Aが欲しい?」と尋ね,反応を待つ。
(Yes/Noサインを必要とするが,ものの名前の理解は必要としない) 受容のサインの発信があればそれを与える。拒否,あるいは無反応ならば,「cが欲しい?」と尋ね,反応を待つ。
レベル4
2つの実物やシンボルを選択する 「Aが欲しい?それともBが欲しい?」と尋ねる。
(Yes/Noサイン,ものの名前の理解を必要とする)

 選択する能力が高まり,選択肢が増えていくと,コミュニケーションの幅が広がっていく。文字を理解していれば,視線やYes/Noサインで言いたいことを文章化することも可能である。

A-5-3 選択肢の選びかた

 その人の好みを把握しておく必要がある。興味のないものを提示されても選ぶ気持ちになれない。また,嫌いなものを2つ出されても選択したくないだろう。選択の練習段階では,選択する経験を積むことが重要なわけだから,このような形での選択肢の提示は避けた方がいいだろう。

 また,好きなものと嫌いなものの提示は簡単ですが,いつも同じものではなく,理解して選択できるようになったと思われたら,選択肢の内容を変えていくことも重要である。

A-5-4 選択の機会を増やすには

 いつも同じ選択肢ではなく,少しずつ新しい選択肢を導入していく。新しい選択肢は経験したものでなければ分からないため,試して選ぶという順序が大切である。例えば,ある人に「オレンジジュース?」,「グレープフルーツジュース?」と聞いても,飲んだことがなければ分からないはずだ。まずは一口飲み物を口に入れてみる必要がある。A-5で説明したように,その人に合った選択の方法で様々な選択肢を経験する必要がある。ただ,人によってはあまり新奇な刺激を好まない人もいる。慣れたものに近いところのものから徐々に広げる必要もある。

C 外界を認知し,理解するための技法

C-1 情報を分かりやすくする(情報をアクセシブルにする)

 言葉を聞いて分からなくても絵にすると分かる人がいる。視覚情報の音声化,聴覚情報の視覚化など,モードを変換することによって情報理解を促進することはとても重要である。また,一度に多くの情報を利用することは出来なくても1つ1つの情報なら理解出来る人がいる。例えば,「トイレに行って,手を洗ってから,食べましょう」と指示すると,いきなり食べ始める人がいるが,このような人でも「トイレに行きましょう」,「手を洗いましょう」,「食べましょう」と1つずつ指示すると理解出来る場合がある。

 情報そのものを分かりやすくすることはコミュニケーション成立に非常に重要である。

 情報のモード,大きさ,色,コントラストなどの要因を個々に合わせることによって情報はアクセシブルになる。また,提示される複数の情報の配列,位置,時間なども考慮する必要がある

C-2 情報を構造化する

 情報を構造化することは,分かりやすく伝えるためにはとても大切なことである。構造化は,情報を整理してその人に分かりやすく伝えるということである。

 構造化には,物理的な構造化,スケジュールの構造化,課題の明確さ,ルーティン,視覚的な明瞭さがある。空間,時間などを分かりやすく伝えることで,何をするのか,どこでするのか,どのようにするのか,終わったら次は何かをその人に分かりやすく伝えるということである。

C-3 方略を教える

 障害のある人は,障害のない人に比べて経験をつむ機会が少ないのが現状である。また,実際に,経験出来ないこともたくさんある。

 狭い通路に人が大勢いるので,通り抜けることが出来ずにウロウロしたり,人にぶつかってでも通り抜けようとする人もいるが,これが多くの人には問題行動と映る。しかし,どうしていいか分からない人にとっては仕方のないことかもしれない。

 ここで,「通らして下さい」と言葉やコミュニケーションカード,あるいは,ジェスチャーで訴えると上手く通れることをモデルが見せてあげると上手くいく場合がある。

 時には,作為的に状況を作り上げて経験してもらう必要もあるのかもしれない。さらに,状況が作りにくい場合には,ビデオや漫画でシュミレーションすることも考えられる。米国には様々な事態をシュミレーションする本やCD−ROMが市販されている。

C-4 情報理解を助けるエイドを利用する

 時間などの理解が困難な人は,見通しをもつことが出来なくて不安になることも多いのではないかと思われる。後どれくらい作業が続くのか。いつ昼食になるのかといったことが理解出来ないからである。

 時間に代表されるような情報をどのようにその人に分かりやすく伝えていけるのであろうか。近年,情報を分かりやすく伝えるためのエイドもでてくるようになっている。例えば時間であればタイムエイド,状況を思い出すためのデジタルカメラなども情報を分かりやすく伝えるためのエイドとして活用することが出来る。

C-5 モデルを示す

 口頭で説明しても理解出来ない人たちに対しては,支援者が実際にモデルとなって行動して見せると理解出来る場合がある。状況に応じては,支援者が2人で,1人が行う行為をもう1人が賞賛するなどして,模倣行為を誘導する必要もある。

M 医学的な対処

M-1 医療機関への相談

 生活リズムを整える上で大切なことは,「なぜ昼間寝てしまうのか?」という原因を分析しておくことである。日中の活動そのものが保障されておらず,活動することがないのかも知れない。視覚的な障害のため昼と夜の区別がつきにくいのかも知れない。この様な場合は,しっかりと日中の活動ができるような生活の見直しが必要である。

しかし,日中の活動の保障だけでは解決しないこともある。その様な場合医療機関へ相談し,薬を含めた治療を検討してもらう必要がある。

また,てんかんの治療薬などにより薬物治療をしている場合は,薬の影響があることもある。投薬の量や種類が変更され日中の活動に支障があるような変化がある場合は,日頃の様子を担当医に伝え,相談することが大切である。


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