5.3 点字の将来


内容

  1. 点字の根本的な特徴
  2. コンピュータによる点字情報処理
  3. 今後の課題

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 この20年ほどの間、録音図書に比べて点字図書の利用が減り、点字離れがささやかれている。もし点字にメリットがないのであれば、現在の愛好者の愛玩物としての自然消滅を待ち、将来は、博物館に展示すればよいのである。しかしながら、もしメリットがあるのであれば、将来に向かって改善を続ける必要がある。そのような観点で、点字の将来を考えてみたい。

 

1.点字の根本的な特徴

(1)触読における線と点

 世界で最初の盲学校・パリ訓盲院では、今から165年前の1825年に、ルイ・ブライユが6点式の点字体系を考案する以前には、墨字をそのままの形で浮き出させた文字が教材として用いられていた。これは、墨字の曲線や直線あるいは点をそのまま押し出したもので、線文字と言える。その後、同じ線文字でも、点線文字の方が触覚に対する刺激が強く、読みやすいことが分かってきた。さらに、ルイ・ブライユの点字の考案以来、小数の点の組み合わせの方が、線文字より触読しやすいばかりではなく、簡単な器具を用いて自分で書けることも加わって、生徒に強く支持された。

 わが国でも様々な線文字が使われていたが、石川倉次による仮名文字体系の点字の考案とともに、実用としては用いられなくなった。最近の研究では、3ミリ間隔で縦に並んだ1列の点を五つまでは、同時に触知することはできるが、六つ以上の点の組み合わせは困難となることが分かった。その意味で、3点2列で6点や、4点2列で8点の点字体系は、触読上最も効率的であることが分かる。言い換えれば、線文字は触読の効率性において、点字に代わることはできないということである。

 ただ、線文字は、その一部が欠けたり隠されたりしても、残りの部分で推測できる。それに対して、点字は、リダンダンスィー(余裕性)がないから、1点でも違えば、その文字として読めないだけではなく、全く別の記号になってしまうので、極めて厳しい正確さが要求されるのである。

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(2)継時的な読み取りと点字の記号体系

 触覚系の読みでは、同時に5文字以上あれば、読みの速さがなんとか保てると言われるように一視野内に同時に多くの文字を見て読むのが特徴である。これに対して、文字の触読では、触覚系に継時的に入ってくる文字を次々に読み取るのである。厳密に言えば、同時には1列3点ずつの半マス分しか読み取れないのである。

 点字の記号体系は、このような点字触読の読み取り過程にふさわしいものとなっている。たとえば、数符や外字符で仮名文字・数字・アルファベットを、最初に区別するのを始めとして、濁点・半濁点・拗音点・特殊音点などの前置点は、事前に次にくる文字のモードを決めている。ルイ・ブライユや石川倉次が現代の階層システムの考えに合致する考案をしたのはすばらしいことである。今後、点字の記号類を追加していくときも、このような観点に立つことの必要性を、先達の知恵が教えてくれている。

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(3)コミュニケーションにおける効率性と共通性

 点字の読み書きの熟達者であれば、1分間に600マス以上の速さで音読ができ、1分間に350マス以上の速さでタイプ打ちができる。これらの速さは、健常者の墨字読み書きの速さに決して劣ってはいない。点字は、効率性の面では極めて優れている。

 これに対して点字を知らない人とのコミュニケーションの手段としては、問題点が指摘されてきた。ルイ・ブライユの考案後、約20年間もパリ訓盲院では公式の文字として認めなかった理由の最大のものは、墨字との共通性がないことであった。点字を知らない人にとっては、点字は、それを知っている人たちの仲間内の暗号にすぎない代用品の文字であるという意識が、常につきまとってきた。

 点字の効率性が厳然と存在しているにもかかわらず、あたかももぐら叩きのように、線文字の優位性が、たびたび各地で主張されては消えていったのもそのためである。最近のわが国でも、レーズライターの読み書きやオプタコン触読が、墨字を知るというメリット以上に、点字の不要論をも錯覚させたのも、読み書きにおける効率性よりも、墨字との共通性を重視したためなのであろう。

 ところが、最近、コンピュータによる点字と墨字との相互変換が可能になる情勢となったので、点字は、効率性に加えて、共通性でも優れた文字となりつつある。

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2.コンピュータによる点字情報処理

(1)点字入出力システム

 最近のコンピュータ技術は、ハードウェア、ソフトウェアともに、日進月歩である。それらがいかに優れたものであっても、マン・マシーン・インターフェイス(人間と機械のやりとり)ができなければ、宝の持ちぐされである。視覚系が使えない人の場合、入出力システムに工夫がいる。フル・キーボードをそのまま用いることもできるが、多くの場合、そのホーム・ポジションを、点字のキーに見立てて入力する方が使用しやすい。さらに、手指の操作に適した点字キーボードを用いる方が、もっと使いやすい。出力においても、ピン・ディスプレイで点字を即座に読み取ったり、点字プリンターで紙に打ち出してゆっくり読むこともできる。

 現在すでに欧米や日本で、これらの機能を持つ点字入出力システムがかなり開発されている。一方、音声出力のシステムも多く開発されている。点字出力と音声出力は、どちらが優れているかなどと二者択一の対象にすべきではない。近い将来、点字入出力と音声出力を組み合わせて、コンピュータの操作を容易にする総合的な入出力システムとして、「テン(点)デルとコエ(声)−デル」を開発する予定である。

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(2)点字情報処理のメリット

 従来、点字は、いったん書き終えると、加除訂正や割り付け、編集などが困難で、悔しさで点筆を握りしめたり、点字タイプライターに当たりたくもなり、やがてあきらめて、修正器や点消し器を使ったり、全部書き直したりしていた。ところが、コンピュータによる点字情報処理では、これらを苦もなくやってのける。このように点字原稿の作成やデータの複製などが容易になった。さらに、あんなにかさばって書庫の確保に苦慮したことが昔語りになりそうな情勢である。

 多くの情報を蓄え、必要な情報を即座に検索することも容易になった。また、フロッピーディスクの郵送やパソコン通信などで、情報の交換も簡単に速くできるようになった。まさに隔世の感がある。

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(3)点字と墨字との相互変換

 点字の最大の難点とされていた墨字との共通性が確保されようとしている。点字で入力し、加除訂正したデータ(いわば清書した点字原稿)を墨字に変換するワード・プロセッサ機能が多く開発されている。逆に、墨字で入力したり、墨字のデータとして蓄えられているものを仮名点字に変換することも可能となってきている。

 点字と1対1に対応するアルファベットで、しかも分かち書きされている欧米の墨字と点字の相互変換は、まったく問題がないと言える。これに対して、日本語の場合、多くは漢字仮名交じりで、しかも分かち書きされていない墨字と点字との相互変換は、かなり困難がある。

 そこで、仮名漢字変換方式のワード・プロセッサの場合、漢字と仮名のどちらを用いるかということと、同音異義語などで、どの漢字を選択するかが問題となる。将来は、仮名漢字変換の精度が高まるであろうが、現在では、音声出力や点字の漢字での確認が必要とされている。

 一方、漢字仮名交じり文のデータを、分かち書きされた仮名文字体系の点字を変換する場合も、最近その精度がかなり高まってきた。特に、漢字を仮名に変える精度はかなり高くなっているので、分かち書きについて、ある程度がまんすれば、情報内容の理解にはあまり支障がなくなりつつある。現在でも、辞書を用いた文章解析のソフトウェアを改良して、もっと精度を上げることができる。将来、文脈や意味を用いるシステムにでもなれば、その精度は飛躍的に上がるであろう。ただ、専門書の特殊な記号や図形などについては、かなり専門家の人手を必要とする時期が続くであろう。

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3.今後の課題

(1)点字表記法の触読性と共通性

 点字の表記法は、点字使用者にとって、「読みよく、書きよく、分かりよい」ものでなければならない。特に、点字の触読性に優れていなければならない。もう一つ重要なことは、点字と墨字との相互変換を考える場合、点字と墨字との対応関係を明確におくことが大切である。

 日本点字制定100周年の今年、日本点字委員会が行った見直し作業も、このような観点から検討したものである。

 外来語を表す特殊音については、国語審議会の報告に対応するよう努めたし、必要とされる点字記号の追加についても、触読性に抵触しない範囲で付け加えている。仮名遣いについても、助詞の「は・へ」を「ワ・エ」と発音どおり書くことと、ウ列とオ列の長音を長音符で書くことの2点を除けば、墨字の現代仮名遣いとまったく同じである。この点字の仮名遣いは、触読性を十分に満足させている。

 分かち書きについては、複合語内部の切れ続きと、複合動詞「・・・する」の切れ続きについて、できるだけ規則を単純化して、点字入門者の負担を軽くするように努めた。将来は、もっと単純化した分かりやすい点字記法が、点字関係者にも受け入れられる土壌が育つことを期待している。

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(2)正確な点字入力

 点字は、1点でも間違えれば別の記号になるので、きわめて厳密な正確さが要求されている。幸い点字情報処理の機能によって、加除訂正が今後もっと容易になるが、だからといって、いい加減に入力したのでは修正に時間がかかる。そこで、点字の表記法を正確に修得し、きちょうめんに入力し、ていねいに加除訂正する能力が求められている。

 特に、選挙の点字投票や役所の書類などで、コンピュータを用いた点字入出力システムが用いられるようになった場合、正確に点字入力しなければ、誤った別の記号のまま変換されてしまうので、点字を知らない相手に、無効とされるような事態が起こるのではないかと危惧している。

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(3)点字触読の速さと正確さ

 ピン・ディスプレイなどで、新聞などの大量の情報を即座に読むことができるようになるのもそう遠いことではない。その場合、必要な記事などを選び出す情報検索の重要性が問われてくる。それと同時に、ある程度の速さで点字を触読できないと対応がむずかしいであろう。もちろん、長編の小説を点字触読で楽しむ場合には、触読の速さは不可欠である。いずれにしても、速く読めるようになることが必要である。そのためには、入門期からの点字触読の指導が、適切に行われることが極めて重要である。

 私どもの研究で、読みの遅い初心者は、点字の6点からなる図形的なイメージにこだわることが分かった。例えば、「(メ)」の字を長方形、「(ユ)」の字を三角形、「 (ラ)」の字を斜線などと、面図形や斜線のイメージを持っている。これに対して、点字触読の遅い熟達者は、「(メ)」の字を縦線2本、「(ユ)」の字を横線と点、「(ラ)」の字を2点などとして、点や直線、特に縦線のイメージを持っていることが分かった。

 これは、熟達者になるほど、半マスずつ読み取る能力が高まっていると考えられる。そこで、入門期に、点字を面図形として教え込んでいた従来の指導法を改めて、半マスずつ読み取り、短期記憶の中でそれを合わせて文字として同定できる能力を修得させるのがよいのではないかと思われる。いずれにしても、できるだけ早期に、速く読み取ることができる熟達者の方略を身に付けさせることが必要ではなかろうか。また、速さとともに正確に意味を読み取ることが問われているのである。

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(4)日本語の読解力の向上

 日本語の意味を正確に読み取るには、単語や、単語の構成要素の意味を正確に理解しておくことが必要である。この場合、仮名文字体系の点字では、分かち書きや複合語内部の切れ目が、単語や、単語の構成要素の区切り目を明確にすることに、極めて大切な役割を果たしている。これらを手がかりに、意味のまとまりを即座に理解することが問われているのである。

 また、日本語の場合、漢字や漢語の知識が意味の理解に極めて大きな位置を占めている。その意味で、漢字の知識を学んでおくことは大いに役立つ。その場合、点字の漢字を一つの手がかりとすることも有効である。点字の漢字は、点字情報処理の手段としてよりも、今後は、日本語の理解により一層役立つようになるのではなかろうか。

 このほか、日本語の読解力を高めるためには、読み取った文字・単語・文節・文・パラグラフ・ストーリーなどを、自分の言葉で要約する力をつけておくことも必要である。また、推理小説などを読むときのように、読む前にその先を予測する力をつけておく必要がある。その場合、文脈や意味の連想、あるいは、文法的な関係などを手がかりとすることができる。

 いろいろ述べてきたが、要するに、点字は、墨字と同じく立派な文字であるから、それを用いて、文書処理(読み書き)の能力を豊かにし、教育や職業などの道具として、十分に活用できるようにしておくことが今後の課題なのである。

(日本障害者リハビリテーション協会「障害者の福祉」10(8)、1990)

 

出典:「教師教育教材 特殊教育 −点字で学ぶ−」、pp.31-34、1991年3月.


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