4.1 点字とコンピューター

木塚 泰弘


内容

  1. 点字とコンピューターとの関係
  2. 点字製版・印刷装置の開発
  3. 点字教材作成設備
  4. ペーパーレス・ブレール
  5. 今後の課題

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1.点字とコンピューターとの関係

 点字とコンピューターとの関係を考える場合、盲人がコンピューターを使用するために、点字をどう活用するかという問題と、逆に、点字の読み書きをもっと容易にするために、コンピューターをどう活用するかという問題がある。

 前者は、コボルやフォートランなどのコンピューター用言語の点字表記の問題であり、盲人のコンピューター・プログラマーの養成の過程で問題となってきた。日本点字委員会の相互変換用点字専門委員会では、従来、三通りの表記法があったのを統一し、JIS6220のキャラクタ・セットを、6点式点字で表記する方法を確立し、今年8月末の日本点字委員会総会で承認を受けた。その結果、我が国における盲人のコンピューター・プログラマーの養成や、情報処理技術者の試験などでの問題点のひとつは解消された。これについては、「日本の点字」(日点委広報)第9号を読んでいただくとして、ここでは、後者の問題だけを取りあげることとする。

 われわれが日ごろ用いている点字の読み書きをもっと容易にするために、コンピューターをどう活用すればよいかという問題を取りあげる前提として、点字の読み書きのどんなところに解決すべき問題点があるのかを明らかにしておく必要がある。

 点字の熟練者は、点字タイプライターや点字板を用いて、正眼者がボールペンや鉛筆で普通の文章を書くのよりも速く、点字を書くことができる。また、点字の触読においても、少なくとも音読の速さで、普通の文字を正眼者が目で読む速さに劣らない。そのため、点字の読み書きの熟練者の中には、その不便さを意識していない人も多い。もちろん、速くて正確な点字の読み書きに習熟させることは、それ自体必要なことである。しかしながら、それだけでは充分ではない。われわれは、点字の読み書きの長所と短所を明らかにし、その長所を生かしながら、短所を改善する方法を考える必要がある。

 ルイ・ブライユが6点式点字を考案してから155年、石川倉次が日本の点字を翻案してから91年が過ぎ去った。この間、点字が愛用されてきたのは、それなりの長所があったからである。そのおもなものは次のようなことからである。

(1)自分で書いたものをすぐ読み返すことができる。

(2)点字を知っている人とならコミュニケーションが成り立つ。

(3)点字タイプライターのキーの操作は容易で、それらのキーの組み合せで、すべての記号をつくりだすことができる。

(4)適切な指導と学習の結果、正眼者が普通の文字を書くよりも速く、正確に点字を書くことができるようになる。

(5)学習の時期と方法がよければ、1分間に600〜1000文字程度の速さで、触読することができるようになる。

(6)点字は、ひとつの点が欠けても別な記号となってしまうという厳しさがあるが、どの記号も短かい時間で読み取ることができる。

(7)点字の記号体系は、前置符号で大きな分類を表した後、その中に含まれる記号がでてくるようになっているので、時間の流れにそって読み進むことができる。

(8)両手の触読で、行変え時間の短縮や読み速度の調節、飛ばし読みやもどし読み、必要な箇所の発見などが、比較的容易にできる。

次に、点字の短所について考えてみよう。

(1)自分で書いた点字を読み返して誤りを見いだしても、訂正や削除あるいは追加などが容易にはできない。

(2)1ページの割付けや表のレイアウトの変更などの編集が容易にできない。

(3)普通の文字からの点訳に多くの人手と時間がかかるので、情報の入手が制限されるとともに、読みたいとき即座に入手できない。

(4)1部しかない貴重な点訳原本を、校正・編集した後に、必要部数を複製することが容易にはできない。

(5)点字で書かれているものを、普通の文字に容易に変換することができない。

(6)話しことばを点字に変換したり、点字を音声に変換することが容易にはできない。

(7)紙に書かれた点字はかさばり、収納や運搬あるいは郵送に不便である。

(8)辞書や百科事典あるいは各種の資料が点訳しにくく、点訳してあっても必要な箇所の検索がすばやくできない。

(9)亜鉛板は体積と重量ともに多いので、多種目の原板を収納するのが容易ではない。

(10)点字楽譜を読みながらピアノを演奏するときのように、点字を読みながら両手を使う作業ができない。

(11)点字で筆算が容易にできない。

(12)点図の作成や読み取りが容易にはできない。

 以上点字の主な長所と短所を明らかにしてみたが、これらの長所を生かしながら更に発展させ、これらの短所を改善するためには、コンピューター、特にマイクロコンピューターを活用することが、もっとも効果的である。考えてみれば、点字の体系は、六つの点の位置にそれぞれ点が有るか無いかの二通りの組み合せであるので、コンピューターであつかう数と同じく、1か0かの2進数の体系であるから、両者はなじみやすいものである。暗黙の了解とか、前置符号の省略などという人間らしい融通性をあきらめて、きちょうめんな記号体系を整備し、正確に書きさえすれば、さまざまな問題点をコンピューターで一挙に解決することができるはずである。

 そこで、現在までに解決されている問題点と、今後解決されるべき課題について、概観することとする。

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2.点字製版・印刷装置の開発

 アメリカのH・ホールが、点字タイプライターと共に、亜鉛板製版・ローラー印刷装置を発明してから、すでに90年になろうとしている。この間、この装置は、盲人に多くの利益をもたらした。特に、少量・断続・長年供給という点字出版界の需要・供給関係にもっとも適合していたので、これに代わる器機の出現が遅れたものと思われる。しかしながら、校正・編集作業をともなう製版が限定されるために、多種目の需要にこたえることができないことと、亜鉛板の保存・収納に多くの場所を要することが問題となって、コンピューターを用いた技術開発が開始された。

 アメリカ・プリンティング・ハウスでは、1964年からIBM709型コンピューターを用いて、普通のアルファベットで入力した英文を、点字略字を含むグレードIIの点字に自動的に変換することを行った。欧米では、普通の文字と点字との間に、文字や句読点などの記号だけでなく、分ち書きについても完全に対応しているので、点字略字の規則だけを加えれば、自動点訳は比較的容易である。

 そこで、点字を知らない人が、キーパンチャーが用いるコンピューター用のタイプライターでアルファベットで打ち込んでも、普通の文字の印刷用のコンピューター・データであっても、あるいはアメリカのカーズウェル社が開発している普通の文字の自動読み取り装置で読み取ったものであっても、すべて自動的に点訳できるようになっている。そのほかに、編集・校正機能を含むキーボードを用いて、点字で入力する方法をも加えて、入力と点字コードへの自動変換は、ほぼ開発目標を達成している。

 これらの点字データは、そのままかあるいは編集・校正を経た後に、オーディオのカセットテープなどの磁気テープに記録され、コンパクトな点字原本として保存されるのである。現在では、出力装置である印刷機に開発の重点が移っているといえる。英米では、点字データを自動的に亜鉛板に製版する装置が実際に使用されている。しかしながら亜鉛板は収納・保存に不便なので、最近では、直接紙に点字を打ち出すシリアル・プリンターかライン・プリンターの開発がさかんである。

 フランス、西ドイツ、ノルウェーなどでも開発されているが、アメリカのトリフォーメーション社のライン・プリンターLED120が、欧米諸国で200台程度使用されている。これは、ロール紙の片面に1行で40マスの点字を、毎秒最大120マス(点字の3行分)の速さで打ち出すもので、1ページを8秒程度で印刷し、カッターで自動的に切り落としていくものである。これらのライン・プリンターは、1部から数10部程度の少量の印刷に適しており、今後とも利用価値は大きい。

 亜鉛板を用いない両面印刷の装置も待望されているが、現在スウェーデンで開発されているゾルタン点字印刷機は注目に値する。二つの円筒の間にロール紙を通して、両面に印刷するものであるが、その二つの円筒には、それぞれ1ページ分(36マスで29行)のピンが備えてあり、コンピューターの指令で、約30秒間で2ページ分のピンのセットが完了する。この円筒が1回転すると両面2ページが印刷され、ロール紙がカットされるが、毎秒4〜5回転し、同じものを必要な部数だけ印刷する。次の2ページをセットして印刷する方法をくりかえすもので、大量印刷に適したシステムということができる。

 わが国でも、相当早くから、付属盲学校、日本点字図書館、日本ライトハウス、通産省の医療・福祉技術組合などとのからみで、多くの研究者とユーザーが、これらの技術開発をてがけてきている。現在では、日本点字図書館と日本ライトハウスの亜鉛板自動製版と、凸版印刷(株)の発泡式点字印刷装置、および日本タイプライター(株)のライン・プリンターが実用化されて、各種の印刷物を作り始めている。

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3.点字教材作成設備

 日本点字図書館、東京工業大学、芝浦工業大学および数名のユーザーからなる視覚障害補償器機開発研究会では、12・3年前から超音波の歩行補助具とともに、ペーパーレス・ブレールの研究を開始したが、途中で、当面の目標として、点字複製装置の研究に重点をおくこととなった。これは、点訳奉仕者が片面に書いた点字シートを自動的に読み取って、校正・編集し、必要な部数だけ複製するものであった。この研究が、実現の可能性を見い出し始めたころ、通産省の工業技術院では、医療・福祉技術組合を設立し、松下技研(株)、凸版印刷(株)、日本タイプ(株)に実用化研究を依頼した。3年後の1979年に完成したのが、「点字複製装置」であった。その後、盲学校の教材作成に必要な単位を組み合わせて再編成し、松下電気(株)を窓口として、1980年から毎年9台ずつ、8年間で全国の盲学校に備えられるように、文部省が予算措置したものが、「点字教材作成設備」(ブレール・マスター)で、松下通信(株)と日本タイプ(株)が生産を担当しているものである。

 点字入力は4通りあり、紙に書かれた点字を自動的に読み取るものとカナ・キーで入力して点字に変換するもの、およびフロッピーディスクに磁気記録されているものと、点字キーで直接打ち込むものがそれである。このうち、点字シートの読み取り部分は、B5版縦長の点字紙の片面に、点字タイプライターや各種の点字板で書いた教材や試験問題を、1ページ30秒程度の速さで裏面から読み取るものである。はっきり書かれた点字であれば、99.95パーセントの信頼度で読み取るが、つぶれかかった点について点の有無を判定することはむつかしいようである。

 編集・校正機能として、CRT上に写し出された点字かカナ文字を見ながら、制御卓のキーボードを操作して、加除・訂正を行なうことができる。一般の点字記号は、カナ文字との間に相互変換が可能であるが、点字楽譜や数学記号あるいは理科記号などは、普通の文字に変換できないので、点字のまま校正する必要がある。編集・校正が完了したのち、点字原本はフロッピー・ディスクに記録させて保存したり、ライン・プリンターで打ち出すことができる。

 点字出力はライン・プリンター方式で、1ページ(32マスで24行)につき、10数秒で印刷し、自動的にカットしていくものである。その他に、カナ文字の出力もあるから、点字で、書いた原稿を、カナ文字に変換して打ち出すこともできる。

 CRT上の画面を見ながら編集・校正しなければならないので、全盲の教師の場合は、1人で操作できる範囲が制限されるが、普通、2〜3日程度機械になれれば、ほとんどの仕事を行なうことができるようになるものである。フロッピー・ディスクを通して、他校と教材を交換したり、記録しておいた資料の1部分だけを変更して、次の年度に使用することもできる。各学部や各教科の指導に適した方法で使い方を工夫すれば、各種の教材を豊富に取り入れることができる設備である。

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4.ペーパーレス・ブレール

 点字教材作成設備も、点字製版・印刷システムの1種と考えることができるから、点字出力の方法を変えたり、片面印刷に読者を慣れさせさえすれば、点字図書館でも活用することができる。ところで、最近数年間欧米で急速に開発が進んだのは、紙のない点字機ペーパーレス・ブレールである。

 ペーパーレス・ブレールといっても、点字製版・印刷システムとまったく異なるものではない。これらのシステムの製作の過程で開発された単位機能は、ほとんどそのまま応用されるものである。たとえば、点字入力や磁気記録の方式あるいは点字と普通の文字との相互変換の方式もそのままでよい。編集・校正機能については、CRT上で行なっていた操作を、点字ディスプレーを用いて簡易化する必要はある。最も異なる点は、出力の部分である。ライン・プリンターなどで紙に打ち出していた点字を、器材に取り付けてある点字ディスプレーのうえに表示して、それを直接触読する方式に変える必要がある。その他に、全体のシステムを、携帯可能なコンパクトなものにまとめることも、重要な相異点である。

 点字ディスプレーの方式として、圧縮空気とか、プラスティック・ベルトなどいろいろなものが検討されてきたが、最近では、磁気でピンを出し入れする方式が実用化されている。この方式と、磁気記録媒体としてオーディオのカセット・テープを用いているペーパーレス・ブレールがフランス、アメリカ、西ドイツで数種類開発されている。この中で、フランスのエリンファ社のディジカセットと、アメリカのTSIのバーサブレールが、実用化直前の状態になっている。

 エリンファ社のディジカセットは、縦・横・高さが、それぞれ23cm×20cm×5cmで、重さは2Kg以下と、コンパクトにできている。表面にカセットをセットする部分と、1行12マスの点字ディスプレイ、および点字キーと、制御キーが配置されている。これらを用いて点字を書き込み、編集・校正して、120文字をひとつの単位として、バッファ・メモリーから磁気テープの方に移して行くのである。読むときには、テープから120文字を単位として、バッファ・メモリーに呼び出し、それから1行分ずつ点字ディスプレーに表示されるので、手指を動かして1行読み終り、ボタンにかるく触れると、次の行が点字ディスプレーにあらわれるようになっている。また、外部の電卓やデータ・タイプライターと接続して、計算や普通文字との相互変換ができるようになっている。最近、トリフォメーション社がアメリカでの販売権を得て、ディジカセットを改良し、1行20文字の点字ディスプレーを備えるとともに、その他の機能も向上させたが、大きさと重さはやや増したようである。

 TSIのバーサ・ブレールは、点字ディスプレーが1行20文字で、読み終るとバーに触れて、次の行を出すようになっている。バッファ・メモリーには1ページ(1000マス)単位で取り出して、編集・校正をしやすくしている。外部の器機との接続で付加される機能は、ディジカセットと大差はない。

 これらのペーパーレス・ブレールは、C60のカセット・テープ1巻に、およそ400ページ程度の点字情報を納めることができるのでかさばる点字の問題点は解消されている。しかしながら、カセット・テープを用いたのでは、辞書などのように、任意の箇所を検索するためには、時間がかかり過ぎる。そのため、フロッピー・ディスクなどを用いて、情報検索が容易にできるペーパーレス・ブレールの研究・開発がこころみられている。

 わが国でも、大阪大学では、英和辞典の検索を当面の目標として、フロッピー・ディスクを用いたペーパーレス・ブレールの研究を行っている。なお、この場合、点字ディスプレーは振動子を用いている。視覚障害補償器機開発研究会でも初期の目標にたちもどって、ペーパーレス・ブレールの開発につながる研究を行っている。

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5.今後の課題

 わが国における今後の課題として最大なものは、漢字かな混り文の自動点訳である。前に述べたように、英文においては、英文字や数字のかたちは、比較的単純であるから、自動読みとりも容易にできる。さらに、点字と普通文字との記号体系や分ち書きが対応しているので、点字略字の規則を加えるだけで点字への変換も容易である。ところが、漢字かな混り文の場合は漢字の読みとりにおいても、困難がある。またかな体系の点字への変換においても、漢字の読みと分ち書きに問題が多い。現在東芝の研究所をはじめとしてこれらの研究開発が行われているが、80%程度の信頼度が得られているにすぎない。これが99%をこえて、編集・校正に人手がかからなくなるまでには10年近くを要するのではないかと思われる。さらに、かな体系の点字から漢字かな混じり文を打ち出す自動代書となればもっと困難がともなう。

 その間は、点訳された点字シートを読みとって入力したり、逆に、人手を介して普通の文字に代筆してもらうのが主となるであろう。ただ、もし点字使用者が、漢字かな混じり文の体系の点字を覚えさえすれば事情は異なってくる。漢字の自動読みとりはともかくとしても、電算式印刷用の原本の紙テープから容易に点字に変換することができる。その逆の代書も同じことである。しかしながら、漢字かな混じり文の点字体系は、単に1字の便宜のために決められてはならない。かな体系の点字への自動点訳や代書が可能となったのちにも、盲人に意味のあるものである必要がある。すなわち、漢字の校正と表意性および表音性をすべて伝えるものであれば、教育上の意味も大きいものである。

 もう一つの課題は、情報検索が容易にできるペーパーレス・ブレールの製作である。その場合、点字ディスプレーをどのようなかたちにするかが最大の問題であろう。また、読み書き兼用機の本体をいかにコンパクトで軽く仕上げるかという問題もある。その場合、どの機能を内蔵させ、どの機能を外部の端末や電話回線などを介しての大型コンピューターへの接続にするかなどの基本的なシステム設計が問題となる。この技術が使えるからといって、つまみ食い的な器機の製作は、システム全体のコストを高くする結果をまねく。

 これらのシステムが完成した場合、盲人の教育や職業に大きな変化をもたらすことになるであろう。とくに必要なときに、必要な情報が即座に得られることになれば、新しい世界が開けることが期待され、夢が大きくふくらむのである。

出典:「盲教育 <点字問題特集>」第52号、pp.141-146、全日本盲学校教育研究会、1981年10月.


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