中野泰志・小田浩一・中野喜美子、1993、弱視児の見えにくさを考慮した読書環境の整備について、国立特殊教育総合研究所・特別研究「心身障害児の感覚・運動機能の改善および向上に関する研究」最終報告書、pp.45-55.
弱視児の見えにくさを考慮した読書環境の整備について
中野泰志(国立特殊教育総合研究所・視覚障害教育研究部;現在、慶應義塾大学・心理学教室)
小田浩一(東京女子大学現代文化学部)
中野喜美子(岩手県立盲学校)
I はじめに
弱視教育の専門性は,弱視児の見えにくさの原因を追求し,その見えにくさを補って子どもの学習や生活を支援することである。ところが,見えにくさの原因を十分に吟味せずにお決まりの補助具を処方したり,処方した補助具の妥当性を十分に検討することもないのが現状ではないだろうか。例えば,視対象の拡大一つとっても,それぞれの子どもに適した倍率がどこまで検討されているであろうか。また,補助具の選択(弱視レンズか拡大テレビかなど)や室内照明などをどのような根拠で決めているであろうか。
見えにくさの原因を理解していないと,適切な学習環境を提供できないばかりか,子どもがとっている適応的な行動を見過ごしてしまう可能性もある。さらには,子どもに不適切な学習環境を提供することにもなりかねない(小田・中野23),
1993(d))。以下に列挙するのは,弱視児が示した行動である。これらの行動の意味が理解できない場合には弱視の見えにくさに関する知識を再確認する必要があろう。
- a)小さな穴を覗くのが好き
- b)手で望遠鏡のように筒を作ってものを見る
- c)教室の窓側よりも廊下側を好む
- d)ノートよりも黒板の方が書きやすい
- e)とても小さな文字を書く
- f)後ろの座席に座りたがる
- g)弱視レンズが使えない
- h)縦書きの本を横にして読む
見えにくさの原因を知っていれば,これらの行動の意味が見えてくる。そして,これらの行動を示す子ども達に,より適切な視環境を提供できる。本論文では,読書に焦点を絞り,見えにくさの原因を考慮しながら,その見えにくさを補う方法について紹介する。また,見えにくさの補償方法が適切かどうかを客観的に評価する方法について報告する。
II 弱視の見えにくさとその補償方法
かつては,弱視を一つの障害像として,十把ひとからげにして捉える傾向があった。しかし,最近では,同じく弱視といっても抱えている困難が多様であることがわかってきた。そのため,弱視の見えにくさは多様で捉えきれないと言われるようになってきた。確かに,まったく同じ見えにくさというのはないだろうが,見えにくさの内容を整理することは可能である。見えにくさの原因がわかれば,それに適した補償方法が考えられる。そこで,以下に,弱視の代表的な見えにくさを整理し,それぞれの見えにくさを補償する方法について列挙した。ただし,ここでは読書環境の整備という観点でまとめたのでご了承いただきたい。この説明によって,先に示した弱視の子どもの行動の意味が明確になるはずである。なお,この分類は,基本的には小田・中野20)(1993(a))の分類に準拠している。また,各項目に関する詳しい説明は,小田・中野21)22)(1993(b),1993(c))を参照いただきたい。
II-1 ボヤケによる見えにくさとその補償方法(図1)
主な眼疾患:近視,遠視などの屈折異常。
見えにくさの内容と原因:いわゆるピンボケの状態である。図と背景の境界がはっきりしなくなってしまう。ものの細部の構造を見分けるのが困難になる。つまり,視力が低い状態である。眼鏡やコンタクトレンズをしている人の視力低下の原因も屈折異常によるボヤケであり,質的には同じものである。ただし,眼鏡などで矯正できる場合は,弱視ではない。弱視の場合,眼鏡などで矯正できないほどの病的な屈折異常である(原田8),1992)。
主な補償方法:
- (1)
完全な屈折矯正をする。ただし,弱視の子どもは,通常,出来る限りの屈折矯正を受けているのが普通であるため,現状以上の屈折矯正が期待できないことが予想される。しかし,適切な屈折矯正ができていないケースもあるようである(本報告書の小田論文参照)。なお,無水晶体の場合には,子どもの作業距離に合ったレンズを使用することにより,特定の作業時の屈折状態を改善できる可能性がある。
- (2)
ピンホール効果を使う(古田ら1),1984)。小さな穴から覗くと,ピンホールカメラと同じ原理で,ピントを合わせるためのレンズが不要になる。したがって,屈折異常があっても,明瞭な像を得ることができる。
- (3)
網膜像を拡大する。ボヤケていても見える大きさになるまで網膜像を拡大すれば,文字や図の構造を確認できる(図1)。網膜像を拡大するためには,視対象そのものを大きくする方法以外に,視対象に眼を近づける方法や拡大鏡(弱視レンズ)や拡大テレビ(Closed
Circuit TeleVision; CCTV)を使う方法がある。
II-2 まぶしさによる見えにくさとその補償方法(図2)
主な眼疾患:白内障,角膜混濁などの中間透光体の混濁。全色盲などの錐体機能の低下。無虹彩症や白子症などの光量調節機能の低下。(原田5)6),1991(a),(b))
見えにくさの内容と原因:光がまぶしい状態である。中間透光体の混濁,錐体機能の低下,光量調節機能の低下では,まぶしさを生ずるメカニズムは異なるが,その原因はいずれも光である。ただし,光がないとものを見ることはできない。つまり,このような眼疾患の子どもは,ものを見るためには光が必要であるが,光があるとまぶしいというジレンマを抱えていることになる。したがって,適切な採光方法がポイントになる。なお,まぶしさによる見えにくさは,多くの場合視力低下も併発する。
主な補償方法:
- (1)
照度を低下させたり,サングラスを装着して,眼に入ってくる光量を全体的に減少させる(古田ら3),
1990)。まぶしさの原因は,光であるから,光量を減少させればまぶしさを軽減できる。しかし,眼に入ってくる光の量が減少すると,薄暗い部屋の中で作業をするのと同じ状態になるので,文字を読んだり細かいものを見る作業には適していない。
- (2)
白黒反転によって明るい部分の面積を減少させる(Leggeら11),1985;古田・青木2),1989;中野16),
1991)。通常の印刷物は,白い紙に黒いインクで印刷されている。このうち,白の部分は約8〜9割程度を占めている。この白黒の関係を反転させて,黒い紙に白ぬきの文字にすると白い部分の面積を減少させることができる。つまり,眼に入って来る光量を減少させることができるのである。この方法では,情報となる部分の光量は十分に得られるため,(1)の方法よりも有効であると考えられる。ただし,この方法は,文字を読むような場合にしか使えない。顔の写真などを白黒反転すると,写真のネガフィルムのようになって何がなんだか分からなくなってしまうからである。
- (3)
ゴーグルや遮蔽板をつかって不要な光をカットする。文字を読む場合も,歩行をする場合も,視野のすべての部分からの情報が必要なわけではない。特に,文字を読む場合には,読んでいる付近の情報だけでこと足る。そこで,最低限必要な視野だけを確保し,それ以外の領域から来る光をゴーグルや遮蔽板などでカットしてやるのである。
II-3 視野が狭い見えにくさとその補償方法(図3)
主な眼疾患:網膜色素変性症などによる求心性の視野狭窄(原田4),1990)。
見えにくさの内容と原因:視野が狭い状態である。視野の中心部分しか見えなくなるため,一度に見える部分が少なくなり,全体がつかみにくくなる。視野の中心が見えるので視力は出るが,行をたどったり,ものを探したり,歩いたりするのが困難になる。また,視野の中心にある錐体細胞は,暗いところでは機能を発揮できないため夜盲を伴う。
主な補償方法:
- (1)
他の見えにくさとは違い拡大は逆効果になることがあるので注意を要する。もちろん,文字が小さすぎても見えないので,適切な文字サイズを探すのがポイントになる。先行研究(苧阪・小田24),1991
;石川・中野9),
1993)から考えると,視野内に5〜6文字程度の文字が入るように文字サイズと文字間隔を調整する必要があることが予想される。また,小さな文字でも視認できるようにするためには,コントラストが鮮明で読みやすい読材料を用意する必要がある。
- (2)
全体をつかむためには,視距離を離して,できるだけ多くの情報を有効な視野に入れる必要がある。そのため,細部はわからなくてもよいから,全体のレイアウトが確認できる縮小図を活用するのも有効だと考えられる。これは,全盲の子ども用の触図と同じ原理である。
- (3)
行をたどったり,特定の場所を探すためには,基準となる目印が有効である。例えば,下線や色のマーカーを付け,それらの目印を基準にして行をたどらせたり,場所を探索させると有効である。これは,弱視レンズの操作訓練と同じ原理である。
- (4)
照度が低下すると読書が困難になる(中村ら13),1991)。したがって,いつも必要な明るさが確保できるように,机上灯などの用意が必要である。なお,読書とは関係ないが,視野狭窄があると薄暗いところでは視覚が活用できなくなってしまう。そのため,夕刻以降,移動を可能にするためには歩行訓練が必須である。視力はよいのに歩行訓練が必要だというのは奇妙な感じがするかもしれない。しかし,歩行に際して重要な働きをするのは周辺視野の機能である。したがって,視力が良くても周辺視野の機能が使えない場合には,眼以外の感覚を使って安全を確保し,効率的に移動するための訓練が必要なのである。
II-4 視野の中心が見えない見えにくさとその補償方法(図4)
主な眼疾患:黄斑部変性症などによる視野中心部の機能低下(原田7),1991(c))。
見えにくさの内容と原因:視野の中心部分が見えにくい状態である。光に対する感受性の高い視野の中心部分が損傷を受けるために視力が低くなり,文字を読んだり,図形の細部を確認するのが困難になる。この状態は,ボヤケの場合とよく似ている。ただし,単なるボヤケとは決定的に違うことがある。それは,あるものを見ようとすればするほど,見たいものが消えてしまったり,ボヤケてしまうという歯がゆい状態を経験する点である。どうしてこのような状態になるかというと,人間の眼はよく見たいものを視力のよい視野の中心部分で捉えるように動いてしまうからである。つまり,よく見ようとすればする程,眼が勝手に,損傷を受けて見えない部分に像を動かしてしまうのである。なお,周辺視野の機能は使えるので,歩いたりするのはそれほど問題はない。
主な補償方法:
- (1)
網膜像を拡大する。ボヤケの項で説明したように,ボヤケていても見える大きさになるまで網膜像を拡大すれば,文字や図の構造を確認できる。また,網膜像を拡大すると,中心部の暗点で隠されてしまう情報が相対的に減少する(図4)という効果もある。網膜像を拡大する方法としては,視対象そのものを大きくする方法,視対象に眼を近づける方法,拡大テレビ(CCTV)を使う方法が有効である。ただし,同じく網膜像を拡大する方法でも,拡大鏡(弱視レンズ)は効果が期待できない場合がある。これは,拡大鏡を覗く際には,どうしても視野の中心で見ようとするからだと考えられている。視野の周辺で見るのが上手になれば,拡大鏡も有効に活用できると思われる。
- (2)
視野中心の見えない部分を避けてものを見る訓練がある。一般に中心外固視訓練と呼ばれている。見たいものを中心外の特定の網膜位置で見れるようにするための訓練である。ものを見る位置が定まれば,見えにくさの内容で紹介したような歯がゆさを感じなくて済むし,安定した状態でものを捉えることが可能になると考えられる。
II-5 見え方の理解で広がる弱視児の行動理解
「I
はじめに」で一見理解しにくいと思われる弱視児の行動をリストアップした。確認の意味も含めて以下に解説する。
- a)
小さな穴を覗くのが好き:このような行動を示す場合,さらに細かく行動を観察して欲しい。「穴そのものを見ているのか」,「穴から何かを見ているのか」を区別して欲しい。穴から何かを見ているのなら,ボヤケの項で説明したピンホール効果を使ってものを見ている可能性が高い。屈折異常があったり,無水晶体の場合に見られる行動である。このような行動は,知的障害を併せもっている子どもでも見られるようである。人間が環境に適応する能力は極めて優れているといえる。私たちは,このような子どもの適応的行動を見過ごしてしまったり,この行動を問題行動と捉えることのないようにしなければならない。なお,この場合の穴は小さなものでなければ効果がない。もし,大きな穴を覗いているのなら,次に説明するまぶしさの可能性も検討して欲しい。
- b)
手で望遠鏡のように筒を作ってものを見る:弱視レンズを覗くのなら奇異には映らないのであろうが,手で筒をつくって覗くのは子どものごっこ遊びのように思えるかもしれない。しかし,この行動は,まぶしさのある弱視児にとっては,たいへん意味がある。まぶしさの項で説明したが,まぶしさの原因は不要な光である。手で筒をつくって覗くと,周囲から眼に入ってくる不要な光をカットできるのである。このような行動を示す子どもに対して,幼稚であるとか,不格好であるとかいった評価を下してはならない。
- c)
教室の窓側よりも廊下側を好む:弱視教育では伝統的に弱視の子どもを明るい照明下に置くようになっている。確かに,多くの子どもは,暗いところよりも明るい照明下の方が作業がしやすいようである。しかし,明るいところを嫌う弱視児もいる。まぶしさを伴う弱視である。まぶしさの項で説明したが,このような子どものまぶしさは,光が原因なのである。ただし,あまり暗いところに置くと何も見えなくなってしまうのでよくない。したがって,見せたいものには十分な光が当たるようにし,それ以外のところから来る光は最小限にするように工夫しなければならない。
- d)
ノートよりも黒板の方が書きやすい:これは,決して目立ちたがっているのでもないし,先生に甘えているのでもない。黒板は,黒い板に白いチョークで文字を書くようになっている。つまり,白黒反転の条件で文字が書けるのである。したがって,まぶしさがある場合には,ノートよりも黒板を好むのは理にかなっている。このような子どもには,まぶしさの項で説明したような補償方法を試してみる必要がある。特に効果的だと考えられるのは,拡大テレビ(CCTV)の白黒反転機能を使う方法である。
- e)
とても小さな文字を書く:通常弱視は視力が低いと考えられている。そのため,視力が低いのに小さな文字を書くのは奇異に思われる。しかし,弱視の中には,視力がそれ程低くない人もある。視野の狭い弱視である。視野が狭いと小さな文字でも読むことが可能なばかりか,大きな文字は逆に読みにくくなる。この点に関しては,小田・中野22)(1993(c))に詳しい。また,読書効率測定システムの測定例でもそのようなケースを紹介する。
- f)
後ろの座席に座りたがる:弱視学級を訪問すると,たいていの弱視児は教室の前の方に座っている。しかし,弱視児の中には,教室の前を嫌う子どももいる。先の例と同じく視力はよいが,視野が狭い弱視児である。視野が狭い見えにくさの項で述べたように,視距離を取ることで有効な視野の中になるべく多くの情報を入れようとしているのである。決して,前に座るのが恥ずかしいのではないし,見栄を張っているのでもない。
- g)
弱視レンズが使えない:視力が低い場合,網膜像を拡大するのは効果的である。しかし,他の方法で網膜像を拡大するのは効果があるのに,弱視レンズだけは拡大の効果が得られない場合がある。中心暗点がある場合である。理由は,すでに,視野の中心が見えない見えにくさの項で述べたが,弱視レンズを覗くときには,損傷を受けているにもかかわらず視野の中心で捉えるように眼が動いてしまうからである。このような場合には,まず,中心外固視ができるようにする必要がある。中心外固視ができるようになれば,弱視レンズも使えるようになると考えられる。視力の低い弱視には弱視レンズを処方すればよいというように短絡的に考えていると,大きな失敗をすることになる。
- h)
縦書きの本を横にして読む:この行動は,単なる悪い癖ではない可能性もある。このような行動が見られる場合,まず,視野のチェックをする必要がある。視野の上下方向に暗点がある可能性が高いのである。上下方向に暗点があると,固視している文章の前後が見えなくなってしまい,読書が困難になる。そこで,本を横にし,暗点で文章の前後が隠れないようにしていることが考えられる。暗点の位置によっては,本を斜めにしたり,横書きの本を縦にして読むことも考えられる。また,本を動かさずに,顔を傾ける可能性もある。このような可能性を検討せずに,直ちに姿勢を矯正するようなことは決してしてはならない。
上述のように一見奇異に見える行動も見えにくさという観点から見直してみると理にかなった行動であることがわかる。特に,複数の障害を併せもっている子どもの場合,視覚以外の障害が原因で奇異な行動をとっているのだと見られがちではないだろうか。例えば,小さな穴に固執するのは情緒的な問題ではないかというようにである。もちろん,その可能性もないわけではないだろうが,視覚障害がある場合,まず,見え方の検討をする必要があるのではないかと思う。なお,1人の弱視児が複数の見えにくさを抱えている可能性は高い。したがって,見えにくさを考える際には,主要な眼疾患だけでなく,すべての眼疾患を考慮する必要がある。
III 読書環境の客観的な評価方法
III-1 読書効率の客観的評価の必要性
前節で述べたように,弱視の眼疾患や視機能検査の結果がわかれば,子どもが遭遇している困難の内容を予想できるし,拡大や白黒反転などの見えにくさを補う方法も予測できる。例えば,角膜混濁のある弱視はまぶしさを感じていることが予想でき,それへの対処として白黒反転が有効であることが予測できる。また,視野が狭い弱視は全体の構造をつかむのに困難を感じていることが予想でき,文字を大きくし過ぎない方がよいという配慮が予測できる。しかし,これだけでは子どもへの具体的なサービスはできない。例えば,角膜混濁のある子どもにはすべて,新たに白黒反転機能付きの拡大テレビを購入すべきなのであろうか。また,視野狭窄のある子どもに適した文字サイズはどうやって決めればよいのであろうか。
この疑問への答えは意外に簡単である。白黒反転によって読書の効率がどれだけ向上するかを調べればよいし,読書の効率が最もよくなる文字サイズを調べればよいのである。その結果,白黒反転をしても読書効率がそれほど変化しないのならわざわざ高価な機器を導入する必要はないし,十分な読書効率が得られるのであれば文字を拡大する必要もないのである。逆に,読書効率が飛躍的に向上するのであれば,例え高価であっても白黒反転のできる機器の導入を考慮すべきであるし,常識では考えられないような文字サイズの拡大教材であっても作成すべきであろう。つまり,読書効率を判断の基準にして,読書条件を整備していけばよいのである。弱視児の読書環境の整備が難しいとされてきた最大の原因は,判断の材料となる明確な基準がなかったからだと考えられる。弱視研究の盛んなアメリカでは,すでに,読書に適した文字サイズを読書効率から求めるためのシステムが開発されている(Leggeら12),1989)。しかし,本邦にはそのようなシステムはない。そこで,我々(中野17)
,1992;中野ら18), 1993;中野・中野14),
1992;菊地・中野10),
1992)は読書条件が適切かどうかを客観的に評価するためのシステムを試作した。以下にその概要と使用例を示す。
III-2 弱視用読書効率測定システムの概要
本システムは,読書効率を指標として,読書条件の適切さを客観的に評価するためのパソコンを用いた汎用の読書効率測定システムである。例えば,ある弱視児に適した文字サイズを検討する場合には,文字サイズごとに読書効率を測定し,一定以上の読書効率が得られる文字サイズを見いだすというように利用する。以下に,本システムの主な機能を列挙する。
- (1)
読材料の自動生成:読書効率を測定する際,読材料の作成は最も重要な作業である。内容の均質な読材料を複数用意する必要がある。従来から,読材料の均質性を保証するために,同一作家の作品から文章を選択したり,1文の長さが等しくなるような文を寄せ集めたり,無意味語を使用する方法等がとられてきた。本システムでは,読材料を自動生成する新たな方法として,文節内文字シャッフル法,有意味単語シャッフル法,有意味文シャッフル法を考案した(中野ら18),
1993)。これらの方法は,いずれも,通常の文章をある特定の単位(文字,単語,文)で無作為に並べ替えるという原理に基づいている。つまり,一つの抽出元からランダムにサンプリングすることで,読材料の均質性を確保するという原理である。これらの方法を使えば,難易度の均質な複数の読材料を比較的簡単に作成できる。
- (2)
各種読書条件の設定:読書効率の測定に際して,文字サイズや行間隔等の読書条件ごとに読材料を作成するのは膨大な手間と時間を要する。本システムでは,パソコンを用いることで,これら読書条件の設定がキー操作一つで簡便にできるようにした。現在,本システムで設定できる読書条件は,a)文字サイズ,b)白黒反転,c)文字間隔,d)行間隔,e)表示の仕方(縦VS横,一行VS多行)である。
- (3)
検査の自動化:従来の読書検査では,文章の提示,提示順の決定,検査時間の統制等はすべて手作業で行うしかなかったため,手間と時間を要したし,正確さを欠くこともあった。本システムでは,これらの作業をすべてコンピュータに任せているので,検査を効率的かつ正確に運用することが可能である。また,検査条件や検査中に提示された文章が自動的にファイルに保存されるため,検査結果の分析も効率的に行うことができるようになっている。
なお,本システムは,(1)コンピュータ(PC-9801シリーズもしくは互換機),(2)モニタ画面(いずれでも可),(3)OS(MS-DOS),(4)読書効率測定用ソフトウェア(C言語とJGAWKで自作)で構成されている。
III-3 測定例:読書に適した文字サイズの検討
【目的】弱視児の読書環境を検討する際に最も一般的に行われるのが拡大である。これは,弱視用の読書補助具の多くが拡大を行うためのものであることから考えても明らかである。ところが,文字サイズの決め方は,未だ体系化されていないのが現状である。そこで,文字サイズと読書効率の関係について本システムを用いて測定を行い,それぞれの子どもに適した文字サイズを検討した(中野・中野15),1993)。
【方法】
- (1)
近方視力の評価:湖崎式近距離視力検査表を用い,30cmの近距離での視力を測定した。
- (2)
視野の評価:フェルスタ視野計を用いて,視野の広さを調べた。視標の直径は1cmとし,片目ずつ,上下左右の4方向について調べた。
- (3)
単一文字の認知閾の測定:ひらがな文字をコンピュータの画面の中央に1文字ずつ提示し,それが認められる大きさと視距離を測定した。これは,読書の検査で使う文字の大きさと視距離を決めるために行った。
- (4)
読書に適した文字サイズの評価:単一文字の認知閾を参考にして5段階の文字の大きさを決めた(最小が認知閾,最大が約6cm)。そして,30秒の時間制限法で読書効率(読速度と誤読)を測定した。繰り返しは,各文字サイズについて3回である。したがって,1人の子どもの試行数は,文字サイズ5条件×繰り返し3回=15試行である。文字はコンピュータのディスプレイの中央に横一列に右から左に流れるように提示した(速さは本人が調整)。読み物はひらがな単語の羅列で,単語と単語の間は,1文字分のスペースで分かち書きされている。子どもの課題は,30秒間にできるだけたくさん,しかも,正確に単語を音読することであった。なお,検査中に視距離が変化しないように,顎台を使って顔を固定した。
- (5) 対象児:盲学校に在籍する弱視児12名(9歳から19歳)。
【結果と考察】
主な結果を以下に示す。
- (1)
文字サイズと読書効率の関係:図5を見ると明らかなように,どの子どもも文字サイズに応じて読書効率が変化することがわかった。文字サイズと読書効率の関係は,文字が大きくなれば読書効率が向上するという単純な関係ではなく,ある文字サイズのときに読書効率が最も高くなるというような関係になっていた。また,文字サイズと読書効率の関係には,いくつかのパターンがあることもわかった。この結果から,それぞれの子どもにとって適した文字の大きさを客観的に評価することが可能である。なお,この評価にあたっては,読書効率が最大になる文字サイズを選ぶという方法もあるが,ある程度の読書効率を確保できる文字サイズの許容範囲を算出する方法もある。
- (2)
視力と読書効率の関係:従来,弱視児に適した文字サイズは,視力(もしくは最大視認力)で決定できると考えられてきた。しかし,今回の検査結果では,近見視力が同じでも読書効率に及ぼす文字サイズの効果は必ずしも同じではないことがわかった(図6)。読書効率が最も高くなる文字サイズが異なる場合があることもさることながら,グラフの形状も同じではないことがわかった。現段階ではまだ推測の域を出ないが,これらの違いは,視野の状態や眼球振盪などの影響だと考えられる。したがって,視力だけから最適な文字の大きさを予測するのではなく,一人ひとりについて文字サイズと読書効率の関係を調べることが大切であることがわかる。
- (3)
視野の広さと読書効率:一般に文字サイズと読書効率の関係は逆U字形になることが知られている(Leggeら11),1985)。すなわち,文字が小さ過ぎても大き過ぎても読書効率が低く,特定の文字サイズのときに効率が高くなるのである。しかし,視野の狭い弱視児の場合,認知閾付近で読書効率が最も高く,それ以上文字が大きくなると効率が次第に低下し,ある大きさを越えると急激に低下するというようなパターンを示していた(図7)。これは,文字を大きくすると視野内に入る文字数が減少することが原因だと考えられる。この弱視児の場合,視野内に入る文字数が4文字を割ると,読書効率が急激に低下していることがわかる。したがって,この子の場合,視野内に4文字以上の文字が入るような文字サイズ・文字間隔で教材を作る必要のあることがわかる。読書効率の評価を行うと,このように具体的なサービスに直結する情報を得ることが可能である。なお,この結果は,健常者に人工的な視野制限を加えたシミュレーション実験の結果(苧阪・小田24),
1991;石川・中野9), 1993)ともよく一致している。
文字の拡大は弱視教育の中ではたいへん重視されてきたにもかかわらず,従来は明確な判断基準がなかった。本システムのように読書効率を指標とすれば,文字サイズを検討する際の客観的な判断基準を得ることができる。なお,本システムは,文字サイズだけでなく,白黒反転効果,文字間隔や行間隔の効果,提示方法の効果など,さまざまな読書条件の評価ができるように設計されている。前節で述べたように弱視の見えにくさとその補償方法に関する定性的な予測を立て,それを具体的なサービス内容に結び付けるために,本節に述べたような定量的な分析を行っていけば,一人ひとりの弱視に最適な読書条件を設定できるはずである(中野ら19),
1993)。このような評価がより効率的に行えるように本システムを整備していくことが今後の課題である。
IV まとめ:見え方に応じて視環境を工夫するには
本論文では,読書環境を整備する際には,見えにくさを考慮する必要のあることを2つの段階に分けて解説した。以下にそれを整理する。
第1段階:見えにくさとその補償方法の予測
子どもに出会ったとき,視覚障害の可能性があったら,まず,その子の見えにくさを予測する必要がある。そうすれば,子どもが遭遇する困難の内容を予測できるし,その困難を軽減するための補償方法の予測もできるからである。例えば,透光体に混濁のある眼疾患ならまぶしさを伴うことが予想できる。したがって,明るい窓側の席ではまぶしくて不便であることが予想できる。また,その対処として,サングラス,遮蔽板,白黒反転などによって眼に入ってくる光量をコントロールしてやる必要のあることが予測できる。このとき注意しなくてはならないのは,主要眼疾患のみで判断してはならないことである。視覚障害のある子どもは,普通複数の眼疾患を併発している。そのため,すべての眼疾患について,この分析を行う必要がある。
第2段階:補償方法の有効性に関する客観的評価
第1段階で子どもが遭遇している困難の内容やその補償方法の見当がついたら,それを具体的なサービスに結びつける作業を行う必要がある。例えば,教材の文字サイズをどのくらいにするかとか,白黒反転を行うかどうかを決めなければならない。そのためには,単なる好みや一部の視機能検査の結果だけでは不十分である。読書を問題とする場合には,読書の効率を指標にして決める方が理にかなっている。このような評価を効果的に行うために,我々は「弱視用読書効率測定システム」を試作した。このシステムは,パソコンを用いているため,文字サイズ,白黒反転,文字間隔,行間隔,提示方法などさまざまな読書条件に関する評価を簡便に実施できる。第1段階の定性的な分析結果を踏まえて,第2段階で定量的な分析を行うことにより,読書条件に関する客観的な評価基準を得ることができる。また,これらの結果を参考にして初めて,それぞれの子どもに適した読書環境が提供できるようになると考えられる。
以上の議論では,読書環境の整備を中心に述べてきたが,歩行や調理などの他の課題でも考え方は同じである。見えにくさの内容に基づいて環境整備の方針を立て,客観的な評価を行ってそれを具体的なサービスに結び付けていけばよいのである。
謝辞
本研究には,岩手県立盲学校の皆様にご協力いただいた。この場を借りて心からの謝意を表す。なお,本研究は,平成4年度文部省科学研究費・奨励研究(A)「弱視児のための知的リーディングエイドの試作」(#04710155),一般研究(B)「弱視児に見やすいコンピュータ・フォントの分析と試作」(#04451063)からも研究費の援助を受けた。また,研究遂行に際して,平成3年度国立特殊教育総合研究所・特別設備「弱視児用形態知覚検査装置」の一部を利用した。
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中村雅也,柿沢敏文,中田英雄:網膜色素変性症の読みに及ぼす照度の影響,第17回感覚代行シンポジウム,79-83,1991.
- 14)
中野喜美子,中野泰志:読書効率に及ぼす文字サイズの効果−人工的視力低下状態での最適文字サイズの検討−,日本特殊教育学会第30回大会発表論文集,14-15,1992.
- 15)
中野喜美子,中野泰志:弱視児の読書に適した文字サイズの検討,第34回弱視教育研究全国大会発表抄録集,1993.
- 16)
中野泰志:弱視者の視認性を考慮した文字の効果的提示方法(1)−コンピュータディスプレイでの白黒反転効果−,電子情報通信学会技術研究報告,91(316),15-22,1991.
- 17)
中野泰志:弱視用読書効率測定システムの試作,日本特殊教育学会第30回大会発表論文集,42-43,1992.
- 18)
中野泰志,菊地智明,中野喜美子,石川大:弱視用読書効率測定システム(2)−読材料の生成方法について−,第2回視覚障害リハビリテーション研究発表大会発表論文集,1993.
- 19)
中野泰志,佐藤守,菊地智明:行たどりに困難を示す弱視児のためのコンピュータを用いた新しい読書補助具の試作,国立特殊教育総合研究所研究紀要第20巻,89-96,1993.
- 20)
小田浩一,中野泰志:弱視者の知覚・認知的困難,鳥居修晃(編),放送大学教材「視覚障害と認知」第6章,放送大学教育振興会,1993(a).
- 21)
小田浩一,中野泰志:眼のレンズや角膜に起因する障害の補償,鳥居修晃(編),放送大学教材「視覚障害と認知」第7章,放送大学教育振興会,1993(b).
- 22)
小田浩一,中野泰志:視野の欠損に起因する障害の補償,鳥居修晃(編),放送大学教材「視覚障害と認知」第8章,放送大学教育振興会,1993(c).
- 23)
小田浩一,中野泰志:弱視の立場からの発想,鳥居修晃(編),放送大学教材「視覚障害と認知」第9章,放送大学教育振興会,1993(d).
- 24)
苧阪直行,小田浩一:読みの認知精神物理学(1)−縦表記文の読みの有効視野範囲について−,日本心理学会第55回大会発表論文集,198,1991.
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