4.4 視覚障害情報処理技術(1987〜1998年)


内容

  1. 視覚障害情報処理技術(1987年)
  2. 視覚障害情報処理技術(1988年)
  3. 視覚障害情報処理技術(1989年)
  4. 視覚障害情報処理技術(1990年)
  5. 視覚障害情報処理技術(1991年)
  6. 視覚障害情報処理技術(1992年)
  7. 視覚障害情報処理技術(1993年)
  8. 視覚障害情報処理技術(1994年)
  9. 視覚障害情報処理技術(1995年)
  10. 視覚障害情報処理技術(1996年)
  11. 視覚障害情報処理技術(1997年)
  12. 視覚障害情報処理技術(1998年)

目次に戻る


視覚障害情報処理技術(1987年)

1.1987年の特徴と今年の課題

 パソコンによる日本語処理技術の進展と普及は日進月歩である。それを受けて、視覚障害の世界でも、1986年までにワードプロセッサの開発が行われたことは、昨年の本誌3月号ですでに紹介した。視覚障害者自身が、かな文字体系の点字か点字の漢字で入力して漢字かな交じり文を書き、音声か点字の漢字で確認や修正ができるようになっていた。昨1987年には、これらの点字ワープロや音声ワープロの機能はさらに高まった。

 しかしながら、昨年の特徴の第1は、漢字かな交じり文のデータを、視覚障害者がいろいろな形で読み取ることができるようになったことである。まだコード化(符号化)されたデータに限られるけれども、漢字かな交じり文の「書き」に加えて、「読み」も実用の段階になったことである。六点漢字や8点の漢点字への変換が実用的になったのは、プログラムの開発に加えてJIS-C6226コードに対応する点字の体系と整備と、点字プリンタの普及が貢献していると思われる。一方、これらの点字の漢字への変換と並んで、ボランティアが、分かち書きされたかな文字かローマ字で入力する点訳システムも各種開発され、実際の点訳活動も開始されている。ただ、漢字かな交じり文のデータを、分かち書きされたかな文字体系の点字に自動的に点訳することはもう少し先の課題である。これらと関連して、昨年TSIのバーサポイントが国内で購入できるようになったが、その卓越した機能に刺激されて、国産の点字プリンタの改良と低価格化が今年中に進むかもしれない。

 漢字かな交じり文のデータを音声で読みあげるシステムも各所で開発された。その多くは、1文字ずつ音声に変換するものであるが、日本語の場合、それでもなんとか聞き取れる。文章解析を伴う本格的な音声合成のシステムは、NTTをはじめとして多くのメーカーで開発を手がけているので、入手可能な価格の優れた機能のシステムの発売競争を期待したいものである。

 漢字かな交じり文のデータを弱視者用に拡大して、CRT画面に提示するシステムも、昨年までにいくつか開発された。拡大率だけではなく、カーソルやウインドの扱いなどかなり改善されている。今年あたりは、画面による反射の抑制やコントラストの強化など、CRT自体の改良も期待される。また、拡大率だけではなく、弱視者に見やすいように文字を加工して提示するシステムなどの開発も期待したいものである。

 以上述べてきた各種の機能を一つのシステムの中に総合しようとする傾向も強くなってきた。一つひとつの機能が完成する度に、それを加えて総合システムのヴァージョン・アップが図られている。一方総合システムの一種であるペーパレス・ブレイルも、試作研究が進められているが、昨年中に実用化の段階に達することはできなかった。最大のネックは、点字ディスプレイの開発にあるようである。国産の開発が難航している間に、TSIのバーサブレイルTMII+が国内で購入できるようになった。以前のバーサブレイルに比べてはるかに優れた機能を持ち、価格も120万円になった。これは、点字の読み書きや英・数字の相互変換では問題がないが、まだ日本語の墨字との相互変換ができない。今後は、漢字かな交じり文のデータとの相互変換ができるペーパレス・ブレイルの開発が期待される。

 

 昨年は文書処理だけでなく、図形処理についても実用的な開発がいくつか行われた。グラフィック機能の優れているパソコンの画面上で、弱視者に見やすいように作図してプリンタで打ち出すことは容易にできる。また、触図の原型を作り、点字を加えて、立体コピーの用紙にプリントして発泡させることにより、触図の作成は極めて容易にできるようになった。今年は点字プリンタで触図を打ち出すことが実用化されるであろう。しかしながら、全盲者が自分自身で修正しながら作図し、点字プリンタや一般のプリンタで自由に打ち出せるようになるのは、まだ先のようである。

 その他に、パソコンの活用範囲が大きく広がったのも昨年の特徴である。ゲームに加えて、仕事や学習にパソコンを活用する視覚障害者もふえてきた。かな文字体系の点字で作成したファイルの活用だけではなく、点字の漢字と漢字かな交じり文のデータとの相互変換が実用化されたのに伴って、一般のファイルの活用も行われるようになった。音声出力システムの普及も大きく貢献している。さらにパソコン通信も普及しはじめている。ワードプロセッサとしてだけでなく、これらの広い範囲でのパソコンの活用は、今年もっと広がっていくことであろう。

 ここに、1987年の概括的な特徴と1988年の課題を採りあげた。次に昨1987年の国内の状況を、テーマごとに長岡、藤芳、石田が採りあげる。また、海外の状況については、ニューヨーク大学に留学している小田の寄稿を掲載する。

出典:「視覚障害」No.94、pp.49-51、1988年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1988年)

1.1998年の特徴と1989年の課題

 本誌の3月号に、「視覚障害情報処理技術」の年報を掲載し始めてから今回は5年目になる。最初の3年間は、いわゆる「点字ワープロ」の開発が話題の中心であった。4年目に当たる1987年は、仮名・点字変換による点字出力や文字レベルでの音声出力が活用され始めた年でもあった。

 今回採り上げる1988年では、文字レベルでの音声出力のソフトウェアの充実の結果、パソコン通信の普及やMS-DOS上のアプリケーション・ソフトの活用が著しく進んだことが目立つ。また、仮名文字や点字で、分かち書きして入力する点訳ソフトの充実の結果、パソコンによる点訳グループの拡充や、IBM「てんやく広場」の結成が行われ、点訳方法に転機がもたらされた。さらに、これらの音声出力や点訳ソフトなどを活用して、名簿や会計簿の管理をはじめ、職業や教育あるいはゲームなど多様な用途にパソコンが活用されるようになった。

 ところで、1988年で最も画期的なことは、比較的音質の良い音声合成機が数社によって開発されたこととともに、数万語以上の国語辞書を内蔵して、文章解析を伴う音声出力のソフトウェアの開発である。中でも、「音次郎」や「談話」などのソフトウェアは、かなり明瞭な音声を発生することができる。OCRの精度が増してくれば、これらと組み合わせて、日本語の「音声読書機」として、印刷物を自動的に読み上げるシステムを構成することができるであろう。

 このような印刷物を自動的に読み上げるシステムは、通産省工業技術院の資金ですでに試作が完成し、8月に公表された。医療福祉機器研究所の「盲人用読書機」の開発がそれである。これは、文庫本をセットすると、ページを自動的にめくりながら、1秒間に5音節の速さで自然に近い音声で読み上げ、必要に応じて、高速・低速・戻し・先送り、単語読みなどに切り換えることができるシステムである。1台1,500万円というのはいかにも高価である。今後の課題として、文字列をJIS C6226コードに変換するOCRの機能と、文章解析を伴った音声出力の機能に分け、パソコンの入出力端末と、一連のソフトウェアとして安価に供給してもらいたいものである。「音次郎」や「談話」あるいは「盲人用読書機」などのように、数万語以上の辞書を用いた文章解析を伴った音声出力が実用化の段階に達すると、漢字仮名まじり文のデータを自動的に分かち書きして仮名文字の点字に変換する自動点訳のソフトウェアの実用化も目前に迫ってきた。ここ1、2年の課題として、その実現を期待したいものである。ただ、現在の点字分かち書きの規則に例外が多く、点字使用者や点訳奉仕者を悩ましている現状が、自動点訳の開発にブレーキをかけることが懸念される。

 コンピュータは、盲人の職業・教育・文化などにとって極めて有力な手段となり得る。しかしながら、音声や点字などを介して、コンピュータとのやり取りができなければ、逆に、一般健常者との間に社会的不利をいっそう増大させてしまう。それは何としても避けなければならない。その意味で、アメリカ政府が1988年10月から施行に移したリハビリテーション法508条の「電子機器アクセシビリティ」と、それに基づく「指針」は極めて卓越したものである。その内容は、連邦政府が電子事務機器を購入したり、リースしたりする際には、障害者も健常者も同等に使えるようにしなければならないというのである。そのためには、機器の改良や補助機器の活用ができるようにしなければ電子事務機器自体の納入もできないのである。同等にアクセスできるということについて、「指針」の基本方針では、次のようにまとめている。

(1)障害ユーザーが、他の健常ユーザーと同じデータベースおよび応用プログラムをアクセスでき、かつ使用できるよう保証すること。

(2)障害ユーザーが、他の健常ユーザーと同じ最終結果を得られるようなデータ取り扱いと、それに関連する情報資源の支援が受けられるよう保証すること。

(3)電子事務機器が通信システムの一部となっているときは、障害ユーザーが各自の障害に応じた形で、メッセージの送受信ができ、しかも、そのシステムに属するユーザーとの通信ができるよう保証すること。

 アメリカでこのようなことが実現するまでには、長年にわたる関係者の努力が積み上げられているのである。音声や点字の入出力端末や関連ソフトウェアの開発精神として、一般の機器やソフトウェアでそのまま使えるものはできる限り共通として、どうしても特別に備えなければならないものだけを補助支援システムとしてコンパクトに作り、しかも、できるだけハードウェアよりもソフトウェアで解決しようとしてきているのである。そのため、電子事務機器の納入に際して、大手のメーカーの製品だけではなく、それまで開発された補助支援システムを付加しても良いことになっている。その意味で、長年の蓄積は活かされているのである。また、法の制定や「指針」の作成に際しても、障害者、官庁、産業界などの代表が協議を重ねて制定しているのである。

 この「指針」は、「障害者の情報社会への参加」と題して訳され、関係者に大きなインパクトを与えている。通産省でも、わが国の取り扱いについて検討を開始し始めている。「トロン・システム」の開発に対して、視覚障害関係者の有志が、キーボードとコード体系について要望を行なった。日本の優れた電子機器メーカーも、単にアメリカ政府に機器を納入するための対策だけにとどまらず、日本の障害者ユーザー、ひいては世界中の障害者ユーザーのために、アクセシビリティの高いシステムの開発を基本設計の段階から考慮するように期待したいものである。

出典:「視覚障害」No.100、pp.71-74、1989年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1989年)

1.1989年の特徴と1990年の課題

 1989年におけるハードウェアでの最も大きな話題は、外国から優れた2機種が輸入されたことである。アメリカで開発された「パーソナルリーダー」は、印刷された英文字を99パーセント程度の正確さで読み取り、ニューヨーカーによく似た流暢な合成音声で読み上げる。このような優れたシステムは、わが国の関係者や開発担当の技術者に大きなインパクトを与えた。もうひとつは、オーストラリアから輸入された「ユリーカA4」である。点字毎日と同じA4判の大きさで、1.6kgと軽く、持ち運びに便利なラップトップコンピュータで、多くの優れた機能をもっている。日本のユーザーの希望に応えて、わずか半年で日本語と英語の両方が使えるものに改良したのには、感心させられた。点字で入力して音声で確認することによってさまざまな点字情報処理ができる。ただ、漢字かな交じりの文や点字で出力するためには、別なコンピュータに送って、かな文字のデータを変換することが必要である。

 ソフトウェアでの大きな話題は、漢字かな交じり文から分かち書きされたかな文字体系の点字に、自動的に点訳するソフトがふたつ開発されたことである。それらは、言語工学研究所の「がってんだ」と、福祉システム研究会の「80点」である。昨年、数万語の辞書と文章解析を用いた音声出力が完成されてきたので、自動点訳はもうそこまで来ていると述べたが、それを実現するまでには、それなりの苦労があったようだ。今後、分かち書きの精度がもっと上がることを期待している。今まで述べてきた外国製の2機種と、ふたつの自動点訳のソフトについては、今月号の特集で取り扱っているので、ぜひお読み頂きたい。

 1989年の特徴の一つは、盲学校や社会福祉施設で、パーソナルコンピュータが普通に用いられるようになったことである。これまでは特別の人が用いるものと考えられがちであったが、このところ、それらを使えない人の方が肩身の狭い思いをするようにさえなっている。そればかりではなく、盲学校では、CAIなどのソフトが開発されて、教育の手段として用いられ始めている。また、リハビリテーションセンターの生活訓練内容としても、コンピュータの利用技術が組み込まれ始めている。一方、一般のマスコミも、身体障害者のコンピュータ利用について、しばしば取り上げるようになってきた。さらに、コンピュータ関係の専門雑誌などでも、連載ものとして、これらの問題を取り上げているのも特徴的である。これらは、昨年取り上げたアメリカのリハビリテーション法508条の影響の一つであると考えることもできる。さらに、年末に向かって、来年度の予算や大手の企業などが身体障害者の情報処理関係に多額の出費を計画しているようである。これらも、リハビリテーション法508条の影響と、マスコミ報道の成果ではないかと思われる。これが、1990年の発展のきっかけになることを期待している。

 1990年の課題の第1は、ピンディスプレイの発売である。国産のKGS製の「JCOM」とアメリカのTSI製の「ナビゲータ」が今年中に発売される予定になっている。これによって、自動点訳されたかな文字体系の点字を読んだり、国語や英語の辞書を検索しながら読んだり、自分で書いた文章を確認することができるようになると期待している。むかし、「テンデルとコエーデル」と名付けて、点字の入出力と音声出力ができるワークステーションを夢見たことがあった。これまでに開発された点字キーボード、点字ディスプレイ、音声ボードなどのハードウェアと、変換や編集あるいは検索などのソフトウェアなどを組み合わせて、総合的なシステムを開発することが現実の課題となってきている。この2・3年パソコン通信やフロッピーによる情報の交換が盛んに行われ始めている。このような時代に、「ペーパーレス」の情報交換に耐える入出力端末が大いに期待されるのである。

 次に、すでに発売されている「バーサポイント」に続いて、図形を打ち出すことができる国産のプリンタの発売が期待されている。今年の課題は、これらのプリンタを用いて図形を簡単に描くことができるソフトウェアの開発である。さらに、色を識別してそれを音声で知らせるシステムの発売も期待されている。昨年開発された国産のものに加えて、オーストラリアのロボトロン社から、ユリーカA4の追加機能として色の識別ができるハードソフトが供給される予定である。その他、日本語の漢字かな交じり文を読み取るOCRの開発が、大手のメーカーで競争されているが、相当精度の高いものが発売されることが期待される。ただ、これらは、まだ高価なものとして留まるのではないかと思われる。できるだけ安価で精度の高いものを入手できれば、文書処理の問題点の解決に果たす役割は大きい。

 1990年は、日本の点字制定100周年である。100年前の石川倉次の功績をわれわれが讃えるように、100年後の視覚障害者が、100年前の今年の成果を讃えることができるような、すばらしい成果を実現したいものである。また、今年は国際識字年でもある。識字率が極めて高いわが国においては、障害者の識字率を高めることが大きな課題ではあるまいか。その意味で、コンピュータを用いた優れた文書処理のシステムが開発され、それが広く用いられて、教育や職業あるいは日常生活の向上に役立つことができれば幸いである。今年は、画期的な年になりそうな予感がしてならない。

出典:「視覚障害」No.106、pp.60-62、1990年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1990年)

1. 1990年の特徴と1991年の課題

 1990年は、日本の点字制定100周年に当たり、様々な記念事業が行われた年であった。この記念すべき年の最もふさわしい話題は、待望久しかった点字ピンディスプレイの発売である。アメリカのTSI製のナビゲータの輸入に続いて、ケージーエス社が開発した国産のブレールノートが発売された。これらを用いてデータを即時に点字で読み取ることができるようになり、多くのシステムへの応用が始まっている。すでに活用されている点字キーボードや点字プリンタあるいは音声出力システムとともに、盲人にとって必要な入出力端末が一通りそろったことになる。

 一方、1990年は、国際識字年(International literacy year)でもあった。日本語の「識字」(字を知る)は、日常生活上の文字の読み書きを意味し、ユネスコの提唱するリテラシーに狭い意味で対応している。ところが、ユネスコでは、コンピュータ・リテラシー(コンピュータ利用技術)のような多様な形での読み・書き・計算の能力をも、広い意味でのリテラシーの中に含んである。識字率が100パーセントに近いわが国における視覚障害者にとって、コンピュータを活用して読み、書き、計算ができるということは、コミュニケーションにおけるハンディキャップを克服するために極めて重要なことである。その意味で、通産省が「情報処理機器アクセシビリティ指針」を、1990年6月に公表したことは、国際識字年にふさわしい快挙であった。

 この指針は、パーソナル・コンピュータやワークステーションなどキーボードを有する情報機器を対象として、高齢者や身体障害者にも操作がしやすい情報処理機器はいかにあるべきかのガイドラインである。1988年10月から施行されたアメリカのリハビリテーション法508条の「電子機器アクセシビリティ」とそれに基づく「指針」は、一昨年この欄で紹介したように、連邦政府が電子事務機器を購入またはリースする場合には、障害者も健常者も同等に使えるようにしなければならないという法律であった。これに対して「情報処理機器アクセシビリティ指針」は、通産省の機械情報産業局が設置した「障害者等対応情報機器開発・普及推進委員会」がまとめた勧告である。その意味で、強制力はないが、メーカーに対する「行政指導」のより所とはなり得るものである。今後、税制の優遇措置などをも含めて、生産の基本設計の段階から配慮されるような対策を政府とメーカーの両方に期待したいものである。

 この内容は、「基本方針」と「仕様」から成っている。「基本方針」は次の通りである。

 「この指針は、多くの障害者が可能な限り多くの利益を早いうちに享受することが出来るようにするため、次の考え方に立脚して策定するものである。即ち、

(a) 実現性重視:比較的短期に開発が可能なもの等実現性の高いものを優先する。

 例えば、音声認識技術のように要望は高いが発展途上段階にある技術や、画面内容出力機能のように規格化を要するものについては、その技術開発が終了近くなるか、規格化が行われた時点で検討の対象とする。OSの規格化とかフロッピィの標準化などのより広い関係分野での合意が必要なものは、対象に含めない。

(b) 全障害に対する配慮:障害の程度、種類によって各々要求が異なり、一部には細かい要求があるが、ここでは公平を確保するため要求の普遍性を重視する。

(c) 開かれたシステムへの配慮:市販の情報処理機器に対する脱着の容易性を重視する。これはごく限定された用途の製品を否定しているものではない。なるべく多くの人々が使えるようにするには、開かれたシステムの方が望ましいと判断し、これを優先する。

 個々の指針については、このような考え方によって選定されたものであるが、今回においてはそれが多岐、多項目にわたることから更に必要度、実現性の観点から、(1)【必須機能】、(2)【重要機能】、(3)【推奨機能】と3段階に分類した。(1)は情報処理機器として不可欠な機能であって、使用対象者は多いものと考えられる。(2)は教育・娯楽などに必要な機能であり、重度の人でも使えるようにするため、やや対応が難しい。(3)は望ましい機能であるが、実現する上でやや問題が残っている。

 実現の可能性が高いものを重視する姿勢は、なるべく多くの人に役立つという基本方針と矛盾しない。この指針を速やかに普及させるためには実現しやすいものから行うという現実的な発想が重要である。」

 このような「基本方針」に基づいて、具体的な「仕様」がまとめられているが、肢体不自由者とともに、視覚障害者への配慮が目立つ。中でも、キーボード接続インターフェース公開(1-6)、画面の拡大表示機能(2-1)、画面表示文字の音声化機能(2-2)、などが必須機能になっていることは、高く評価できる。しかしながら、点字プリンタや点字ディスプレイなどを用いた表示中の画面情報出力機能(2-3)が、重要機能に1段階下げてあることと、点字キーボードなどの代替入出力装置について(4-1)を推奨機能として2段階下げてあることは、極めて残念で、九仞の功を一簣に欠く感がある。今後、点字に対する評価と点字入出力機器の開発の現状を再認識して改善に取り組んでもらいたいものである。

 とはいえ、このような形で、「情報処理機器アクセシビリティ指針」を通産省が公表したことは、日本の現状に対応する適切な措置であると思う。強制されるのではなく、メーカーがその趣旨を充分に理解して、自主的に改善していくことを期待したいのである。その意味で、10月に東京の晴海で開かれたデータショーで、障害者向けの情報処理機器の展示コーナーが初めて設けられ、大メーカーが競って出品したことは、「アクセシビリティ指針」のひとつの成果として充分に評価できるものであった。十数社の出品のうち、圧倒的に多かったのは視覚障害者向けの情報処理機器であった。中でも、音声出力を組み込んだシステムが多かったが、日本IBMと、日本電気が、点字ピンディスプレイを組み込んだシステムを出品して注目をひいていた。

 1990年におけるもうひとつの話題は、辞書検索システムの開発である。データショーに出品されたIBMの「点字国語辞書検索システム」のほかに、AOKの国語辞書システムがある。また、漢点字でしか出力できないが、CD-ROM化された「広辞苑」の検索システムも開発されている。これらのほかに、現在、英和辞典の検索システムを目指して、2種類のデータの打ちこみが行われている。その他の話題として、「がってんだ」のバージョンアップや、弱視者用拡大表示のソフトウェアのバージョンアップなど、改良・充実が進んでいることが取り上げられる。

 1991年の課題として最も期待されるのは、データショーに試作品が出品された「テンデルとコエーデル」の実用化である。これは、ユーザーなどで構成する「視覚障害者用入出力システム開発委員会」、日本電気、ケージーエスの3者で共同開発を行っている視覚障害者用の総合的な情報処理システムである。点字キーボードと点字ピンディスプレイ、それに音声出力を組み込んで、パソコンと組み合わせ、ワードプロセッサ機能、データ読み上げ機能、コンピュータのターミナル機能を持たせようというものである。

 その他に多くの分野でバージョンアップが期待される。また、色識別のシステムや点字図形打ち出しのためのソフトウェアの開発も期待したいものである。さらに、新聞データなどの検索・読み取りのシステムなどについても問題となるであろう。いずれにしても、情報処理機器の開発や普及などを見通して、基本的に何をしておかなければならないかが問われる年でもあると言うことができるのである。

出典:「視覚障害」No.112、pp.32-36、1991年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1991年)

1.1991年の特徴と1992年の課題

 毎年秋に東京の晴海で開かれるデータショーに最新の情報処理機器が展示され、世界中の注目を集めている。晴海の広い敷地内にある複数の会場に、所狭しとばかりに先端機器が展示されている様子は壮観である。1日ではとても回り切れないほどの数々の新製品の展示を前にして、技術大国日本の各メーカーのパワーに毎年圧倒される思いである。

 このような一般機器と分けて、ひとつの建物の中に障害者を考慮して開発された情報処理機器の特別展示が今年も行なわれた。この特別展示は、1990年6月に通産省・機械情報産業局の障害者等対応情報機器開発・普及推進委員会が勧告した「障害者と高齢者のための情報処理機器アクセシビリティ指針」に対応する機器を1カ所に集めて展示することが1990年に初めて行なわれた。(本誌昨年3月号参照)

 第1回目は、視覚障害者向けに音声出力を備えた情報処理機器の展示が目立っていたが、第2回目に当たる今回は肢体不自由者向けや聴覚障害者向けの機器も増えていた。中でも、視覚障害者向けのシステムは充実し、点字入出力と音声出力を兼ね備えた機器および辞書検索システムが目立った。この特別展示に1991年の特徴が集約されていたので紹介する。

 最も人気を集めていたのは「ブレイルパートナー」であった。これは昨年本誌3月号に1991年の課題として取り上げた「テンデルとコエーデル」の商品名である。ユーザーの基本使用を踏まえて日本電気とケージーエスが共同開発したものである。点字キーボードと点字ディスプレイおよび音声出力装置が電源とともに比較的コンパクトにまとめられ、インテリジェンスな機能は本体のPCノートとソフトウェアに任せてある。そこで、インターフェースボードを取り換えれば将来PCノート以外の機器とも接続できるようになっている。現在までに開発されたソフトウェアでは、読書機能、CD-ROM検索機能、パソコン通信機能のメニューが選べるようになっている。今後ワープロソフトとMS-DOSがそのまま走るソフトの開発が予定されている。本機は、本体を触らずに点字キーボードだけでシステムを稼働できることと、点字と音声で同時に、またはどちらかで確認できること、およびNECの全国支店網などでメンテナンスが可能なことなども従来にない特徴である。

 日本アイ・ビー・エムの英和中辞典検索システムはきわめて優れていた。見出し語を点字で入力したのちに、カーソルを操作しながら点字で読み進めるだけではなく、品詞や熟語の変わり目まで飛んだり、途中で関連語や派生語を調べてまた元に戻れるようになっている。点字使用者の使いやすさと必要性によく応えているシステムである。このシステムは、小学生のための国語辞典検索システムを寄贈した全国の盲学校40校に追加寄贈されるとともに、盲学生10人に貸し出し、商品としても売り出す予定である。

 今回の特別展示の共通テーマとして、辞書検索システムが申し合わされていたせいか、多くの大手メーカーの出品がみられた。NECの「ブレイルパートナー」に内蔵されているCD-ROM検索システムと日本アイ・ビー・エムの英和中辞典検索システムのほかに、特に目立ったのは富士通の「FMTALKII」である。FMTALKのヴァージョンアップを図ったうえで、広辞苑、医学大辞典、英和・和英辞典などの市販されているCD-ROM辞書が検索でき、比較的滑らかな音声で聞き取ることができる。その他にも、東芝、三洋、日立などの大手メーカーも音声による辞書検索システムを参考出品していた。

 これらの大手コンピュータ・メーカーに交じって、東洋ハイブリッドの点字プリンタが注目を集めていた。東洋ハイブリッドからは、点字入出力と音声出力を備えた点字ワープロも出品されていたが、「ブレイルパートナー」ほどの注目をひいてはいなかった。しかしながら、点字プリンタのほうは人気を呼んでいた。1ページ30秒と比較的速い印字速度にもかかわらず、きわめて静かである。比較的多くの機能を持ちながらコンパクトにまとめられ、価格も従来のものに比べて安価である。

 ここにユーザー側の立場で紹介した4種類のシステムは、本号の特集に採り上げられ、開発・製作者の立場から紹介されている。それらと対比して読み合わせていただければ幸いである。

 このような1991年の特徴を一言で言えば、大手のコンピュータ・メーカーがユーザーの使いやすさを考慮しながら開発・製作に乗り出し、その一部を実現させた飛躍の年であるということができる。その背景として、第1の要因に挙げられるのは、通産省の「障害者と高齢者のための情報処理機器アクセシビリティ指針」と、それに基づく通産省の前向きの姿勢および電子協に加盟する大手コンピュータ・メーカーの意識の変化であると言える。第2の要因としては、すでに1991年までに蓄積されてきた関連技術の基礎があったからこそということができる。すなわち、音声出力、点字キーボードに続いて待望久しかった点字ディスプレイの実用化がなされ、関連ソフトウェアとともに必要な技術の基礎が確立していたからである。このように技術革新は、多くの年月にわたる蓄積のうえに成り立つのである。その意味で、1991年に飛躍したシステムを踏まえて、今後さらに開発が促進され、ユーザーが使いやすいシステムが充実されていくことを願っている。

 1992年は国連の障害者の10年の最終年に当たる。この後半5年間の行動計画の中に、障害者に対する情報提供の充実ということがあるので、その観点から1992年の課題を述べることとする。3年前から日本アイ・ビー・エムの主催による「てんやく広場」の全国ネットワークが成立し、多大の成果をもたらしている。ただ、本年からこれの自立的な運営を巡って、多くの議論が行われるであろう。公的援助も含めて、望ましい解決策が期待される。また、厚生省による「点字即時情報ネットワーク事業」については、現状のシステムが中途半端で、エンドユーザーまでサービスが即時に届かないという批判が強い。エンドユーザー一人ひとりが、検索しながら点字即時情報にアクセスできるシステムへの発展が期待される。さらに本年から始まる文部省の「盲学校点字情報ネットワークシステム」が、多様な点字教材を全国の盲学校の共有財産として、いつでも活用できるように整備することが期待されている。

出典:「視覚障害」No.118、pp.35-38、1992年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1992年)

1.1992年の特徴と1993年の課題

 従来、視覚障害者の情報処理システムは、特定の人々のためのマイナーな存在として位置付けられ、一般の社会的評価は低かった。その意味で、1992年の通産省「グッドデザイン(Gマーク)商品選定」で、ケージーエス社のブレールノート20A、40A、40Bの点字ピンディスプレイ3機種が選ばれたことは画期的なことであった。

 中でも、ブレールノート20Aと40Aの2機種は、「グッドデザイン・インタフェイス賞」に輝いた。この賞は、操作性・快適性の観点で、ユーザーと商品の間に高度なインタフェイスを実現した商品に送られるもので、「柔らかさをイメージしたデザインで、小型・軽量・低価格なうえ、電子機器に求められるインタフェイスをも高度に実現した」と高く評価された。

 また、これらとは別に、ソフトウェアの部門でも、BASEがフリーウェア大賞(社会部門)を受け、VDMとAOKがソフトウェア・プロダクツ・オブ・ザ・イアー(福祉部門)に選ばれた。このように、ハードウェア3機種とソフトウェア3点が社会的に高く評価されたことは、1992年の最大の特徴であると言える。

 パソコンの画面表示を音声や拡大文字で確認するシステムは、かなり活用されるようになっているが、1992年の「データショー」に、パソコンの画面表示を点字ピンディスプレイで確認するシステムが3点出品されて注目を集めた。その第1は、富士通がFMTALKIIとFMBRAILLEおよびケージーエスのブレールノート40Aを組み合わせたシステムで、漢字仮名交じり文のデータを仮名文字体系の点字で出力するものである。その第2は、日本電気のブレールパートナーで、昨年も出品され期待を集めただけにソフトウェアの一層の充実が求められていた。その第3は、日本アイ・ビー・エムがTSIのナビゲーターと組み合わせたシステムを参考出品したものであった。

 このように本格的な点字ピンディスプレイを組み込んだ総合的な視覚障害者用システムが充実してきた中で、簡単で安価なシステムも開発されてきている。TSIのブレールメイトは、小型軽量で、一マスだけの点字ピンディスプレイで確認もできるが、基本的には点字で入力し音声で確認するシステムである。一方、京都の中小企業協同組合「けんぶんろん」が開発したシステムも点字で入力し音声で確認しながら文書作成と点字データの読み上げを行なうもので、20万円以下の低価格を実現しようとしている。また、高知システム開発では、AOKノートを開発し、その中に点字文章の処理を行なう「仮名点字モード」を加えた。このような点字で入力し、音声で確認する小型のシステムの開発は、「ユーリカA4」の普及に刺激されているのかもしれない。

 1992年の特徴の一つとして、電子ブックの活用が視覚障害者の間にも行なわれ始めたということがある。ソニーのDD-DR1や各種のCD-ROMドライバーを用いて、8センチや12センチのCD-ROMに蓄えられた電子辞書を始めとする電子ブックが読まれるようになった。特に、百科事典のような膨大なデータを自分で検索できるようになったことは、視覚障害者の教育・職業・社会生活にとって画期的な福音をもたらしたことになる。今後、文庫本程度のデータについては、フロッピーディスクで供給されることが大いに期待される。

 次に、1992年に開発に着手され、1993年に実現が期待されるものについて採り上げることとする。最近「てんやく広場」、「盲学校点字情報ネット」、「点字即時情報ネットワーク」・・・・・・などとパソコン通信による点字データの提供が盛んになった。さらに、パソコン点訳や自動点訳などに伴って、点字プリンタの使用頻度が急激に増した。そのため、正確で高速、しかも静かで安価な点字プリンタの出現が望まれるようになってきている。そのような情勢の中で、ヨーロッパ製のシリアルプリンタやらインプリンタの輸入が話題になっている。一方、ジェイ・ティー・アールのラインプリンタの開発と東洋ハイブリッドの両面印刷を1ページ35秒程度で実現できる点字プリンタの開発が注目される。これらが、従来活用されてきたジェイ・ティー・アールのNEW721、東洋ハイブリッドのTP-32、TSIのバーサポイントなどとともに、点字プリンタの競争、選択時代になるであろう。

 点字タイプライタなどで書いた点字を読み取って、データ化することも20年前から考えられてきた。点字複製装置として開発された「ブレールマスター」は盲学校などで10年程度使われ、点字情報処理機器として活用されてきた。この「ブレールマスター」の後継機として、松下電気がビジネスショーに出品したシステムが話題を呼んだ。

 また、日本ユニシスが地方公共団体OAフェアに出品したコンパクトな点字読み取り装置も話題を提供した。これらの点字読み取り装置は、視覚障害者の関係施設などで活用されるよりは、地方公共団体などの窓口で、点字文書の処理に関係して活用される可能性が高い。その場合、点字使用者が正確な点字を書くことがもっと強く要求されるようになるであろう。

 パソコン点訳、自動点訳、CD-ROMやフロッピーディスクなどの電子ブックなどが普及するにつれ、点字入力が多様化してきた。中でも、紙に印刷された漢字仮名交じり文を自動的に読み取れないかという期待が高まっている。一般のOA機器として開発が行なわれているOCRが活用されるのではないかという期待である。横浜市盲の教員と拓殖大学の研究者とが共同で開発した朗読システム「達訓」は、大きな期待を集めた。読み取り精度を上げることと、図表などの切り出しが今後の課題として残されているが、その他にもこの種の研究開発が進められているので、これらの成果が期待される。

 今まで文書処理に関する情報処理技術について述べてきたが、歩行に関するものでも、注目される研究が行なわれている。近畿電気通信管理局を中心に、大学や企業と共同研究しているIRISシステムがそれである。歩道の地下に電線を埋設し、歩行者がFM受信機でその場の音声情報を聞き取るというシステムである。横断歩道やバス停あるいは建物の名称など、必要な情報を得ながら歩くことができれば、視覚障害者の安全歩行に強力な支援を提供することが期待される。

出典:「視覚障害」No.124、pp.34-37、1993年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1993年)

1.1993年の特徴と1994年の課題

 1993年は、“共に生きる社会”の実現に向かって画期的な年であった。4月には普通学級に在籍する障害児を支援する通級制度が開始された。8月には障害学生高等教育国際会議が早稲田大学で行なわれた(本誌128号)。10月には高齢者も障害者も共に生きる社会の実現を目指してE&Cのシンポジウムと展示会が大きな反響を呼んだ(本誌129号)。11月には「障害者基本法」が満場一致で国会を通過した。また、12月20日の国連総会で、Standard Rules on the Equalization of Opportunities for Persons with Disabilities(障害者の機会均等化に関する標準規則)が採択された。

 この標準規則は、「障害者に関する世界行動計画」(1982年)に続いて実施された「国際障害者の十年」の中間年に機会均等化の達成が不十分であると指摘されたことを受けて、各国政府に勧告するために作成されたもので、前文と22の規則から成っている。条約のような強制力はないが、各国の施策に大きなインパクトを与えるものと思われる。「規則4:支援サービス」では、障害者に日常生活における自立のレベルを高め権利を行使するために、補助具・機器・人的サービスを行なうべきであると政府に求めている。「規則5:アクセシビリティ」では、「政府は社会の全ての領域での機会均等化の過程でアクセシビリティの総合的な重要性を認識すべきである。どのような種別の障害を持つ人に対しても、政府は(a)物理的環境を障害を持つ人が利用できるようにする行動計画を開始すべきであり、(b)情報とコミュニケーションへのアクセスを提供するための方策を開始すべきである。」と規定している。

 これは、視覚障害情報処理技術の開発にとっても関連が深いので、その規制に付属する小項目の一部を引用する。

 「6.政府は障害を持つ人の多様なグループが情報サービスと文書を利用できるようにする戦略を策定するべきである。点字、テープ、拡大印刷、他の適当な技術が視覚損傷を持つ人用に墨字の情報・文書を提供するのに利用されるべきである。

 9.政府はメディア、特にテレビ、ラジオ、新聞がそれぞれのサービスを障害者の利用が可能にするよう奨励すべきである。

 10.公衆に提供されている新たにコンピュータ化された情報・サービス体系は当初から、もしくは、変更を加えた後に、障害を持つ人が利用できるようにすべきである。

 11.情報サービスを障害を持つ人が利用できるようにする方策を策定するにあたっては、障害を持つ人の組織が相談にあずかるべきである。」

 本誌の毎年3月号で、視覚障害情報処理技術を採り上げるようになってから今回はちょうど10回目にあたる。この10年間の技術開発は目覚ましく、“共に生きる社会”を実現するための条件整備を行なってきたと言える。この間に、点字入出力や音声出力及び拡大表示などに関連する機器やソフトウェアなどの充実が顕著であった。これらのシステムを組み合わせた視覚障害者用のMMI(マン・マシーン・インターフェイス)を通して、漢字仮名交じり文のデータと点字との相互変換が可能となった。視覚障害者専用の優れたシステムも開発されたが、MS-DOS上で使用できる一般のアプリケーションソフトにアクセスできるようになり、このようなシステムのインテグレーション路線のほうが、技術革新の後追いを避ける意味でも画期的なことであった。このように、テキストファイルへのアクセスは容易となったが、当初から懸念されていたグラフィック化の動きが大きくのしかかってきた。MS-Windowsの画面読みにどうアクセスするかが現実の課題となってきたのである。このような節目の年である1993年の特徴を振り返ってみたい。

 1993年のシステム開発状況は、この10年間の延長線上で、使い勝手の差を追求した充実の年であったと言うことができる。中でも目だったのは、点字プリンタが豊富に供給されるようになったことである。高速・低騒音・両面印刷などを目指して、東洋ハイブリッドのTPシリーズのバージョンアップがみられたこと、そして、欧米からの「ロメオ」「ジュリエット」「ブレールコメット」などが日本で入手できるようになったことである。次に、点字ピンディスプレイや音声出力を組み込んだ総合的なシステムのバージョンアップが図られたことである。FMTALKII、スクリーンブレール、ブレールノートなどがユーザーの選択の対象となってきた。また、画面読み上げのVDMや、自動点訳ソフトのエキストラ、ワープロソフトのAOKなどのバージョンアップも顕著であった。

 点字データ化された「プログレッシブ英和辞典」や「大辞林」などだけではなく、CD-ROMの各種電子辞書を音声や点字で引ける各種のソフトも出そろってきた。それに関連して注目されたのは、アメリカのフランクリン社製の「電子英英辞書モデル6000SE」である。訳語30万語、類語延べ50万語を収録したウェブスター英英辞典が、ハンドバックに入る程度の小型・軽量なシステムにまとめられている。60もあるキーの操作は熟練を要するが、検索の機能はきわめて優れており、10万円を割った価格は、英語を活用する人にとっては魅力的である。その他に、オーストラリアのロボトロン社が開発した日本語OCR「エスプリ」が160万円で入手できることも、操作性の良さとともに、国内の開発を刺激することになるであろう。海外から操作性の優れた比較的安価なシステムが提供されたのも、1993年の特徴のひとつであった。

 フルキーボードから点字入力を可能にするソフトBRAILLE.SYSや、点字ファイル変換ソフトVANS.COMとNIFS.COMなどのフリーソフトを次々に開発している和田浩一教諭(愛媛県立松山盲学校)が、差分ソフトのWSPの開発でフリーソフトウェア大賞のユーティリティ部門賞を受けた。

 これは、パソコン通信各社が1992年に設けた賞で、一般のユーザーから高く評価されたものである。視覚障害者の使い勝手の良い多くのソフトウェアを開発してきた和田教諭が、一般のユーザーからも支持されたソフトウェアを開発し表彰されたことは素晴らしいことである。

 パソコン通信で情報交換をしたり、新聞などのデータベースにアクセスしたり、フリーウェアソフトを入手する視覚障害者が多くなってきた。さらに、点訳データをパソコン通信で送受信することも多くなってきた。全国社会福祉協議会の全国ボランティア活動振興センターは、点訳データをパソコン通信で個人ユーザーに提供する「CSS点訳ネット」を開始した。また、「てんやく広場」も、個人ユーザーが直接アクセスできるようになった。さらに、個人では利用できないが、盲学生情報センターでは、NTTのISDNを利用し、フロッピーファクシミリで、東京と大阪の点訳データを高速で送受信し始めた。5月の日盲社協の研修会で、点字情報ネットワークに関するシンポジウムが行なわれ、三つのネットワーク情報交換がなされた。この時採り上げられた盲学校点字情報ネットワークは、今年度までに38校が加入し利用が広がっている。日本点字図書館の図書目録の検索ネットワークや、日本盲人会連合の点字即時情報ネットワークも順調に運営されている。7月の国際視覚障害者テクノユースセミナーで、スウェーデンの新聞データベースの紹介があるなど、ネットワークに多くの関心を呼んだ年でもあった。

 1994年の課題の第1は、読んだり書いたりしている途中で、辞書やデータベースを検索して元に戻ったりすることができる総合的な文書処理のシステムのさらに一層の充実である。文書処理の中でも、日本語OCRの精度と操作性の充実が期待される。第2の課題は、触図の作製システムである。中でも、地図情報が必要に応じて任意に取り出せるシステムの開発が期待される。第3の課題として、ナビゲーションシステムなど、安全歩行に関するシステムの開発が期待される。最後に、MS-Windowsなどのグラフィック化の動きに対する対応が最も大きな課題である。

出典:「視覚障害」No.130、pp.34-38、1994年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1994年)

1.1994年の特徴と1995年の課題

 1994年は、一般のマスコミでも毎日のようにマルチメディアとか、MS-Windowsなどの言葉が飛び交っていた。9月に東京・晴海で開かれたデータショーの一般展示でも、マルチメディア、MS-Windowsのオンパレードと言っても過言ではない状況であった。一方、視覚障害の情報処理関係者の間では、この2・3年、また、「蚊帳の外」に置かれるのではないかと不安が高まってきている。

 7月に東京で開かれた第3回国際視覚障害者テクノユースセミナーでも、「図形情報へのアクセス」というテーマを掲げて、GUI(グラフィック・ユーザー・インタフェイス)の問題を中心に討議され、二日間で300名もの参加者が難しい課題と取り組んでいた。欧米でも日本でも、画面上の図形的な情報にどのようにアクセスすれば良いかという問題に苦慮している。画面の文字情報を音声に変えたり、ドットマトリックス・ディスプレイに出力する方法などが検討されている。

 画面上に表示されている文字は、映像とともにドットイメージなのだから、OCRの場合と同じように、ドットイメージを高度化して音声や点字に変換すれば良いという考え方もある。一方、ドットイメージにする前に、映像や音声とは別に文字コードになっているはずであるから、それを抜き出して音声や点字に変換すれば良いという考え方がある。

 後者のほうが合理的なので、ソース情報を提供してもらえる方策を立てる必要がある。通産省のアクセシビリティ指針の改定に際しては、映像と音声とともに、文字情報も、ソースデータとして同時に提供するシステムの確立を期待している。いずれにしても、MS-Windowsの使い勝手の良いマルチタスクができるのであるから、文字情報のコード化問題を早く解決することが切望されている。

 現在の段階で視覚障害者が活用できるソフトウェアがそろっているのは、なんと言ってもMS-DOS上で走るものである。DOS/VやMS-Windowsの関連のソフトウェアが開発されるまで手をこまねいて待っていることは得策ではない。その意味で、従来開発されたものが、文字情報収集などの道具として十分活用されている。特にパソコン通信の活用はかなり進展したように思われる。中には、インターネットを利用して外国の情報にアクセスし始めた視覚障害者もいる。

 マスコミ情報へのアクセスもしやすくなったのが1994年の特徴の一つである。日経新聞社は、1月から視覚障害者を対象に固定料金で同社のオンライン新聞情報を自由に利用できる「視覚障害者電子新聞購読料」サービスを開始した。これで画面情報を音声化して操作するため時間がかかっても料金に跳ね返ることはなくなった。また、ソフィアシステムズが開発した文字放送レシーバーKC20WとVDMなどを用いて、テレビの文字放送を音声や点字で読み取ることができるようになった。さらに、KGSのピンディスプレイを用いてTOKYO-FMのラジオ放送を聞きながら、それに付け加えられた文字情報を読み取ることができるようになった。

 1994年のもう一つの特徴は、優れた外国の製品が輸入紹介されたことである。TSIの点字ディスプレイ「ナビゲーター」の後継機として、「パワーブレール40」が輸入販売された。薄型の8点40マス点字ディスプレイで、カーソルを指定マスに移動できる「タッチカーソルボタン」を内蔵し、7時間連続使用できる可搬型である。多くのソフトウェアにも対応し操作性も良い。

 オーストラリアのロボトロン社では、日本語OCRの「エスプリ」に引き続いて、「ユリーカA4」の後継機である「アリア」を紹介した。アメリカからは、操作性の良い英文OCRの「オープンブック」と、点字と音声で確認できる小型電子手帳の「ブレールライト」が紹介され、活用され始めている。

 ニュージーランドの「ソニックガイド」で知られるパルスデータ・インタナショナルの音声パソコン2機種と、弱視用機器2種類が紹介された。KEYNOTE GOLDは、音声対応のノートパソコンで、日本語を含む数か国語に対応している。KEYNOTE COMPANIONは、音声対応の電子手帳で多機能な機器である。SMARTVIEWは、3〜45倍の拡大率で、色弱者にも配慮している。VIEWPOINTは、8〜32倍の拡大読書機で、画面の上半分をパソコン画面に、下半分を印刷物を読み取ったものの画面に割り当て同時に示すことができる。

 このような外国製品の開発の華やかさに比べて、国産の機器の開発は目立たなかった。その中で、データショーにも出品された(株)リコーの点字プロッタが注目された。これは、NEDO(通産省の外郭団体である新エネルギー産業技術総合開発機構)から、福祉用具法に基づく第1回目の開発助成を受けた機器である。この機器は、製図などに用いるグラフィックプロッタ(作図機)を用いて、触図、触地図、表、点字などを打ち出すことができる。点の大きさや間隔などを自由に変えられるので、点字の大きさや点の間隔を選択できる可能性を持っている。

 もう一つは、各種の点字プリンタを開発している東洋ハイブリッドが「マルチプリンタBMP320」を開発したことである。これは、点字の行の下に墨字を同時に打ち出したり、点字と墨字のどちらかだけを打ち出すことができる。また、単票など、サイズの違うものを、フィーダーを用いて連続印刷することもできる。このシステムは、行政の窓口などで用いられて、点字の市民権を拡大することに役立つことと思われる。

 このことと関連して、4年前に開発され、すでに500台程度が銀行や行政の窓口あるいは名刺の点字印刷などに利用されている簡易点字刻印機「ドットメーカー」が、全国中小企業融合化促進財団の「融合化の優秀製品賞」6点の中の一つとして選ばれた。これは、ピンを埋め込んで作る点字のカートリッジを用いて名刺などのような厚紙に、点字表示を簡単に刻印するものであるが、点字の市民権拡大には大いに寄与してる。

 一方、NHK技術研究所が開発して注文されていた話速変換技術が、三洋電機によってLSI化されたことである。話速変換というのは、音声を元のままにとどめながら発声速度を自由に変換することである。一定の周期で繰り返す音声の基本波形(周期波形)をピッチ抽出し、その周期を崩すことなく、周期波形を挿入したり、削除したりすることによって、音声を変えずに、話す速度を速くしたり、遅くしたりする技術である。このLSIは、1995年には、VTR、テープレコーダー、電話などの出力に組み込まれて、視覚・聴覚障害者や高齢者に活用されることが期待される。

 一昨年紹介した「アイリス・システム」が江戸東京博物館に続いて、国立歴史民俗博物館にも敷設された。いずれも日本無線が施工を担当したもので、カーペットの下に貼った電線から発生される微弱な電波を歩きながら受信しイヤフォンで展示場の様子を聞き取るもので、数か国語のメッセージが入っているため視覚障害者や外国人の利用者に喜ばれている。このようなシステムが公共建築物の内部や歩道上に敷設されることが期待される。これに似たシステムが、兵庫県の福祉の町づくり工学研究所でも開発中である。これは、必要な場所に設置されたFM発信機から発せられた電波を、FMラジオで受信するシステムである。また、広島市工業技術交流部会生産技術研究会によって開発された「視覚障害者向け点字ブロック音声誘導装置」が前述した「融合化の優秀製品賞」を受賞している。駅や行政機関の出入口、バス停などに設置され始めている。

 歩行誘導システムのうち、今年度の開発で最も注目され、1995年の課題として期待できるのは、新潟大学工学部情報工学科の開発である。「GPSと携帯電話による視覚障害者用位置案内装置」がそれである。GPS(Global Positioning System)からの位置情報と磁気コンパスからの方向情報を歩行者は携帯電話を通して基地局に送り、パソコンで処理し、音声化した情報を携帯電話で受信して自分の現在位置を知る方法である。

 歩行誘導システムに関連して、もう一つ期待される研究は、国土地理院による地図の数値情報から手軽に触地図を作製するシステムの開発である。平成5年度から3か年の研究であるから、1995年には見通しがつくと思われる。

出典:「視覚障害」No.136、pp.34-38、1995年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1995年)

1.1995年の特徴と1996年の課題

 1995年に最も話題になったのはインターネットであった。3年ほど前から欧米での急速な普及を研究機関や企業などで静かに受け止めていたわが国でも、個人レベルでも熱く受け止められるようになった。視覚障害者自身でホームページを開く者も出てきた。もう一つ熱狂的に受け止められたのは日本語ウインドウズ95であった。視覚障害者がウインドウズ3.1にやっとアクセスできるようになった矢先のウインドウズ95のショックであった。一般のアプリケーションの環境がそちらに流れている現在、視覚障害者にとっても克服しなければならない課題である。いま開発中のウインドウズ97(仮称)では初めから視覚障害者の対策も盛り込んでほしいものである。インターネットとウインドウズ95については本号で採りあげたのでそれを読んでもらいたい。

 これらの華やかな話題の陰に隠れた形となったが、点字ピンディスプレイの操作性が良くなったことと、MS-DOSの関連のなじみのソフトがそろってヴァージョンアップされたことが特徴である。パワーブレールに触発されたのかケージーエスがブレールノート46Cを開発したが、カーソル操作に優れている。また、昨年紹介したアメリカ製の点字電子手帳ブレールライトが容易に入手できるようになった。これらの機器は、VDM、ブレールスター、でんぴつ、EXTRAなどのヴァージョンアップによって一層その価値を高めている。

 墨字と点字の相互変換を行なう場合、点字コードを整備することも極めて重要な課題である。1995年には英語圏で統一英語点字(UBC:Unified Braille Cord)に関する大きな動きがあった。UBCは1991年から北米点字委員会(BANA)で検討され始めたもので、普通の英語点字を拡張して、数学・科学・コンピュータ言語の点字記号を統一したシステムにしようとするものである。これによってUBCと墨字との完全な相互変換を実現することをねらいとしている。

 1992年にまとめられたこの北米点字委員会の報告は、1993年に国際英語点字会議(ICEB:International Council on English Braille)に受け継がれ、英語圏全体の課題となった。その最終報告書が1995年4月に発表されたのである。日本点字委員会では、1995年3月の北米点字委員会の報告書の翻訳を発行するとともに、国際英語点字会議の最終報告書の翻訳を近々発行すべく準備を進めている。現在UBCは、アメリカ・カナダ・イギリス・オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカで、点字関係者の評価を受けている。わが国でも、これらの動きを注目するとともに、数学・科学・情報処理用点字の体系化と相互変換の可能なシステム構築の作業に拍車をかける必要がある。国際英語点字会議の審議を短期間でまとめ上げられたのは、北米点字委員会の原案が優れていたこととともに、インターネットによる通信会議に負うところが大きいことを注目する必要がある。

 1995年は、マン・マシン・インタフェイスについても様々な試みがなされた。フルキーボードを点字キーボードに見立てて入力する場合、様々な方式が採られている。両手や片手による入力に際して、点字キーやファンクションキーを自分のなじみの方式に設定できるソフトを和田浩一(松山盲教諭)が開発した。また、E&C操作性班では、電話機配列のテンキーでタイマーを設定する方式の標準化を試みている。JR東日本では視覚障害者の批判に応えて、自動券売機の金額の入力をやはりテンキーで行なう方針に切り替えた。ATMはもとよりのこと、オーブンレンジなどのメニューの選択などについても、タイマーなどとモードを切り替えて、メニュー番号をテンキーで選択する方式を私は主張していた。これらのスイッチ機構を考える際に、視覚障害者と健常者の両者にとって操作しやすい方式として位置づけることは、携帯電話が普及している現在、得策であると思われる。

 1995年は歩行誘導システムについて顕著な開発が行なわれた。NEDOの援助によるシースターコーポレーションの「視覚障害者誘導システムは実施の段階に入っている。可搬型か愛用の杖に取り付けるかした投光機で赤外線を発射しながら歩いていく。駅の構内や交差点あるいは入り口の前などに立てたポールに付けた受光機が赤外線をキャッチすると音声装置が働いて「ここは・・・・・・です」とポールの位置から発声される。投光機は4万円代と安いが、受光機と音声装置を備えたポールはやや高くきめ細かく設置することはコストの点で問題がある。他の通行人にはノイズとなるかもしれないが、音源定位でその位置を特定できるのはありがたい。ただ、指向性が強いだけに投光機が確実に受光機をとらえ切れるかにやや不安がある。

 もう一つ、JR鉄道総合技術研究所が開発を進めている「交通弱者向け誘導案内システム」が評価できる。小さなカプセル程度のデータキャリヤを、ホームの乗降口や階段の昇降口・公衆電話・売店・改札・自動券売機・電車などの車両の内部の出入り口あるいは街中の交差点や出入り口などいろいろな場所に埋め込んで、位置情報をコードとして登録しておく。また、列車の到着や発車などの地上条件の変化を登録することもできる。腰に小型のコンピュータを提げ、杖の先のほうか足首などに装着させた送・受信機から電波を発し、データキャリヤから戻ってきた電波を受信して解読し、日本語や外国語で聞き取ることができる。データキャリヤは数千円程度なので、あまり間隔をあけずに埋め込めば、確実に位置情報を入手できる。実用化にあたっては、コンピュータシステムの小型・軽量化と送・受信機の装着方法が課題となるであろう。

 昨年紹介したGPSが人工衛星からの電波を受けられる上が開けた空間に有効なのに対して、これらのシステムは、建物内部の閉じた空間でのきめ細かな情報提供のシステムとして期待できるものである。

出典:「視覚障害」No.142、pp.31-34、1996年別冊.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1996年)

1.1996年の特徴と1997年の課題

 1996年の最大の特徴は、安価で性能の良い日本語OCRが勢ぞろいしたことである。「ヨメール」、「よみとも」、「和田ソフト」がそれである。これらはいずれもリコーのウインドウズ用のOCRソフトを活用し、視覚障害者が使用できるようにしたものである。手書きなどは無理としても鮮明に印刷された漢字を多く読めるようになったのは画期的なものであった。

 第2の特徴は、デジタル録音システムのDAISYソフトと、そのプレイヤーのPLEXTALKの開発と国際標準化の動きであった。現在国内をはじめ世界各国で評価が行われているが、国際標準に基づく製品化が実現されるのが1997年の最大の課題である。これらの開発に河村宏氏をはじめとして、日本が大きな役割を果たしていることはすばらしい。

 昨年来急速にわが国でも普及し始めたインターネットは、1996年には個人のレベルに浸透してきた。その場合、ウインドウズを搭載したパソコンが使われているので、視覚障害者にとっては問題が多い。それでも、パソコン通信のネットを経由してアクセスしたり、DOS用のソフトを介してアクセスしている視覚障害者も増えてきた。

 もう一つの課題であったウインドウズ95に対するアクセスも可能になった。「95 Reader」の開発によって、画面の音声化でウインドウズ95にアクセスできるようになった。まだアプリケーションソフトが限られているが、MS-DOSと組み合わせることによって既成のソフトを活用しながら、ウインドウズ95の得意なマルチタスクを行えるようになった。ただスクリーンリーダーの形式では視覚障害者にとって使いにくいところが多い。特に、画面の中にビットマップの画像の形で文字が提示されているのは読み上げられない。マイクロソフト社では、1996年の初めにウインドウズ自身に音声化(点字化)機能を付加するための一連のツール「アクティブ・アクセシビリティ(ActiveX Accessibility)」を発表した。しかしながら、アプリケーションソフトが供給されていないので1997年の課題として期待したい。特に、ウインドウズ97では初めからこれらを配慮したアプリケーションソフトを装備してもらいたいものである。

 インターネットやウインドウズなどの場合のように、一般の画期的な開発と急速な普及に視覚障害者が取り残されたり後追いしなければならない現実は何としても解消したいものである。一般と同時にスタートできるようにしなければならない。そのためには、開発の最初から障害者もユーザーにいることを考慮しておく必要がある。E&Cプロジェクトが共用品の開発を始めた1993年にアメリカではロン・メイスが「ユニバーサル・デザイン」を提唱した。この考えは情報処理機器開発にも考慮され始め、マイクロソフト社でも開発の基本に据えるようになってきた。インターネットに掲載されていた「The Principles of Universal Design」を翻訳したのでここに掲載する。わが国でも、情報処理機器をはじめとして共用品や共用サービスの開発を行う際には、これらの原則を十分に配慮することが必要である。

出典:「視覚障害」No.148、pp.29-30、1997年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1997年)

1.1997年の特徴と1998年の課題

 十数年かけて入・出力端末の開発と並行しながら、MS-DOS上で、視覚障害者が一般の情報環境を共有できるようになったのはつい2、3年前のことであった。ところが、MS-Windows95の出現以来、また大きなギャップを生じてしまった。MS-DOSを標準搭載しないパソコンが大勢を占めるにつれて、職場、家族、友人からのサポートも得にくくなった。

 アメリカではスクリーンリーダーでの対応は約1年程度で達成し、1997年には、MSAA(マイクロソフト・アクティブ・アクセシビリティ)の発表があり、Windows98(仮称)には、アプリケーションソフトも含めてこのMSAAを搭載し、他のサードパーティにも、交換条件として対応を迫るつもりらしい。MSAAは、画面の音声解説のようなものであるようだが、Windows98が出たのち、スクリーンリーダー路線と、MSAA路線との行方が注目される。しかしながら、視覚障害者が本当に必要なのは、テキストデータと画面読みとのコマンドによる選択ではなかろうか。昨年この欄で紹介した「ユニバーサル・デザインの原則」からすれば個々のニーズに応じた選択こそが望まれるのである。

 これに対して我が国では、日本語対応の困難もあって、この2、3年Windows95対応に右往左往してしまった。しかしながら、「95Reader」(システムソリューションセンターとちぎ)も改善されて、Windows95環境もようやく整備されてきた。また、「機械」から「ソフト」へ移行させるきっかけを作った「オープンブック」(Arkenstone社)もバージョンアップしたように、日本語対応のOCR「ヨメール」(アメディア)や「よみとも」(タウ技研)もバージョンアップしたうえに価格も下がって入手しやすくなってきた。さらに、「ヨメールライト」(富士通中部システムとアメディアで共同開発)のように小型化の動きも見られる。

 一方、インターネットへの対応も、パソコン通信を介するやり方やMS-DOSを利用する方法なども試みられていたが、いかにも能率が悪い。そこへ、「ホームページリーダー」(日本アイ・ビー・エム)の出現で、インターネットへのアクセスはWindows95レベルで可能になってきた。インターネットは情報の宝庫であり、容易にアクセスできるようにすることが必要である。まだ、MS-DOS上でなければできないこともあるが、マルチタスクが可能なWindows環境への移行は必要な課題である。Windows98では、開発の初期から日本語対応もできるとのことであるが、MSAAも同時に日本語対応してほしいものである。

 次に点字出力やグラフィック出力の問題を採り上げる。まず、東洋ハイブリッドが他の部門の不振のために倒産したことは残念である。開発に努力された佃さんがメンテナンスを個人的に対応されるとのことであるが、点字プリンタ部門の復活を願いたいものである。リコーの「点図くん」は、点の大きさや点間隔を変えることができ、作図が比較的自由にできる「点字プロッタ」である。今度は三谷電子から熱転写を利用した点字プロッタが出される予定である。これも点の大きさや点間隔・行間隔などを自由に変えたり、パソコン上で描いた図を触図として打ち出すことができる。

 オーストラリアで開発されたPIAF(ピアフ)(Pictures In A Flash)がケー・ジー・エスから20万円以下で売り出された。これは、「立体コピー機」の発泡機部分だけを独立させたもので、コピー機は手持ちのもの何を用いてもかまわない。作図は手書きであろうとパソコンで作製したものであろうと何でもかまわないところは、ミノルタのものと同じである。ただピアフは、黒い部分が通過するときだけセンサーで感知して遠赤外線を発射して発泡させるので、最大10アンペアの省エネタイプ、A4で約10秒の通過速度である。重量は6kgと軽く、小型で使用時だけ前後の紙置きをセットするようになっている。最大A3判まで可能で従来の立体コピー用紙を用いることもできるが、同程度の価格でイギリス製の発泡用紙を用いると、密度が濃く切れ味の良い触図ができる。

 もう一つケー・ジー・エスが開発した「グラフィックスセル」を紹介する。同社のピンディスプレイと同じく電圧で変化するピエゾ素子(バイモルフ)を使用したグラフィックディスプレイである。点間隔3mmで、8×8の64ピンをマトリックス上に並べたものを1モジュールとして、1モジュールごとに専用のLSIで制御している。この小型モジュールユニットを縦横いくつでも組み合わせることができるから、必要に応じて大画面を構成することができる。触図と点字を同時に表現することもできるが、問題点は、画面を大きくするほど高価になるから、使用目的を十分に吟味する必要があることである。

 最後に夢のデジタル音声読書機PLEXTALKが4月にはシナノケンシから製品として製造されることを採り上げる。これは今までのテープレコーダーに比べて、読書機能が拡大し、情報の蓄積量もはるかに多い。再生専門機ではあるが、その用途は期待に満ちている。ただ、問題は録音図書の供給体制の確立である。どれだけのテープ・ライブラリーやボランティア・グループが早急に取組みを開始するかが最大の課題である。また、視覚障害者自身がパソコンで編集・校正できるように、DAISYソフトの操作性の改善が大いに期待される。

出典:「視覚障害」No.154、pp.32-34、1998年3月.

トップへ


視覚障害情報処理技術(1998年)

1.1998年の特徴と1999年の課題

 1998年の特徴を考えるとき、8月を境として前半と後半に分けると理解しやすい。

 前半では多くの視覚障害者が困惑と憂うつを感じていた時期であった。十数年にわたって多くの人々の努力で豊富なソフトウェアを蓄積してきたのに、MS-DOSを標準搭載しているパソコンが製造停止となり、在庫もほとんどなくなった。使い慣れたソフトウェアもパソコンの寿命がくれば使えなくなる。視覚障害者のユーザーにその使用法を指導してきた人も新しいユーザーに指導することにためらいを感じた。と言って、95ReaderだけではWindows環境で限られた用途しか対応できないので、Windows95搭載のパソコンに切り替えるのには躊躇された。しかしながら、Windows環境しか与えられていない企業に勤めている人やホームページリーダーを使ってインターネットに挑戦したい人々あるいは先を見越してWindows95に切り替えていた人はやはり少数派であった。

 ところが、日本語対応のMSAAを含んだWindows98が発売された7月25日をきっかけとして、視覚障害者用のWindows環境の改善は顕著なものが見られた。Windows95のときと異なって、日本でも98への対応は早かった。これは98の開発に際して、マイクロソフト社は日本語対応を即時に行なえるように当初から準備していたからである。そのため、夏以後の後半に視覚障害者対応のソフトウェアが急速に提供されたということができる。

 98、95対応のスクリーンリーダーとして、まずPC-Talker(高知システム開発)とVDM100W/PC Talker(アクセステクノロジー)が発売されたが、これらはAOKやVDM100の使用者には移行しやすい側面がある。ついで、95Reader Ver.3.0(愛称98リーダー)(システムソリューションセンターとちぎ)が発売されたが、MSAAの機能を利用して一般によく使われているワード97や98あるいはエクセル97を音声表示で操作することができる。現在のところ、これらを併用して長所を使い分けることが有効のようである。これらについては、本号の特集で採り上げているので、そちらをご覧いただきたい。

 インターネットへのアクセスもWindows環境で十分可能になり、いくつかのソフトウェアが提供されるようになった。昨年紹介した日本アイ・ビー・エムのホームページリーダーが英語版となってアメリカで好評なのは、浅川さんの快挙と言うべきであろう。今年も改良されて音声だけではなく、ピンディスプレイにも対応できるようになった。さらに1999年には、音声認識を用いて自分の声だけでインターネットにアクセスできるようになるであろう。音声認識ソフトのVia Voiceを使用できる300g以下のウエアラブルパソコン(身に付けて歩ける小型)の開発とともに大いに期待したい。

 音声認識と言えば、MYWORDII(高知システム開発)もVia Voiceを使用して音声入力できるようになった。そのほか、携帯電話機のVIVAVO(ツーカーセルラー東京、ツーカーホン関西、ツーカーホン東海)や電子手帳の「ピッポッパロット」(メルコム)などと、音声入力が各種の機器に使われ出したのも特徴である。

 1998年にはWindows98や95に対応して多くのバージョンアップが行なわれた。最も古くからWindowsに対応していた「ヨメールVer.3」(アメディア)や「よみとも3」(タウ技研)などの文書読み上げソフトもかなり改善を加えた。また、自動点訳ソフトの「エキストラ」もWindowsに対応してEXTRA for Windows(アメディア)を発売した。「ないーぶネット(元のてんやく広場)の点字編集システムのBESがWindows対応版のWINBESとなり、音声やピンディスプレイにも対応して視覚障害者も使えるようになってフリーソフトで公開された。さらに、このWINBESを使って小学館のプログレッシブ英和・和英辞典や三省堂の大辞林などの点訳辞書が検索できるようになった。

 このようにMS-DOS時代には点字ワープロから始まって最後にパソコン通信やOCRへと開発が進んだのに対して、Windowsでは、OCRやスクリーンリーダー、インターネットなどが先にきてワープロや点字出力関係が一番遅くなった。しかしながら、1998年中にだいたい出揃い、電子辞書や時刻表などのアプリケーションソフトも対応してWindows本来の長所であるマルチタスクが可能となってきた。その意味で、1998年の後半はMS-DOSからWindowsへの切り替えのときと言うことができる。しかしながら、まだMS-DOSのほうが使い勝手の良い点もあるので、しばらくは併用時代が続くかもしれない。

 1999年の課題としては、視覚障害者にとって不利なGUIの根本的な解決策が進展することを願わざるを得ない。その意味で、W3C(World Wide Web Consortium)の中のWAI(Web Accessibility Initiative)がまとめて、W3Cの勧告として提案したHTML(Hyper Text Markup Language)4.0の使用や、CSS(Cascading Style Sheets, level2)がインターネットのブラウザの作成者に採用されて、画面を読み上げる際に分かりやすくなることが期待される。また、デジタル録音図書のソフトであるDAISYがWAIとの協力の下に開発したSMIL(スマイル)(Synchronize Multimedia IntegrationLanguage)を採り入れることによって、インターネット上で操作できるマルチメディアになるであろう。そうすれば、視覚障害者がDAISYを操作できるだけではなく、Windowsのマルチタクスの一つの媒体としてもCD-ROMやプレクストークを使用することができるであろう。

出典:視覚障害、No.160、pp27-29、日本盲人福祉研究会,1999年3月.


トップへ

目次に戻る