第23回感覚代行シンポジウム発表論文集、pp.153-156、感覚代行研究会、1997年.

糖尿病性網膜症の触弁別(1)

−事象関連電位P300と触弁別−

Tactual Discrimination in Adventitiously Blind Adults

with Diabetic Retinopathy (1)

- Relation Between Event-Related Potential P300 and Tactual Discrimination -

坂本 洋一(国立身体障害者リハビリテーションセンター・学院)

中島八十一(国立身体障害者リハビリテーションセンター・研究所)

今村 夏音(国立身体障害者リハビリテーションセンター・研究所)

管 一十(国立身体障害者リハビリテーションセンター・更生訓練所)

中野 泰志(慶應義塾大学・経済学部・心理学教室)


内容

  1. 問題及び目的
  2. 方法
  3. 結果及び考察

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Abstract: This study examined the relation of P300 of event-related potential and performance of tactual discrimination tasks in 8 adventitiously blind adults. The mean of age of these subjects were 41.7 year, and the range of age were 27-57years. As the results, the appearance of P300 of each subjects varied in the threshold of the intensity of stimulus. The threshold of the intensity of stimulus of subjects (A-group) were the range of 2.5mA~3mA, that is normal range. 2 subjects (B-group) were 3mA~4mA.4 subjects(C-group)were more than 4mA.

 The tactual discrimination tasks were constituted of 4 subtasks. The subtasks1 was the discrimination of line braille dots,thesubtasks2 was the position of braille dot, the subttask3 was first braille dot, the subtask4 was first and second braille dots. C-group spent more than at discrimination tasks than A and B-group. C-group that was more than 4mA in the threshold of intensity of stimulus was poor in performance of the discrimination tasks. Around 4mA in threshold of intensity of stimulus in measuring P300 of event-related potential was estimated as the crittical point in the tactual discrimination task.

キーワード:糖尿病性網膜症、事象関連電位、P300、点字、触読

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1 問題及び目的

 糖尿病性網膜症は、視覚障害の失明原因の第一位にあげられている。これらの糖尿病性網膜症の視覚障害者に関して、医療の分野が単なる代謝異常だけに着目しないで、糖尿病性網膜症の視覚障害者を取り巻く社会環境にも配慮し、生活の質(the quality of life)を高めることを追求してきている(平田ら, 1991)。

 しかしながら、糖尿病性網膜症の視覚障害者のためのリハビリテーション技術はまだ未開発の状態であると思われる。糖尿病性網膜症の視覚障害者に関してよく言われることであるが、点字の習得が困難である、白杖操作における触覚情報の利用が困難であるなど、リハビリテーションを進める上で問題を抱えている。按摩・マッサージ・指圧、鍼、灸の資格が国家試験になり、職業リハビリテーションを考えると、糖尿病性網膜症の視覚障害者の点字触読効率は重要な問題となってきている。

 そこで、われわれは、糖尿病性網膜症の視覚障害者の点字触読効率を図るためのリハビリテーション・プログラムを開発することを最終的な目標とし、一連の研究計画を立てた。第一段階として、糖尿病性網膜症の視覚障害者の触弁別能力を定量的に測定することである。触弁別能力を定量的に測定する方法として、われわれは事象関連電位P300の波形パターンを分析する方法を採用した。体性感覚刺激に対して選択的注意を向けたときに頭皮上から記録されるP300は、誘発刺激モダリティに依存しない内因性電位であること(Snyderら, 1980;Sattonら, 1965)、反応時間との比較の結果P300は感覚刺激に対する意志決定以降の認知機能の最も遅い段階を担当していること(Desmedtら, 1979)、これらの理由から感覚認知の指標として有用であると考えた。事象関連電位P300の結果と臨床的に開発された触弁別テストの結果を検討し、触弁別能力を定量的にできないか試みた。

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2 方法

2.1 被験者

 被験者は、国立身体障害者リハビリテーションセンターの理療教育課程の糖尿病性網膜症の中途視覚障害者8名であった。被験者の平均年齢は41.7歳で、年齢の幅は27歳から57歳であった。表1に被験者のプロフィールを示す。理療教育課程では、中途視覚障害者の点字学習の臨床的なデータから、点字触読の5段階評価を行っている。最も読み速度が早い段階から120文字以上/分、90〜119文字/分、60〜89文字/分、40〜59文字/分、40文字未満/分の5段階である。表中の「点字触読能力」は、90文字以上/分を優、40〜89文字/分を普通、40文字未満/分を劣、触読不可能な者を不可として割り当てた。

表1 被験者のプロフィール

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2.2 実験手続き

1)P300の測定

 各被験者は、国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所の感覚機能障害研究室において、神経内科医によるP300の測定に参加した。各被験者は、快適で無理な姿勢にならないように安楽椅子に腰掛けた。さらに、末梢神経の伝導速度は温度に影響されやすいので測定室の室温の低下に配慮し、被験者の注意力が散漫にならないように測定室を防音にしてある。刺激は、電気刺激で左右示指の皮膚上からリング電極を用い、電気刺激は持続0.2msec.の矩形波を用い、0.5Hzで行った。記録電極は皿電極を用い、電極設置部位は国際10-20法によるF3、F4、P3、P4であった。基準電極は両耳朶連結電極とし、接地は刺激部位の近位をとった。周波数帯域は0.1〜100Hzとした。課題は、odd-ball課題とし右20%、左80%として右側を標的刺激とした。標的刺激に対して右手でマウスをクリックさせることとし、同時に反応時間を記録した。

2)触弁別テスト

 触弁別テストは、臨床的なデータから筆者らが開発したもので、4つの課題から構成され、第1課題は「線の長短」、第2課題は「点の位置弁別」、第3課題は点字の「1の点がつく文字」、第4課題は点字の「1、2の点がつく文字」である。これらの触弁別テストの刺激は、すべて左側に標準刺激を提示し、右側に点字の2の点を6点提示して比較刺激までトラッキングしやすくした。比較刺激は4つの点字から構成されている。被験者は、マッチング法により、これらの比較刺激から標準刺激と同一のものを4つの中から選択する課題を与えられた。点字ドットは、1の点と2の点の距離が2.37cm、1の点と4の点の距離が2.13cm、4の点と1の点の距離が3.27cmである。これらの触弁別テストを提示し、正答率と触弁別時間を測定した。

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3 結果及び考察

3.1 P300の測定結果

 P300の測定結果は図1〜3に示したとおりである。一般的な正常な成人であれば、2.5mA〜3mAの刺激強度でP300が出現する。正常な成人と同じような刺激強度でP300が出現している被験者は、YOとTAの2名であった。3mA〜4mAの範囲にいる被験者は、NM、KKであった。4mA以上の刺激強度でP300が出現した被験者はNS、SH、MS、YIの4名であった。表1の被験者のプロフィールの「点字触読能力」の優、普通、劣、不可として評定された被験者のそれぞれのP300の測定結果を見ると、優と評定されている被験者NM、KKは3mA〜4mAの刺激強度の範囲にあり、普通と評定されているTA、YOは2.5mA〜3mAの刺激強度の範囲にあり、さらに劣あるいは不可と評定されているYI、NS、SH、MSは4mA以上の刺激強度の範囲にある。

図1 刺激強度と事象関連電位(被験者群1)

図2 刺激強度と事象関連電位(被験者群2)

図3 刺激強度と事象関連電位(被験者群3)

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3.2 触弁別テスト

 触弁別テストの正答率の結果は、表2に示してある。NM、KK、TA、YO、NSの5名は、正答率が100%であった。位置の弁別を行う第2課題に対してYIが66.6%のSHが83.3%の正答率であった。第4課題においては、SH、MSの2名が触弁別できなかった。次に、触弁別速度について結果を整理し図4〜5に示した。被験者SH、MSは、第4課題において触弁別できなかったので、図式化されていない。これらの触弁別平均時間について検討したところ、NM、KK、TA、YOの被験者をひとまとめにした群とYI、NS、SH、MSをひとまとめにした群において、触弁別平均時間に有意差が見られた。(t=5.25、df=4.1%水準で有意)前者の群の被験者は「点字触読能力」において「優」または「普通」と評定された者で、後者の群の被験者は「劣」、「不可」と評定された者である。

表2 触弁別テストの結果

図4 点字触読能力の高いグループの触弁別テストの平均所用時間

図5 点字触読能力の低いグループの触弁別テストの平均所用時間

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3.3 P300と触弁別テスト

 事象関連電位P300と触弁別テストの測定結果を分析すると、刺激強度の閾値が4mA以上である被験者NS、SH、MS、YIは、刺激強度が2.5mA〜4mAの範囲にある被験者の群と比較して、触弁別平均時間において触弁別に時間を要している。さらに臨床的な「点字触読能力」でも「劣」または「不可」と評定されている。事象関連電位P300の刺激強度が4mA以上の範囲にある人は、点字の触弁別が困難になってくると思われる。刺激強度が4mAあたりが、点字の触読が困難になるかどうかのクリティカル・ポイントになるのではないかと予想される。

 明確な事象関連電位P300が生起する刺激強度の絶対値については議論の余地があるとしても、事象関連電位と触弁別テストの優劣や臨床的な点字触読能力の間に関連があることがわかった。したがって、糖尿病による視覚障害者のリハビリテーションの初期評価においてP300が触弁別の有効な生理的な指標となりうることがわかった。

文献

1)平田幸正・繁田幸男・松岡健平(1991):糖尿病のマネージメント、医学書院.

2)Snyder,E.,Hillyard,S.and Galambods,R.(1980): Similarities and Differences among the P3 wave to detected signals in three modalities,Psychophysiology, 17, 112-122.

3)Satton,S., Braren,M.,Zubin,J.et al (1965): Evoked potencial correlated of stimulus uncertainty, Science, 150, 1187-1188.

4) Desmedt,J.E,Debecker,J. and Rpbertson,D.(1979):Serial perceptual an the neural basis of changes in event-related potencials componets and slow potencial shift,In Desmedt,J.E.(ed),Cognitive Componets in Cerebral Event-Relatd Potencials Selective Attention,Prog.Clin.Neurophysiol., 6, 52-79.

出典:第23回感覚代行シンポジウム発表論文集、pp.153-156、感覚代行研究会、1997年.


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