慶應義塾大学教授
深尾光洋
カリフォルニア大学助教授
星岳雄
提言:金融システム再建策
【要約】
@弱い金融機関同士を合併させて資金援助を行う現在の破綻処理方式は、問題の先延
ばしに過ぎず、直ちに停止すべきである。
A銀行の不良債権の会計基準を米国並に厳しいものに改め、株価の下落や資金調達コ
ストの上昇など、市場で存続が疑われている金融機関を厳しく検査し、資産査定を行
う。
B検査により債務超過ないしは、基調的に赤字の金融機関は、新たに設立される国営
の銀行持ち株会社兼破産管財人の傘下に入れ、再建あるいは清算を行う。
C中期的には、金融監督手法を、ディスクロージャーと市場による監視をメインとし、
監督当局がそれを補完する体制に改めるべきである。
【本文】
 この提案は、我々と、池尾和人、伊藤隆敏、岩村充、翁百合、神田秀樹、香西泰、
堀内昭義の九名で構成する「金融監督政策研究会」のメンバーが集中討議を行い、大
筋で合意したものである。
 わが国の金融システムは戦後最大の危機に直面している。金融機関株価の一段の下
落や円安は、不良債権の徹底した償却を先延ばししてきた銀行経営者や政府の政策に
対する、市場の不信任の表明である。
 3月末の銀行決算を額面通り受け取れば、日本の金融システムには一見何の問題も
ない。しかし早期是正措置の弾力化、有価証券評価の原価法容認と土地再評価による
目先の数字あわせ、不良債権の十分な償却を伴わない公的資金の導入、等の政策が、
問題の根本的な解決につながらないことを、市場は見抜いているのだ。
 従来政府が進めてきた政策は、阪神銀行と破綻したみどり銀行の合併、中央信託に
よる拓銀の本州部分の買い取りなど、明らかに相対的に弱い金融機関がさらに弱い金
融機関と一緒になるような、非常に歪んだインセンティブを生んでいる。仮に我々が
脆弱な金融機関の経営者であったとしても、破綻金融機関の受け皿となって公的資金
の注入を受けようと望むであろう。
 住友信託による長銀の救済合併についても、歪んだインセンティブの発生を防止す
るために、長銀のみならず住友信託のバランスシートも徹底的に洗いなおしてから公
的資金の投入を判断すべきである。
 金融システム不安を経験した多くの国では、弱い金融機関を集めて補助金を投入す
る政策は、さらに大きな弱い金融機関を作り出すだけに終わっている。政府の政策は、
他の国の苦い経験を無視したものである。
 このような危機的状況の中で、政府は市場に信頼される形で、従来の「先送り政
策」と決別しなければならない。これは隠蔽されてきた危機の深刻さを表面化させる
結果、日本経済に短期間ではあるが大きな混乱をもたらす可能性がある。そこで、混
乱を最小限にするための仕組みを用意する必要がある。また公的資金は、税金や預金
保険料の形で国民が負担するものであるから、出来うる限り効率的に投入する必要が
ある。

1.市場指向の金融検査
 現在の金融危機の一つの要因は、信用を重視すべき金融機関の財務諸表が信頼を失
っていることにある。
 破綻した金融機関の損失額の極端な膨張、山一証券の「飛ばし」事件、一連のスキ
ャンダルなどにより、大蔵省検査、日銀考査、会計士による会計監査の全てが信用を
失っている。
 このような状況のもとで、金融機関の処理の優先順位を決定するために、我々は、
市場機能を参考にした方法を提案する。
 まず、株価純資産倍率が低い、高いプレミアムを払って資金を調達、格付けが低い、
などの金融機関に対して、その関連会社を含めて重点的かつ徹底的な検査と資産の査
定を行う。
 貸出資産の査定では、不良債権の会計方式として、日本より格段に厳しい米国会計
基準(基準書第114号、同118号)を適用する。この基準は、金利を減免したり、回収
困難が見込まれる貸出債権は、予想されるキャッシュフローを貸出当初(金利減免
前)の金利で割り引いた現在価値の水準まで簿価を引き下げることで、金利減免や貸
し倒れリスクの上昇を、直ちに損失として認識するものである。
 資産内容の徹底的な査定により、自己資本がマイナスとなるか、利息追い貸しなど
の粉飾を一切排除した損益が基調的にマイナスの金融機関は破綻銀行と認定され、新
たに設立される国営の金融機関持ち株会社である「金融機関整理再建機構」(仮称)
の傘下に置かれ、株主資本と劣後債務の切り捨て、役員の入れ替え、従業員の削減と
給与の引き下げなどのリストラを行う。
 また、査定により存続可能と判断された金融機関についても、自己資本が不足する
場合には早期是正措置による自己資本充実が求められるのは言うまでもない。
 破綻処理の目的は、立ち直る見込みの無い金融機関を清算する一方、自立できる見
込みのある金融機関に対しては、再建の道を歩ませることにある。しかし金融機関の
破綻処理の過程では、それによる取引先企業の不必要な連鎖倒産を避ける必要がある。
 貸出先のうち、利息追い貸しなどにより破綻を先送りしてきたような企業の連鎖破
綻を避けることは出来ないし、当然速やかに整理すべきである。しかし他方で、事業
継続の見通しのある貸出先までもが破綻するような事態は極力避けるべきである。そ
のために、以下のような新機関を作ることを提案する。

2.金融機関整理再建機構
 金融機関整理再建機構(以下整理再建機構と略称)は、新たな国営の銀行持ち株会
社として設立され、実質的な破産管財人兼更生管財人として機能する。同機構の職員
は、当初は弁護士や監査法人等を雇用するが、その後は破綻金融機関のスタッフのう
ち優秀な者を集中的に教育訓練して用いる。同機構の流動性が不足する場合には、財
政投融資と日銀が支援を行う。
 整理再建機構は、いわば破綻銀行を強制的に入院させる救急病院である。その傘下
で療養することで健康が取り戻せる銀行は、再度民間に売却され再建の道を歩むこと
が出来る。しかし回復の見込みがない金融機関は、病気の伝染(取引先の連鎖倒産)
を防ぎつつ早急に清算される。
 治療方法としては、病巣の摘出(分類債権の内、第二分類の質の悪いもの、第三、
第四分類の切り放しと整理回収銀行への回収委託)、体力強化(経営陣の入れ替えや
人員、支店網のスリム化)、輸血(自己資本の注入)である。しかし輸血はコストが
極めて高い治療法であり、必ず将来立ち直り、収益を確保できると見込まれる比較的
少数の金融機関に限定すべきである。
 具体的な破綻処理のプロセスは次のようになろう。
 上記の検査で、経営困難と判断された金融機関(以下、破綻銀行と呼ぶ)は、整理
再建機構傘下の銀行として受け入れる。受け入れ時の債務超過分は、預金保険機構か
らの贈与により補填する。
 整理再建機構は、破綻銀行の不良債権を切り放した後、破綻銀行が更生可能である
か否かを判断する。破綻銀行が更生可能であれば、不良債権を全て処理し、預金保険
機構の資金により最低限の自己資本を注入した上で市場にて売却する。
 一方、事業継続が不可能な場合には、貸出先のうち事業継続が可能な企業に対する
貸出実行等により、不必要な連鎖倒産を最小限にしつつ清算する。
 整理再建機構は、設立から5年以内に株式公開により民営化する。民営化時点で、
債務超過があれば、政府の一般会計で補填する。これは、整理再建機構が第二の国鉄
清算事業団となり、新たな不良債権問題の先延ばしが発生しないための不可欠な歯止
め策である。
 整理再建機構は、破綻処理にあたって、破綻銀行の価値ある資産を最大限生かすと
同時に、不良債権は整理回収銀行を通じて強力に回収する。この場合、政治介入によ
る恣意的な債務者救済は絶対に避けなければならない。そうでなければ、整理再建機
構自体が、新たな不良債権という病気の巣になってしまう。これを担保するために、
内外の監査法人と金融専門家により同機構の定期的な外部監査を行い結果を公表する。

3.新たな監督体制の確立
 長期的視点から重要なことは、金融機関の新しい監督体制の確立である。以下、新
しい監督体制の必要条件を列挙する。
 第一に、金融機関の財務諸表に対する信頼を回復するため、会計基準を米国のGAAP
基準とし、監査法人に対し違法な経理処理の監督当局への通報を義務づける。
 相互会社である生命保険会社、組合金融機関等の非上場金融機関についても上場金
融機関と同程度のディスクロージャーと会計監査を義務づける。特に利回りの高い巨
額の債務を保有する、生命保険会社の債務の時価評価を公表することが重要である。
 第二に、徹底したディスクロージャーを基本とし、市場の情報を金融機関監督に積
極的に利用する。
 金融機関に対し、自己資本の一部を市場性のある劣後債券で調達することを義務づ
け、その利回りが国債利子率を一定幅以上上回った場合には、預金保険料率の引き上
げや、検査サイクルを短縮するなどの措置を採ることが有用である。
 この劣後債券は、当該金融機関の関係会社や他の預金受け入れ金融機関が保有する
ことを禁止し、金融機関に対する市場の評価の鏡として機能させる。
 第三に、当局は金融機関の検査結果や徴求資料のうち、顧客の秘密に関連しない情
報を公表する。当局が金融機関による規制違反に対し行政処分を行った場合にもその
事実を公表する。
 第四に、金融機関の取締役、監査役、会計監査人が、財務諸表を偽ったり、厳正な
会計監査をしなかっり、金融機関の財産を毀損したために預金者が損害を受けた場合
は、預金保険機構が預金者の代理人として取締役、監査役、会計監査人の法的責任を
積極的に問えるように法律改正を行う。
 現在は、預金保険機構が資金贈与を行う場合に、預金保険機構は破綻金融機関関係
者の責任を追及することができないという、重大な制度上の不備がある。
 第五に、金融機関に対し、外部監査役のみからなる監査役会ないしは、外部取締役
のみからなる監査委員会を設置と、法令のコンプライアンス・プログラム(役員や従
業員に対する法令遵守教育)作成を義務づける。
 これらの点は、金融監督庁が、長期的視点から、徹底して行くべき点であると考え
る。
                                                      以 上
--------------------------------------------------------------------
図                        不良債権処理スキーム


  預金保険機構                                   財政投融資
                                       
破綻時点の損失補填 ----------→ 金融機関整理再建機構←----- 流動性支援
民営化のための資本注入                     |
                        +--------------+----------------+
                         |              |                |
                   破綻銀行A   破綻銀行B     破綻銀行C
                    再建可能        再建不可          再建不可
                       ↓             |                |
             リストラ、資本注入        +--------+-------+
                        ↓                      ↓
            民間に売却                清算
                     健全債権の売却、移管

@破綻銀行は丸ごと整理再建機構の傘下に入れて処理する。
A破綻時の債務超過分は預金保険機構が整理再建機構に損失を補填する。
A不良債権は破綻銀行から切り放し、整理回収銀行に回収委託を行う。
B銀行を清算する場合、健全な取引先の連鎖破綻が起きないよう、民間金融機関に売
却したり、傘下の銀行に取引を移管する。





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