第23回感覚代行シンポジウム発表論文集、pp.157-160、感覚代行研究会、1997年.

糖尿病性網膜症の触弁別(2)

−サイズ可変点字印刷システムの試作−

Tactual Discrimination in Adventitiously Blind Adults

with Diabetic Retinopathy (2)

- Development of Size Changeable Braille Embossing System -

中野 泰志(慶應義塾大学・経済学部・心理学教室)

坂本 洋一(国立身体障害者リハビリテーションセンター・学院)

管 一十(国立身体障害者リハビリテーションセンター・更生訓練所)

木塚 泰弘(国立特殊教育総合研究所・視覚障害教育研究部)

中島 八十一(国立身体障害者リハビリテーションセンター・研究所)


内容

  1. 中途視覚障害者の点字触読
  2. 糖尿病性網膜症と点字
  3. サイズ可変点字印刷システムの必要性と要件
  4. サイズ可変点字印刷システムの試作
  5. 試用実験

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キーワード:糖尿病性網膜症、点字、ジャンボ・ブレイル、触読、コンピュータ


1 中途視覚障害者の点字触読

 視覚障害者の職業として最もポピュラーな按摩・鍼・灸師が国家試験になって以降、視覚障害者が免許を取得するのが困難になってきた。その主な理由としてa)健常者が普通の文字で学習するのに比べ点字では学習効率が低いこと、b)点字では十分な読書効率が得られず、時間に制限のある試験の場面では不利なことが考えられる。特に、中途の視覚障害者にとっては、c)点字そのものが触読できるようになるのが困難だったり、時間がかかったりすること、d)たとえ点字を習得できたとしても、触読速度がなかなか向上しないこと等の問題がある。盲学校や福祉センター等では、早期よりも中途の視覚障害者の方が多い。したがって、中途視覚障害者の学習効率を向上させることは、彼らの学習手段を確保するという側面だけでなく、職業的自立の確保やQOL(Quality Of Life)の追求という社会問題にも関連する極めて重要な課題である。

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2 糖尿病性網膜症と点字

 中途視覚障害の中でも、糖尿病性網膜症(diabetic retinopathy)は、視覚障害の失明原因の第一位にあげられている。点字の習得が困難である、白杖操作における触覚情報の利用が困難であるなど、リハビリテーションを進める上で多くの問題を抱えているが、網膜症をはじめとする糖尿病による視覚障害者のためのリハビリテーション技術は、未開発の状態であると思われる。網膜症に限らず糖尿病に起因する視覚障害は、インシュリンの分泌の不足とその働きが不十分なために、血管を主とした全身に損傷を受ける(山田ら, 1989)。網膜や手指等の感覚受容器の毛細血管が損傷を受けると、視覚、触覚、温度感覚等の感覚器官の感度低下が起こってくる。血管の梗塞は、様々な箇所、例えば、脳においても生じるため、脳梗塞を併発しているケースもある。このような場合、梗塞の程度によっては認知障害を呈することも考えられる。つまり、糖尿病に起因する視覚障害者の点字触読を問題にする場合、a) 触覚の感度低下とb) 認知障害の2つの要因を考慮する必要がある。したがって、糖尿病性網膜症のリハビリテーション・プログラムを立案する際には、点字での学習の可能性を評価する段階で、認知障害の可能性と触覚の感度、ならびに、その感度低下が教材の操作によって補償可能か否かを考慮しなければならない。

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3 サイズ可変点字印刷システムの必要性と要件

 中途視覚障害者が点字を習得する際に最も大きな障碍となっているのは、現有の日本の点字のサイズが小さいことである(木塚, 1990;表1)。触覚から情報を摂取することに慣れていない中途視覚障害者にとって、小さな点字だとパターンを読み取ることができなかったり、その認識に時間がかかってしまう。特に、糖尿病性網膜症の視覚障害の場合、触覚の感度低下があることが予想されるため、点字サイズの影響を受けやすい。欧米では、例えば、ジャンボ・ブレイル等のように、中途視覚障害者の触読を容易にするために点字のサイズを変える試みがなされている(Newman et.al, 1985;Harley et.al, 1985;Tobin et.al, 1986)。しかし、これら欧米の研究においてさえ、変化させている点字のサイズは2種類程度で、点字サイズを系統的に変化させた研究はない。本来、ロービジョン用の拡大写本にプライベートサービスがあるように、一人ひとりの視覚障害者に適した点字サイズがあってもよいはずである。しかし、日本で一般に提供されている点字は、一つのサイズに画一化されている。その理由としては、a) 点字の触読効率が高い視覚障害者にとって現有の点字サイズが効率的に読めること(大きなサイズの点字ではかえって触読効率が低下する)、b) 現在の点字印刷システムでは、点字のサイズを変更するのが困難であること、c) 点字図書館等での点字の蔵書の多くが現有の点字サイズであること、d) 点字のサイズを大きくすると印刷物の保管場所をとってしまうこと等が考えられる。これら拘束条件をクリアし、触読効率の低い人達にも点字の恩恵を受けられるようにするためには、a) 個々に適したサイズで点字を供給でき、b) 簡単に点字のサイズを変更できる汎用的なシステムを構築し、c) 現有の点字図書館の蔵書システムには手を加えず、d) 「てんやく広場」や「盲学校点字情報ネットワーク」等の現有の電子化された点字データを利用できるようにすればよい。

表1 各国の点字のサイズ

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4 サイズ可変点字印刷システムの試作

4.1 試作の条件

 本研究では、点字のサイズをユーザが自由に変更できる普及タイプの点字印刷システムを試作した。システムの構築にあたっては、a) 市販品の改良・組み合わせでシステムが構築できること、b)「てんやく広場」等の電子化された点字データが利用できること、c) 福祉施設や盲学校の教職員等が簡単に操作できることを条件とした。

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4.2 システムの構成

1) 点字プロッタ:通常の点字プリンタは、文字(braille)を印字する機能しかないため、各点の印字位置が制限されている場合が多い。これに対して点図を作成するグラフィック機能を持つ点字プロッタ・プリンタは、一つ一つの点を任意の場所に印字可能である。現在、本邦で流通している点字プリンタで、このグラフィック機能を持つものは、25機種中14機種ある(中邑ら, 1997)。本試作システムでは、この中からジェイ・ティ・アール製の点字プリンタプロッタ「ESA721 VER95(通称、New ESA721)」(価格:\970,000)とリコー製の点図プロッタ「点図くん TZ100」(価格:\298,000)を用いた。この2機種は、いずれもグラフィックモードでの点間のコントロールが細かく行えることと点そのものの大きさが変更可能だからである。また、ESA721は点字図書館や盲学校点字情報ネットワークの推奨機種に指定されており、本システムを利用する可能性が高い施設での普及率が高いことが予想されるし、TZ100は点字プリンタの中では、最も安価なプリンタであり、個人ユースが予想されたため選択した。

2) コンピュータ:対象となる視覚障害ユーザは、音声でコンピュータにアクセスするケースが多いと予想されるため、MS-DOSが動作するコンピュータ(NEC 9800シリーズ)を想定した。

3) ソフトウェア:今回、試作したソフトは、NABCCコードで記述された点字データを任意の点間隔で印字できるものである。NABCCコードを採用したのは、コンピュータ点字の内部コードとして最も標準的なものであり、これ以外のコードで記述されている点字データも既存のソフトを利用すればNABCCに変換できるためである。本ソフトでコントロールできる点間隔を図1に示した。3点ずつ2列からなる点字を1列目上段より1、2、3の点、2列目の上段より4、5、6の点と呼ぶなら、縦の点間隔である1−2点間隔(縦点間)、1列目と2列目の間隔である1−4点間隔(列間)、次の文字とのマス間隔である4−1点間隔(マス間)、行間隔である3−1点間隔(行間)をミリ単位で自由に設定できるようにした。点間隔に関するデータは、各点間の距離を1−2、1−4、4−1、3−1点間隔の順に1行ずつに記し、最後の行に点の大きさをピン番号を書いて、一つのファイルにするようにした。点字データと点間情報を別ファイルにすることにより、点字データの汎用性を保つことにした。本ソフトウェアは、バッチファイルで利用できるようにコマンドラインからタイプできるUNIXツール形式にした。なお、本ソフトは標準入出力を利用しているため、画面の音声化等は市販のソフトを用いることが可能である。

図1 変更可能な点間隔

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4.3 印字の評価

 試作したシステムを用いて点字データの印字を試みた。その結果、いずれの点字プロッタにおいても通常の点字印刷と比較して印字時間が数倍かかることがわかった。また、プロッタの最小駆動範囲の影響で点の印字位置にズレが生じることがあり、縦横の点のアラインメントが乱れてしまうことがあった。2名の点字常用者に触読テストを実施してもらったところ、このアラインメントのズレは点字の触読に影響はないが、注意して触察すれば、弁別可能なものであることがわかった。

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5 試用実験

5.1 目的

 本システムでサイズを調整して印刷した点字が、触読効率の低い糖尿病性網膜症の視覚障害者に有効か否かを評価する。

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5.2 方法

 第1報(坂本ら, 1997)の触弁別テストの第4課題で触読が不可能であった被験者2名(SH、MS)と100%の正答率を示したが臨床的な点字触読能率はそれほど高くない被験者1名(NS)に対して、サイズの異なる2種類の点字を使って触弁別テストを実施した(表2)。点字のサイズは、通常の日本サイズの点字と本システムによって作成したジャンボサイズの点字、すなわち、1−2間(縦点間)3.1mm、1−4間(列間)3.1mm、4−1間(マス間)6.7mm、3−1間(行間)10.6mmの点字を用意した。触弁別テストの課題は第1報の第4課題と同様のものを用いた。被験者の課題は、標準刺激と同一の点字を4つの比較刺激の中から選択することである。

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5.3 結果・考察

 触弁別テストの結果を表2に示した。通常サイズの点字では触読ができなかったSHもMSも71.4%、85.7%と高い正答率を示した。これらの被験者は、臨床的な触読能力判定においては、触読不可能とされていたが、これは点字のサイズが小さかったためだと考えられる。触読の速度は、今回の被験者(坂本ら, 1997)の中で最も速かった16秒と比較すると、かなり遅いが、サイズを変更することで点字利用の可能性が示されたことは大きな成果だと考えられる。また、NSは触弁別テストの正答率はサイズにかかわらず100%であるが、ジャンボサイズでは触読速度が10秒程度向上(47.5→36.7秒)した。つまり、サイズが大きくなることで2割強の速度の向上がみられたわけである。糖尿病による視覚障害者は、点字触読場面では疲労を感じることが多く、長時間の読書は困難な場合が多い。特に点字触読が困難な場合にはこの傾向は顕著である。したがって、触読速度を向上させる教材作成は重要な課題である。

表2 被験者のプロフィールと触弁別テストの結果

 試用実験の結果、点字のサイズを大きくすることで触弁別が可能になるケースや触読速度が向上するケースがあることがわかった。今回の試用では、ジャンボサイズに限定したが、本システムを用いれば、それぞれの被験者にとって最適なサイズを探求できる。つまり、ロービジョンの拡大写本と同様に個々の触読特性に応じた点字教材のプライベートサービスが可能となる。これは、糖尿病に限らず中途視覚障害者の職業的自立に貢献することはもちろんのこと、読書を通して視覚障害者のQOLを追求する役割を担うこともできると思われる。

参考・引用文献

  1. Harley,R.K., Pichert,J.W., Morrison,M.(1985), Braille instruction for blind diabetic adults with decreased tactile sensitivity, Journal of Visual Impairment & Blindness, 12-17.
  2. 木塚泰弘(1990)、点字の物理的特性、放送教育開発センター教師教育教材「点字で学ぶ」、19-24.
  3. 黒田浩之・佐々木忠之・中野泰志・木塚泰弘・堀籠義明(1995)、点字サイズが触読効率に及ぼす影響、第21回感覚代行シンポジウム発表論文集、55-58.
  4. 中邑賢龍・巌淵守・塩田佳子(編・著)(1997)、こころリソースブック1997年度版、こころリソースブック編集会.
  5. Newman,S.E., Kindsvater,M.B., Hall,A.D.(1985), Braille learning: Effects of symbol size, Bulletin of the Psychonomic Society, 23 (3), 189-190.
  6. Tobin,M.J., Burton,P., Davies,B.T., Guggenheim,J.(1986), An experimental investigation of the effects of cell size and spacing in braille: with some possible implications for the newly-blind adult learner, The New Beacon, The Journal of Blind Welfare, Vol.70, 133-135.
  7. 山田幸男・小野賢治(編著)(1989)、視覚障害者のリハビリテーション、日本メディカルセンター.

出典:第23回感覚代行シンポジウム発表論文集、pp.157-160、感覚代行研究会、1997年.


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