研究成果の概要


1.課題番号

07401007

2.研究課題

中途視覚障害者の触読効率を向上させるために総合的点字学習システムの開発

−点字サイズの評価法、サイズ可変点字印刷システム、学習プログラム・CAIの開発−

3.研究代表者

木塚 泰弘 国立特殊教育総合研究所・視覚障害教育研究部・部長

4.研究分担者

千田 耕基 国立特殊教育総合研究所・視覚障害教育研究部・弱視教育研究室・室長

中野 泰志 慶應義塾大学・経済学部・助教授

松本 廣 国立特殊教育総合研究所・教育工学研究部・室長

佐々木 忠之茨城大学・教育学部・助教授

5.研究協力者

黒田 浩之 茨城大学・教育学部

堀籠 義明 茨城県立盲学校

管 一十 国立神戸視力障害センター

坂本 洋一 厚生省大臣官房障害保健福祉部企画課

中島 八十一 国立身体障害者リハビリテーションセンター・研究所

今村 夏音 国立身体障害者リハビリテーションセンター・研究所

伊藤 和之 国立身体障害者リハビリテーションセンター

6.研究期間及び経費

平成7年度 10,800千円

平成8年度 4,800千円

平成9年度 3,000千円

平成10年度 1,800千円

計 20,400千円

7.主要な研究発表

<1995年度>

<1996年度>

<1997年度>

<1998年度>

8 研究成果

8.1 研究の背景

 視覚障害者の職業として最もポピュラーなあはき(按摩・鍼・灸)師が法改正で国家試験になって以降、視覚障害者があはき師の免許を取得するのが困難になってきた。その主な理由として、a)健常者が普通の文字で学習するのに比べ点字では学習効率が低いこと、b)点字では十分な読書効率が得られず、時間に制限のある試験の場面では不利なことが考えられる。特に、中途の視覚障害者にとっては、c)点字そのものが触読できるようになるのが困難だったり、時間がかかったりすること、d)たとえ点字を習得できたとしても、触読速度がなかなか向上しないこと等の問題がある。盲学校やリハセンター等では、早期よりも中途の視覚障害者の方が多いようである。したがって、中途視覚障害者の学習効率を向上させることは、彼らの学習手段を確保するという側面だけでなく、職業的自立の確保やQOLの追求という社会問題にも関連する極めて重要な課題である。本研究では、中途視覚障害者の点字触読効率を最大限に引き出すための方法を確立するために総合的・多角的なアプローチを行った。

8.2 研究目的

 中途視覚障害者が点字を習得する際に最も大きな障碍となっているのは、現有の日本の点字のサイズが小さいことである。触覚から情報を摂取することに慣れていない中途視覚障害者にとって、小さな点字だとパターンを読み取ることができなかったり、時間がかかってしまう。欧米では、例えば、パーキンスのジャイアンツドット等のように、中途視覚障害者の触読を容易にするために点字のサイズを変化させる試みがなされているが、本邦では、これらに対応するような試みはなされていない。

 本来、一人ひとりの視覚障害者に適した点字サイズがあってもよいのに、一つのサイズに画一化されている最大の理由は、現在の点字印刷システムでは、点字のサイズを変更するのが困難だからと考えられる。もし、サイズが簡便に変更できるのであれば、個々に適したサイズで点字を供給した方が理想的だと考えられる。本研究では、まず、(1) サイズ可変の点字印刷システムを開発し、個々の触読特性に併せた点字が供給できる体制を保障する。この技術を基礎として、(2) 個々の視覚障害者に適した点字サイズを評価する方法を確立する。さらに、(3) 個々に適したサイズの点字を用いて中途視覚障害者用の点字学習プログラムを作成する。

8.3 研究の経過と成果

(1) 個々の視覚障害者に適したサイズの点字を供給するためのシステムの開発

 本研究では、点字のサイズを変更できるサイズ可変点字印刷システムを開発した。ニーズに応じて点字のサイズを細かくコントロールするシステムはこれまで試作されていなかった。パーキンスのジャイアンツドットは点字のサイズが大きいとはいえ一定の大きさであり、個々の触読特性に応じるものではない。また、ジャイアンツドットは点字盤で作製するものであり、大量の教材を作製することはできない。これに対して、本システムでは個に応じたサイズの点字を、大量に提供できる点が特徴である。さらに、電子化された点字データに対応できるため、「盲学校点字情報ネットワーク」等のデータの利用範囲を広げることができ、現有の社会資源を有効に活用できることになる。これは、中途視覚障害者の職業的自立に貢献することはもちろんのこと、読書を通して視覚障害者のQOLを追求する役割を担うこともできる。なお、このシステムに関する詳細は、プログラム開発を担当した中野泰志(慶應義塾大学)のホームページ(http://www.hc.keio.ac.jp/~nakanoy/BR/)で公開し、普及をはかってきた。

(2) 個々の視覚障害者に適した点字サイズを評価するための方法の確立

 中途視覚障害者とは一旦普通の文字を獲得した後に視覚障害になった者であるが、その年齢や疾病、また、学習の進行状況によって、適した点字のサイズは異なると考えられる。また、点字の学習が進行していけば、サイズを小さくしていった方が効率よく読めるようになる場合も考えられる。つまり、個々の状態や学習の進行に応じて適した点字サイズを逐次、評価する必要がある。そこで、本研究では、触読効率を指標として、個々の能力に適した点字サイズを算出する方法を検討した。

 従来は、点字のサイズそのものが検討されることはなく、点字プリンタや点字板のサイズを当たり前と考えてきた。そして、十分な触読効率が得られない原因を視覚障害者の触読能力に帰属させ、触読能力を高めるトレーニングを重視してきた。つまり、道具に人間を合わせるためのトレーニングを行ってきたと言える。これに対して、本研究では、触読能力向上のためのトレーニングの前提として、一人ひとりの触読特性に適したサイズの点字を考慮した点が独創的であったと言える。つまり、ヒューマンファーストの発想を実現しようとしている点である。

(3) 個々の視覚障害者に適したサイズで点字を学習するためのプログラムの確立

 点字の学習を効果的に行うためには、a)効果的な点字の覚え方や触り方を学習すること、b)点字の読みやすさを確保すること、c)点字を学習したいというモチベーションを引き出すことが必要である。本研究では、これらの観点を総合した点字学習プログラムを作成した。

 従来の学習プログラムは、点字の覚え方や触り方を問題にしてきた。しかし、いくら優れたプログラムであっても、点字そのものが読めない条件であっては仕方がない。これに対し、本研究では、従来とは観点を変え、点字の大きさを変えて読みやすくするというアプローチを基礎にしている。また、モチベーションまで考慮した総合的な学習プログラムである点も大きな特徴である。

9 報告書の構成

 本研究では、4年間で(1) サイズ可変の点字印刷システムを開発し、個々の触読特性に併せた点字が供給できる体制を保障し、(2) 個々の視覚障害者に適した点字サイズを評価する方法を確立し、(3) 個々に適したサイズの点字を用いて中途視覚障害者用の点字学習プログラムを作成するという3つのサブ・テーマに関する実践的研究を実施してきた。報告書では、これら4年間の研究成果に留まらず、本邦における点字表記や指導方法の変遷を総合的・歴史的な観点から概観し、今後の展望ができるようにした。

 報告書は以下の5つの章から構成した。第1章では「点字の表記方法とその変遷」というテーマで日本点字委員会のあゆみから統一点字コード制定にいたるまでの点字表記の変遷をまとめた。第2章では「点字の指導方法」について概観し、効果的な点字触読の指導理論と学習プログラムを紹介した。第3章では「点字の特性と読みやすさの問題」、特に、糖尿病による中途視覚障害児・者の触読困難の原因とその対処方法についてまとめた。また、個々人が読みやすいサイズで点字を印刷するために開発したサイズ可変点字印刷システムについて紹介した。第4章は「コンピュータを用いた点字情報処理」の変遷と最新のシステムの動向について歴史的概観を行った。第5章は視覚障害児・者の情報入手手段としての「点字の歴史と展望」をまとめた。なお、本報告書は視覚障害ユーザのアクセシビリティを考慮し、電子版も同時に作成した。


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