中野 泰志
慶應義塾大学
nakanoy@hc.cc.keio.ac.jpこの解説文は「視力の弱い子どもの理解と支援」(大川原ら(編)、教育出版)に私が寄稿した原稿の不完全な部分を補間したものです。逐次、バージョンアップする予定です。
弱視児・者の教育は、治療による機能回復に限界があることを医師によって説明される「失明の告知」からスタートし、家族や本人が障害をもったことを受けとめ(障害受容;acceptance of disability)、新しい生き方や価値観で生活を送ることにより、人間らしく生きる権利を獲得もしくは回復(全人間的復権)できるように進められる。そのためには、精神的なショックや混乱等をやわらげ、自分らしい生き方や価値観に動機づけられるようにする心理的な(mental)ケア(care)、より快適な視環境を確保するためのビジョン・ケア、残存する視機能や視覚以外の感覚を活用して生活・学習などの社会適応を補償する社会適応訓練、家族やコミュニティの受け入れを補償するための家族ケアやコミュニティ・ケア、環境を整備するためのバリア・フリー、ユニバーサル・デザインの推進、偏見や社会的な不利益を軽減するための人権的アプローチなど、構造的で総合的なケア・プランに基づいて行われる必要がある。教育的な視機能評価や配慮は、このような総合的なケアの中の一部であるが、ケアをより論理的に進める上で中心的な役割を果たす。
視覚障害は、視覚に関するdisorder, impairment, disability, handicapの4つの観点で捉えることができる(Colenbranderら, 1992; 1995)。
第1の観点は、visual disorder(疾患)で、解剖学的、生理学的な疾患(disorder)や標準からの逸脱(deviation)の程度である。例えば、レンズの混濁の程度が標準値から有意に逸脱した場合が白内障というdisorderであるという捉え方である。治療や予防を専門とする医療スタッフの関与が重要な役割を果たす。また、視覚システムに関する生理的、病理的メカニズムに関する基礎データが有用となる。
第2の観点は、visual impairment(機能障害)で、視機能の低下の様相に基づくものである。すなわち、視力、視野等の視機能の程度によって障害を捉えるアプローチである。白内障を例にとってみると、impairmentの観点では、レンズの混濁そのものよりも混濁によって低下する視力や視野等の視機能に重点が置かれている。視機能の程度は、環境との相互作用によって決まる。例えば、照明水準等の視環境によって視力や視野等の視機能は変化する。したがって、視環境と視機能の関係を問題にした知覚心理学的なデータが必要となる。
第3の観点は、visual disability(能力低下)で、視覚に関連した技能や活動等の課題達成度に基づくものである。例えば、同様な視力の人が同様な読書能力を示すとは限らない。つまり、視機能ではなく、課題達成度で障害の程度を記述しようというアプローチである。調理、読書、移動等の具体的な課題の達成方法についてノウハウを持っている教育や社会適応訓練の専門家の関与が期待される。なお、これらの課題達成に視覚をどの程度関与させるかについては、視覚の機能的な役割を問題にするようなデータが必要となる。
第4の観点は、visual handicap(行動的・社会的不利)で、視覚障害によって引き起こされる行動・活動上の不利の程度に基づくものである。移動や職業的自立等、さまざまな行動・活動を行う上での不自由さの程度を示すものである。
これら4つの観点は、相互に関連があるが、因果関係にあるわけではない。例えば、重度の白内障であっても白杖を利用することで移動能力を確保している人は、disorderの程度は重度だが、移動のdisabilityは軽度であるという場合もあり得る。図1は、これら4つの分類基準の関連を観念的に示したものである。教育的な視機能評価で最も中核をなすのは、visual disability(能力低下)をvisual impairment(機能障害)との関係で捉えていくことだと考えられる。なお、WHO(1980)では、disorderやdiseaseの諸帰結(consequences)として、 impairment, disability, handicapを位置づけている。
<図1 視覚障害の分類基準とその関連性についての観念的図式>
Massof(1995)によれば、弱視のリハ(教育と置き換えて考えても当てはまると思われる)の方略(strategy)は、機能回復志向 (function-oriented)、目標達成志向(goal-oriented)、態度変容志向 (attitude-oriented)の3つに大別することができる。機能志向リハとは、補助装備や訓練によって視機能の回復を目指すもので、視力や視野等の改善を目的にするものである。目的達成志向リハとは、道具(支援技術;assistive technology)や視覚以外の方法(alternative strategy)や環境の整備によって、調理、ショッピング、新聞を読む等の特定の目標を達成できるように支援することである。態度志向リハとは、機能障害によって引き起こされる様々な制限に対して心理的に適応できるように支援することである。弱視児・者の教育においては、これら3つの方略を場面に応じて使い分け、「生きる力」やQOLを追求していく必要がある。視機能評価は、この3つの方略のすべてに客観的なデータを提供するものである。
教育の場面では、弱視児やその家族のニーズやシーズに基づき、学習や生活の各場面の課題を分析し、それぞれの課題を遂行するのに視覚がどの程度有効に活用できるかを明らかにし、課題解決の方略(strategy)を組み立て、その方略の適切さを評価しながら訓練やサービスを実施する必要がある。したがって、教育的な取り組みにおいては、学習や生活の中で遭遇する作業を視覚活用によってどれだけ達成できるか(パフォーマンス;performance)、また、補助具(エイド)や環境を整備することでそのパフォーマンスをどれだけ向上させることができるかを評価しながら、最終的な課題達成を目指していかなければならない。課題分析の手順の一例を表1に示す。
<表1 課題分析の手順の一例>
上述した手順は、行動理論(レイノルズ, 1978)の考え方を取り入れた課題分析の例である。このような大きな流れの中で、課題解決の方略を決定する際に鍵を握るのが視機能評価である。課題達成そのものを考えれば、どのような方略をとってもよいことになる。つまり、先の例で言えば、調理された素材を使うという方略をとっても構わないし、視覚情報を活用するのをあきらめてアイマスクをして包丁操作練習を行っても構わないのである。もしかすると、いくら配慮をしても視覚的に問題を解決できる可能性は低いかもしれない。しかし、もしかしたら、照明を工夫するだけで、楽に調理ができるようになるかもしれない。このように視覚活用についての期待や諦観に対してより客観的な情報を提供するのが視機能評価の役割である。
医療の分野での視機能検査は、眼疾患を予防・発見したり、治療の方針を立てたり、治療の効果を客観的に把握するのが目的である。視力、視野、色覚、明暗順応、眼球運動、調節、両眼視等の諸検査は、前述の医療的な目的を満たすために実施されているものである。これらの諸検査は、検査の条件や方法が厳密に定められ(標準化された)、結果の解釈に専門知識を必要とする医療検査である。これに対して、教育的な視機能評価とは、子供たちの生きる力を養い、生活を豊かにする上でどのような場面でどれだけ視覚が活用できるかを把握し、その結果に基づいて、より快適で効果的な学習や生活の環境を作ることを第一義として日々の生活の中で実施されるものである。このような目的を達成するためには、医療を目的とした標準的な視機能検査の結果とは別に、日常生活により近い状況や課題で視機能がいかに活用可能かを評価(アセスメント)する必要がある。以下、教育の分野での視機能評価の主な目的を列挙する。
Mehr&Shindell(1990)は、弱視(ロービジョン)のアセスメント(assessment)においては、視機能を標準化された条件と環境を変化させた修正条件の両方で見ていく必要があることを述べている。標準化された条件での視機能とは、一般に眼科検査で用いられているような標準検査(standardized test)で、分類や比較に有用なものである。これに対して修正条件(modified condition)での視機能とは、例えば、異なる照明下で視力を測定するような場合であり、最適な状況を明らかにしたり、個々の状況下でのパフォーマンスを知る際に有用である。すなわち、修正条件での視機能評価とは、環境と視機能の相互作用を定量的に測定するものだと言える。Mehr&Shindellは、弱視児・者の処遇(treatment)においては、この環境を変化させた条件での視機能を測定する必要があることを述べている。なお、弱視の視機能評価の全体像については、Rosenthalら(1996)によるレビューを参考にされたい。
視機能評価は、次の3つの観点から行う必要がある。
以下、教育的観点からの視機能評価の原理を上記の3つの観点と関連させながら紹介する。
視力(visual acuity)は細かいものを見分けられる能力のことである。つまり、どれだけ小さいものを発見できるか(最小視認閾)、どれだけ狭い間隔まで分離して見ることができるか(最小分離閾)、どれだけ小さな文字や図形を弁別できるか(最小可読閾)、どれだけ細かな直線や輪郭のずれを検知できるか(副尺視力)を示す能力である。教育的な取り組みと関連させて述べるなら「1mの距離で人がわかる」「ピッコロ人形なら50cm離れていても見つけ出してなめに行く」「大好きなウインナーには手をのばす」というような行動を誰もが了解できるように客観的な言葉で表現したのが「視力」である。つまり、視力とは、本来、「子どもにとって何が情報をとなり得るか」を知るためにある尺度であり、どのくらいの大きさのものがどのくらいの距離でわかるかを示すものである。そして、例えば「指数弁の視力があるのなら30cmで2cmくらいのものがわかるはずね」というように行動を客観的に予測するための手がかりになりうる。
私たちが世界を知ることができるのは、網膜を通してである。網膜にある視細胞が到達してきた光に反応し、その情報が脳に伝達されるという仕組みを使って世界を見ている。つまり、私たちが対象を見るとき、直接、手がかりになるのは、対象から反射もしくは発散された光が網膜に投じた映像のみである。したがって、例えば、私たちが見ている対象の大きさを問題にする場合、対象そのものの物理的なサイズ(外延量)を長さという単位で測定しただけでは意味をなさない。網膜に移っている像の大きさを問題にしなければならないのである。なぜなら、同じ大きさの対象でも眼から対象までの距離(視距離)が変化すれば、網膜に投影される像の大きさが変ってしまうからである(図2)。そこで、見る対象の大きさを網膜における像の大きさで表現する方法が考案されたのである。
<図2 視距離と網膜像の大きさの関係>
ところで、網膜像の大きさそのものを直接測定することは困難である。網膜像の大きさ(視角;θ)は、対象そのもの(視対象)の大きさ(d)と眼から対象までの距離(視距離;D)によって一義的に決まる(図3)。しかし、視対象と視距離を併記する方法では、網膜像の大きさを比較する際に不便である。例えば、「1cmの大きさの視対象を5mの視距離で見たときと5mmの視対象を3mの視距離で見たときの網膜像はどちらが大きいか」という場合、計算が必要になる。そこで、網膜像の大きさを視対象の眼に対する角度(θ)、すなわち、視角(visual angle)で表現する方法が考案された。網膜像の大きさは、視角がわかれば一義的に決まる。また、視角は視対象の大きさと視距離がわかれば、一義的に計算できる。
<図3 網膜像の大きさと視角の関係>
今、見る対象の大きさをdcm、対象と眼までの距離(視距離)をDcm、視角θ(ラジアン)とする。ここで、レンズの結節点を頂点、対象を底辺とする三角形は二等辺三角形になっている(図4)。頂点から底辺に垂線を降ろすと、2つの直角三角形ができる。この内、一方の直角三角形(下図右側)に着目すると、三角比の公式より、
tan(θ/2)=d/2D
となる。tanの逆関数は、arctanである。すなわち、y=tan(x)のとき、xは、x=arctan(y)で求めることができる。したがって、上式からθを求めると、
θ/2=arctan(d/2D)
θ(ラジアン)=2arctan(d/2D)
となる。ラジアンを角度で表現するには、180/πをかけてやればよい。したがって、
θ(ラジアン)=2arctan(d/2D)
θ(度)=2arctan(d/2D)×(180/π)
となる。
<図4 視対象と視距離から視角を算出する原理>
なお、arctanを使わずにθを算出するための近似式を以下に示す。
θ(度)=57.3(d/D)
θ(分)=(57.3×60)(d/D)=3438(d/D)
θ(秒)=(57.3×3600)(d/D)=206265(d/D)
計算方法の詳細は、さておいて、重要なのは、視角が網膜像の大きさを記述するための単位だという点である。
視力とは、視覚系が識別できる最小の大きさを視角で表現したものである(MAR;Minimum Angle of Resolution)。ここで問題とされているのは、言うまでもなく、網膜での大きさ、すなわち、視角である。より小さな視角、すなわち、網膜に映っている映像が細かくても見分けることが可能という場合、その眼は高い分解能(resolution)をもっていると言える。これに対して、網膜像を大きくしなければ見分けられない場合、その眼の分解能は低いということになる。視力というとすぐにC型のランドルト環を思い浮かべる場合が多いと思う。しかし、視力の本来的な意味は、これまで述べてきたようにどれだけ細かな識別ができるかを視角で記述することでなのである。最近では、視力の本来的な意味を明確にするために、視力を表現する方法としてMARやMARを(常用)対数で示したlogMARが用いられることが多くなってきた。
視力という場合、最も多く知られているのはランドルト環を使った視力検査であろう。このランドルト環視力は、1909年の国際眼科学会において定められた視力の表現方法である。ランドルト環は、太さが外径の1/5、切れ目の幅が同じく外径の1/5のリングである。ランドルト環視力では、特定の距離(通常は5m)からこの視標を観察し、切れ目の方向がようやくわかるときの切れ目の幅の視角(最小分離閾;minimum separable)を指標に用いている。眼の分解能が低いほど、切れ目の幅が大きくなければ、認めることができない。つまり、最小分離閾の値が小さい程、分解能が高いことを示し、最小分離閾の値が大きい程、分解能が低いことを示す。そこで、最小分離閾(分)の逆数をもって視力と定義されている(逆数にすると値が大きいほど、分解能が高いことを意味するようになり、理解しやすくなる)。最小分離閾をθ(分)とすると、そのときの視力Vは、
V=1/θ(分)
で示される。例えば、1分の大きさの切れ目の方向を見分けることが可能であった場合に視力が1.0になり、2分の大きさの切れ目でないとわからない場合には視力は0.5ということになる。
視力は視覚系の分解能であるが、どのような課題で測定するかによって値が異なるので注意が必要である。視力検査に用いられる課題を分類すると以下の4種類になる(図5)。
<図5 様々な視力検査の課題の例>
日本では、視力の表記は、0.1、0.2のように小数(小数視力)で示される場合が多い。しかし、欧米では、スネレン(Snellen)によって考案された分数の表記形式(スネレン分数視力;Snellen acuity fraction)をとる場合もある。例えば、20/100という表記の仕方である。この分数視力の分子は検査距離を示す。分母は弁別すべき部分が視角1分となる距離である。20/100の場合「100feet(約30m)の距離で視角1分となる視標(スネレンの文字視標の場合、線の太さが約9mm、文字の大きさが約45mmのサイズ)を20feet(約6m)の距離で弁別できた」ことを示す。小数視力に換算するときには、単純に分子を分母で割って小数に直せばよい。この例の場合、0.2になる。
最近では、国際的にlogMARが視力の単位として使い初められている。小田ら(1998)は、logMARを次のように説明している。「logMARは、国際的に使用され始めた視力の単位。最小分離閾の視角を常用対数にしたもので、ログマーと発音する。つまり、小数視力1.0では、視角1分が最小分離閾になるので、log101で、logMARは0になる。換算式は、log10(1/視力)である。小数視力0.1では、1.0logMAR、同0.01で2.0logMARと、小数視力で1/10になるごとに、logMARでは、1ずつ増えていく。数が多い方が、ロービジョンが重篤になる。」なお、logMARは、視力そのものの対数をとる「対数視力」とは異なるので注意されたい。
視力は検査器具、検査室の環境条件、検査距離、検査手順等の影響を受ける。例えば、視標を印刷したインクと検査表の紙とのコントラスト、視標を照らす照明や室内照明の明るさ等の影響を受ける。そのため、誰がどこで実施しても同じように信頼のおけるデータが得られるように、検査方法の詳細が決められている(湖崎, 1978)。このように標準検査は、厳密な条件下で決められた方法に従って実施しなければならないのである。医療データとしての視力はこの標準視力検査に準じている。標準視力検査は器具の管理や検査方法等を厳密に行う必要もあるし、データの解釈にも専門知識が必要であるため、医療機関で検査を受診するべきである。ランドルト環を使って測定すれば、それが視力というわけではないので、注意が必要である。
最大視認力は、通常、30cmの視距離で測定する近距離視力表を用い、視距離を自由にしたときにどれだけ小さな視標が識別できるかを測定するものである。視認できた最小の視標(最小可読視標;Maxと呼ばれるている)とそのときの視距離を記録するという教育的な評価方法の一つである。以下、最大視認力の意味と注意すべき点を示す。
<意味>
<図6 視距離が異なっても網膜像の大きさが同じ場合>
<図7 近点限界を越えて近づいたときの網膜像の拡大とぼやけ>
<注意すべき点>
私たちが日常の教育活動において必要な情報は、どれくらい細かいものが見分けられるかである。眼科検査の結果として示された視力が教育活動にどのように応用できるかを知りたいのである。つまり、視力0.04の子供を担当している場合を想定した場合、「算数の学習で100円玉を並べて数を数えされたいが、どのくらいの視距離ならわかるか?」「オルガンに使用禁止のマークをつけたいが、どのくらいの大きさにすればよいか?」というような具体的な問題を解くための手がかりを得たいのである。また、通常の視力検査はできない重複障害の子供が、「2mほど前に置いてあったサッカーボールを取りにいった」という場合、この子の視力はどの程度なのかを知りたいのである。表2にこのような問題を解くための手がかりを示した。
<表2 視力を理解する上で覚えておくと便利な公式>
視力は私たちの見える範囲の中で最も見分ける力(感度)の高い部分の分解能(解像度)を示すものであり、通常は網膜の中で最も感度の高い中心窩の感度を示すものと考えられる。視力が最も感度の高い1点の機能を示すのに対して、視野(visual field)とは視覚の感度の分布である。見える範囲全体に対しての(広義の)視力の分布と考えてもよい(図8)。つまり、視力検査では視線を向けているところに視標が提示され、どれだけ見分けられるかを測定するが、視野検査においては視線を向けている場所以外に意図的に提示された視標がどれだけ見分けられるか(感度)を測定し、その分布を明らかにするのである。視力が同じでもこの分布の仕方(視野)が異なっていると、作業を達成する際の難易度が異なってくる。例えば視力は良好なのに歩行が困難になるのは、視野の周辺に感度低下があるからだと考えられるのである。
<図8 視野内の感度分布>
視角が網膜像の大きさを記述するための単位であることはすでに紹介した。正確に言うと、これは網膜像での「長さ」を測る単位であった。ところで、網膜には2次元の広がりがある。視野はこの広がりを記述する概念である。数学の幾何では、空間的な広がり、すなわち、座標を表現するためには、原点、原点を基準にした方向(座標軸)、そして原点からの距離を定義する必要がある。視野の場合、原点を「網膜の中で最も感度の高い中心窩」とし、水平方向の座標軸を「鼻とこめかみを両極として」表現し、垂直方向の座標軸を重力方向の「上下」で表現し、原点からの距離を視角で表現するようになっている。例えば、「(中心窩から)鼻側に15度の距離に暗点(見えない点)がある」というように表現する。
使用する視標(点/線/ランドルト環/縞等)や測定方法(照明/提示時間等)によって視力が変化するように、視野も視標や測定方法によって結果が異なる。一般に視野検査は以下のように分類される(湖崎, 1990;池田, 1982;斎田ら, 1994)。
<図9 代表的な視野検査>
視野は視機能の中で視力と共に重視されている。通常の視野検査は視標が発見できるかどうかを問題とした視野であり、どの程度の光量で視標が発見できるかを定量的に測定し、感度分布として表す。この視野測定法は網膜から視路・視覚中枢に至る機能を細かく調べるのには適している。そのため、眼科医療においては眼疾患を予測する上で極めて重要な役割を果たしている。さて、視力や視野に機能低下が明確な弱視にとっての視野検査にはどのような意味があるだろうか。通常の光点による視野測定では、視野のどの部分にどの程度の機能低下があるかが明らかになる。しかし、教育的ケアを実施する際、視野はあまり重視されてこなかったように思われる。また、視野の評価を実施している機関においてもその結果を有効活用できていないことが予測される。なぜなら、弱視レンズ等の倍率や文字サイズの決定に関する理論や実践報告の中で視野の要因を考慮しているものは本邦では少ないからである。
このように教育の場面で視野があまり重視されていないのは、通常の視野検査の結果と教育的ケアの内容が直接結びつかなかったのが最大の理由だと考えられる。弱視教育において重要なのは、視野の特定の領域の機能低下が見え方や行動に対してどのような影響を及ぼすかである。つまり、弱視教育においては、見え方や行動との関係が明らかになって初めて視野測定の意義が明確になるのである。例えば、街灯に相当するような大きくて明るい光を感じることができる範囲が分かれば歩行指導に活用できる。また、1cmの大きさの文字が分かる範囲が分かっていれば、文字教材の提示の仕方に反映できる。
弱視の抱えている読書における一番の課題は文字の大きさである。文字を大きくすると一つ一つの文字は読みやすくなる反面、単語や文全体が捉えにくくなる。しかし、視力が低い場合、文字を小さくすると同定できなくなる。この二つのジレンマにどこで折り合い(トレード・オフ)をつけて最も適した文字の大きさを選択するかが重要である。その決定の科学的根拠として視野検査の結果が重要な意味を持つわけであるが、通常の視野検査では文字が読める範囲を直接特定することはできない。教育の現場で視野検査の結果があまり重視されていなかったのは、検査が困難というだけでなく、検査結果を直接ケースの処遇に結びつけることができなかったためだと思われる。つまり、読書と直接関係のある文字を視標とした有効視野の評価が重要なのである。なお、読書に及ぼす視野の研究(苧阪・小田, 1991;石川・中野, 1993)では、効率的に読書を行うためには一度に6文字程度の処理が可能な有効視野が必要であるとされている。したがって、読書課題に必要な条件を決定するためには、文字処理有効視野の評価が不可欠であるといえる。しかし、読書の際の文字処理に必要な有効視野を評価するための客観的なシステムは実験用のもの(池田, 1982;斎田ら, 1994)や英語圏で実用化が検討されているもの(Mackebenら, 1994)を除いては確立されていなかった。以上のような問題意識から、中野(1997)は「どの程度の大きさの文字がどの部位で視認可能か」(文字処理有効視野)を評価するための方法を検討し、「ロービジョン用静的文字処理有効視野評価システム」を試作した。この方法であれば、読書に利用できる機能的な視野を直接的に知ることが可能である。このシステムは、画面の任意の位置にさまざまな大きさのひらがな文字(もしくは記号)を提示し、各点での認知閾を測定するものである。子供の課題は画面に表示された文字(もしくは記号)を言い当てることである。この方法であれば、読書に利用できる視野を直接的に知ることができる。また、この方法では課題がゲーム的であるため、通常の視野検査ができない弱視児でも適応できる場合が多い。
「ロービジョン用静的文字処理有効視野評価システム」は、学校で簡便に利用できるように汎用のコンピュータ・システム(PC-9801シリーズでOSはMS-DOS)を用いたアプリケーション・ソフトとして試作された。評価を受ける弱視児(被評価者)が凝視点を注視している時にモニタ画面の任意の位置に任意の大きさのひらがな文字もしくは記号(視標)を眼球運動が起こらない程度のごく短い時間(200ミリ秒以内)提示し、その視標が視認できるかどうかを評価する(図10)。視認できた場合は、視標の大きさを小さく(視認できなかった場合は大きくする)していき、ぎりぎり視認できる大きさ(認知閾)を求める。なお、正誤の判断等はプログラムが自動的に行うようになっている。評価者は、被評価者が凝視点を固視していることを確認しながら、評価を進行し、被評価者の反応をキーボードから入力するだけでよい。なお、このシステムを用いた事例を後述する。
<図10 有効視野評価の視標提示時間と画面表示の例>
児童・生徒はそれぞれ異なった環境で生活している。また、視環境は刻一刻と変化する。したがって、それぞれの環境の下で視力や視野等の視機能がどの程度活用可能かを知るためには、標準検査の条件以外に、その環境ごとに視機能を測定する必要がある。例えば、教室の蛍光灯の下でどの程度細かいものがわかるかを調べなければ実践的な意味が減少するのである。また、視覚活用が可能なのであれば、通常の視力検査表にはないような低い視力でも調べる必要がある。このように、視環境の整備を目的とする場合、日常生活により近い条件でも視機能を評価する必要のあることがわかる。そして、児童・生徒の視機能が最大限に発揮できる視環境を明らかにしなければならないのである。ここでは、光環境が視機能に与える影響について言及する。
<図11 コントラスト>
<図12 コントラスト感度曲線(CSF)>
まぶしさからくる困難は適切に理解されていない場合が多いように思う。このことは、まぶしさに対する2種類の極端な対応に象徴される。1つは、本人がまぶしさを主張しないのならよいのではないかという対応である。しかし、この対応は適切ではない。先天性の弱視や乳幼児の場合、何がまぶしい状態なのかをうまく表現できないことがあるからである。2つ目は、まぶしいのならサングラスをかければよいという対応である。確かに屋外での活動場面ではサングラスは有効である。しかし、一般にサングラスと言っていてもさまざまな種類があり、どのような場面でどのようなサングラスが有効かアドバイスできているケースは少ない。また、室内でのまぶしさにはどのように対応すればよいのか、すなわち、屋外と同じようにサングラスをかけるのがよいのか、それとも別の方法があるのかをアドバイスできていない場合が多い。まぶしさからくる困難を適切に理解していないと、弱視児によりよい環境を提供できないばかりか、不適切な環境を強いることになってしまう。まぶしさを検査するためのグレアテストは視力や視野と異なり眼科のルーチン検査になっていない(藤原, 1990)。そのため、教育・福祉の領域で評価する必要性が高い。
人間の眼には、眼に入ってくる光の量をコントロールする機能がある。しかし、白子眼のため虹彩の色素がなく遮光機能が十分に果たせない場合や虹彩欠損で瞳孔の機能が働かない場合等では、眼内に入ってくる光量をコントロールできなくなる。そのため、明るいところで必要以上に眼内に光が入ってしまい、まぶしさを引き起こす。このまぶしさは、眼の中に光が入りすぎる結果起こるものであり、前述のLempert(1990)の分類によれば暗点的グレアに相当する。白子眼、無虹彩、虹彩欠損、ぶどう膜欠損、小眼球等の眼疾患ではこの光量コントロール不全が考えられる。
ヴェーリングとは、まさにヴェール(薄い膜)がかかることである。光のヴェールである。そのため、光の膜がかかるという意味で、光膜と訳されることがある。網膜像に光のヴェールがかかると、見たいものと背景のコントラストが低下し、まぶしさを感じるという仕組みである。なお、まぶしさ感は、光の絶対量が多いときだけでなく、コントラストが低いときにも感ずるものである。
ヴェーリングが起こる原因としては2つ考えられる。1つは、霧や霞などによって起こる環境要因であり、もう1つは中間透光体(涙液層[角膜の表面を覆う薄い膜]、角膜、前房[角膜後面と水晶体前面の間]、水晶体、硝子体)の濁りによって起こる眼内要因である。環境要因にしろ眼内要因にしろ光を乱反射させるもの(霧や組織の混濁部分)があり、その部分で乱反射した光がヴェールとなって網膜像全体を覆ってしまうのである。前述のLempert(1990)の分類によればヴェーリンググレアに相当する。
ヴェーリングによるまぶしさは、角膜白斑・混濁、白内障、硝子体混濁等の中間透光体に混濁のある眼疾患では要注意である。なお、中間透光体混濁があるかどうかは、主要眼疾患を聞いただけでは判断できない場合がある。そこで、所(1993)を参考に中間透光体混濁を起こす可能性のある眼疾患をまとめた。
網膜には光を感じる細胞がある。この細胞に光が当たりすぎたり、また、この細胞の機能が低下するとオーバーロードが起こり、網膜の感度が低下してしまう。その結果、まぶしさを感じるという仕組みである。これは、主に錐体の機能低下によって起こる明所視の機能低下だと考えられる。前述のLempert(1990)の分類によれば暗点的グレアに相当する。
網膜に光が当たりすぎてしまう場合としては、眼が順応している明るさよりも相対的に強い光が眼内に入ってくる場合と光量コントロール機能の不全(前述)による場合がある。
光を感ずる細胞の機能が低下する場合としては、白子眼のような網膜の脱色素による機能低下、全色盲や黄斑変性のような錐体の欠如による明所視機能の低下等が挙げられる。
網膜疾患、脈絡膜疾患、視神経疾患、眼の隣接部の疾患による羞明は、三叉神経の知覚過敏状態に基づくものだとされている(山地, 1981)。飯沼(1975)は、羞明を眼の疾患とか異常ではなく、三叉神経→中脳→顔面神経(いわゆる羞明反射路)が関係するものとして位置づけており、三叉神経痛、偏頭痛、神経衰弱、脳膜炎、クモ膜下出血、肢末肥大症、頭蓋咽頭腫、球後視神経炎、先端疼痛症、重症頭外傷などをこれに分類している。
まぶしさの原因となる光源(グレア光)があるときとないときで視機能を比較するという原理で作成されている。グレア光によって視機能が著しく低下するかどうかでまぶしさの有無を判断する。また、通常の条件とグレア光のある条件での視機能の比較によってまぶしさの程度を判断する。グレアテスタは、ターゲット(視標)の種類とグレア光源の種類によって分類される。ターゲット(視標)の種類としては、「 ハイコントラストのターゲット(スネレン、ランドルト環)」を使う場合と「様々なコントラストのターゲット(スネレン、ランドルト環、サイン波状輝度変調格子)」を使う場合がある。グレア光源の種類としては、点光源を使う場合と面光源を使う場合がある。主な製品(Prager, 1990;藤原、1990)を以下に示す。
これら医学的な検査は、高価であるし、眼科医でなければ検査ができないという制約がある。また、我が国では現在のところ、グレアテストを実施している眼科は、それ程多くない。そのため、多くの弱視児は、これら医学的な検査の恩恵を受けることができないのが現状である。
グレアテストは、光源の明るさを変化させて視力検査等の視機能検査を行い、通常の条件との差を比較するという原理を応用した医学的なまぶしさの検査である。グレアテストの目的はまぶしさのある眼疾患を発見したり、治療の予後を評価することである。例えば、白内障の診断等に利用したり、処方したサングラスの評価に利用するわけである。その原理は「まぶしさの原因となるグレア光源を付加したときにどの程度の視機能低下があるか」を測定することである。これに対して、教育・福祉場面でまぶしさを評価する際には、「具体的なサービス内容によってまぶしさがどれだけ軽減できるか」を評価する必要がある。例えば、教室内の照明をコントロールすることは可能なので照明を変化させたときにどれだけまぶしさが軽減できるかを評価するというようにである。以下に、中野(1994)が考案した教育・福祉的観点からのまぶしさの評価方法の例を示す。
<図13 白黒反転によるまぶしさの軽減>
<図14 紙面の遮蔽によるまぶしさの軽減>
眼疾患や視機能検査の結果がわかれば、弱視児が遭遇している困難の内容を予想できるし、拡大や白黒反転などの見えにくさを補う方法も予測できる。例えば、角膜混濁があればまぶしさを感じていることが予想でき、それへの対処として白黒反転が有効であることが予測できる。また、視野が狭ければ全体の構造をつかむのに困難を感じていることが予想でき、文字を大きくし過ぎない方がよいという配慮が予測できる。しかし、これだけでは弱視児への具体的なサービスはできない。例えば、角膜混濁のある弱視児にはすべて、新たに白黒反転機能付きの拡大テレビを購入すべきなのであろうか。また、視野狭窄のある弱視児に適した文字サイズはどうやって決めればよいのであろうか。この疑問への答えは意外に簡単である。白黒反転によって読書の効率がどれだけ向上するかを調べればよいし、読書の効率が最もよくなる文字サイズを調べればよいのである。その結果、白黒反転をしても読書効率がそれほど変化しないのならわざわざ高価な機器を導入する必要はないし、十分な読書効率が得られるのであれば文字を拡大する必要もないのである。逆に、読書効率が飛躍的に向上するのであれば、例え高価であっても白黒反転のできる機器の導入を考慮すべきであるし、常識では考えられないような文字サイズの拡大教材であっても作成すべきであろう。つまり、読書効率を判断の基準にして、読書条件を整備していけばよいのである。弱視の読書環境の整備が難しいとされてきた最大の原因は、判断の材料となる明確な基準がなかったからだと考えられる。
視力の低い弱視幼児が絵本を読む際には、ボランティアによる拡大写本が利用されている。拡大絵本は、弱視幼児の精神的発達を支援するだけでなく、文字学習を動機づけたり、学習結果を定着させる上でも重要な働きをしている。この拡大絵本を作成する際に最も重要になるのが文字の大きさである(絵や図の作成方法も大きな問題であるがここでは取り上げない)。文字を拡大すれば弱視児の読書効率が上がることは誰もが予想できることである。しかし、どの位の大きさの文字にすればよいのかと問われると困ってしまうことが多い。従来、弱視児の文字サイズを決める際には、(1)視力(もしくは最大視認力)から読むことが可能な文字サイズを推定する方法や(2)様々な大きさの文字を弱視児に見較べてもらい本人が好ましいと判断した文字サイズを選択する方法が取られてきた。しかし、視力等が同じくらいでも必要な文字サイズが異なることがあったり、文字サイズの好みがはっきりしなかったりすることがあり、決定的な方法にはならなかった。
狭い意味での視力や視野だけから読書に最適な条件を明らかにすることが困難であることに対していくつかの取り組みがなされてきた。視力検査の視標を文字にしたり、様々なフォントや文字サイズの文章を羅列した検査表が試作された。日本でも、高田巳之助商店がツアイス社と共同開発した「視力障害者用近用読本」、川崎市福祉センターと東京ルリユールの共同開発による「視覚障害者実用文字視力検査表」、パソコンを用いた「読書効率評価システム」(中野, 1992)等の取り組みがなされた。しかし、これらの取り組みは読材料の選定や測定方法の客観性や信頼性に課題があり、実用化に至らなかった。
アメリカでは文字サイズを表現する方法としてメトリック・システム(metric system;Mシステム)という表示方式が用いられる場合がある(Nowakowski, 1994)。これは、基準となる文字サイズを決め、その基準との関係で個々の文字サイズを表示する方法である。基準である1Mの文字サイズは、1メートルの視距離で観察したときに視角5分になる大きさの文字と定義されている。1メートルで視角5分に相当する視対象の大きさは1.45mmであり、ちょうど新聞の小文字の大きさに相当する。このサイズの文字が読めれば、問題なく読書ができると判断できる。つまり、1Mの文字サイズは、弱視の訓練や補助具選定の当面の目標になり得る文字サイズであると言える。Mシステムでは、この1Mを基準にして、倍の大きさの文字は2Mというように表示する。文字サイズをポイントやミリで表示するよりわかりやすいという利点がある(例えば、ポイントで表示されている場合、新聞の文字サイズと比較するためには、新聞の文字サイズが何ポイントであるかを覚えておかなければならない)。また、Mシステムで文字サイズを表示すれば、新聞を読むために必要な補助具の倍率が直感的にわかるという利点がある。例えば、4Mの文字なら読める人が、新聞、すなわち、1Mの文字を読みたい場合には4倍の倍率の補助具を用意すればよいということが直感的にわかるのである。
読書の効率を直接評価する方法は弱視研究の先進国であるアメリカで行われてきた。スローンによる「Sloan-Lighthouse Continuous Text Cards」等がその例である。しかし、近年、ミネソタ大学のレッグ教授らのグループにより信頼性の高い読書検査表が開発された(Leggeら, 1989)。これが「Minnesota Low Vision Reading Test」すなわち、MNREADである。MNREAD acuity charts(ミネソタ読書視力チャート)と呼ばれている。レッグ教授の研究室では弱視の読書に関する系統的な研究が行われてきた。基礎データの収集の段階では、より詳細なコントロールを行うためにコンピュータを用いたシステムが用いられてきた。しかし、臨床現場での応用を考えて、カード形式のものが開発された。この検査表は、吟味された有意味な文章を印刷したものである(図15)。文字サイズは、40cmの視距離のときに、1.3logMAR(視力20/400に相当)から-0.5logMAR(視力20/6.3に相当)まで0.1logMAR間隔で用意されている。「白背景に黒文字」のものと「黒背景に白抜き文字(白黒反転)」のものが用意されており、白黒反転効果も評価できるようになっている。英語版は、ニューヨークライトハウス(ホームページ http://www.lighthouse.org/index_main.htm)から販売されている。
<図15 MNREAD Acuity Charts>
MNreadの日本語対応(MNREAD-J)の開発は、東京女子大学の小田浩一氏によって行われている(小田ら, 1998)。この検査表は現時点では市販にまでは至っていないが、最新の情報が小田浩一氏によって公開されている(http://www.twcu.ac.jp/~k-oda/MNREAD-J/)。
また、この日本語版の検査表を用いた臨床報告も歓喜ら(1998)によって行われており、臨床的な有効性が指摘されている。読書に適した文字サイズの評価や補助具の選定の際に極めて有効な手段となることが期待される。
[プロフィール]16歳の女性。眼疾患はピーター氏病で緑内障と角膜白斑がある。知的障害があり、眼科では光覚と診断されていた。
[目的]光覚と診断されているが、教員の行動観察ではときどきもっと視覚を活用しているような様子が見られるとのことであった。そこで、視環境を変化させながら、どの程度視覚活用が可能かを評価することにした。ただし、本生徒は、通常の視機能検査の課題には興味を示さなかったため、系統的な行動観察から視機能を評価した。
[方法]紙屑をゴミ箱に捨てることが可能であったことに着目し、紙屑を拾い上げる行動から視力を評価した。おやつ(チョコレート)を一つ食べ終ったら、紙屑を片付けることにし、紙屑の大きさを変化させ、どれだけ小さな紙屑まで眼で確認できるか(そのときの視距離も同時に測定)を調べた(図16)。角膜に白斑があることから、白黒反転効果(中野, 1991)が予想されたため、黒いテーブルクロスに白い紙屑の条件と白いテーブルクロスに黒い紙屑の条件の2条件を設定した。なお、手探りで紙屑を発見したときには、分析から除外した。
[結果と考察]紙屑拾い課題はすぐに理解してくれた。その結果、黒いテーブルクロスに白い紙屑の条件では、0.5cmの紙屑を15cmの距離から視認可能であった。これは、視力に換算すると、0.009に相当する(表2)。また、白いテーブルクロスに黒い紙屑の条件では、テーブルクロスに眼を近づけるのを嫌がった(まぶしいことが予想される)。視認できた最小の紙屑は2cmで、そのときの視距離は20〜25cmであった。これは視力に換算すると、0.003〜0.004に相当する。この視力は通常のランドルト環を用いた視力とは意味が異なるが、対象児にとってどの程度の大きさの物が情報となり得るかを予測することができた。また、白黒反転条件で視力評価を行った結果、彼女の場合、黒い背景に白い物を提示した方がよく見える(白い背景に黒い物を提示するときの半分以下の大きさで視認可能)ことがわかった。これらの結果から、10cm程度まで近づけば、条件が悪く(背景が明るい条件)ても1cm程度の大きさの物は発見できることが予測できた。また、作業をする際には、黒いテーブルクロスに白っぽい物を提示すれば効果的であることがわかった。例えば、食器を白やクリーム色にし、黒や濃いブルーのテーブルクロスの上におけば、視認しやすいことが予想できた。視機能評価は、彼女の障害の全体像から考えるとどれほどの意義があるのか疑問に思われるかもしれない。しかし、視機能評価の結果は、彼女と係わりを進めていく上で重要な役割を果してくれるのである。例えば、今回の評価で、光覚という診断を聞いて私達がイメージするよりももっと高い視覚活用能力が、彼女にはあることがわかった。これは、視覚を活用したかかわりを自信を持って展開してもよいことを示唆してくれた。また、10cm離れていて1cm程度のものが発見できるというように、彼女がどれだけ見えるかを具体的に把握することができた。この結果は、彼女により適した教材を作ったり、提示したりする際の具体的な目安となる。さらに、黒い背景に白いものを提示(白黒反転)した方が見やすいことから、屋外などの明るい場所ではまぶしくて見えにくいはずであることがわかった。明暗関係を変化させるだけで見やすさが大きく変化する(半分の大きさのものが見つけられる)ことから、明るい光、机等の色、照明などには細心の注意(必要のない光がなるべく眼に入らないように工夫すること)が必要であることがわかったのである。教育や福祉の分野では、このように、視機能評価の結果は、具体的な視環境の整備に結びつけることができて初めて意義を持つのである。
<図16 紙屑拾い課題による視力評価場面>
[かかわりの方針の変化とさらなる視環境整備への取り組み]この評価の結果がフィードバックされてから、この生徒に対する教員の対応が変化していった。まぶしすぎない状況では、0.01近い視力、すなわち、15cmの視距離から0.5cm程度の紙屑を確認することが可能であることから、視覚活用をうながす取り組みがなされ始めた。床においてあるボールをとってくるときにも教師が「この距離なら視認できるはず」という確信を持ってやり取りができるようになっていった。教師の態度が変化すると、生徒の行動も変化していく。これまでは、見ようとしなかった場面で、視覚を活用するようになると、ほめられる場合が増えてくる。そうすると、ますます、視覚を活用した行動が強化されていく。よい連鎖がうまれてきたのである。
私たちは、さらに、屋外での活動をより快適に過ごせるような取り組みをスタートした。この生徒の場合、白黒反転で視力が0.003から0.009に変化している。この結果から「まぶしさ」による視機能低下(グレア・ディスアビリティ)があることが予想できる。特に、屋外での移動場面では様々な困難に遭遇していることが予測できる。そこで、遮光眼鏡の効果を調べることにした。このケースの場合、知的な障害のために通常のグレア検査は適応できない。そこで、「おにごっこ」遊び場面におけるパフォーマンス(相手を発見できるかどうか)が遮光眼鏡の有無によって影響を受けるかどうかという方法で調べることにした。十分に遮光眼鏡に慣れた後、本生徒が「おに」となって逃げる先生を捕まえるという遊びを行った。VTRの分析の結果、遮光眼鏡を装着していないときには、音を手がかりにして探索をしていた。これに対し、遮光眼鏡を装着たときには、視覚的な手がかり、すなわち、相手の動きを眼を使って確認するという行動が見られた。これらの取り組みの結果から、屋外での活動においては遮光眼鏡が有効であることがわかった。
[プロフィール]:盲学校中学部1年・女子。知的能力は正常。主要眼疾患は網膜芽細胞種で、白内障を併発。水晶体の摘出手術は行っていない。右眼の視力は0.02。左眼は光覚なし。
[目的]生徒の内観報告によると、読書に際して縦書きの方が読みやすいということであった。そこで、この報告を客観的に確認するために有効視野の評価を行うことにした。
[方法]視距離はこの生徒の通常の読書距離である7cm、測定範囲は中心28度まで、上下左右の4方向について7度ごとの各点について測定した。視標はひらがな文字、白視標/黒背景条件で提示し、文字刺激の提示時間は198ミリ秒、閾値の決定には上下法の手法を用い、最終3回のターンの平均値を閾値とした。評価は、暗所下、両眼開放、顎台にて顔面を固定した条件で実施した。被評価者の課題は、画面中央に表示されている固視点を凝視していることと、ひらがな文字が表示されたときにそれを音読することであった。
[結果と考察]図2に結果を示す。図より固視点より左側の視野では文字をいくら大きく(約45度)しても特定できないことが分かった。横書きの文字が読みにくかったのは、この左側の視野が活用できないためだと予想できた。また、固視点よりも下方には相対的に小さな文字(約5度)でも読める箇所があり、この箇所を使って読書をしていることが予想できた。この結果を生徒と一緒に見ながら、見やすい箇所等に関する話し合いをした結果、内観報告をより明確に把握することができた。また、本生徒の指導を担当している先生達が視野の状態を実感することができ、縦書きの拡大教科書の必要性を明確に認識してもらうことができた。
<図17 有効視野の評価結果>
<図18 縦書きと横書きの文章での読書効率の比較>
[評価結果の確認と拡大写本への応用]この生徒は、小学部高学年の頃から急激に視力が低下した。当時、国語と数学は拡大教材を使用していたが、それ以外の教科については拡大コピーで対応していた。小さい文字や辞書を読むときは6倍のルーペを使っているが、文字の線の太さによっては使えない場合もあった。社会では、拡大コピーでうまく読めない場合があり、特に漢字は読み間違えたり書き間違えることが多く、学習に大きく影響していた。本生徒の内観報告によると、文字の太さ、大きさ、縦書き/横書きの別によって見えやすさが変化するとのことであった。そこで、これら読書条件の違いによって読書効率がどの程度影響を受けるか検討することにした。読書用文字サイズ検査表(中野, 19??)を用いて各読書条件ごとに読書効率を測定した。設定した読書条件は、縦書き/横書きの別(2条件)×書体(2条件;教科書体とゴシック体)×文字サイズ(6条件;11,14,17,21,26,32ポイント)=24条件。各条件について3回の繰り返しを行った。図18に各読書条件ごとの読書効率を示した。図より、いずれの条件においても縦書きの方が読書効率がよいことがわかった。これは、本人の内観報告や有効視野の評価結果と一致していた。これらの結果を総合的に検討した結果、縦書きの拡大教科書を作成することになった。なお、拡大教科書の作成はボランティアに依頼したが、その際、本生徒の見え方や横書きの教科書を縦書きに組み直す理由を説明する場面で、客観的なデータの有効性を確認することができた。